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クラブツーリズム主催の「視覚障害者 夢の自動車運転体験ツアー」レポート
インストラクターの声を合図に視覚障害者がツインリンクもてぎをドライブ
2016年10月1日 00:26
- 2016年9月20日 開催
旅行会社のクラブツーリズムは、ツインリンクもてぎの施設を利用した1泊2日の視覚障害者向けのツアー「視覚障害者 夢の自動車運転体験ツアー」を主催している。今回はツアー初日の模様を取材できたので、ツアー内容についてご紹介する。
このツアーはクラブツーリズムが企画、開催しているもので、2010年11月に茨城県西自動車学校で開催したことを皮切りに毎年実施され、今回で第10回となる。ツインリンクもてぎの施設を使うようになったのは2012年の第3回からで、この当時は運転実践は茨城県西自動車学校を利用していた。ツインリンクもてぎで全行程を行なうようになったのは2014年の第6回開催時からとのこと。
ちなみに、ツアー名称を目にして「視覚障害者の人が自動車の助手席などに座って試乗を体験するツアー」だと想像する人も多いことだろうが、このツアーは「視覚障害者の人が運転席に座って自ら自動車を運転するツアー」なのだ。
それでは午前の模様から紹介していこう。そもそもこのツアーが始まった経緯だが、ある視覚障害者の人が「一生に1度でいいから、自分でクルマを運転してみたい」という願いを、このツアーの責任者であるクラブツーリズムの渕山知弘氏に打ち明けたことがきっかけ。それを聞いた渕山氏は約5年間掛けて計画を練り上げ、2010年からツアーをスタートさせたとのこと。
前述したとおり、今回の開催で10回目となるこのツアーは定員16人で募集。毎回満員になるとのことで今回も定員がいっぱいになったが、1人のキャンセルが発生したので実際には15人で行なわれた。
今回の参加者は弱視の人が2人、全盲の人が13人という内訳。このうち、盲導犬を連れている参加者が2人含まれている。また、今回はツアー初参加という人は7人、リピーターが8人で、毎回リピーターからの申し込みが多い。しかし、このツアーは「夢の実現」をテーマにしているので、できるだけ多くの人に運転の機会を提供したいということで、初参加という人の申し込みを優先するケースもあるとのこと。これまでの累計で141人がツアーに参加していて、すでに次回の開催も決定している。日程は2017年3月15日~16日で、場所はツインリンクもてぎ。定員は今回と同じく16人を予定している。
なお、このツアーの取り組みが認められ、クラブツーリズムは第2回ジャパンツーリズム・アワードの「国内・訪日領域優秀賞」を受賞。この授賞式が9月22日~25日に開催された「ツーリズムEXPOジャパン2016」内で執り行なわれている。
ホンダが行なう安全運転普及活動
続いて、ツインリンクもてぎを運営している「モビリティランド」の親会社となる本田技研工業が行なっている安全運転普及活動について紹介された。
ホンダの創業者である故本田宗一郎氏が遺した言葉に「人の命を預かるクルマを作っている会社だ。お客様の安全を守る活動は一生懸命やるのが当たり前」というものがあり、ホンダではこれをベースに「Safety for Everyone 交通社会に参加するすべての人の安全を守りたい」というスローガンを立てている。1970年には「安全運転普及本部」を立ち上げ、現在でも「人への安全訴求」「より安全な商品づくり」「安全情報の提供」という3つの柱で“事故ゼロのモビティ社会”を実現するため活動を続けている。
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ホンダによるプレゼンテーションが終了したあとに、ツインリンクもてぎ アクティブセーフティトレーニングパークの佐藤インストラクターから体験走行についての説明と注意点について語られた。
まず、このツアーにアクティブセーフティトレーニングパークが協力する目的だが、これは参加者が1人でクルマに乗り込み、シートベルトを締めて発進。曲がる、止まるといった操作を行なったあと、エンジンを停止してクルマから降りるまでの一連の行程を安全に体験してもらうことであると説明された。
そこで取材として足を運んだ筆者らメディア関係者も、コース脇にある待機エリアでアイマスクを装着して目が見えない状況を作り、そこからクルマまで歩いて乗り込み、運転して戻ってくるという一連の体験を行なった。待機所からはインストラクターとペアを組んで、アイマスクで視覚がなくなったあとはインストラクターの腕や肩を掴み、クルマまで歩いて行く。乗りこむときはクルマの形状が分からないので、車内に入るときにルーフに頭をぶつけないように手を伸ばしてルーフの場所を確認する。さらにシートに座ってドアを閉めるときも、手足などを挟まないようにするのはもちろんのこと、衣類をドアに挟まないよう確認することもインストラクターから指摘された。
乗りこんだあとは手探りでシートベルトを引き寄せ、同じく手探りでタングをバックルに差し込む。そこからステアリング、シフトセレクター、サイドブレーキの位置なども手の感覚で確認する。また、取材日は風が強かったので、乗り込むときにドアが風であおられて急に開いたりしないように押さえることも行なってほしいと伝えられた。自分ではこれまですべて無意識に行なっていた行為だったので、改めて指摘されると言葉が出ない感じでもある。
さて、目が見えない状況での運転で最も気になるのがステアリング操作。見えていないのだから操作する方向を自分では判断できないため、助手席に座るインストラクターからの指示にしたがって操作する。
その指示をやりとりするための決まりとして、ステアリングのイメージを時計の文字盤に見たてて表現している。頂点が12時、右センターが3時、真下が6時、左センターが9時という具合だ。試乗車のステアリングには9時(左センター)の部分に位置が確認できるようにバンド巻き付けられており、そこに左手を置くのが視覚障害者の人が運転するときのホームポジションとなる。
実際の運転では、右に曲がるときには左手を9時の位置から「10」「11」「12」と、回していく方向を簡潔に数字だけでインストラクターが指示していく。戻すときも9時になるまで数字が戻るように読み上げていく。このときにステアリングを回転させる速度はゆっくり&一定に保つことが基本だが、状況によっては早めにステアリングを操作した方がよい場合もある。そんなステアリングを早く切ってほしいときは、「10」の次に「12」といったぐあいで数字を飛ばし、早く操作するということを伝えていく。
次に走行時の速度だが、これは40km/hまでに設定。ツアーの初参加者もまずはここから始めるので、それに合わせるという感じだ。ただ、ツアー2日目には急制動でABSを効かせる体験も行なうので、そのときは80km/hぐらいまで車速を出すとのこと。
このあとはツインリンクもてぎ内の「第2アクティブセーフティトレーニングパーク」に移動して運転体験をするのだが、走行前のコース確認でも、目が見える人はコース図を見てコースレイアウトを覚えられるが、視覚障害者の人はここも特殊な手順となる。
コース解説を担当するスタッフは、塗ると盛り上がるペンを使ってコース図をなぞり、手で触ることでコースレイアウトを判別するコースマップを作成。ツアー参加者にそれぞれに配布された。それにしても、佐藤インストラクターから説明されることは1つひとつにハッとさせられることばかりだった。
メールの音声ファイルで広まるツアーの存在
メディア関係者の走行体験が終わったあと、ツアー参加者がツインリンクもてぎに到着。休憩時間を利用して、ツアーに同行しているクラブツーリズム ユニバーサルデザイン旅行センターの渕山氏からもツアーに関しての解説が行なわれた。
渕山氏は「このツアーが実現したのは2010年11月ですが、それより5年前、別のツアーに参加していた視覚障害者の人から『一生に1度でいいのでクルマを運転してみたい』という話をされました。ここで視覚障害者とお付き合いがない人だと、絶対ムリだ、危ないという発想になると思いますが、長年、障がい者の人と行動をしてきた身としては、ぶつかる心配がない広い場所と助手席にブレーキがあり、インストラクターが同乗できればなんとか実現できるのではないかと考えた」と語る。
「その後、仕事の合間を見つけて協力してくれるコースを探したところ、茨城県にある茨城県西自動車学校さんが協力してくれるということになりました。しばらくお世話になりましたが、自動車学校ということで定期的な開催が難しかったため、以降はツインリンクもてぎのアクティブセーフティトレーニングパークにお願いすることになりました」とのことだった。
次に視覚障害のある参加者に対するツアー告知について。「以前は点字の案内や印刷物を家族やサポートの人に読み上げてもらう方法でしたが、5年ほど前からはメールに旅行パンフレットの内容を記録した音声ファイルを添付して告知する方法が主体になり、スマートフォンの普及とともにこれが主流になりました。私どものリストに登録されている視覚障害者の人にご案内のメールを送ると、それがそれぞれの人が持っているネットワークで広がるようになったので、こちらが告知してからおよそ1週間くらいで全国に知られる状態になっています」ということだ。
気になるツアーの参加料金は6万9800円。また、このツアーは視覚障害者の人が1人だけでも参加できるのが特徴となっている。行動にはサポートをする人が必要だが、それはクラブツーリズムの社員が担当する。このシステムを利用しても追加料金は発生しないとのこと。
これに加えて、視覚障害者の人がクルマを運転するということが観光業に関連する人に伝わることで、これまでは宿泊や食事などさまざまな業種で「うちは障がい者に対応していない」「うちは段差が大きいから」と言われて避けられていたところが、「少し工夫をすれば来てもらえるようになるのではないか?」という考え方を持つようになってきたという。
このあとはツアーの参加者が実際に運転を体験している模様を写真で紹介するが、クルマから降りてきた参加者には一様に笑顔が見られ、待合所で自らの運転体験をうれしそうに語っている姿が印象的だった。そしてツアー初日の最後は南コースに移動して、インストラクターが運転するシビック タイプRでの同乗走行が行なわれた。
試乗前に渕山氏から、同乗走行の車両がシビック タイプRであることが発表されると参加者から歓声が上がった。聞くところによるとツアー参加者はクルマについて詳しい人も多く、スポーツタイプのクルマはエンジン音や加速感で魅力を味わうという。
以上で初日のプログラムはすべて終了。今回の取材は初日のみだったが、2日目はスラローム走行やABS作動体験なども実施されるとのことで、そちらも見学してみたいという気持ちになるツアーだった。