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“躍度(やくど)”ってナンだ? 加速度のその先を見据えたマツダのクルマ作り

マツダ「北海道剣淵試験場」で開催された新型「CX-8」雪上試乗会

マツダの新型SUV「CX-8」。このCX-8を中心に、北海道剣淵試験場を舞台として雪上試乗会が開催された

 マツダは2017年12月中旬、北海道剣淵町に所有する「北海道剣淵試験場」において、新型SUVである「CX-8」を中心とした雪上試乗会を開催した。その模様は橋本洋平氏のインプレッション(“躍度”にこだわって作られたマツダ車の雪道運動性能)でお届けしたとおり。本記事ではそこで解説された“躍度(やくど)”についてお届けしていく。

「サステイナブル “Zoom-Zoom”宣言2030」と躍度を紹介した廣瀬氏

マツダ株式会社 常務執行役員 パワートレイン開発・車両開発・商品企画担当 廣瀬一郎氏

 2017年12月の雪上試乗会において、挨拶&躍度の口火を切ったのは、マツダ 常務執行役員 パワートレイン開発・車両開発・商品企画担当 廣瀬一郎氏。廣瀨氏は「しっかりと冷えており、絶好のコンディションで雪上取材会ができることをうれしく思っています」と、雪上試乗会が(雪が降るなど)天候に恵まれたことに感謝した上で、マツダのクルマ作りについて語った。

天候に恵まれた雪上試乗会。雪上でのCX-8の動きをしっかり体感できた

 廣瀨氏はこれまでの雪上試乗会では、「足裏の力をどうやって分散させるかというi-ACTIV AWDの話から、その力をどこからどうやって動かしていくかといった観点でGVC(G-ベクタリング コントロール)を」紹介してきたと、これまでの雪上試乗会のテーマを振り返った後、「今年は躍度を手の内にすることによって、足裏から路面に力をどうやって出し入れしていくのか。力の出し入れにこだわっていきたい」と、今回のテーマを躍度と位置づけた。

マツダブランドのありたい姿

 その上で、現在のマツダブランドのあり方を提示。マツダは「お客様と強い絆で結ばれた会社」でありたいという。「ロータリーエンジン車、ロードスターなどグローバルに提供し絆を築いてきたが、その絆はCX-5など新世代商品群の投入以降もつながり続けていると信じている」「お客様の期待を超える商品とサービス、これを通じてお客様の人生を笑顔で輝かせ続ける、そんな存在になれるよう、いつまでも努力を続けたいと考えています」と語り、このマツダブランドのありたい姿の実現に向けて、2017年8月に「サステイナブル “Zoom-Zoom”宣言2030」を発表。これは、2007年の「サステイナブル “Zoom-Zoom”」に続くもので、マツダが先を見据えて策定した長期ビジョンで、下記の図を示した。

サステイナブル “Zoom-Zoom”宣言2030

 これらのことを実現するために必要となるのが、「特別な意識をしなくても安心・安全、つまり不安や違和感に意識を向ける必要がない、そんな運転ができる。だからこそ生まれる余裕によって、人の感覚が研ぎ澄まされ、お客様の走る歓びの質が磨かれ、高まっていく。そんな状態をお届けすることが必要なのだと考えている」と説明。その実現のために人間を研究し、人間の意図したとおりにクルマが動く、つまり「クルマが身体感覚」になる、これがマツダが掲げる“人間中心のクルマ作り”と結んだ。

一貫した開発哲学
造り込みの指標

 このクルマの動きの指標として、マツダは“躍度”を取り上げたことになる。この躍度というのは時間あたりの加速度の変化率のことで、力の出し入れの緻密さを表わすと解説。この躍度が外からの出し入れ(つまり、アクセルのON/OFF)でコントロールしやすい、操作する人の身体感覚で使えることが大切とし、雪道や凍った路面などの滑りやすい路面では、その躍度の緻密さが本領を発揮し、安全・安心の確保につながると紹介した。

躍度コントロールの価値

 “躍度”と聞いて思ったのは、この言葉を選んだマツダ開発陣の言語感覚の素晴らしさだ。理系であれば、一般的に加加速度やJerk(ジャーク)として、もしくは単位でm/s3として理解している概念。微積分の得意な人であれば、距離の時間に対する微分が速度で、速度の微分が加速度、加速度の微分が加加速度(d3x/dt3)と理解しているだろう。

 それを躍度と和語として提示。和語とすることで、魂動(こどう)デザインを掲げ、人間中心を開発のコンセプトに持つ、新世代マツダ車とのマッチングがとてもよいように感じた。この躍度という言葉を使うことを決定した人について広報に確認したところ「おそらく開発陣の誰か」とのこと。このようなセンスが、現在のマツダ車の質のよさをもたらしているのかもしれない。

井上氏の語る、マツダの躍度

マツダ株式会社 パワートレイン開発本部 走行・環境性能開発部 第1走行・環境性能開発グループ 主幹 井上政雄氏

 マツダ車における躍度の詳細については、マツダ パワートレイン開発本部の井上政雄氏が説明を行なった。

 井上氏は、感覚的な領域の話をしたいと前置きし、雪国において提供したい価値から説明。雪国においては、クルマに載る前に寒さで体がこわばり、さらに厚着や雪靴で操作がしづらくなり、クルマの挙動が感じ取りにくくなるという。そのため、「見たまま、感じたままにスッとクルマが動く。そういったクルマを作っていくことが必要なのです」と導入。ここから本格的に躍度の解説に移っていった。

雪国、雪国の走行において提供したい価値

 躍度とは、加速度の時間の変化率になる。そのため躍度を理解するには加速度の理解が必要になる。

 井上氏は、「動いているものには加速度が発生する」と紹介し、立っている状態から歩き出した時点で、0.14G~0.15G程度の加速度が発生するという。この加速度が発生する時点で躍度が発生し、躍度は加速度が変化していく状態・勢いであると紹介した。

躍度のグラフ

 具体的には、同じ0.4Gの加速度があるとして、それが2秒で立ち上がったら躍度は0.2G/s、4秒で立ち上がったら躍度は0.1G/sになる。同じ0.4Gの立ち上がりでもかかった時間によって躍度は異なってくるわけだ。

 その後、F=maという運動方程式を紹介。このaは加速度なので、力は質量一定のときに加速度に比例することになる。つまり力は加速度であり、力の増加(減少)する勢いが躍度ともいえる。この力は、クルマにおいては駆動力、制動力、旋回力となり、これをコントロールするのが躍度になる。

 井上氏は、新幹線や飛行機など自分で計測した躍度を紹介しつつ、ドライバーはアクセルを踏み込む量で加速度をコントロールし、アクセルを踏み込む勢い(速度)で躍度をコントロールしていると紹介。ドライバーが加速度・躍度をうまく使って、タイヤに加わる力をうまくコントロールできることが大切であるとした。

力について
力の出し入れ
加速度と躍度のグラフ
クルマの走行状態への影響
人の作用、感じ方
乗り物の躍度の事例
バス。変速ショックが如実にグラフに出ている
飛行機
意のままについて
意のままとは、運転計画どおりに走ること
アクセル開度について
ドライバーがアクセルによってコントロールしているもの
躍度のコントロール
運転計画に対する躍度のコントロール
意のまま まとめ
躍度に対するマツダの考え方

 マツダは、この躍度という指標も用いてクルマを開発しており、ドライバーの緻密な躍度コントロールに応えるクルマを提供しているわけだ。

 今回の雪上試乗では、この躍度モニターがマツダコネクトを覆うように取り付けられ躍度が“見える化”されていたが、マツダが躍度を追求していくならば、この躍度モニターをマツダコネクトに表示できるようにしてもらえれば、躍度を運転に役立てやすいだろう。というようなことを別の開発スタッフにリクエストしてみたが、「それはi-DM(インテリジェント・ドライブ・マスター)で表現しています」との答えをいただいた。ただ、i-DMでは小さいランプの色が変わるだけで、リアルタイムの躍度数値は理解できず、運転が終わった後もなにかよく分からないスコアが表示されるだけだ。現代のクルマは、加速度センサーがとりつかれており、躍度は加速度の変化を時間で割り算するだけで算出できるので、XML表示が可能なマツダコネクトへの実装は難しくないだろう。マツダは2014年の「CES」にマツダコネクトの開発環境を展示しており(関連記事:【CES 2014】マツダ、車載情報システム「マツダコネクト」の開発環境を展示)、躍度にこだわるマツダならではの展開を期待したい。

マツダが特別に設置していた躍度モニター。加速度は(m/s^2)と書いてあるが、躍度は(m/s^3)と書かずに“ヤクド”と書いてあるところがナゾ。カタカナになることによって、秘密のパラメータっぽくなっている
こちらは別の躍度モニター。結構スマートな仕上がり。次期マツダコネクトへの搭載を期待したい

 躍度とは、アクセルを踏み込む速度であり、マツダはその踏み込む速度が“意のままに”反映されるクルマの開発を続けている。それには、アクセルに素直に反応するエンジン、エンジンの出力を素直にタイヤに伝えるパワートレーン、そしてその反力をしっかり支えるボディ構造が必要。また、アクセル操作は前後方向の躍度だが、ステアリング操作による左右方向の躍度もあり(もちろん合成しての斜め方向の躍度、サスペンションの伸縮を活用した上下方向の躍度もある)、それらをすべて“意のままに”操れるクルマは楽しい運転ができるに違いない。

 マツダは常にクルマをアップデートしてきているが、その開発アップデートの要素の1つに躍度があり、最新のマツダ車は躍度コントロールにおいて進化しているということだ。その最新作がCX-8であり、躍度コントロールに注目してクルマを見ていくのは、新たな評価軸としてありだろう。