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【SUPER GT 最終戦もてぎ】「来年のことについて皆さんが何を望んでいるか理解しているが、今は静かに喜びたい」と山本尚貴選手

優勝者、シリーズチャンピオン記者会見レポート

2018年11月11日 決勝開催

GT500クラスでシリーズチャンピオンを獲得した100号車 RAYBRIG NSX-GTの山本尚貴選手(左)、高橋国光監督(中)、ジェンソン・バトン選手(右)

 SUPER GT最終戦「2018 AUTOBACS SUPER GT Round8 MOTEGI GT 250km RACE GRAND FINAL」(以下、最終戦もてぎ)が、11月11日~12日の2日間にわたってツインリンクもてぎ(栃木県芳賀郡茂木町)において開催された。

 決勝レース終了後には、GT500のウィナーである8号車 ARTA NSX-GT(野尻智紀/伊沢拓也組、BS)の両ドライバー、GT500のシリーズチャンピオンの100号車 RAYBRIG NSX-GT(山本尚貴/ジェンソン・バトン組、BS)の両ドライバーと監督、GT300優勝でかつシリーズチャンピオンの65号車 LEON CVSTOS AMG(黒澤治樹/蒲生尚弥組、BS)の両ドライバーと監督が登壇して、ウィナー&チャンピオン記者会見が行なわれた。

今日のレースは勝てたが、チャンピオンにはなれず複雑な心境なので来年に借りを返したい

──今日のレースの振り返りと感想を。

伊沢拓也選手:自分のスティントではとにかく逃げてマージンを稼ぎたいと考えていた。途中ギャップを作れたり、GT300を周回遅れにするタイミングで追いつかれたりとかあった。それでほぼミニマムの状態でピットに入ったのだが、タイミングが悪かったのではなく、クリアーなところで戻ることを優先して入ることにした。それが功を奏して全車ピットに入ったタイミングではいい位置にいることができた。勝てないとチャンピオンになれないという状況の中で、やれることはやったということ。100号車で言えば、昨年いたチームがチャンピオンを取ったというのは悔しいが、山本選手が2つのシリーズでチャンピオンを取ったのはすごいし尊敬している。来年は自分たちが取れるように頑張りたい。

伊沢拓也選手

野尻智紀選手:伊沢選手からミニマムでバトンを受け取った。交代後はチームからクリアなところにいるので今稼ごうと言われていた。100号車などは自分達より後に入るので、そこで逆転されてしまう可能性があるからと。そこで頑張って100号車とギャップが作れたのがよかった。今日はともかくチームのよい作戦と、高いポテンシャルの車があったことがすべて。そしてそれを作ってくれたホンダには感謝したい。伊沢選手も言っていたようにもちろんうれしさあるが、悔しさもあるので、こういう複雑な想いはもうしたくないと思うので、今日のことは忘れないようにして来年以降頑張りたい。

野尻智紀選手

──レース後半に38号車が近づいて来た時にはどんな心境だったか?

野尻選手:最初は7秒程度あって、それが5秒程度、そして最終的には3~4秒に落ち着いてきたが、割と安心してドライブしていた。GT300が競っている中では、重なってしまうことがあって追いつかれたりということもあったが、最後までタイヤもポテンシャルを発揮して、その後引き離すこともできた。

 最初の7秒が5秒に、3-4秒におちついてきた。安心してやっていた、300が競ってる中で、重なってしまうところもあって。タイヤもポテンシャルもあってその後引き離すことができた。

──オートポリスのように、すぐにタイヤがピックアップでつらい状況になってしまうのではないか?という不安はなかったのか?

伊沢選手:レース始まるまではどうなのかという不安はあったが、ウォームアップで調子がよくて消えた。逆にオートポリスの時は4周でダメだと言っていたのに対して、僕が乗っている時にはでなかった。

野尻選手:オートポリスは走り始めてすぐに感じていた。それに対してピックアップがなければ引き離すことができていたし、安定してポテンシャルができる車に仕上がっていたことが大きい。

来年のことは何を皆さんが求めているか理解しているが、今は静かに喜びたいと山本選手

シリーズチャンピオン会見では、GT300、GT500のチャンピオンチームのドライバーと監督が呼ばれて、質問に答えた。

──今のお気持ちと今日のレースの振り返りを

山本尚貴選手:自分の第1スティントは8号車とのバトルになって、8号車のペースがよかった。食らいついてガソリンが軽くなってきてからは追いつくことができた。しかし、8号車がピットに入るのが早くて、こちらも早めに入るというのもあったが、今回はチャンピオン争いをしている中だったので、やはり1号車を見ていかないといけなくて、僕らの方が先に動くと、彼らが無交換で来てという可能性もあった。結局向こうもタイヤがきつかったのか、あるいはタイヤを交換すれば勝てるという賞賛があったのか、同じタイミングになった。トムスの力は本当にすごくて、その後はJBに変わって大変だったと思うけど、彼が頑張ってくれた。

山本尚貴選手

ジェンソン・バトン選手:自分のスティントは10歳も歳を取ったような感じた(笑)。尚貴は本当によい仕事をした。1号車は僕らと同じタイミングで考えていたのか、ピットのタイミングがどんどん後になっていた。そして変わってからは38号車と戦ったけども、石浦さんはほんとうによいブロックで、よい仕事をしていたと思う(笑)。それを見ていた尚貴はとてもナーバスだったと思うけど、自分としては本当によい仕事ができたと思う。

 1号車が追いついて来てからは本当にタフだった。向こうの方が速かったし、トラフィックをかわしながらリードを維持するのは本当に難しかったけど、ポジション重視で戦った。チェッカーを受けた時には、本当に助かったと思ったし、嬉しかった。

ジェンソン・バトン選手

高橋国光監督:チームの総監督として、レース結果を見て、2人のドライバーによく走ったな、そう思います。そういった、車をメンテナンスしてくれているATJ、ホンダの改良、そして関わっている皆さんが一生懸命やってくれたお陰でこういう走りができた。今のSUPER GTはすごい車とすごいドライバーが関わっている世界一のレース。山本君の場合、最初うちのチームでGT500に乗り始めた頃は純真な子供みたいな感じで、今はむしろこちらの方が教えられるぐらいで世界に通用するドライバーだと思う。

 ジェンソン・バトンさんも、元F1チャンピオンが、まさかGTレースに関わってくれるなんて夢にも思っていなくて、最初は本当かよと思ったり、下のカテゴリーだからと見下したりしているのではないかと思っていたのだが、いざ最初にレースをやったときには、こんなに真面目で慎重で素晴らしいレーサーだな、信頼感をもった。このカテゴリーでは元F1という経歴のドライバーも少なくないが、いつでも真面目にハンドルを握ってもらい、この結果につながった。これは速すぎるぐらいで、彼はスーパースターだ。久々の20年振りぐらいの大きなタイトル獲得で、嬉しく思う。エンジニア、メーカー、スポンサー、ファン…すべての皆様に感謝したい。

高橋国光監督

黒澤治樹選手:皆さんにお礼を言いたい、人生で初めてのチャンピオン。今日のレースから振り返ると、蒲生選手にタイヤ無交換でつながないといけないので、ピックアップなどに気をつけて走っていた。タイヤの暖まりに関しては他のタイヤに比べて辛かったが、そんなに心配していなくて、それが勝因につながった。1年間戦ってこれたのは、オーナー、メンテナンスガレージには、さらにはエンジニアも兼任してもらった監督、そしてスタッフが寝ずに作業をしてくれたこともある。多くの人が足場を支えてくれていた。その結果としてドライバーがこういう頂点にこれて、気持ちとしてはとても嬉しい。そして、うちのオヤジ(筆者注:元レーシングドライバーの黒沢元治氏)も二十数年自分のコトを支え続けてくれたので、いいプレゼントができたと思う。

黒澤治樹選手

蒲生尚弥選手:今日のレースを振り返ると、タイヤ無交換で行く作戦。これまで一度もやったことないし、セーブするのはいやだったし、ひたすら走ることを目指した。その結果チャンピオンも取れたので嬉しい。

蒲生尚弥選手

溝田唯司監督:何をいっていいかわからないけど、65号車に関わってくれた方、ブリヂストンさん、今年からパートナーになっていただいたWAKO'Sさん、チームスタッフ、このチームって仕事がやりやすくて純粋に仕事ができるチームなので、順当な結果だと思う。

溝田唯司監督

──日本人選手でスーパーフォーミュラ(とその前身のフォーミュラ・ニッポン)とGT5OOを同時に征したのはは本山選手と山本選手しかない。このことは山本選手のキャリアについて影響があるか?

山本選手:あの本山選手についで日本人で二人目なんて夢のような話で、言葉に言い表わせないぐらいよい成績を出すことができた。スーパーフォーミュラーはシングルシーターなのに対して、GT500に関してはパートナーが大事で、多分にJBの力であり、JBに感謝したい。レースを長いことをやっていても、こんな成績を出せるような権利がある状態で最終戦を迎えることは少なく、限られたドライバーだけに許さされるものだ。それを達成できたことは本当に嬉しい。もちろんその可能性があることは理解していたので、この3週間は本当にストレスフルで、自分の行ないがキラになるほどだった。

 来年以降のことに関しては、皆さんが何を求めているかは解るけど、今は喜ぶことで精一杯なので、それだけにさせておいていただきたい。

──バトン選手に、この新しい挑戦にはプレッシャーがあったのか?

バトン選手:もちろんだ。GT300のトラフィックは完全に新しい経験だし、プレッシャーはあった。特にGT300がまとめてきたときは難しかった。コーナーにいてもどっちにいったらいいのか、ましてやそれを順位争いをしながらやらないといけない!

──バトン選手に、どのタイミングで安心できたか?

バトン選手:チェッカーを受けた時だ(笑)。イギリスの格言では、「卵がかえる前にニワトリを数えるな」というのがあるのだが、まさにそれだ。1号車がかなり接近してきたときにオーバーテイクできる可能性があるところでは慎重に走った。トラフィックがいるときが特に問題で、それがいなくなれば大きな問題はなかった。

──ピットアウトした後、38号車とバトルになっていたが、その時の心境は?

バトン選手:タイヤをケアすることは大事なことだけど、そのバトルの間は敢えて無視した。後絶対に接触しないように走っていた。3周はトライしてみたけど無理だと解ったし、ピックアップもあったので、その後はタイヤからピックアップを取ることに集中した。

──バトン選手は、来年もこのような挑戦をするのか?

バトン選手:来年の詳しいことはまだ説明できないけど、同じようなことをする可能性はある。このシリーズに挑戦するに当たって重要なコトは、いろいろな人から話を聞いてトラフィックや、タイヤウォーマーなしでタイヤを温めるなどの新しい経験に対処する必要があった。そこで、尚貴からいいフィードバックをもらっていたよ。

──黒沢選手、蒲生選手に、31号車がすごい勢いで追い上げてきた時やウインニングラップの心境を教えてください。

蒲生選手:最後ペースが落ちたのは十分なギャップがあってタイヤも無交換だったので、マージンを作っていたので、さほど気にしていなかった。ウイニングラップではほっとした心境だった、やっと終わったという。

黒沢選手:チェッカー見るまでは、残り10周からまだ終わらないのかという気持ち。残り3周でいてもたってもいられなくてピットレーンに向かって監督と一緒に見ていた。今までの6年間やってきた気持ちがでた、無理難題言ってきたときもあるし、工場やチームにあたったこともある。それを乗り越えて、ここにきて、走馬灯のように流れ出てきた。

溝田監督:残り数周で前に周回遅れの遅い車がバトルしている、ブルーフラッグもでないしで結構いらいらしていた。見たら横で(黒沢選手が)泣いてたので、乗り遅れた感があった(笑)。蒲生選手に帽子もっていったら、そんなに喜んでいなかったので、もしかしてチャンピオンになったことに気がついていなかった?

蒲生選手:チャンピオンになったのほとんど知らなかった(笑)