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トヨタはなぜ低速自動運転車「e-Palette(eパレット)」の運行再開を組織委員会に願い出たのか? 三位一体の対策に込めた思い

2021年8月30日 発表

「e-Palette(eパレット)」の操作部となるジョイスティック。自動運転の際は収納などもできるようになっているが、今後は常に出した状態でマニュアル運転を主に運行されていく。赤い丸いボタンは非常停止スイッチ

 トヨタ自動車は8月30日、8月26日14時ごろ発生した同社の自動運転車「e-Palette(eパレット)」とパラリンピック選手の接触に関する続報とその対策を報告した。続報については、発生状況を「歩行者」「車両」「誘導員を含むインフラ」の3つ観点のから報告。対策内容についても、3つの観点それぞれに対策を行なうことで、主催である組織委員会が運行再開を決定したことを報告した。

 いずれも既報のとおりではあるが、トヨタ自動車 執行役員 Chief Communication Officer 長田准氏との質疑応答により詳細が分かった部分もあるのでここにお届けする。

eパレット

接触の発生状況

 接触の発生状況として、「歩行者」「車両」「誘導員を含むインフラ」がトヨタから発表されているが、こちらについては改めて詳細をという部分はなかった。現状報告されていることがすべてであり、トヨタとしては警察当局へ映像資料なども提出、組織委員会の私有地という状況(公道ではない)ではあるものの、当局に全面協力している状況になる。

対策内容

 対策内容については、「歩行者」「車両」「誘導員を含むインフラ」のうち、とくに「車両」「誘導員を含むインフラ」についての詳細が語られた。

車両

 車両についての対策は、自動運転→マニュアルでの加減速・停止、接近通報音の音量アップ、搭乗員の増員が挙げられている。このうち、自動運転→マニュアルでの加減速・停止については、これまで加速・減速を自動運転で行なっている部分もあったが、ここについては完全にマニュアル運転にするとのこと。

 eパレットは自動運転を想定した作りになっており、一般のクルマのようにステアリングと、アクセル、ブレーキで操作するのではなく、ジョイスティックで操作をするような機構が組み込まれている。前後方向の加減速については、自動運転をやめ、このジョイスティックでのマニュアル運転のみにするという。

 ただ、右折や左折においては自動運転モードでの動作になる。これはジョイスティックでの信号により適切な右折や左折のモードに移行するため。もちろん、この際も自動ブレーキなどの安全装置はきちんと動いてる形になる。

 ただ、今回の接触事故はT字路の右折時に発生したものになる。T字路を右折時になんらかのオブジェクトを検知してeパレットは一旦停止。オペレーターが再度運行を指示して動き出し、さらに自動検知して自動ブレーキはかかったものの、接触事故が起きてしまっている。

 その際には、右折時の左前輪のホイールハウス付近への接触ということだが、前回の会見時には「死角が~」という部分も挙げられていた。

 eパレットのジョイスティックを操作する運転台は、車両中央部にあり、確かに左前方は見えづらい部分がある。そのため、搭乗員の増員を行ない、より見える範囲を増やしていく。

 また、今回は視覚障害者との接触事故となったため、前回、豊田章男社長がすぐできる対策としていた接近通報音の音量アップも行なう。音量は「2倍~3倍にする」とのことで、音については現在と変わらずプリウスなどと同じものとのことだ。ちなみにプリウスなどHEVやBEV、また従前のeパレットで鳴らしている音は国土交通省のガイドラインに従ったもので、その検討の際にも「自動車ユーザーや視覚障害者団体」の声に国交省が応えて定めていたものになる(2009年から検討し、2010年にガイドライン発表。2016年に義務化発表)。

国交省、ハイブリッド車等の静音性対策を検討

https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/307256.html

誘導員を含むインフラ

 接触事故時点でも2人の誘導員が交差点にいたと報告されているが、この点についても強化。誘導員を車両担当と歩行者担当に分離し専業化、交差点の誘導員の増員(6人→20人強)していく。

 詳細について長田氏は、現在会場内には6か所の交差点があるという。そのすべてに誘導員が配置されるほか、人通りの多い交差点である3か所には重点配置。とくに多いところでは、交差点の4隅に配置するとともに、それを統合して指示する人を配置し、5人配置の場所を設けるという。ただ、詳細については組織委員会と調整中とのことだが、いずれにしろ誘導員の役割分担を明確化するとともに、人数をかけることで、オリンピックと同様であった運営から、パラリンピンクの特徴である多様な歩行者に対応していく。

 eパレットの車内に搭乗員を増やすとともに、交差点での誘導員に車両専用の誘導員を配置。歩行者側にも移動時のルールなどをきちんとつたえることで、歩行者、車両、誘導員を含むインフラで三位一体の対策を行なっていく。

トヨタはなぜ三位一体の対策をして、eパレットの運行再開を組織委員会に願い出たのか?

 上記の対策、現場で対応にあたる人員への教育、およびテスト走行を実施した上で8月31日15時の運行再開を組織委員会が決定したという。運行時間は、これまでの24時間体制から、朝6時~午前0時の18時間体制で2直(スタッフ2交代制)へと変更する。そして、各直でPDC(計画、実行、確認)を回して、運用面の改善を行なっていくと長田氏はいう。

 対策を見て分かるのは、自動運転の一部マニュアル化をはじめ、搭乗員増員や誘導員の増員など、あらゆるところで人が増員されていること。この増員についてはトヨタグループからのリソースも提供していくとのことだ。

 おそらくトヨタにとって最も簡単な判断は、当局の接触事故に関する完全な判断が出るまで待ち、お詫びに徹することだろう。しかしながら、9月5日までというパラリンピックの会期を考慮して、「歩行者」「車両」「誘導員を含むインフラ」で分析。それぞれに対策を講じることを立案し、組織委員会に提案し、テストをして運行許可を得た。しかも、先週末にだ。

 現場での問題点を改善し、愚直に前に進む姿勢を示したわけだが、それにはトヨタの思いがある。「パラリンピックのアスリートのみなさんを楽にしたいという思いだけです。(モビリティが止まって)今、パラアスリートのみなさんは車椅子の方など膝の上に荷物を載せて自走されています。相当、この暑さのなかでしんどいのです、見ていても。それをとにかく早く解消したいという、われわれの共通した思いが、そういう行動に出たとご理解いただくとありがたいです」と長田氏は語り、この対策の概略は先週の土曜日に作り上げたという。

 これには同社のトップである豊田章男社長の動きもあったという。長田氏によると、26日14時ごろ発生した事故に対し、その夕方には豊田社長は現場に入ったとのこと。今回の問題点を確認し、対策を作り上げる上でこうしたトップの動きは、改めて大変助かったという。

「部下からすると、トップが、自分の上司が現場に来てくれて、そこで感じて、ファクトをもってもらっているのがどれだけありがたいか本当に感じています。いちいち説明をしなくてもよいですし、その場で一番まずいところ、ボトルネックも分かってくれてますから。そこにわれわれが集中していけるのは、大変ありがたい」と語った。

 今回の接触事故が示すのは、低速で決められたエリアを走る自動運転車といえども混合交通の中では、さまざまな人との共存が極めて難しいということだ。ただ、どんなに難しくても、2021年7月末までの7か月で1428人の人が日本の交通事故で亡くなっており(1日平均6.7人)、20万1525人の人が負傷している(1日平均951人)現実を解決していくためには、自動運転技術の発展が必要なことは間違いない。もちろんeパレットについても今後このようなことのないよう、あらゆる検討を加えていっていただきたい。