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マツダの「ディーゼルエンジン制御プログラム最新化サービス」とは? 開発エンジニア3人が内容解説

2021年9月4日 開催

アクリルパネルによる感染症対策を施したステージ上で「MAZDA SPIRIT UPGRADE D1.1」について解説するオンライントークショーが開催された

今乗っている愛車を最新仕様にブラッシュアップできる新サービスがスタート

 マツダは9月4日、同社が発表したクリーンディーゼルエンジンの制御プログラムを最新化する新サービス「MAZDA SPIRIT UPGRADE D1.1」について、モータージャーナリスト 竹岡圭氏と同社の開発エンジニアが解説するオンライントークショーをマツダ公式YouTubeチャンネルでライブ配信した。

 なお、MAZDA SPIRIT UPGRADE D1.1の内容は、関連記事「マツダ、『MAZDA3』『CX-30』クリーンディーゼルエンジンの制御プログラム最新化サービス『MAZDA SPIRIT UPGRADE D1.1』」を参照していただきたい。

司会を務めたモータージャーナリスト 竹岡圭氏

 トークショーでは冒頭で司会の竹岡氏からイベント趣旨が説明されたあと、同じくステージに登場したマツダの開発エンジニア3人の紹介が行なわれた。

マツダ株式会社 カスタマーサービス本部 主査 児玉眞也氏

 マツダのカスタマーサービス本部で主査を務める児玉眞也氏は、普通の会社なら企画段階でNGが出そうな初代「ロードスター」が発売されたことからマツダという会社に魅力を感じ、さらに入社した1991年にマツダがル・マン24時間レースで優勝したことなどがきっかけになってマツダの社員になったという。入社以降は内装のエンジニアとして働き、フォード関連車種などを手がけたあと、2014年から3代目「アクセラ(現MAZDA3)」の主査を担当。2016年からは「CX-5」「CX-9」の主査を務め、現在はクルマ以外の面からマツダブランドを訴求していく立場から、創立100周年グッズの製作に携わったほか、今回の新サービスも担当しているという。

マツダ株式会社 MAZDA3 主査 谷本智弘氏

 続いて現在MAZDA3の主査を務める谷本智弘氏は、児玉氏の1年後輩として1992年に入社。学生時代に雑誌で目にした3代目「RX-7」の低くスポーティなスタイルに魅了され、自分でもこんなクルマを開発して世に送り出したいと考えたのが入社動機。長く電装品の設計・開発に携わり、欧州における自動車市場の動向調査や商品開発などを手がけた経験をMAZDA3の主査としても振るっているという。最近では愛車であるMAZDA3 ファストバックの後席に設けたペット用シートにトイプードルの「Tina」を乗せて思い出作りのドライブに出かけるのが趣味になっているそうだ。

マツダ株式会社 パワートレーン開発本部 制御システム担当 吉田壮太郎氏

 3人目の吉田壮太郎氏がマツダに入社した2007年当時は、まだマツダは欧州向けや一部の商用車向けにしかディーゼルエンジンを製造していなかった。しかし、吉田氏は入社から一貫してディーゼルエンジン設計に携わっており、マツダの新しい金看板となった「SKYACTIV-D」が乗用車に搭載されて日本国内で走るようになったことを本当にうれしく感じているという。大学では目では見えない電磁波工学を専攻していたが、クルマは街を歩いていて普通に目にするもので、そんなもの作りを仕事にしたいとマツダに入社したとのこと。愛車の「CX-3」で温泉巡りをするのが趣味とのことだが、竹岡氏から「こちらはディーゼル?」との問いかけに「ガソリンです」と回答して一同を笑わせるシーンもあった。

吉田氏のCX-3がガソリンエンジン車だと聞いて「ずっとディーゼルやってるのに~!?」と突っ込む竹岡氏。吉田氏は「ガソリンがちょうど出たタイミングで、そうですね……」と言葉を濁した

これからも販売済みのモデルに適合するアップデートを用意していく

新サービスの名称に込められた意味を説明する児玉氏

 開発エンジニア3人の紹介が終わって本番となる新サービスの解説がスタート。まずはMAZDA SPIRIT UPGRADEという名称に込められた意味を児玉氏が説明。マツダのコーポレートビジョン「カーライフを通じて人生の輝きを人々に提供する」と、マツダの開発哲学である「人間中心」「安全・安心に運転できる」などのマツダスピリットは、最新・最良のパフォーマンスとして磨き続けているが、これを少し前のモデルに乗っている人にもクルマを乗り替えることなく体感してもらいたいと考え、サービス名にスピリットという言葉を使ったという。

 続けて、9月2日の発表と合わせて公開された「MAZDA SPIRIT UPGRADE D1.1」に関する情報サイトでも掲載されている対象車種などのサービス詳細について説明し、手軽な方法として自分のクルマが対象になるか「日ごろお付き合いのある販売店に問い合わせていただければ」と紹介している。

MAZDA SPIRIT UPGRADE D1.1の対象車

 また、不定期に商品改良を行なって、新しいモデルを市場投入し続けている昨今のマツダの戦略について竹岡氏は「改良するのはいいけれど、いつ買ったらいいか分かりにくいという人もいる」と語り、こうした点について谷本氏に問いかけた。

新サービスはマツダが近年抱えてきたジレンマを解決する手段になると谷本氏

 一般的には5年のモデルサイクルの中で、通常は中間地点で1回改良を行なうのが業界の常識になっていると谷本氏は説明。しかし、マツダでは2012年に発売したCX-5以降、最新・最良の技術をいち早くユーザーに届けることを最優先にしてきた。一方、この方針はユーザーが購入時期の決断に頭を悩ませることになることが課題になってきたという。

 このジレンマをデジタル化で解決する手段として、国土交通省が2020年11月に「自動車の特定改造等の許可制度」を新たに施行。一定の要件を満たすことでソフトウェアの更新で性能向上や機能追加(改造)が認められることになり、新サービスはこれを利用したものとなっている。

 今回の新サービスに先立ち、2月にはMAZDA3とCX-30の「e-SKYACTIV X」搭載車でエンジンとAT制御プログラムを最新化するアップグレードサービスを実施しているが、ユーザーからは「走りが楽しくなった」「パワーが上がった」「運転操作にクルマが素直に反応してくれるようになった」といった反響を得ているという。マツダではこの好評を受け、今後も同様のサービスを継続していく計画を立てており、これからも販売済みのモデルに適合するアップデートプログラムを用意していくと谷本氏は説明した。

新サービスの効果について感想を述べる竹岡氏

 そんな新サービスの効果を、竹岡氏もトークショー開始前に行なった試乗で確認しており、低回転から力強いトルクを発揮するディーゼルエンジンだが、信号待ちからの再発進といったシチュエーションでは、走り出す瞬間に「もうちょっと」と感じることもあったという。そうなれば自然とアクセルを踏み込みがちになり、回転数が上昇してから今度は加速しすぎる状態になって困ることもあった。また、低回転が得意なディーゼルエンジンは、その半面でガソリンエンジンのような高回転側で伸びを期待できない面もあるが、サービス適用後の車両では高回転でもエンジンの伸びを感じるようになり、合流加速がしやすくなり、高回転まで気持ちよく吹け上がる感覚があったという。アクセル操作に対してリニアで自然なパワー感があり、これは意義深いアップグレードだとの感想を述べた。

出力向上に合わせてトランスミッション制御も変更

新サービスによる進化を体感できる4つのポイント

 このほか、吉田氏がマツダで想定している「日常で体感できる走りの進化」について、動画も交えて「発進」「追従」「高速合流」「登坂路・ワインディング」という4つのシーン別に紹介した。

 今回のアップグレードプログラムでは燃焼のより細かな制御でドライバーのアクセル操作に忠実な加速を行なうようにして、発進加速の段付き感を抑制。スムーズに加速することで同乗者の体の動きが減り、ロングドライブでの疲労も軽減できるという。また、燃焼制御の変更でトルクカーブが変わったことに合わせ、トランスミッションの制御も変更。変速タイミングの見直しと同時にすばやく滑らかな変速を可能にして、この面も走行時の疲労軽減に寄与している。

 高速道路でのETCゲート通過後や合流加速などでの加速では、4000rpm付近におけるトルク向上と14PSアップの効果で、2速、3速での加速に伸び感が発生。安心・安全で気持ちよい走りを体感できるポイントとした。また、上り勾配でのアクセル踏み足し、ワインディングでの加減速といったシーンでもエンジン出力とAT制御の同調をより緻密に制御して「人馬一体」感をさらに高めている。

市街地走行で多くなる発進加速で段付き感を抑制
渋滞時などで発生する追従走行でも、アクセル操作による加減速をより細かく制御。同乗者にフォーカスしたシーンでは、竹岡氏が「この人、体を固定しているわけじゃないよね?」と確認するほど、加減速しても前後の動きが出ていなかった
トルク向上などの効果で短い合流車線でもより加速しやすくなった
登坂路やワインディングが「人馬一体」を体感しやすいポイントだと吉田氏

 改良で苦労したポイントとして吉田氏は「一番苦労したのはエンジンの応答性の向上です」と回答。この実現に向け、燃料の噴射量を増やしてより力強くエンジンを回せるようにしたことと同時に、噴射のタイミングや噴射時間、空気の流量などを合わせてコントロールしてエンジンの応答性を高めているという。また、現代のクルマではエンジン出力とATの変速を協調制御しており、天文学的な組み合わせから最適解を見つけ出すことに苦労したと解説した。

 もちろん、出力向上と同時にNOx(窒素酸化物)やススの発生を抑制し、燃費も悪化させないようクリーン性能を維持するため、燃料噴射を緻密に制御しているという。このためにコンピュータシミュレーションと物理化学の用いて計算を実施。しかし、最終的にはエンジンのハードウェアと組み合わせて実車での最終検証を行なっているという。

燃料の噴射量を増やしつつ、燃費や排出ガスといったクリーン性能も維持していると吉田氏

 内容の説明が進んだところで、気になる新サービスの価格について児玉氏が紹介。サービス自体の価格は4万6200円で、これに販売会社での工賃が発生する。また、アップグレードを受けるためには事前予約が必要で、作業時間は約30分という想定だが、作業時間は当日の内容説明や申し込みに関連する書類などの記入を含めたもので、実際の作業自体は5分程度とのこと。車検などの定期点検やメンテナンスと合わせて作業してもらうことも可能なので、ディーラーで何らかの作業を頼むついでに新サービスを受ければ待ち時間などを減らせると児玉氏は推奨していた。

新サービスの価格と作業時間
竹岡氏に「新車に乗り替えることを考えれば安いぐらい。実際に乗ってみて、これぐらいの価値は十分にある」と太鼓判を押され、児玉氏の顔にも笑みがこぼれる

 このほか、ライブ配信中に寄せられた視聴者からのコメントを紹介。コメント内の疑問を受け、マツダで通常行なっているものと同じ保証が受けられること、元から採用しているポートインジェクターが最新の制御にも付いてきてくれるハードウェアだったことも新サービスの鍵になったことなどが説明されたほか、システムで新しくした点について、基本的には従来から故障診断などで使っている機械をそのまま使ってアップグレードできるようにしているが、新サービスはユーザーごとに導入するか選択できるので、アップグレードの有無といった履歴をチェックできるシステムを新たに追加していると児玉氏が解説した。

視聴者からのコメントに3人が回答する時間も設けられた。また、最後のあいさつで児玉氏が「クルマ以外のところでもつながっていける手段を考えていきたい」と語ったところに竹岡氏が反応。7月にミズノとのコラボ商品として発表したドライビングシューズについて、女性向けの製品をぜひ用意してほしいと要望。これについてはすでに山のように問い合わせが来ており、ミズノとも反響を共有していると児玉氏から語られた

 また、最初から今回の仕様で出せなかったのかという疑問については谷本氏が回答。初期モデルの仕様も、クルマが使用される速度域などのシチュエーションを判断して当時は最善であるとの判断で決定したが、発売後に自分たちでも走行を重ね、購入してくれたユーザーから寄せられた感想や要望も参考にしてさらに研究を続け、現時点で一番いいソフトウェアとしてリリースするという判断に至ったと説明した。

 このほか、コメント欄には自分が乗っているマツダ車でもサービスを行なってほしいという要望が多数書き込まれており、これについて児玉氏は、先のことについて具体的なことは発表できないが、期待の声をいただくのは担当者としても非常にうれしいこと。すでに谷本氏からも説明されているように、制御プログラムのアップグレードによる性能向上はこれからも継続していく予定で、パワートレーン以外でも、快適・利便装備や安全装備なども視野に入れていく考えで、SNSなどを使って要望などを寄せてもらえればぜひ参考にしていきたいと語った。

今お乗りのSKYACTIV-D1.8が進化する!? モータージャーナリスト 竹岡圭×マツダエンジニアオンライントークセッション(59分46秒)