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カワサキ「H2」の開発者が、水素のウェット燃焼やドライ燃焼の開発に挑む 将来的には旅客機用ジェットエンジンにも
2021年9月18日 10:00
HySTRA(技術研究組合 CO2フリー水素サプライチェーン推進機構)は、オーストラリアの褐炭から製造される水素などによるカーボンニュートラル燃料のサプライチェーンを構築していこうとしている。このサプライチェーン構築で重要なポイントとなるのが、サプライチェーンを構築するほど水素の需要を作ることができるかどうかということ。
いわゆる「鶏と卵」の関係になるのだが、需要がなければ供給する商売をしようとする人たちは出てこないし、供給がなければ需要も生まれてこない。水素の「つくる」「はこぶ」「つかう」の中で、「つかう」がないと「つくる」「はこぶ」も必要がなくなってしまう。
その「つかう」で期待されているのが、水素から発電して走る電動車であるFCEV(燃料電池車)などだが、急速に売れているわけではない。また、トヨタ自動車も内燃機関でカーボンニュートラルを達成すべく水素カローラの開発をしているが、まだまだ実験車という段階だ。それなりにFCEVが普及しても、2030年で46%減、2050年でカーボンニュートラル達成というタイムスケジュールを考えたときに、大きな需要となるのには時間がかかるというのが実際だろう。
また、バッテリで走る電動車、つまりEVにおいても日本の場合は発電の再生エネルギー比率が低く、火力発電由来の電気で充電する割合が多いという状況になっている。
そこで、注目されているのが水素を燃やして発電する水素発電(水素火力発電)になる。火力発電はカーボンニュートラルの敵扱いされているところもあるが、その大きな発電能力、高い熱効率や発電効率を考えると完成された技術でもある。問題は燃料にあるため、この燃料を水素にすることでカーボンニュートラルな電気を供給できるようになるわけだ。
しかも、その需要はFCEVに比べると膨大で、水素ガスタービン発電1基でFCEV 200万台分の需要を喚起するという試算もある。大きな水素需要を創出し、日本のネックである電力のカーボンニュートラル化も進めることができる。HySTRAに参加している川崎重工も、水素発電を実現しようとしている1社で、水素を燃やして発電する実証実験を行なっている。
技術的に確立された水素のウェット燃焼、しかし効率面で課題
川崎重工が神戸のポートアイランドに構築したのが、水素ガスタービンコージェネレーション発電機。水素と天然ガスを燃料として使える発電機で1MWの能力がある。水素100%でも、天然ガス100%でも、または自由な割合でも燃やすこともでき、当初はインフラの整っている天然ガス100%で運転しつつ、水素インフラの普及に合わせて水素の割合を増やしていくことができるようなことを視野に入れている。
この水素ガスタービンコージェネレーション発電機開発を行なっているのがHySTRAのプロジェクトリーダーでもあり川崎重工業 水素戦略本部副本部長 執行役員でもある西村元彦氏。水素プロジェクトの前は、310PSを発生するカワサキ「H2」のモーターサイクル用スーパーチャージドエンジンの開発に携わった技術者でもある。
西村氏によると、この水素発電機は水素ジェットエンジンを地上に置いて使っているようなものであるという。供給される水素は、レシプロエンジンで15気圧に昇圧。それを燃焼室に送り込んでいる。
現在使っている燃焼方式は川崎重工が開発したウェット燃焼方式で、「ミキサーのところに送り込む水素と天然ガスの量を調整することで水素100%でも天然ガス100%でもあるいは両者の混合ガス、どんな濃度でもこのガスタービンに供給できるようになってます」という。
発生する馬力は2000馬力以上で、タービンを2万2000rpm以上で回転。それを減速して3000rpm程度で発電機を回している。
水素を燃やす上で問題となるのがNOx(窒素酸化物)の発生。西村氏によると水素は天然ガスより7倍速く燃え、ホットスポットができやすいのだという。そのホットスポットによってNOxが発生するため、「水を噴射するスプレーですね。結構ベタなやり方で大気汚染防止法、70ppm以下を達成しました」(西村氏)とのことだ。
ただ、この方法だと水をかけるため燃焼効率が下がるという。この1MW級の発電設備で年間数千万円ほど、30MW級の発電設備で年間で数億になるという。この水をかけるウェット燃焼におけるデメリットを克服する水素の燃焼方式が、川崎重工が取り組んでいるドライ燃焼方式になる。
ドライ燃焼は、発電用途やジェット機への搭載をも見据える
ドライ燃焼方式は、いわばガスコンロが何重にもなったようなものだという。「これは真ん中から火炎放射器のように炎が出ます。リング状に1mmほどの穴が一杯うがってあって、そこから生の水素が出てきます。そのすぐそばにバッフル板があって、空気が渦を巻きます。出てきた水素と空気が渦で急速に混合して非常にコンパクトなもの(燃焼)が形成されて炎が出る。この温度が2000℃と非常に高温になる。高温になってもたった2cmしかない。窒素と酸素は一瞬でそこを通り過ぎてしまいます。窒素酸化物は、窒素と酸素が一定時間高温のところにとどまっていないと着かない」といい、NOxをウェット方式同様に低減することに成功している。
そしてこれは、川崎重工が世界で初めて実現した技術になる。
このドライ燃焼方式の燃焼室を見ると、ジェットエンジンの燃焼室同様の燃焼室が作られているのが分かる。川崎重工もこのドライ燃焼を使ったジェットエンジンの可能性を発表しており、水素ジェットエンジン旅客機のコンセプトを発表しているエアバスとも呼応しているように思われる。
この点を西村氏に質問してみたが、まずは川崎重工として技術を確立するのが先だという。「当社としてはまず自分たちでコンセプトとか技術の核となるところは構築して、その上でアライアンスさんと交渉していく」とのことだ。
西村氏は、このような水素技術を開発していく上でなかなか大変なのが、各種の法律だと語る。水素は高圧ガスで用いると、移動体のタンク、貯蔵用のタンクなどそれぞれで認証が必要になってくるとのこと。また、これらの水素関係を規制する法律としても、消防法や液化石油ガス法、発電に使うなら電気事業法とさまざまな法律に合わせていくことが必要になってくる。たとえば、水素については戦略的に1つの法律、たとえば水素産業保安法のような形で扱ってもらえれば、ものを作ったり設計したりするなどが随分楽になるとのことだった。
カワサキ「H2」の開発、そして今は水素(H2)の開発
川崎重工で水素の開発を行なっている西村氏は、かつてカワサキ「H2」の開発に携わっていたことに冒頭で触れたが、その点についてどう思うかも聞いてみた。
「H2をやっていたときは、ユーロ3排ガス規制がバイクに入ってくるころでした。私の年代だとクルマの昭和53年規制などが頭にあって、あの規制のあとスポーツカーなどは大変なことになった。あれをバイクでやったらお客さまに逃げられてしまうということで、コンパクトで軽量でパワーを出したいなということで過給かなと。もう一つは、当時のスーパースポーツはパワーでサチっていた、ノーマルアスピレーションだと(自然吸気の限界にあった)。1馬力上げるのに何億円も開発費がかかっていたのです。それを機械過給を付けると、300馬力がすぐに出る。当時エンジンシミュレータを私はやっていて、数値計算で出していた。そのため、そういうのをやりませんかということで(H2が)始まった。コンプレッサーがリショルムだとかルーツだとかでは大きいので、オートバイに積めるような14万rpm回るものを作った」と語り、H2の開発について振り返っていただいた。水素開発との絡みについては、「何の因果か分かりませんけれども、たまたまそういう道はありました」とのことだった。
トヨタ自動車と現在一緒に協力して水素事業を進めていることについては、Hydrogen Council設立時(2017年)の日本からのメンバーはトヨタとホンダと川崎重工だったとのこと。ただ、レースでの水素使用に関しては「トヨタさんがレースでよくぞやってくださいました」との思いで、今後も一緒に、そして強固に連携を進めていきたいと語ってくれた。