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書評「歓喜、ホンダF1 苦節7年、ファイナルラップで掴みとった栄冠」尾張正博著

2022年3月24日 発売

1760円(本体1600円+税10%)

体裁:四六判、276ページ

尾張正博著「歓喜、ホンダF1 苦節7年、ファイナルラップで掴みとった栄冠」

日本のF1ジャーナリストの第一人者が、多くのホンダF1関係者に取材して書き上げたドキュメンタリー

 インプレスより3月24日に発売された書籍「歓喜 ホンダF1 苦節7年、ファイナルラップで掴みとった栄冠」は、2021年12月の歴史に残るビッグレースとなったF1 アブダビGPにおいて、ファイナルラップに奇跡と言ってもいい大逆転を遂げ、F1撤退前となる最後のレースでドライバー選手権のタイトルをマックス・フェルスタッペン選手にプレゼントすることになったホンダF1のドキュメンタリーだ。

 著者の尾張正博氏は、日本のF1活字メディアのトップジャーナリストで、いつもその正確さを目指す真摯な取材姿勢は、同僚のジャーナリストのみならず、取材相手となるF1チームやマニファクチャラーの関係者からも一目置かれる存在だ。例えば、2021年のF1レース後に必ず行なわれていたホンダF1の会見では、司会の広報担当者が必ず尾張氏を最初に指名し、ホンダF1の田辺豊治テクニカルディレクターにいつも鋭い質問を投げかけるという光景が毎回繰り広げられていた。

 また、昨年はパンデミックの中で、全戦現地に出かけて取材した活字ジャーナリストは尾張氏だけだったと聞いている。つまり、ホンダF1の第4期の最後を本当の意味で「看取った」のが本書の著者なのだ。尾張氏よりもホンダF1の苦闘を語るにふさわしいジャーナリストは誰もいないといっても過言ではない。

 そうした第4期ホンダF1の歴史を書き起こすに、著者は2017年のエピソードから始めている。よく知られているように、第四期ホンダF1は、2015年にマクラーレンと組んで「マクラーレン・ホンダ」として参戦を開始したことから始まっている。本書ではその2015年~2016年のマクラーレン・ホンダの時期は、過去の振り返りとして時折しか登場しない。本書の最初のパートで説明されるのは、2017年にどうやってホンダF1がマクラーレンと「円満離婚することができたか」という話から始まっているのは、結局のところ2021年のドライバーチャンピオンを獲ることの始まりが、マクラーレンとの別れがあり、それがトロロッソ(当時、現在のアルファタウリ)とのパートナーシップにつながり、トロロッソの姉妹チームであるレッドブルとの契約につながったからだ。

 そのエピソードに関して、本書で初めて公開される情報がいくつもある。例えば、マクラーレンとの別離には当初お金の問題が絡んでいた件、2017年にザウバー(現在のアルファロメオF1チーム)と翌年からのパワーユニット供給契約の覚え書きを交わしていたが破棄された件は、実はホンダ側からも破棄しようと申し入れていたことなど、当事者しか知らなかった情報に多数触れられている。

初めて明かされる「今だから言える話」が満載。読み応えがある内容

 本書では、2021年のホンダF1 マネージングディレクター 山本雅史氏、テクニカルディレクター 田辺豊治氏、HRD Sakura センター長 浅木泰昭氏といったホンダF1の3トップとして有名な三氏だけでなく、2017年~2018年当時に本田技術研究所の社長だった松本宜之氏、レッドブル側の関係者であるアドバイザーのヘルムート・マルコ氏、チーム代表のクリスチャン・ホーナー氏、そして2021年のF1チャンピオンであるマックス・フェルスタッペン選手などの重要な関係者が多数登場する。そうした関係者を日々取材している著者ならではの情報が随所に盛り込まれており、読み応えがある内容になっている。

 第四期ホンダF1の活動でターニングポイントになったのは、2019年のオーストリアGPでの復帰後初優勝であることは言うまでもないが、そのオーストラリアGPでは、レース中にマックス・フェルスタッペン選手に「エンジン11、ポジション7」というよりパワーが出るモードを許可する無線が飛び、それがトップを走っていたフェラーリを逆転して優勝につながった。実はレース中にその「エンジン11、ポジション7」というモードを、田辺テクニカルディレクター(当時)が許可した背景には、意外な人からの「許可」が出たからだということが本書では明かされている。オーストリアGP後に「エンジン11、ポジション7」という攻めたモードを、慎重さで知られる田辺氏がよく許可したと話題になったが、その背景が、本書の中で明かされている。ここも、読みどころの1つだろう。

 そのように、本書にはホンダの関係者に取材して新しく分かった「今だから言える話」が満載。詳しいことを書くとネタバレになってしまうためこれ以上はお伝えしないので、詳細は本書を読んで確認してみてほしい。

 そして撤退発表の翌年となる運命の2021年、開幕戦から激しい戦いをメルセデスF1と繰り広げ、そして運命のアブダビGPでの最終ラップを迎える……。そのあたりはもうくどくどいう必要もないぐらい、ページをめくる時間も惜しまれるぐらい引き込まれて読み進んだ。

 すでにF1は2022シーズンが開幕しており、今年から新規定になったことで、勢力図もガラッと変わっている。かつて“ホンダF1”と呼ばれていたパワーユニットは「レッドブル・パワートレインズ」と名前を変えて、今年もF1を走っている。今週末には第2戦サウジアラビアGPが行なわれる予定になっており、そのセッションとセッションの間の時間を使って、本書を読みながら昨年の余韻に浸ってみるのはいかがだろうか。