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SUPER GTに挑むブリヂストンに聞く 寺田浩司氏と鈴木栄一氏が語る2022年シーズンのタイヤ開発

株式会社ブリヂストン モータースポーツ開発部門長 寺田浩司氏(左)、同 モータースポーツオペレーション課長 鈴木栄一氏(右)

GT500クラスのトヨタ、日産、ホンダ計9台に供給する最大勢力のブリヂストン

 ブリヂストンは、世界のトップタイヤメーカーの1つ。日本だけでなくアジア各地、米大陸やEMEA地域(ヨーロッパ、中東、アフリカ)など世界各地にタイヤ工場を持ち、世界の自動車メーカー、ディーラー、用品店などに対して幅広くタイヤを供給している。

 また、ブリヂストンは日本のモータースポーツの黎明期から熱心に活動を行なっており、全日本F2選手権やその後継となる全日本F3000選手権やフォーミュラ・ニッポンなど日本のトップフォーミュラにもタイヤを供給。1997年からはF1に参戦し、2010年末に撤退するまでに多くのチャンピオンたちの足下を支え続けた。

2021年のシリーズチャンピオンを獲得した36号車 au TOM'S GR Supra

 現在、ブリヂストンが最も力を入れて参戦しているカテゴリーが、日本を代表するレースシリーズに成長を遂げたSUPER GTだ。ブリヂストンは、1994年から始まったSUPER GTの前身となる全日本GT選手権を含めて、GT500クラスの28シーズン(1994年~2021年)のうち、24シーズンでチャンピオンを獲得している。

 2021年は36号車 au TOM'S GR Supra(関口雄飛/坪井翔組)が最終戦で優勝し、大逆転でシリーズチャンピオンを獲得するなど、直近では6シーズン(2016年以降)連続でシリーズチャンピオンを獲得しており、絶対王者としてのポジションを確実にしていると言ってよい。

 今シーズンのGT500クラスでの活動も昨年と同じ規模で継続し、トヨタ5台、日産1台、ホンダ3台の合計9台にタイヤを供給する。なお、GT500クラスに参戦する3メーカーすべての車両にタイヤを供給しているのはブリヂストンだけだ。

2022年 GT500クラスのブリヂストンタイヤ装着マシン(ゼッケン順)

8号車 ARTA NSX-GT(野尻智紀/福住仁嶺組)
12号車 カルソニック IMPUL Z(平峰一貴/ベルトラン・バゲット組)
14号車 ENEOS X PRIME GR Supra(大嶋和也/山下健太組)
17号車 Astemo NSX-GT(塚越広大/松下信治組)
36号車 au TOM'S GR Supra(坪井翔/ジュリアーノ・アレジ組)
37号車 KeePer TOM'S GR Supra(サッシャ・フェネストラズ/宮田莉朋組)
38号車 ZENT CERUMO GR Supra(立川祐路/石浦宏明組)
39号車 DENSO KOBELCO SARD GR Supra(関口雄飛/中山雄一組)
100号車 STANLEY NSX-GT(山本尚貴/牧野任祐組)

 同時に、GT300クラスに関してもタイヤ供給を行なっている。今シーズンも5台にタイヤ供給を行なっており、2018年、2019年に獲得したシリーズチャンピオンの奪還を目指す年になる。

2022年 GT300クラスのブリヂストンタイヤ装着マシン(ゼッケン順)

2号車 muta Racing GR86 GT(加藤寛規/堤優威組)
31号車 apr GR SPORT PRIUS GT(嵯峨宏紀/中山友貴組)
52号車 埼玉トヨペットGB GR Supra GT(吉田広樹/川合孝汰組)
55号車 ARTA NSX GT3(武藤英紀/木村偉織組)
65号車 LEON PYRAMID AMG(蒲生尚弥/篠原拓朗組)

 ブリヂストンのSUPER GTでの活動についてブリヂストン モータースポーツ開発部門長 寺田浩司氏、モータースポーツオペレーション課長 鈴木栄一氏の2人に話しをうかがってきた。

6年連続と絶対王者の座は譲らないが、昨年2度も負けた鈴鹿でのレースでやり返すことが課題

──GT500クラスは6年連続のチャンピオンを獲得したが、昨年のSUPER GTのシーズンを振り返ってほしい。

寺田氏:ファンのみなさまに応援していただいたお陰もあってGT500クラスのシリーズチャンピオンを獲得できた。しかし、われわれの目標だった全戦優勝は残念ながら2年連続で成し遂げることができなかった(筆者注:昨年、一昨年とブリヂストンは鈴鹿サーキットで開催されたレースをすべて落としている、逆に言うと16戦あったレースのうち、勝てなかったのは鈴鹿サーキットで開催された3回だけ)。この鈴鹿サーキットはハイダウンフォースのサーキットで、タイヤへの入力が厳しく、昨年まではそこに上手く作り込めていないということを再認識した。そこがわれわれのウィークポイントにフォーカスを当てた開発を行なってきたオフシーズンとなった。

株式会社ブリヂストン モータースポーツ開発部門長 寺田浩司氏

──昨シーズン最も印象的だったレースは?

寺田氏:あくまで個人的な感想だが、第5戦スポーツランドSUGOでインパルのGT-Rが優勝した時は嬉しかった。いつも小田島さん(ミシュランのモータースポーツ担当)に「同じGT-Rで勝った」と言われていてとても悔しかったので(笑)。もちろんそれを除いても、あのレースの時はメーカーやチームの垣根を越えて星野監督のところに多くの人がお祝いに来ていた、そういうところが星野監督のチームだということが印象的なレースでもあった。

寺田氏が印象に残っているという2021年シーズンの第5戦スポーツランドSUGOで5年ぶりに優勝した12号車 カルソニック IMPUL GT-R。2022年シーズンからは「Z GT500」に変更している

 GT300クラスに関しても開発の思想は同じだ。というのも、GT300クラスに関しては例年ご説明しているとおり、GT500クラスでよかったものをGT300にリファインして投入しているからだ。そういった取り組みが原因なのかは分からないが、他社と比較すると一発の戦闘力が足りなくなってきている側面があり、鈴鹿だけでなく全体的にそういう傾向になりつつある。

 また、これまでブリヂストンのユーザーチームは、無交換作戦が1つの看板のようになっていた。決してタイヤメーカーとして望んでそうした訳ではないが、チーム側の要望もありロングマイレージの方に軸足を移してやってきた側面がある。しかし、最近ではタイヤ交換が義務化されるレースが増えてきて足下をすくわれているという側面がある。ルールはルールだし、柔軟性が足りないと言われればそのとおりで、以前よりも明らかにパワーをかけてGT300クラスにも取り組んでいる。

──今シーズンの開幕戦(岡山)、第2戦(富士)を終えての自己評価を。

寺田氏:開幕戦は上手くいったと思っている。しかし、FCY(フルコースイエロー)が入った後、他メーカーの車両に追い上げられるなどもあり、苦戦したところもあったのかなと思っている。率直に言って、今までよりもほかのタイヤメーカーを脅威に感じているというのが正直なところだ。

 第2戦に関してはああいう形で終わったので、タイヤのよしあしよりも、優勝した8号車がトラブルに巻き込まれなかったという意味で運がよかったとしか言いようがない。実際、GT300クラスではうちのユーザーチームである52号車 埼玉トヨペットGB GR Supra GTが早めに義務を消化して、後でぶっちぎりにと思っていたら赤旗になってしまい、事実上そこでレースが終わってしまった(筆者注:セーフティカー先導でレースは再開されたが、セーフティカー先導のままチェッカーを迎えたため、実質的には2度目の赤旗中断でレースは終了となった)。

GT300クラスの52号車 埼玉トヨペットGB GR Supra GT(手前)

 GT500クラスの予選はぱっとしなかった(ブリヂストン勢の最上位は4位の36号車)が、レースはリードでき、サバイバルレースになっていたので、450km走り切った時にどういう結果になるかは見てみたかったというのが正直なところだ。

 ブリヂストンとしても、GTAの坂東代表が目指しているサステナブル(持続可能な)なモータースポーツ、そのために将来的にタイヤセットの数に制限をという理念に賛同しており、第2戦富士の450kmがそのトライアルになると捉えていた。それに向けてタイヤを作ってきた面もあったので、それがどうだったかお見せしたかったと思っているし、技術的にそれを検証することができなかったのは残念に思っている。その意味で、夏の長距離レースが2つあるので、それがどのようなレースになるかをしっかりと見ていきたいと思っている。

──GTAもサステナブルなSUPER GTを目指していて、今年の450kmレースはその布石だと説明している、ブリヂストンとしてはそうした取り組みに関してどういう考え方で臨んでいるか?

寺田氏:ブリヂストンとしてもそうした取り組みを、きちんとやっていかなければいけないと強く思っている。タイヤコンペがあるSUPER GTでは温度レンジが合わなくなって難しいだろうとか否定的な意見があることも承知しているが、それを言っていれば技術の進歩はなくなってしまう。サステナブルなモータースポーツを実現するために、よりレンジが広く、寿命が長いタイヤを作って競争していくことはタイヤメーカーとしての責務だと考えている。

14号車 ENEOS X PRIME GR Supra(大嶋和也/山下健太組)

 今年は450kmでかつ暑いというレースが夏場にあるので、それに合わせて300kmの今回のレース(第3戦鈴鹿)に合わせて新しいコンパウンドを開発して持ってきている。ロングスティントをこなすことができるタイヤなのだが、今回の路面温度が想定よりも上がってしまって想定上限ギリギリだったので、少し涼しい時に試して、暑い8月に投入と、ステップバイステップでやりたかったので、やや予定は異なってしまったが、それでも今回の結果である程度見えてくる部分があると思っている。

 第2戦の450kmレースは最終的にはアクシデントなどでセーフティカー先導の状況で途中の距離で終わってしまったが、そこにちゃんとした戦略を持って臨むことが選手権に大きな影響があるのではないかと考えていた。というのも、その第2戦では、7セットのタイヤを持ち込むことが可能になっており、未勝利のタイヤメーカーはそれに加えて1セットの8セットを持ち込むことが可能だった。450kmのレースでは3スティントで3セット使う計算になり、練習走行で2つの仕様を1セットずつ使うという計算だとすると、2つの仕様を持ち込むには8セット必要だという計算になる。

 すでに開幕戦で勝っていたわれわれは7セットしか持ち込めないということになるので、持ち込みのセットに悩むことになる。

 タイヤメーカーとしてはもっとワイドな温度レンジをサポートし、かつデグラデーション(走行による劣化)も少ない長持ちするタイヤにしていくという起点になるのではないかと考えている。

レースでは使用できるタイヤの本数も決められていて、タイヤマネジメントが重要となる

 ブリヂストンでは“環境に配慮したレーシングタイヤ”として、一番効果があるのはタイヤの本数自体を減らすことだと考えている。加えてリサイクル素材を利用することに取り組むのは不可避だと考えている。われわれとしては聞こえがよいだけの発言はしたくないので、ムダなタイヤはできるだけ作らず、スクラップを増やさないという形の本当に環境に配慮した取り組みを推進していきたいと考えている。

──レーシングタイヤと市販タイヤの関係を教えてほしい。

寺田氏:ブリヂストンではスポーツ向けのタイヤとしてPOTENZA(ポテンザ)を市販タイヤとしてご提供させていただいている。そうしたポテンザの開発時には、レーシングタイヤで培ったコンパウンドの材料、構造、ドライやウェットの性能などの研究が両方の部門で共有されている。

 ただ、構造などに関しては、レースタイヤは特殊なところがあり、それを量産にもっていくというのは難しい。作り上げたタイヤを評価する評価機などはレーシング用に作ったものを市販車用タイヤの評価にも利用している。われわれが「ULTIMAT EYE」と呼んでいるシステムがそれで、タイヤの接地面挙動を計測・予測・可視化するブリヂストン独自のタイヤ開発技術となっている。

 具体的にはドラムにタイヤを装着して回していくことで、さまざまなタイヤの性能を数値化することができる。このシステム自体はF1に参戦していた時代に作り、それが今でもさまざまなタイヤ開発に活用されている。

 また、レースタイヤを開発しているエンジニアは、市販車部門と行ったり来たりしている。それによりレース部門での知見が市販車部門にフィードバックされたり、その逆もある。もちろん全員がそうではなく、やはりレーシング部門を熟知している人も必要なので、そのあたりは長い人、短い人をミックスしている状況だ。

──ブリヂストンがSUPER GTのようなモータースポーツ活動を行なう意義について教えてほしい。

鈴木氏:ブリヂストンでは、これまでのコーポレート部門のモータースポーツ推進部がモータースポーツ活動をハンドルする体制から、モータースポーツ部門として独立した組織となり、よりモータースポーツに関わる活動を広げていこうという取り組みをしている。

 タイヤメーカーにとってモータースポーツは人材を育成する場であるという価値が社内でも見直されており、GT300クラスも含めて競合に勝つということが、価値があることだという認識が共有されている。その意味で競合とのコンペティションがあり、SUPER GTは大変意義があるカテゴリーだと考えている。

株式会社ブリヂストン モータースポーツ企画・推進部 モータースポーツオペレーション課長 鈴木栄一氏

 今、自動車業界は大きな転換点を迎えており、自動運転なども当たり前の技術になるような時代を前にしている。そうした時にタイヤならブリヂストンというイメージをお客さまに持っていただくことはとても大事なことで、モータースポーツ活動はそこに大きな意味がある。

 今年の東京オートサロンでもそうしたブリヂストンのモータースポーツにコミットメントしていく姿勢を打ち出させていただいたし、今後部内でもどのようにモータースポーツに関わっていくのかということを議論していきたいと思っている。

 大事なことは裾野を広げていくことで、このモータースポーツという場には、タイヤのことをこれだけ真剣に考えていただいている業界関係者やファンのみなさまがいらっしゃる。そこにポテンザやブリヂストンのイメージを訴求できればと考えている。

──今シーズンの目標を教えてほしい。

寺田氏:GT500クラスに関しては鈴鹿で負け続けているので、とにかく鈴鹿で勝ちたい。今日とあともう1戦あるので、しっかりそこで勝っていきたい。GT300クラスに関しては、各チーム一度は勝っていただけるような形にしたい。昨年31号車(今年はapr GR SPORT PRIUS GTの名称)が第6戦オートポリスで久々に勝ってくださって、記憶に残るレースになった。そうしたレースを1つでも増やしていきたい。

昨年の第6戦オートポリスにてポールトゥウインで優勝した31号車 TOYOTA GR SPORT PRIUS PHV apr GT(画像は2021年のもの。2022年はapr GR SPORT PRIUS GTに名称変更)

GT500クラスも、GT300クラスも8月の450kmレースの展開には要注目、タイヤが勝敗の鍵になる可能性が大

 そうした鈴鹿での逆襲を誓ったブリヂストンだったが、このインタビューの直後に行なわれた第3戦鈴鹿の決勝レースでは、競合メーカーの今シーズン初優勝を許してしまった形になった。今シーズンに関しては、鈴鹿は2戦あり、第5戦も鈴鹿サーキットで、距離を450kmに延長して行なわれる。そこでブリヂストンの逆襲なるのか? そこも今シーズンの注目ポイントの1つになっていきそうだ。

 現在3戦を終えて、ブリヂストン2勝、ミシュラン1勝という形だが、シーズン終盤に向けてどうなっていくのか、ファンならずともその行方は要注目だ。

 また、新型Zによるブリヂストン vs. ミシュランの戦いも、寺田氏がインタビューでも語っていたように、昨年の第5戦スポーツランドSUGOのレースで12号車が優勝して多くのファンや関係者がよろこんだことからも、ブリヂストンとしては力が入る“コンペティション”ではないだろうか。

 GT300クラスに関しては、第2戦 富士の450kmレースで、ブリヂストンのユーザーチームである52号車 埼玉トヨペットGB GR Supra GTが早めのピット作業を終える作戦を選んでいたことからも分かるように、タイヤ無交換で300kmレースを走りきれるぐらい長持ちする特性を活かした、大胆な作戦を採ることができる可能性がある。残念ながら第2戦は大クラッシュが発生し、赤旗が出てレースが終わってしまったためその作戦は実らなかった。今後の第4戦富士、第5戦鈴鹿の2つの450kmレース(富士は名称としては100周レース)で、あっと驚く作戦が出てくる可能性を秘めていると言え、そこも大いに注目したいところだ。

SUPER GTは自動車メーカーだけでなく、タイヤメーカーも激しく競っているので、そこに注目して観戦するのも楽しい