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来日したBMW AGオリバー・ツィプセ社長に聞く カーボンニュートラル達成に向けバッテリEV、水素とともに「必要とされる限りエンジン開発を続ける」

4月に来日したBMW AGの代表取締役社長兼会長であるオリバー・ツィプセ氏

2月にFCEV「iX5 Hydogen」発表

 BMWは2007年に水素を燃料とするエンジンを7シリーズに搭載して発表、日本でも試乗に供したことがあった。当時、日本での試乗は水素の管理が非常にセンシティブでなかなか実現しなかったと聞く。その中での谷田部にあった自動車試験場(JARI)での試乗は刺激的だった。このことから分かるように、BMWは将来のCO2の削減に目を向けて多様なエネルギー源として水素に注目していた。

 そのBMWがゼロエミッションに向けて水素燃焼と平行して水素燃料電池の開発を進め、約100台の「iX5 Hydrogen」を生産し、2月にデモンストレーションを行なった。同時に今後グローバルで試乗の機会を作り日本にも3台がやってくる。

iX5 Hydrogen

 FCEV(燃料電池車)の開発は、この分野で先行するトヨタ自動車と2013年から共同で開発が始まり、BMW初のFCEVとなるiX5 Hydogenはその成果から生まれた。日欧のメーカーの共同開発の意義は大きく技術に幅に広がりを見せる。iX5 HydogenもBMWらしいFCEVが完成したという。またトヨタから調達される基幹部品も多く、共同開発による効率の高さを余すところなく生かしている。

 燃料電池システムの生産はBMWグループのランツフート工場で行なわれ、少量生産に適したラインで実施される。例えば砂と樹脂を圧縮した鋳型にアルミを流し込んで製造する方法も一例だ。

 製造では重要な燃料スタックへ水素と酸素を供給するプレシャープレートにはプラスチック鋳造部品と合金が使われ、気密性と防水性に特化した特殊なシールが使われる。リアアクスルは第5世代のBMW e-DRIVE テクノロジーで、モーターやコントロールユニットをコンパクトにまとめたのが特徴。

 実際の製造はミュンヘンのBMWグループ研究開発センターにあるパイロット・プラントで行なわれる。ここは製造と開発を同時に行なうことで、来るべき本格的な生産へ移行するまでのプレプロダクション工程になり、すべてのBMW車はこの工程を踏む。iX5 Hydorogenは実験的なモデルであり、このラインで約100台が製造されることになる。

 水素タンクはカーボン製で700気圧タンクを2基持ち、合計6kgの水素を積んでWLTPサイクルで504kmの航続距離が示されている。言うまでもなく水素の充填はBEV(バッテリ電気自動車)への充電よりもはるかに早い。

 トヨタのFCEV「MIRAI(ミライ)」と直接比較するの難しいが、燃料スタックはほぼ似たスペックを持ちながら水素タンクの容量とモーター出力の違いからMIRAIの航続距離は約800kmとなっている。iX5 Hydorogenの目指すところはFCEVでのBMWらしさ、「駆けぬける歓び」にありそうだ。

トヨタ ミライ

2023年の売り上げ比率はBEVで15%のシェアを目指す

 さて、水素にも深い造詣を持つBMW AGの代表取締役社長兼会長であるオリバー・ツィプセ氏が来日し、インタビューする機会を得たので紹介する。

 ツィプセ社長は1990年代の初めに来日した。ちょうどバブル経済であらゆるものが湧きたっていた時代だったが、デンソーで数年過ごして日本のイノベーション、そして文化に感銘を受けたという。また1980年代に初めて現地法人を置いたのは欧米のメーカーではBMWが最初であり、BMWと日本は縁が深いとも語った。

 2022年はBMWにとってBEVの販売台数は第2位という実績を残した年だった。BMWはあらゆるセグメントにおいてBEVを展開し、ブランドではMINIはもちろん、ロールス・ロイスにもBEVを展開する予定だ。確かにBEVには航続距離などの多くの課題があるが成長のポテンシャルはあり、日本でも発展する可能性が大きい。

 また2022年は素晴らしい年でもあった。BEVの販売台数は倍増し、フレキシブルなアーキテクチャはBEVだけでなくあらゆるドライブトレーンに活用することができた。例えば「i7」はBEVのリムジンとして妥協することなく作り上げることができ、性能も競合を凌駕する一方で、同じアーキテクチャを使った740 ディーゼルも非常に評価が高く、BMWの技術へのチャレンジが機能していることが実証され、ユーザーに魅力ある商品を届けることができた。自利益率も高く、堅牢な経営基盤を持つことができている。

BEVモデル i7

 2023年も2024年、2025年につながるテクノロジーにフォーカスする年になり、新しいアーキテクチャも出す予定だ。そしてBEVとハイエンドプレミアムセグメントのモデルでは「7シリーズ」「X7」などが今後の成長戦略になり、2023年の売り上げ比率では15%をBEVで構成するという目標を掲げ、すべてのセグメントでBEVを揃えていく。

 さらにドライブトレーンの3つ目の柱として水素の最初のステップを踏み出すことになる。この分野ではまだ十分ではなかったが、水素なくしてカーボンニュートラルは達成できないと考えている。2020年代後半には水素に関わる車両も展開する予定。水素の追加によってICE(内燃機関)、BEV、水素と3つが揃うことで多方面に対応できる。水素は補給しやすいことが魅力だ。

 FCEVは10年間トヨタと共同開発しているが、いよいよ7月からiX5 Hydorogenを3台、日本にも展開して実証実験に使われる。トヨタとの協業には感謝したい。

日本では3台のiX5 Hydorogenを持ち込んで7月から実証実験を行なう

 さて2023年以降の見通しだが、BEVに関しては2024年には販売台数の5台に1台、2025年には4台に1台、2026年には3分の1、そして2030年よりも前に半分がBEVになることを目指している。2025年には新しいアーキテクチャも発売し、その1年以内に6モデルを投入してBEVの拡大をさらに強めていく。

 一方で市場の需要にも対応していく。北米や日本ではBEVはまだこれからで、そのためにPHEVやディーゼルにも技術を投入して力を入れる。また9月のミュンヘン行なわれる「IAA MOBILITY」では2年後の次世代プロダクト「ノイエ・クラッセ」の詳細を発表する。ハンズオフモードの新しい形を提案できると思う。

e-FUELの仕様は2030年ぐらいまでに決める

 ここからはQ&Aセッションに入る。

――EUの規制変更(条件付きで内燃機関を容認する方向)についてお聞かせください。

ツィプセ社長:欧州の規制変更は予測どおりで驚くことはなかった。e-FUEL(合成燃料)はCO2削減への回答の1つで、BMWはテクノロジーに対してはオープンだ。日本においてもBEVだけでなくユーザー要求に対応していく。この10年で水素への需要が増えることを期待している。規制はその方法が重要だが、方向性は正しいと思う。

 新しい技術で対応していくのがBMWだ。

――日本で水素の実証実験を行なう理由は?

ツィプセ社長:実証実験は日本だけではなく、欧州や韓国でも行なう。中でも日本が重要な理由は、日本には水素への戦略があり、FCEVの補助金ももっとも大きい。実際、ドイツでは補助金はどの環境車でも同じだ。また日本ではBEVの普及が遅いからこそFCEVの普及の可能性が高い。今後10年のスパンでの水素のポテンシャルは大きいと思っている。BEVとFCEVの技術は同時並行的に進むと思う。メーカーが車両を準備し、インフラが追い付いていけば水素は素晴らしいテクノロジーだ。経産省とも電気、水素のインフラについて話し合う予定だ。

――FCEVの乗用車での将来性についてどうお考えですか?

ツィプセ社長:BEVと水素では業界の成り立ちが異なっている。BEVは乗用車から始まって必要な充電インフラなどが整備された。アメリカ、ヨーロッパにおいてもOEMメーカーがBEVに投資を行なってきた。水素は乗用車から始まったわけではなく、鉄鋼業界や船舶、航空機、トラックといった業界から必要性に迫られて市場が発展するという状況だ。水素の充填インフラも用途が広がれば投資が行なわれ、アメリカをはじめ多くの国でも広がっていく。

 たとえば短距離移動であればBEVでも十分だと思われるが、長距離になるとバッテリが大きくなって重量も重くなる。そうなると水素が注目されるだろう。BEVとFCEVはその背景が異なっている。

――EUの規制変更とBMWのICEについてお聞かせください。

ツィプセ社長:BMWはICEの開発は止めていない。EUのe-FUELの規制については既存の技術を使えるようにするのが基本方針だ。e-FUELのルールでは混合の割合でいくつかのステップがあり、5~10%のものからより混合比の大きなものまで考えられているが、(内燃機関車の新車販売を禁止するとしていた)2035年まではまだ時間はある。2030年ぐらいまでにはどの比率にするのか決めればよいと考えている。BMWはグローバル企業なので止まることなく、必要とされる限りエンジン開発を続ける。

 近い将来に発表される新しいアーキテクチャ、ノイエ・クラッセは基本的にBEVを考えている。ただ、BMWはノイエ・クラッセだけでなくいろいろな技術を開発している。

――アルピナのポジションは今後どうなるのでしょうか。

ツィプセ社長:すでにBMW傘下に入ったアルピナはスペシャルブランドでものづくりのアートだ。その将来は近いうちに発表できるだろう。市場動向やユーザーニーズにもよるところが大きいが、ボリューム志向ではないことは確かだ。