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ホンダ、「電動推進機プロトタイプ」説明会 本田宗一郎氏の「水上を走るもの、水を汚すべからず」の考えを基に開発
2023年8月1日 14:30
- 2023年7月28日 実施
水上の乗り物でもカーボンニュートラルを実現させる
本田技研工業は7月28日、島根県の松江市観光振興公社が運営する堀川遊覧船に、小型船舶用の「電動推進機プロトタイプ(4kW)」を搭載し、実際の運行に使用できるかの実証実験に関する説明会を行なった。
説明会に登壇したのは、本田技研工業 二輪・パワープロダクツ事業本部の福田蔵磨氏、伊藤慶太氏、高橋能大氏、島根県松江市副市長 講武直樹氏、松江市観光振興公社の高木博氏の5名。
本田技研工業 二輪・パワープロダクツ事業本部の福田蔵磨氏は、「ホンダは人々の生活をより豊かにするために、自動車、バイク、発電機、船外機、航空機など、地球上のすべてのフィールドで活躍するパワーユニットを提供していて、2022年度はグローバルで3000万人以上のユーザーに商品を利用していただいている」とあいさつ。
同時に「自由な移動の喜びを永続的に提供することを使命ととらえ、地球環境にしんしに向き合って事業活動を行なうことが重要だと認識し、カーボンニュートラル、クリーンエネルギー、リソースサーキュレーションを1つのコンセプトにまとめた『トリプルアクション to ゼロ』を2021年に制定。2030年までにカーボンブリー社会の実現をリードしつつ、2050年にはCO2排出実質ゼロという目標を設定し、達成に向けて事業活動を進めております」と説明する。
また福田氏は、「マリン事業部ではカーボンニュートラル実現に向け、2021年11月に電動推進機のコンセプトモデルを発表。実証実験先を模索していたところ、ホンダの4ストロークエンジンBF9.9を搭載した遊覧船を利用している松江市より『遊覧船を電動化したい』とのコンタクトがあり、地球環境に対する取り組みが一致したことから今回の実証実験につながりました」とこれまでの経緯を紹介した。
続いて本田技研工業 二輪・パワープロダクツ事業本部の伊藤慶太氏は、「ホンダが船外機に参入したのは1964年で、当時は99.9%が2ストロークエンジンだった市場に対して、創業者本田宗一郎の“水上を走るもの、水を汚すべからず”という考えから、2ストロークエンジンに比べて部品点数が多く重いためパワーと加速性は劣るが、高燃費で静かで環境に優しい4ストロークエンジンで参入しました」と説明。
また、「発売当初は苦戦した歴史があるものの、技術革新などにより次第に信頼を得て、今では市場全体の8割が4ストロークエンジンとなっています。全世界の船外機市場は約90万台で、1番大きな市場は北米で42万台、続いて欧州で20万台。日本や北米、欧州は4ストロークエンジンが主流となっていますが、南米やアジア諸国、中近東やアフリカなどではまだ2ストロークエンジンが主流となっています。現在ホンダは2馬力~250馬力まで、全24種類の船外機をラインアップしていて、2022年度は約6万1000台を販売し、釣り船、遊覧船、漁業、クルーザー、沿岸警備船などさまざまな船に使用されています」と、ホンダの船外機の歴史や現在のグローバル市場規模なども紹介した。
そしてホンダでは、2050年のカーボンニュートラル実現に向け、4輪や2輪だけでなく船外機のEV化に着手していて。今回の実証実験で使用する電動推進機プロトタイプは、バッテリにはすでに日本郵便の配達用バイクなどに使用され、運用実績も持っている交換可能な着脱式可搬バッテリ「Honda Mobile Power Pack e:(モバイルパワーパック イー)」を採用。
バッテリは1つ約10kgで大人が無理なく運べるサイズで、熱&充電マネジメントや耐振動性などを鍛え上げ、過酷な現場でも使用できる性能を確保。また、バッテリ個々を外部でモニタリングできるシステムも備え、充電頻度や運転データなどの記録を活用したサービスも可能としている。
今回実証実験が行なわれる“電動推進機プロトタイプ”の開発責任者である高橋能大氏は、「CO2排出がゼロで環境に優しいのはもちろんですが、低騒音、低振動、排気ガスが出ないといった快適な船上環境の実現に加え、交換式バッテリを採用することで連続運転も可能にすることを目指して開発してきました。現在の堀川遊覧船にはホンダの9.9馬力(7.4kW)の4ストロークエンジンが搭載され、年間で約47tのCO2が排出されていますが、これをゼロにできます。また、堀川遊覧船は時速5kmで運行していますが、この定速航行時の騒音を5db低減できたことで、エンジン搭載船では船頭さんがマイクを使用しないとガイドができなかったのですが、マイクを使用せずに会話が成立するほど静かさも実現しました。さらに、船体の振動を60%ほど低減できたほか、排気ガスが出ないので、乗客だけでなく近隣住民や観光客へも臭いがなく周囲に配慮した優しい遊覧船に貢献しています」と電動化することで多くのメリットがあると説明した。
動力性能については、これまでの4ストロークエンジンとは出力特性が異なるが、低速から大きなトルクを発生するのでしっかりと加速できるほか、船を減速させる際に使用する逆回転への切り替えについては、新たに“回生制御”を採用し、エンジンよりも素早く回転をゼロにできるようにして、9.9馬力のエンジン船と同等の加速・減速性能を実現。また、回転の切り替えスイッチに関しても操舵レバー先端にボタンを設け、片手で操作できるようにするなど、操作性も大幅に向上。そのほかにも、船外機がコンパクトになったことで、操舵角を大きくでき、最小旋回半径もエンジン搭載船の1.8mから1.1mと大幅に縮小することに成功している。
電動推進機プロトタイプは、ホンダと日本で初めて船外機を発売したトーハツとの共同開発で、ホンダが出力4kWの電動パワーユニットを、トーハツがギアケースやプロペラのあるロアーユニットなどのフレーム領域を担当。トーハツの持つノウハウを活用して、開発を加速させたという。続けて高橋氏は、「遊覧船での使用ということで、乗客が乗り降りしている間にバッテリ交換できるように、当初は1分以内のバッテリ交換を目指していましたが、Mobile Power Pack e:を使用することで約20秒での交換を実現できました。堀川遊覧船は最大で1船が8周(約8時間)航行するので、その場合は2回の交換(3セット)で航行可能と見込んでいます」と説明する。
カーボンニュートラル観光の実現を目指す島根県松江市
島根県松江市の講武直樹副市長によると、現在松江市では“夢を実現できるまち 誇れるまち 松江”をスローガンに、「MATSUE DREAMS 2030」と題したさまざまな取り組みを実施。今回ホンダと実証実験を実施する事業「堀川遊覧船」は、約400年前からほぼ変わらないまま残っている松江城を囲うお堀を巡るもので、1997年7月の運行開始当初から環境に優しいホンダの4ストロークエンジンを採用した遊覧船を使用してきた。
また松江市は、早くから官民一体となってカーボンニュートラル実現へ向けたまちづくりを推進していて、カーボンニュートラル観光をテーマにした活動が認められ、2023年4月には「脱炭素先行地域」、5月には「SDGs未来都市」など国に選定されている。
今回実証実験の舞台となる堀川遊覧船は、運行開始の1997年から2023年6月末までの乗船者数が734万8000人を誇る松江市の一大事業。また、国宝5城(松江城・姫路城・彦根城・松本城・犬山城)の中でもお堀を巡る遊覧船を実施しているのは松江城のみとなる。定員10名程度の遊覧船にて、3.7kmのコースを約50分で周回するほか、乗船券は大人1500円・小人800円だが、1日券となっていて観光の足として同じ日なら何度でも乗り降りできるのが特徴。
実はまだ電動推進機プロトタイプは3基しかなく、1基は開発部にあり、船に搭載されているのは2基。この2基を使って春夏秋冬を通して使用して、バッテリの減り具合や耐久性などを確認する。また同時に、バッテリの交換作業についても、船頭の高齢化が進んでいることもあり、体力的な課題があるかの確認も行なうとしている。そのため、まずは客を乗せずに運行し、秋頃から客を乗せての実証実験を検討中で、実用運行は1船のみで行ない、もう1船は予備として待機させる予定となっている。