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トヨタが本気でカスタムメニュー化に取り組む「AE86 G16E Concept」と「AE86 BEV Concept」 長くハチロクに乗ってもらうための施策

自然吸気のG16E型エンジンを搭載したAE86。首都高などで試乗した

 TOYOTA GAZOO Racingが現在取り組んでいるものの1つに、トヨタ車に長く乗ってもらう活動がある。クルマを一途に愛するオーナーのためにGRヘリテージパーツプロジェクトを実施。サプライヤーの協力の下により多くの部品の復刻を目指して努力している。

 ランドクルーザー40/60の部品、A80スープラの部品、AE86の部品などをラインアップ。復刻部品と代替部品があり、いずれもTOYOTA純正部品として取り扱われている。

「AE86 G16E Concept」(手前)と「AE86 BEV Concept」(奥)

 そのような取り組みをしているTOYOTA GAZOO Racingが、より大きな取り組みとして考えているのが、長くクルマに乗ってもらうためのカスタマイズ。それもパワートレーンを交換してまでも乗り続けられるようにしようというものだ。

東京オートサロン2023の反響がきっかけ

 今回の企画のベースになっているのは、TOYOTA GAZOO Racingが東京オートサロン2023に展示した、水素エンジン車「AE86 H2 Concept」と電気じどう車「AE86 BEV Concept」。カーボンニュートラル時代を見すえた水素燃焼エンジン車とバッテリEVコンバージョンモデルで、AE86を今でも所有する多くのオーナーの心に響いた。

 トヨタとしては、オーナーが愛してやまないAE86を水素自動車化や電気自動車化することに若干の不安があったというが、展示したところポジティブな意見が多かったという。

 そこから一歩踏み込んだのが、「AE86 G16E Concept」と「AE86 BEV Concept」になる。AE86 G16E Conceptは、GRヤリスに搭載されている直列3気筒 DOHC G16E-GTSエンジンをノンターボ化。最高出力224kW(304PS)/6500rpm、最大トルク400Nm/3250-4600rpmという化け物エンジンを最高出力84kW/7000rpm、最大トルク160Nm/3200rpmまでデチューン。実に半分以下のパワーとなっており、ターボの恩恵が相当あったことが分かる。

 換算値で84kWは114.2PSとなり、本来のAE86に搭載してあった4A-GEU型エンジンの130PS/600rpm、15.2kgm/5200rpm(当時はいずれもグロス値)より低く見えるものの、ほぼ同等のパワーユニットになっている。

 これは、AE86 G16E Conceptでは、なるべくオリジナルの姿を維持するためにエンジンのみの交換を目指して企画されているため。トランスミッションもオリジナルのものを用いるため、トランスミッションより後ろはオリジナルのままという。

 そのため、パワフルなパワートレーンに交換するとボディまわりなどに補強が必要になり、オリジナルのAE86の姿からどんどん離れていき、価格も上昇。できたものは、なんだか分からないものになっている可能性もある。

 ほぼ同等のパワーユニットであれば、今のボディ、今の足まわりをそのまま活かすことができ、オーナーにも満足していただけるようにという配慮になる。

 これによるメリットは、トヨタとして「枯渇していく4A-Gへの対応」「最新エンジンへの換装により、故障リスク低減、クリーンで省燃費な環境性能、将来の代替燃料への対応のしやすさ」「AE86の長所の維持、4A-Gと同等なユニット質量によりAE86の軽さを維持」を挙げている。

 4気筒から3気筒となるものの、現代のテクノロジによるエンジンになり、部品故障のリスクが下がるので安心して乗ることができる。さらに、G16EエンジンはE20までの燃料を見越して設計されているため、将来的な燃料の変化にも容易に対応できる。

 搭載にあたっての苦労としては、4A-G型エンジンとG16E型エンジンでエンジン全高が異なること。G16E型エンジンのボア×ストロークは87.5×89.7mmのダイナミックフォースタイプ。一方、4A-G型エンジンは81.0×77.0のショートストロークタイプ。G16E型エンジンが長めのストロークで縦方向の渦巻きであるタンブル流を使って燃焼を構築しているのに対し、4A-G型エンジンはショートストロークで横方向の渦巻きであるスワールで燃焼を構築している。その典型はT-VIS(Toyota Variable Induction System)で、低回転域では片方の吸気バルブを閉じることで、より強いスワールを作ろうとしていた。

ターボが取り払われたG16E型エンジン
エンジン性能曲線

 この2つのエンジンの差異としてすぐに気がつくのが、G16E型エンジンはストロークが長いこと。これがエンジン高に影響し搭載を難しくしていた。そのため、トヨタの技術陣は、エンジンメンバーと干渉しないように、新たなオイルパンを新設。さらには、エンジン下部にあったバランスシャフトも廃止(!!)した。

 そして、クラッチハウジングを新設。フライホイールも新設し、バランスでの改善などを行なっている。もちろんエンジンマウントブラケットも新設した。

 4気筒から3気筒へと振動特性が悪化するなか、さらにバランスシャフトを廃止するなど、搭載するためには手段をいとわないトヨタの執念が見られる部分だ。

AE86 G16E Concept

「AE86 G16E Concept」

 この「何が何でもエンジンを載せ替えるのだ」という執念の詰まった「AE86 G16E Concept」を乗る機会を得た。場所はトヨタモビリティ東京が運営しているGR Garage 東京深川で、東京に4店舗あるGR Garage 東京の1つ。主に東京東部の拠点となっている。ここをベースに、一般道および首都高湾岸線や9号深川線を試乗することができた。

 AE86 G16E Conceptのエンジン音は独特で、エンジンもそれなりに振動している。いやな振動かというとそうではなく、現代的で洗練されたエンジンとは思えないブルブル感がある。

 コクピットに乗り込み、シフトレバーを1速に入れクラッチをつなぐ。細かく書くといろいろ手順があるのだが、普段MT車に乗っている人なら、通常通りの手続きになる。また、まったくこの記事とは関係ないのだが、トヨタ自動車の会長である豊田章男氏が、レース会場に取材に訪れた新聞記者にていねいに水素カローラのMT操作について教えている姿を最近見かけた。記者にやさしくクラッチ操作を教える豊田章男氏、もといモリゾウ選手の姿はMTのよさを記者に知ってもらいたいという気持ちがあふれており、このAE86のG16E換装にも、「MTに乗り続けてほしい、クルマは楽しい」というモリゾウ選手の思いが込められている。正直、通常の経営判断では、このようなことを許す自動車メーカーはないだろう。

 と、そんなことを思いながら、おもむろに1速で走り出す。気になったのは低速トルクがどうなのかという部分だが、ターボがなくても軽量なAE86を押し出すトルクは十分なものがあった。

 先ほども書いたように、このAE86のトランスミッションはオリジナルのもの。現代的なMTではなく、ややストロークのながいタイプのものになる。スパスパとギヤチェンジというより、次に、そして次にという形でステップで上げていく。

 そのゆるやかな感じとエンジンのしっかりした振動が結構ミスマッチで、AE86は走っていく。レスポンスも過給されたG16Eとは異なる盛り上がりで、新しい世界観を作り出している。カリカリにして走るというより、楽しんで走ろうという意図が伝わってくるものだ。

 首都高も、湾岸線、9号深川線を走ってみたが、問題なく高速クルージングもこなしていく。不安感はエンジンではなくボディにあり、エアバッグだらけになった現代的なコクピットと比べると、明るくワイドなグラスエリアは高速道路では快適すぎて、やや不安を覚えるくらい。室内にガンガンに侵入してくるエンジン音を楽しみつつドライブできた。

 9号深川線にはちょっとしたコーナーがあるのだが、そこも適度なグリップ感で抜けていく。速さや不安を感じることなく、ネガと言えば振動のみ。この時代のクルマであることを考えると、それは味として楽しめた。

AE86 BEV Concept

「AE86 BEV Concept」のエンジンルーム

 一方、「AE86 BEV Concept」はパワートレーンを電動化することで、カーボンニュートラル化を図ったもの。とはいえ、とても実験的な部分はあり、バッテリEVながらマニュアルのトランスミッションを搭載。さらにエンジンサウンド再生機能を搭載しており、五感で操る楽しさを実現しているという。

 こちらもAE86のボディを考慮して、95kW/150Nmのモーターを搭載。4A-G型エンジンが96kW/150Nmとなるので、ほぼ同等のパワートレーンを搭載する。

 電池容量は18.1kWh。空車重量は1070kgで48:52の重量配分を実現。AE86の960kgよりは重くなってしまうが、極端に重いわけではなく、走りに対する影響も小さく仕上がっている。

「AE86 BEV Concept」の構成要素

 電動化に必要な部品は、プリウスの充電リッドやNXの電池パック、NXのインバータなどトヨタがこれまで量産してきた部品を流用。現実的な仕上がりとなっている。

 こちらは一般道のみの試乗ではあったものの、バッテリEVのMTという体験ができた。トランスミッションはGR86の6速MTという現代的なもののため、ショートストロークでキビキビとしたミッション動作を味わえる。実際のAE86のミッションを知っていると違和感のあるものだが、当時のAE86を知らない、今の若い人からの意見では違和感がないとのことだ。

 アクセル開度に合わせて音がという部分は、確かに音が鳴って楽しかったものの、音の出る位置がスピーカー位置となっているため、そこにずれを感じてしまう。エンジンの位置などに合わせてあればよかったが、まずはバッテリEVで音が出ることの価値を確かめているように見えた。

AE86オーナー向けに、早めのカスタムメニュー化を

 驚くことにトヨタは、AE86 G16E ConceptをAE86オーナー向けに本気でカスタムメニュー化しようとしている。そのため「いくらくらいが適切でしょうか」ということを何度も聞かれた。GRヤリスに搭載しているG16Eをノンターボにして、クラッチハウジング新設などを行なっていることから数百万円は間違いないが、どの辺りでAE86オーナーが満足してくれるのかは、AE86に乗り続ける意志の強さが決める部分だろう。もちろん、オリジナルの4A-G型エンジンで乗り続けられるのが一番には違いないが、それができなくなりそうになった際に、どのような判断をするのかはオーナー次第のところがある。

 また、記事にも書いたが、正直振動面においては快適とはまったく言えない部分だ。しかしながら、その解決を待っていては、法改正が行なわれたりしたら「幻の……」という扱いになる可能性がある。

 現時点では法規に適合しているとのことなので、法規に適合しているうちにカスタマイズメニューとして公開し、AE86にG16Eを乗せたいユーザーさんとコミュニティを作り、AE86ユーザーの意見をくみ取りながら発展させていくべきものに思えた。

 自動車メーカーに限らず日本のメーカーにありがちなのは、完成度を高めようと作り込むあまり、発売時期を逃してしまう商品を多く見かける。海外などでは、作り込みもなくアイディア一発みたいな商品もあるが、AE86 G16E Conceptは、やり過ぎとも言えるくらい、G16Eエンジンに変更をかけている。

 公道を元気で走ることの可能なAE86の現存個体数を考えると、1000台以上ということにはとてもならないだろう。であるならば、少数が予測される趣味人のためにトヨタはG16Eコンバージョンメニューを用意、その方たちの悩みを解決しながら公道を走行可能なAE86という文化作りをサポートしていただきたい。法的な部分がクリアできるのであれば、ユーザーと一緒になったアジャイルな取り組みに期待したい。