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インフィニオン、SDVやE/Eアーキテクチャ実現に向けオープンソースの「RISC-V」次世代車載マイコンに採用

2025年4月14日 開催
インフィニオン テクノロジーズAGのマルコ・カッソル氏が次世代車載マイコンに「RISC-V」を採用する意義などを解説

 インフィニオン テクノロジーズ ジャパンは4月14日、次世代車載マイクロコントローラーに「RISC-V」(リスク ファイブ)を採用する独インフィニオンの戦略やロードマップなどついて解説する記者説明会を開催した。

 同社の親会社で、自動車や産業機器向けとなる半導体製品の設計、開発、製造、販売を行ない、さらにシステムソリューションなども提供する独インフィニオン テクノロジーズは、3月に「今後数年以内にRISC-Vベースの新しい車載マイクロコントローラーファミリーをローンチする」と発表しており、今回の説明会はこれを受けたもの。RISC-VはオープンソースのISA(命令セットアーキテクチャ)で、半導体サプライヤーが車載向けのマイコンにRISC-Vを利用すると発表したのはこれが初めてという。

ソフトウェアに対する依存度が高いアプリケーションにRICS-Vを利用

インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 代表取締役社長 兼 シニアバイスプレジデント オートモーティブ事業本部 本部長 神戸肇氏

 説明会では最初に、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン 代表取締役社長 兼 シニアバイスプレジデント オートモーティブ事業本部 本部長 神戸肇氏が登壇。インフィニオンが進める現状の事業ポートフォリオについて説明した。

 神戸社長はインフィニオンの現状として、車載半導体のグローバルシェアで2024年は13.5%を実現。自動車の生産規模が大きい5つのリージョン別では、欧州、中国、韓国でシェア1位、日本と北米でシェア2位となり、5年連続でグローバルシェアナンバーワンのポジションを維持していることを紹介。

 これについては純粋に販売規模が大きいことに加え、生産国や自動車メーカーを問わず安定して高いシェアを確保していることで、メーカー同士の販売シェア争いの影響を受けることなくインフィニオン製品が市場に届けられていることを示しており、インフィニオンの事業は安定していると強調した。

インフィニオンは車載半導体で5年連続グローバルシェアナンバーワン

 堅調に推移するインフィニオンの事業を支える車載マイコンでは、インフィニオン独自の「TriCore」ベースで開発された「AURIX」、「Arm Cortex」ベースの「TRAVEO」と「Auto PSOC」の3本柱として展開してきたが、リアルタイム性や拡張性、柔軟性、エコシステムからのアクセスのよさといった面に対応する新たな柱としてRICS-Vを活用した車載マイコンを追加することが決断されたと説明。

 既存の3本柱がRICS-Vに置き換わるのではなく、エンジンを制御するECUなど安全性ついての要求が高い製品には実績のあるAURIXなどを使う一方で、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)やE/Eアーキテクチャといったソフトウェアに対する依存度が高いアプリケーションについて、マーケット側から多くのアクセスが可能な製品としてRICS-Vを開発。ユーザーであるOEMやティア1メーカーなどに新しい選択肢を提案する施策となっている。

RICS-Vは既存の「AURIX」「TRAVEO」「Auto PSOC」に続く4本目の柱となる

 このほかにインフィニオンの近況として、4月7日(現地時間)にファブレス半導体メーカーのマーベル・テクノロジーから車載イーサネット事業を買収したことについて説明。マーベルの車載イーサネットは車室内ネットワーク向けのポートフォリオとして市場リーダーとなっており、インフィニオンの車載マイコンを車室内ネットワークで接続することで、日本国内を含めてグローバルで進める大きなプロジェクトを進め、高い相乗効果が期待できるという。マーベルのラインアップを加えることで車載半導体のグローバルリーダーとしての地位を確固たるものにしていくとした。

インフィニオンの車載マイコンとマーベルの車載イーサネットによる高い相乗効果が期待できると神戸社長

適材適所の製品提案が高い市場シェアを維持する1つの要因

インフィニオン テクノロジーズ ジャパン株式会社 オートモーティブ事業本部 ヴィークルUX&E/Eアーキテクチャ プロダクト マネジメント 田子治氏

 神戸社長の事業説明に続いて登壇したインフィニオン テクノロジーズ ジャパン オートモーティブ事業本部 ヴィークルUX&E/Eアーキテクチャ プロダクト マネジメント 田子治氏は、インフィニオンの車載マイコンの現状について解説を行なった。

 既存の車載マイコン3製品では、「AURIX」はリアルタイム性がストロングポイントになる高性能制御志向の車載マイコンで、主にエンジン制御、シャシー制御、自動運転/ADASなどの領域に活用されている。「TRAVEO」は低消費電力を目指して開発され、ボディ系の制御、デジタルメーターやヘッドアップディスプレイといったインフォメーション系で利用されている。「Auto PSOC」はスマートセンシングやHMI(ヒューマンマシンインターフェース)に対応する低コストな製品ラインとなっているという。

 インフィニオンではユーザーと緊密にコミュニケーションを重ねてニーズを把握しており、適材適所の提案が可能なラインアップを用意していることが高い市場シェアを維持する要因になっていると解説した。

3種類の製品ラインアップで多彩な車載アプリケーションをしっかりとカバー
アプリケーションのジャンル別に見た制御技術の詳細

RISC-Vの車載実装はSDVの実現に向けた新たな取り組み

インフィニオン テクノロジーズAG オートモーティブ事業部 マイクロコントローラー 事業担当シニアディレクター マルコ・カッソル氏

 RISC-V採用については、この説明会に合わせて本国から来日したというインフィニオン テクノロジーズAG オートモーティブ事業部 マイクロコントローラー 事業担当シニアディレクター マルコ・カッソル氏が担当。

 カッソル氏は前出のようにインフィニオンがグローバルシェアでトップを維持し続け、とくに車載マイコンでは32.0%という理由について、独自開発の「TriCore」をベースとする「AURIX」がいかなるときもクルマが走り続けられるようにすることを目的に開発され、高い安全性とクオリティによって高度なロバスト性を備えていること、さまざまなパートナーとの協力によって強固なエコシステムを構築して、ユーザーによるソフトウェア開発をサポートしていること、マーケットにあるニーズをフォローするだけにとどまらず、将来的に要求されることになる仕様を先読みして製品に実装していることなどを挙げ、直近の課題としてSDVの実現を目指した施策を行なっていると説明した。

 SDVの実現に向けた新たな取り組みであるRISC-Vの車載実装については、オープンスタンダードの構築によって業界をリードし、新しい車載マイコンのアーキテクチャを作っていくと説明。RISC-Vは柔軟性、拡張性、モジュール性、カスタマイズ性が高く、インフィニオンではSDVやE/Eアーキテクチャに対応させていくことが可能だと考えており、競合他社を含めた半導体メーカーでも同様の動きを見せているという。また、RISC-V自体はすでに10年以上の市場実績があり、RISC-Vコアを搭載した100億以上の製品が世に送り出されていることも紹介された。

将来的に要求される仕様を先読みして製品実装することもシェアトップを維持する理由の1つ
SDVの実現に向け、RISC-Vの車載実装に取り組む

 これまでコアアーキテクチャのISAではPCなどに向けた「x86」、スマートフォンなどに向けた「ARM」などがトレンドとなり、インフィニオンの「TriCore」は素早いレスポンスによってリアルタイム制御を実現する車載向けに特化したCPUコアで、高速な応答性が求められるブレーキやステアリングなどの制御に利用されている。

 しかし、自動車業界の次世代技術として注目されているSDVには「TriCore」が持つリアルタイム制御だけでは対応しきれず、リアルタイム制御に加えてマルチコアによるデータ処理、GPUを利用した並列処理、NPUのようなAI処理をサポートする柔軟性や拡張性の重要度も高くなることからRISC-Vの車載利用を進めていくことになったという。

 RISC-Vの特徴としてカッソル氏は、「オープンソースでサプライヤーごとに自由な設計できる柔軟性を持ち、ローエンドからハイエンドまでスケーラブルなCPUラインアップが可能」「オープンソースなのでさまざまなIPベンダーやパートナー企業などが参入可能で、豊富なエコシステムを構築できる」「オープンソースによる拡張性の高さを生かし、AIの機能拡張やGPUによる並列処理の拡張も容易」「プロファイル定義もオープンで、サプライヤー間で標準仕様を定めてソフトウェア移植を容易にできる」「CPUコアに加えて周辺にあるバスアーキテクチャなど、マイコンのシステムアーキテクチャが依然として重要で差別化要因になる」といった5項目を挙げている。

「TriCore」はリアルタイム制御が評価されて多くのクルマに搭載されるようになったが、SDVの実現には柔軟性や拡張性が求められ、RISC-Vの車載利用を進めることになった
RISC-Vが持つ5項目の特徴

 RISC-Vの車載実装を実現するためには、オープンソースのRISC-Vを幅広く使ってもらえるようにしっかりとした標準化がなにより重要だと説明。まずはCPUコアがどのような命令をサポートするか定める「プロフィール定義」を基本として行ない、定義されたCPUコアを使って用途ごとにどのような車載マイコンを利用するかというシステム構成を確立する「用途に特化したカスタマイズ」、車載向けにどのような周辺機能やバス構成、メモリ構成が必要になるかを決める「コアプラットフォーム」という3ステップで標準化を進めていくロードマップを示した。

 車載RISC-Vの標準化を進めるため、インフィニオンに加えてボッシュ、ノルディック・セミコンダクター、NXP、STマイクロエレクトロニクス、クアルコムの6社が株主となってジョイントベンチャーの「Quintauris」を設立。このQuintaurisで標準化を推し進め、認証とメンテナンスを実施。さらに標準化で定めた仕様の実装に向けた議論、ベンダーに依存しない流通の仕組みの構築などを目標に活動していくという。

RISC-Vの車載実装を実現するロードマップ
ボッシュやクアルコムなど6社で車載RISC-Vの標準化を推進する「Quintauris」を設立

 標準化と並んで重要となるエコシステムの構築についてもすでに取り組みがスタートしており、インフィニオンでは取り組みの進捗に合わせて開発段階を3段階に分類。ファーストステップはソフトウェアベンダーの開発環境を定める段階で、仮想環境で開発を進めるために利用する「バーチャルプロトタイプ」の提供をコアとして、コンパイラメーカー、デバッガーメーカーが開発に取り組む。

 セカンドステップは具体的な開発段階に進み、ファーストステップで造り上げられたコンパイラやデバッガーを使ってLLD(ローレベルドライバ)の「AUTOSAR」やリアルタイムOS、オープンソースソフトウェアなどを開発。また、インフィニオンのエコシステムに参加するパートナー企業もこの段階から開発に加わってアプリケーションレイヤーの開発も進めていく。最終段階のサードステップではモデルや組み込みAI、セキュリティソフトといったより複雑なソフトウェアの環境を立ち上げ、車載RISC-Vのエコシステムを造り上げる。

車載RISC-Vのエコシステムは3段階に分けて開発を実施

 実物のハードウェアの動作をサーバー上で再現して開発を進めることができるバーチャルプロトタイプでは、実際の基板作成に先駆けてソフトウェア開発が行なえることに加え、ハードができあがったあとの仕様変更で必要となる動作確認、ソフトウェア上で仮想的に故障を発生させて影響を調べる「フォールトインジェクション」などに活用できることから、インフィニオンでは車載環境に向けた開発技術として有効であると考え、積極的に運用しているという。

 実際に利用されている車載RISC-Vのバーチャルプロトタイプでは、米Synopsys製のバーチャルプロトタイプ上でインフィニオンが作成したLLDを走らせ、性能検証や実証検証を行なっており、将来的に車載RISC-Vに移行したあとも各種ベンチマークや評価の手助けをしたいと述べた。

インフィニオンのバーチャルプロトタイプ環境
車載RISC-Vのプロトタイプ

 3段階の車載RISC-V開発はすでに2段階目の早期アクセスがスタートしており、バーチャルプロトタイプが一部の有力パートナー企業に配布されてさまざまな開発が進んでいる。

 説明会の終了前に行なわれた質疑応答では、オープンソースであるRISC-VのコアIPにはSynopsysの「ARC-V」を採用すること、競争領域としてはアーキテクチャそのものを想定しており、セキュリティのアクセラレータをどこに接続するか、マルチコアとどのようにつないでいくかといった実装面で他社との差別化を図っていくこと、RISC-VはARMベースの製品化で必要となるライセンス料やロイヤリティとは無縁であり、コスト面での優位性を発揮できる可能性もあることなどが説明された。

車載RISC-Vの開発ロードマップ
発表内容のまとめ