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モリゾウ選手の語る「神に祈る時間」を減少させるために生まれたトヨタの新型ミッドシップ4WD「GRヤリスMコンセプト」

高橋プレジデントは「極力ゼロにする方向に行っているのは間違いない」

トヨタの新型ミッドシップ4WD「GRヤリスMコンセプト」

 トヨタ自動車が開発に取り組み、スーパー耐久第6戦岡山でデビューした新型ミッドシップ4WD「GRヤリスMコンセプト」は、現行のGRヤリスに存在する「神に祈る時間」を減少させるために生まれたクルマだ。

 この「神に祈る時間」とは、フロントエンジン+4WDのGRヤリスのコーナリング中に存在する時間で、コーナリング中に積極的な姿勢コントロールが行なえない時間帯を指す。モリゾウ選手こと豊田章男会長が語ったインプレッションの中に現われているもので、コーナリング中にそれ以上アクセルを踏むと外に膨らんで行ってしまうアンダーステア的な特性を指している。

トヨタの新型ミッドシップ4WD「GRヤリスMコンセプト」に関する質疑応答が行なわれた。TOYOTA GAZOO Racing Company プレジデント 高橋智也氏(左から2番目)、同 S耐全体リーダー 江口直登氏(左から3番目)、トヨタ自動車株式会社 パワートレーンカンパニー ICE開発部 スポーツエンジン開発室長 坂井光人氏(左から1番目)

 一般的に市販車は弱アンダーステア的特性にチューニングされており、これはオーバーステア的な特性より安全性が高いからだ。コーナリング中に何かするとすぐにリアが出るようなオーバーステア的特性は相当の運転上級者でないと危険な特性となり、雨などが降るとすぐにスピン状態に陥ってしまう。

 それはサーキットにおいても同様で、ある程度アンダーステア的な特性の方が安心してアクセルを踏むことができ、あるレベルまでは安全で速いクルマとなる。

 ただ、さらにタイムを詰めていこうとすると、その安全マージンを削り取りつつコントロールできる特性が欲しくなる。現行のGRヤリスでは、フロントエンジン+4WDというある意味安定したシステムとなっていることから、その削りシロがなくなってきており、さらに積極的なコントロールができるクルマをというのが、リアミッドシップ+4WDというシステムを持つGRヤリスMコンセプトが生まれた理由になる。

 もちろん、単にリアミッドシップという構成でもよかったのかもしれないが、それではコントロール幅は広いものの、速く走るのが難しいだけのクルマになる(つまり、現行のGRヤリスより遅い)可能性もあり、コントロール性と速さ、いずれもGRヤリスより高いレベルで両立を図るために4WDが採り入れられている。

 これがどれだけ難しいことかというと、今回のGRヤリスMコンセプトは前戦のオートポリスでデビュー予定であったが、コントロールの難しさからデビューが見送られた。

 具体的には、コーナリング中にアクセルを踏んだ際にどちらの方向へ進むのか、前が滑るのか、後ろが滑るのか分かりづらく、プロドライバーならコントロールできるものの、ハイアマチュアでは耐久レースを戦い抜くのが難しかったためだ。方向性を決める前輪のグリップが弱めで、レースに投入するレベルに仕上がっていなかったようだ。

 岡山戦に向けて、その辺りを改善。前後の空力バランスでリアがフロントに比べて強かったため、フロントにリップタイプの空力デバイスを追加。フロントでよりダウンフォースを発生するような工夫が行なわれている。

 そのほか、岡山に来てからのテストでもフロントのグリップ感についてのコメントがあったため、フロント側のサスペンションを調整。より路面に追従するようにしており、前後バランスを整えている。

 それが適切だったかどうか、耐久性があるのかどうかは、10月26日の3時間耐久レースを走りきってからということになるだろう。

「最終的なゴールは市販化です」と語る高橋智也プレジデント

 このGRヤリスMコンセプトがどのような立ち位置のクルマなのかモリゾウ選手に聞いたことがあるが、「GRヤリスを卒業したドライバーが次に乗るクルマ」を目指しているという。現行のGRヤリスは、ニュルブルクリンク24時間レースを市販のパワートレーンで走りきるほどの速さと安定性を実現しており、それでも満足できない人が選ぶべきクルマだという。

 つまり、ある程度乗る人を選ぶクルマになる。

 そもそもスポーツカーは、世界的にはなかなか数が出ない市場で、実際トヨタも86でスバルと組んだり、スープラでBMWと組んだりして、なんとか市場にスポーツカーを投入してきた。そうやってコツコツ市場を切り開き、GRヤリスではラリーとサーキットと両狙いのポジションで数を確保。WRC(世界ラリー選手権)での活躍など、グローバルで戦うことでスポーツカー市場を拡大してきた。

 また、そのGRヤリスのプラットフォームを手軽に味わえるように8速ATであるGR-DATも開発。ニュルブルクリンク24時間レースを完走するほどの信頼性と速さを確保しているほか、レクサス LBX MORIZO RRで世界も広げてきた。そうして広げてきたGRヤリス世界の卒業生へ向けて提供するクルマになる。

 今の世界だけを見ていると、とても市販車として成り立たないように見えるが、例えば86が登場する前、トヨタがWRCに復帰する前に「トヨタが300馬力の4WDスポーツカーを出して、WRCも制覇して、ニュル24時間も完走する」と言ったら、誰が信じてくれただろうか。

 その世界を本気で夢に描いたのがモリゾウ選手こと豊田章男会長(当時社長)で、次の夢として描いているのがトヨタの新型ミッドシップ4WDスポーツカーを作るということになる。

 GRヤリスMコンセプトを、現行GRヤリスの後継モデルと捉える人もいるが、モリゾウ選手の言葉から分かるように、それは間違いだ。多くのGRヤリスユーザーがいる世界で、その世界に満足できない人が育ってきたときの選択肢を用意しておく取り組みになる。

 TOYOTA GAZOO Racingの高橋智也プレジデントも、GRヤリスとGRヤリスMコンセプトは併存すべきものとの見解を示しており、異なる世界観を持つクルマで登場することを示唆している。

 GRヤリスMコンセプトでは、モリゾウ選手の語る「神に祈る時間」が「極力ゼロにする方向に行っているのは間違いない」(高橋プレジデント)としながらも、「ブレーキとかステアリングにまだまだ問題を抱えている」とし、市販化までには数多くの課題があるという。

 ただ、間違いなく市販化は目指しており、「僕ら、モータースポーツ起点のクルマづくりなので最終的なゴールは市販化です。ただし、今申し上げたとおり課題がいっぱいあって、どうなるかも分からない、まだ明確な時期ですとか、その辺りは白紙状態ですけど、最終的には市販化を目指してやっているということをお伝えさせていただきます」(高橋プレジデント)と語るなど、いずれトヨタのミッドシップ4WDが購入できるようになるのは間違いない。

 それまでは、現行のGRヤリスをしっかり乗り込んで腕を磨き、「神に祈る時間」をしっかり実感できるほどレベルアップするのがよいのかもしれない。