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KYOJO CUPを運営する関谷正徳代表、ミュージアムに展示された「トヨタ トムス85C-L」について語る 「打倒ポルシェという時代に参戦したクルマ」

インタープロトモータースポーツ代表 関谷正徳氏。現在は、KYOJO CUPの運営に携わっている

 10月9日~11日の3日間にわたってスーパーフォーミュラ第9戦・第10戦が富士スピードウェイで開催されているが、その大会の併催として行なわれているのがKYOJO CUP第4戦富士になる。

 このKYOJO CUPを運営するのが、日本人として初めてル・マン24時間レースを優勝した関谷正徳氏。今回、富士モータースポーツミュージアムに関谷氏がドライバーとして参加し、トヨタとして初めてル・マンに挑戦した「トヨタ トムス85C-L」が展示されるにあたり、その思い出を聞いてみた。

富士モータースポーツミュージアムに展示された「トヨタ トムス85C-L」。関谷氏もドライブした

 トムス85C-Lの参戦は1985年だが、関谷氏によると本来はその12年前にル・マンに参戦する計画があったという。ところが、オイルショックの時代となり参戦計画は中止となり、再スタートを切ることができたのが85年のタイミングだったとのこと。

「そのころにはポルシェとか、そのほかのクルマも進化していた。(85C-Lは)打倒ポルシェという時代に参戦したクルマ」「とんでもない開きがあった」と、12年計画を中止しているうちに大きな差ができてしまったという。

 そこから打倒ポルシェでクルマを開発していった各社が巻き返し、1988年にはジャガーが。1991年にはマツダがル・マンを優勝。関谷氏自身も1995年にマクラーレンで日本人として初めてル・マン24時間を優勝することになった。

 85C-Lはそんな思い出の詰まったクルマだといい、「日本人として初参戦です12位は大したものだろ」とニコッと笑う。総合12位を獲得して帰国した際には、当時会長であった豊田英二氏、社長であった豊田章一郎氏もよろこんでくれたと語ってくれた。

 現在は、インタープロトモータースポーツ代表として世界最速の競争女子「KYOJO CUP」を運営する立場だが、KYOJO CUPにも注目してほしいという。10月10日の第4戦スプリントでは5ワイド(5台のクルマが横一列に並ぶ)でバトルするシーンが見られたが、「5ワイドでレースをできるのは、お互いが信頼しているから。どれか1台がぶれただけで、クルマがぶつかってしまう。KYOJO CUPは高いレベルのバトルが見られる」と、その戦いのレベルの高さを語る。

 関谷氏はこのKYOJO CUPを日本発の女性スポーツとして世界に発信していきたいと語っており、海外から日本を目指してもらうレースとして次の10年を育てていきたいとのことだ。