試乗記

スズキ「スーパーキャリイ」特別仕様車「Xリミテッド」をどう使う? 働くクルマに乗りながら遊び方を考えた

スズキ「スーパーキャリイ」特別仕様車「Xリミテッド」

キャビンが広くて趣味にも使える軽トラック

 働くクルマを、趣味の1台に。

 スズキ「スーパーキャリイ」の特別仕様車「Xリミテッド」が登場したのをきっかけに、これで1日走り倒してみた。街中での使い勝手はもちろん、高速道路を使った長距離移動まで。休日を使って遠出をしたときの使い勝手や乗り心地、疲労度も含めてインプレッションだ。

スーパーキャリイ Xリミテッドを1日乗り回してみた

 と言いながらも走り出す前に、「Xリミテッド」の概要を少しだけ説明しよう。

 ベースとなるスーパーキャリイだが、メカニカル的には標準仕様から一切の変更なし。エンジンはジムニーにも搭載される660ccの「R06A」型直列3気筒だが、こちらは自然吸気だ。

 ちなみにその最高出力はたったの50PS/6200rpmで、最大トルクも59Nm/3500rpmに過ぎない。ただしその車重は試乗車の高低速2段切替式副変速機付きパートタイム4WD(5速MT)でも840kgと、ジムニーの5MTより200kgほど軽い。ちなみに4速AT仕様の4WDには、副変速機が付かない。また駆動方式は試乗後の小変更で5速MT/4速ATともに後輪駆動が追加された。

 またシャシーもダンパーやスプリング、ブッシュを乗用車的にチューニングするなんてことは一切ない。

 要するにXリミテッドの中身は“まんまスーパーキャリイ”であり、その変更は外観のコスメチューンだ。具体的にはブラックトリムと、専用のボディカラーでイメージチェンジを施した。

 フロントマスクまわりではフロントガーニッシュとLEDヘッドライト、フォグランプベゼル。ボディサイドではドアミラー(こちらも小変更で、手動式から電動タイプになった)とドアハンドルをブラック塗装して、スチールホイールはブラックメタリック塗装に。

 ドアからボディにかけて、そしてバンパーからサイドシルにかけての加飾はパネルではなくデカールで、リベット留めもプリントだ。思わず「シールかい!」と突っ込んだが、スズキは加飾に過剰なコストをかけてユーザーの負担を増やすようなことはしない。ただ試乗車はミリタリーな雰囲気のクールカーキパールメタリックだったが、「ブルーイッシュブラックパール3」を選んだら全身真っ黒になってしまうから、デカールの意味、あるのかな? とは思った。

4月19日に一部仕様変更が行なわれたスーパーキャリイ Xリミテッド。試乗した5速MT/4WDの価格は166万6500円。ボディサイズは3395×1475×1885mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは1905mm。最低地上高は160mm、最小回転半径は3.6m
スーパーキャリイ Xリミテッドはスーパーキャリイ Xをベースに専用のデカールを採用したほか、LEDヘッドライトのエクステンションやフロントガーニッシュ、フォグランプベゼルといったメッキ部分をブラック塗装に変更。ホイールやドアハンドル、ドラミラーもブラックにすることでタフで精悍な印象としている。ボディカラーは「モスグレーメタリック」のほか、「ブルーイッシュブラックパール3」「デニムブルーメタリック」など全部で5色をラインアップ
衝突被害軽減ブレーキ「デュアルカメラブレーキサポート」をはじめとする「スズキ セーフティサポート」を標準装備
スーパーキャリイ Xリミテッドのインパネ
スーパーキャリイはキャブが広いため、運転席のシートスライドは180mm、リクライニングは最大40度を実現
シートバックスペースも広くとられており、荷物を置いていてもリクライニング可能
シンプルなウレタンステアリングホイール
メーターもシンプルで速度表示がメイン。4WDの表示は左端にランプで表示。タコメーターはないのでエンジン音に耳を傾けながらクルマと一体になって走る
デフロックやスズキ セーフティ サポートの機能OFFボタンはマニュアルエアコンの下に配置
シフトノブもいたってシンプル
ハンドブレーキと副変速機
クラッチペダルはとても軽い
最高出力37kW(50PS)/6200rpm、最大トルク59Nm(6.0kgfm)/3500rpmを発生する直列3気筒DOHC 0.66リッター「R06A」エンジンを搭載。燃料タンク容量は34Lで、5速MTモデルのWLTCモード燃費は17.9km/L

悪路も高速道路もしっかり走り抜ける

 キャブフォワードのコクピットにドカッと座り、右手は斜めに傾いたハンドル、左手はシフトノブを握ってスタンバイ。極めて軽い反力のクラッチを踏み込んでギヤを1速に入れ、ブレーキを離して左足を徐々に上げていくと、スーパーキャリイ Xリミテッドはスルスルスルッと走り出した。

 そこから右足をリンクさせ、クラッチをつなぎ終えたらやや深めにアクセルを踏み込んでちょっと高回転までエンジンを引っ張る。

 自然吸気の水冷直列3気筒エンジンは、“バイーーーーン”とうなる。お尻のあたりからシートを通して、広いキャビンにVVTサウンドが響き渡るけれど、いわゆる3気筒のねじれ振動はなく、むしろその印象は、すっきり爽やかだった。これは現代的な軽トラだ。

 とはいえ軽トラックにタコメーターなどはないわけで、トルクが盛り上がったところで適当にシフトアップ。トランスファーをつないでいない後輪駆動では、後ろから軽く押されるようなトラクションが心地よく、気分はめっちゃ前のめりだ。

 1速がだいたい30km/h弱。2速は40km/hくらい。街中だと3速までが加速に使えるギヤで、それ以降がクルージングといった感じか。ただ4速のままダラッと走らせていても、アクセルを踏めば結構粘って加速してくれる。

 シートポジションは、正統派のアップライト。ステアリングに合わせてインパネも傾斜しているのだが、ドリンクホルダーは直立にオフセットされていて芸が細かい。中央モニターにはひさしが付いていて、グラスエリアが広いキャビンでも視認性がよかった。不満といえば、オプションのオーディオにしかUSBポートがないことだろうか。メーター横のペン立てが、静かにプロユースを主張する。

 徹底的に簡素なインテリアと同じく、乗り味もシンプルだ。

 フロントの車軸上に座るキャブフォワードとしての、突き上げはハッキリとある。フロントサスのアッパーマウントは座席の直下にあるから、道がひどいと縦揺れするし、陥没路面を乗り越えればバンプラバーにもタッチする。

 しかしその衝撃は、意外やサスペンションとタイヤのストロークでいなされて丸みを帯びている。リアもリーフスプリングの割に、空荷でも跳ねない。むしろ趣味の1台として考えると、もっとワイルドな乗り味でもいいと思えてしまったくらいだ。

 ということで、どんどん走る。

 河川沿いの堤防に続く、細い砂利道。普通車なら絶対に行かないだろう高台の路面には、先達たちの軽トラが通ったであろうわだちができていて、それをトレースしながら進んで行くと、今度はぬかるんだ結構急な登坂路面に遭遇した。

 ここぞとばかりにトランスファーを4WDモードに……入れようと思ったが、なかなか入らない。焦る気持ちを抑えつつ、止まっては走り、何度目かに“ガコン!”とギヤが噛み合うと、スーパーキャリイはいとも簡単に坂道を走破した。タイヤを少し滑らせながら、ローレンジに入れるまでもなく上り切ってしまった。

 泥んこ道をくぐりぬけ、道が開けるとそこには菜の花畑が。さらに平地へと降りて行くと、田んぼのあぜ道からこれまた一段と細い生活道路へ入り、新緑の生け垣を縫って行くと国道に躍り出た。

 まるで宮崎駿か、新海誠の映画に出てくるような、初夏を感じさせる爽やかな千葉の景色。こうした暮らしのなかで、軽トラは生きているのだと実感した。つまりその4WD性能は、道なき道を走るためのものじゃない。雨が降ろうと雪が降ろうと、淡々と日々の生活をこなすためにあるのだ。国道ですれ違う、おばあちゃんが運転する軽トラを見て、なんだかとても親近感が湧いた。

 高速道路も走ってみた。

 大きなキャビンは、横風の影響をモロに受ける。真っ直ぐ走っていても、道によっては修正舵が必要だ。

 また、足まわりがソフトで重心も高いから、空荷で走る快適な巡航速度は80~90km/hくらいがベストだ。正直高速巡航だと、ターボが欲しくなる。逆を言えばカスタムでターボを付けて、足まわりを少しだけ固めたらオンリーワンのスーパーキャリイができそうだ。

 ウレタンタイプのステアリングにはエアバッグがあるだけで、スポークはつるんとしている。安全装備は前後の誤発進抑制機能や車線逸脱警報、ESPやABSなどが標準装備になっているけれど、つまりACCがない。趣味の1台として遠出をするなら、遊び倒して疲れたあとにリラックスできる装備は欲しいところだが、そこはまだターボと同様、需要とコストがバランスしないのだろう。

 最後は浜辺に止めて、シートをリクライニングさせて寝転びながら、自分ならどう使うか考えてみた。

 軽トラだから、遠出が無理とは思わなかった。むしろコイツで運転を工夫しながら、どこまで行けるのか試してみたくなったほどだ。

 車中泊はできないけれど、キャンプするならテントを積んで行けばいいし、荷台に腰掛けてお弁当を頬張るのも気持ちよさそうである。

 働くクルマがベースだから、局地的だけれど走破性はガチだし、積載能力も高い。必要最低限の装備しかないけれど、だからこそ価格も4WDの5速MTで166万6500円と現実的。

 もし筆者がスーパーキャリイを買ったら、何かを始めるべきときなのだろうと思った。それって順序が逆な気もするけれど、いつかはやってみたいと思っていたアクティビティを始めるきっかけに、スーパーキャリイを買うのも今っぽい。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。

Photo:安田 剛