試乗記

マセラティの新型「グランカブリオ」試乗 どんなペースで刻んでも優雅で歓びに満ちている

新型グランカブリオ・トロフェオ

550PS/650Nmのネットゥーノを搭載するグランカブリオ・トロフェオ

 逆説的ながら、BEV(バッテリ電気自動車)が普及してその存在感が増すほどに、GT(グランド・ツーリズムもしくはグランド・ツアラー)という古典的なジャンルのクルマがセクシーさと輝きを増している。なぜなら人々がBEVに対して恐怖するのは、電池切れとそれが引き起こす不慮の移動中断であり、急速充電にありつくための時間的あるいは手間上のコストからだ。よって長距離を自由に一気に駆け抜けられる「GT」に対する憧れは、つねにコンソリデ―ションの局面という訳だ。

 今回、イタリア現地で試乗してきたマセラティの新型「グランカブリオ」は、クーペ版としてすでに先行する「グラントゥーリズモ」、いわば普通名詞でも固有名詞でもあるこのクルマのオープントップ版GTといえる。今世代の「グラントゥーリズモ/グランカブリオ」シリーズには800VシステムのBEVである「フォルゴレ」も用意されるが、CHAdeMO規格への対応などもあってICE版から日本市場へ導入されている。グランカブリオ・トロフェオも5月末から受注は始まっていて価格は3120万円~と、今のところかもしれないがクーペの2998万円~に対してわずか122万円高に収まっている。

今回試乗したのはV型6気筒3.0リッター ネットゥーノエンジンを搭載する「グランカブリオ・トロフェオ」。日本でも受注を開始しており、価格は3120万円~。ボディサイズは4966×1957×1365mm(全長×全幅×全高。全幅はサイドミラー含まず)、ホイールベースは2929mm

 これだけでクーペより買いだ、と言い切ったら勇み足かもしれないが、グランカブリオは単なるお買い得感やコスパ思考、つまりスペック云々だけでは絶対に選ばれないタイプの1台といえる。550PS/650Nmという最高出力/最大トルクは、昨今は700~800PS台が相場となったスーパースポーツ、あるいは1000PSオーバーのハイパースポーツの世界からすれば、控え目でさえある。だからネットゥーノという3.0リッターのパワーユニット自体が、プレミアムスポーツとして小粒に見えるかもしれない。

 ところが、この挟角90度のV6ツインターボは元よりボア×ストローク88×82mmという、今どき珍しい超ショートストローク・エンジンで、トルク密度を高めるクロスプレーンのクランクシャフトを採用。しかもF1由来のプレチャンバー燃焼機構を世界で初めて市販モデルに搭載した、まさしく時計の複雑ムーブメントのような緻密で凝ったハイメカニズムだ。

 しかもプレチャンバーは中高回転域で初めて高効率燃焼が始まる機構で、低速・低負荷時は右バンクを休止させる機構をも備えている。要は乗り手にアクセルを奥まで踏み込むことを最初から要求するが、ほとばしるようなトルク供給と回転の伸びが絡みつくようなフィールを味わせてくれる、そういうパワーユニットなのだ。このフロントミッドに積まれた濃厚きわまりないエンジンと、オープンエアで対話が楽しめるというのは、それこそ時計でいう裏蓋シースルーか文字盤スケルトン仕立てのようなものだ。

 こう書くと、ややギーク気味にストイックなクルマのようだが、グランカブリオの陽気な仕立てがそうはさせない。リアの2座にも大人を迎え入れられるほど、快適な4シーター・オープンなのだ。分厚く耐候性と密閉感に優れたソフトトップは、開くにも畳むにも約15秒。指を近づけやすく、「く」の字に折れるように配されたセンターディスプレイ×2の手前側、「カブリオ」タブの上でスワイプ&ホールドするか、あるいはパラメーター設定でジェスチャーコントロールでも作動させられる。この手前側ディスプレイはグランカブリオ独自でクーペにはない装備、エアコンやネックウォーマーなど車内コンフォート全般の操作を兼ねている。

キャンバスルーフはブラック、ブルー、マリーン、チタングレー、グレージュ、ガーネットの5色から選択可能で、ソフトトップは50km/h以下で操作可能。ソフトトップは14秒で開き、16秒で閉じる
インテリアでは12.3インチのセントラルディスプレイと8.8インチのコンフォートディスプレイからなるデュアルタッチスクリーンを搭載。オーディオはソナス・ファベールシステムで、優れたリスニングエクスペリエンスを提供する

 ソフトトップ収納時にトランク内の容量は最大の172Lから131Lに減るが、スペース上方側にコンパクトに収まるし、奥行きや左右はめっぽう長いためゴルフバッグ×2個といった天地方向にかさ張らない荷物なら、積んだままでも支障はなさそうだ。荷室容量はクーペより確かに4割ほど少ないものの、実のある造りではある。これもスペック値だけでは見えない、グランカブリオの特質だ。

 逆にいえば、屋根を閉じた時の居住性や快適度、開いた時の荷室容量は、オープンカーの使い勝手でもろさを露呈しやすいポイントだが、グランカブリオは及第点以上に対策され、あまつさえ練り抜かれている。乗る以前は、非日常的なイタリアの2枚目的オープンカーかと思いきや、いい意味での生活感を感じさせる、というか生活を任せられる1台に仕上がっている。それでいて幌を下ろした時、左右ウィンドウの丸みを帯びた輪郭は、あくまで美しくボディラインに馴染む。

 逆に閉めた時も、幌の面積は小さく低く、小粋な佇まいを感じさせる。こういうスキのない審美性の高さは、張りがあって質のいいレザーとアルカンターラ、正確なステッチ運びで覆われたアップホルスタリーのクオリティの高さと並んで、古典的なぐらいイタリアンだ。カーボンの加飾パネルにもコーティング加工はなく、素材そのものの触感が楽しめる。

空間と距離感、プライバシーと社交性のコントロールが絶妙

 ステアリングホイール内、左寄りのボタンを押せば、エンジンに火が入る。ダッシュボード中央、ボタン式のシフトセレクターを押し込んで走り出す。後者のボタンはややストロークが深いので、パーキングなどで前進と後進を繰り返す際、やや面倒に感じるのが数少ない労苦の1つだ。

 コンフォート/GT/スポーツ/コルサという4つのドライブモードのうち、デフォルトはGTモードだ。5000rpmまで、つまりかなりアクセルを踏み込まない限りはエキゾーストノートは抑え気味で、フラットな乗り心地と小気味のいいハンドリング、緩過ぎないトルクやシフト変速のレスポンスといった、バランスのいい設定だ。70km/h以下の低速域で市街地をゆっくり走る限りパワートレーンの存在感は希薄だが、無色透明ではない。軽くアクセルを踏むと「ブン!」と即答するキビキビした反応は、トラットリア的な気のおけない店でたまに会う、気の利くベテラン給仕のような心地よさだ。

 ソフトトップを開け放ったままでも90km/hぐらいまでは、左右ウィンドウを上げておけば風切り音や巻き込みに悩まされることはない。2分割折り畳み式のウィンドストッパーをリアシート側面の穴に固定すれば、高速道路上でも風の巻き込みはまったく気にならなかった。天気や風次第とはいえ、むしろ助手席と会話が続けられる程度の静粛性、余裕が保たれていることに驚かされる。開かれていても外界から隔絶させない、空間と距離感、プライバシーと社交性のコントロールは絶妙だ。

 GTモードのままワインディングもこなせないことはないが、スポーツモードに切り替えるとステアリングのゲインが強まる。エアサスによって車高もわずかに低くなり、ノーズはあいかわらず軽快にインに向けやすいものの、明らかにロール量も操舵量も抑えられる。ボディやインテリアの設え剛性感は高く、荒れた路面を駆け抜けても安っぽいガタピシ音は出てこない。

 前後ブレーキは380mm径と350mm径ローターを備え、制動力も十分ながら前後の沈み込みのバランスもコントロール性も、抜群にいい。ほぼ50:50の前後重量バランスで、4WDとはいえ基本は後輪駆動とあって、大げさに荷重移動したり再加速を強いずとも、走りのリズムが自然にできあがっていく。そんな自在感に満ちた動的質感はクーペにも共通するところだが、高回転まで引っ張った時のダイレクトな刺激やスリリングさという感性面では、グランカブリオが半歩、秀でている。

 どんなペースで刻んでも、優雅で歓びに満ちていること。「無事これ名馬なり」とはいうが、新しいグランカブリオは決して無難にまとめられているのではなく、走行シーンに応じて突出すべき主役級の要素と、それを支えるべき脇役的要素のバランスが、間断なくスムーズに変化する。そういうインテリジェンスに貫かれた1台なのだ。だからクーペより+122万円の差額に潜む価値とは、量ではなく純粋に質によるもので、そこに価値を見出せる人にはかけがえのない選択肢となる。「優雅さは金で買えない」をイタリアン・ウェイで行く1台なのだ。

南陽一浩