試乗記

MC20のレーシングバージョン「マセラティGT2」をアウトドローモ・モデナで駆る

「マセラティGT2」にアウトドローモ・モデナで乗った

復活したGT2カテゴリーに照準を定めたマセラティ

 マセラティのフラグシップモデルである「MC20」(エムシー・トゥエンティ)。このミドシップ・スポーツカーは、開発時点でレースへの投入が織り込み済みだった。そして2023年6月30日のスパ・フランコルシャン24時間耐久レースにおいて、そのレーシングバージョンとなる「マセラティGT2」が世界に披露された。

 その名前からも分かるとおり、マセラティGT2はGT2カテゴリーでの活躍を目指して作られたレーシングカーだ。GT2といえば現在の主流であるGT3の上位カテゴリーだが、戦闘力のあるマシンが限られたこと、バジェットが高騰したことなどからカテゴリーそのものが衰退し、LM-GTEに受け継がれた歴史がある。

 しかし近年はこれによって興隆したGT3マシンが先鋭化しすぎ、さらにはドライバーもプロ化が激しくなったことから、GTワールドチャレンジを主催するSROが2018年にGT2カテゴリーを復活。エアロダイナミクスを制限しながらも、よりハイパワーなマシンでジェントルマンドライバーがレースを楽しめるパッケージングを「ファナテックGT2 ヨーロピアン・シリーズ」として開催した。

 マセラティは、ここに照準を定めたのだ。

 そして2023年の最終戦ポール・リカールではLPレーシングが1台のマセラティGT2を走らせ、ポルシェ 911 GT2、アウディ R8 LMS GT2、メルセデスAMG GT2、ランボルギーニ ウラカン スーパートロフェオ Evo1、KTM X-Bow GT2といった強敵たちの中で、堂々のポール・ポジションを獲得。レース1では2位表彰台という華々しいデビューを飾った。

 また2024年の開幕戦スパでは3台のマセラティGT2が同シリーズにエントリーし、LPレーシングの1号車がポール・トゥ・ウインを達成。同日開催の第2戦でも2号車が3位表彰台、TFTレーシング 24号車もアマチュアクラスで2位および3位と連続して表彰台を獲得して、最高のスタートを切っている。

 そんなマセラティGT2を、彼らのお膝元である「アウトドローモ・モデナ」でテストドライブする機会が、世界で9名のジャーナリストに与えられた。幸運なことに筆者はこの選考に選ばれたわけだが、同時にその重圧はかなりのものだった。なにせ試乗するのは、今季のファナテックGT2 ヨーロピアン・シリーズに参戦するマシンそのものだったからだ。

試乗車はなんと今季のファナテックGT2 ヨーロピアン・シリーズに参戦するマシンそのもの。マジか……

 しかしそこはイタリアの名門というべきか。モータースポーツを楽しむ姿勢はエンジニアやメカニック、全てのスタッフたちに浸透しており、現場はとても明るい雰囲気で筆者を迎え入れてくれた。また肝心なマセラティGT2も、予想を遙かに上まわるフレンドリーなマシンだった。

アーキテクチャの要はV6エンジン「ネットゥーノ」

マセラティGT2の要となるV6ツインターボ“ネットゥーノ”

 ということでまずは、マセラティGT2の魅力を詳しく伝えていこう。そのアーキテクチャの要となるのは、なんと言っても3.0リッターの排気量を持つV6ツインターボ“ネットゥーノ”だ。

 この90度のバンク角を持つV6ユニットはかつてフェラーリと共に開発を行ない、ステランティスグループの一員であるアルファロメオとも共用した歴史を持つユニットだが、これを丹念に磨き上げ続けて完成させたのはマセラティだ。

 技術的なハイライトはF1由来の技術である「プレチャンバー」システムを量産車として初めて搭載したこと。これはサイドスパークプラグで作り出した火花を副燃焼室からメインの燃焼室に送り込む機構で、燃焼効率と耐ノック性能を向上させる効果があるという。

 さらにマセラティGT2では、レース用にタービンを大型化した。その最高出力が621HP(約630馬力)と市販モデルであるMC20から変化がないのは、BoP(性能調整)によって出力が変更されることを踏まえてのことだ。そして大径タービンの採用は高地で開催されるレースでのカバレッジをも見込んだためで、高回転での効率を上げ、耐久レースでの燃費性能向上を求めたからだとエンジニアは教えてくれた。

 そのエンジン性能をコンスタントに発揮するべく、シャシー側では冷却性能が高められた。フロントセクションはバンパーを新設計してワイドトラック化。ここにスペーサーで角度変更が可能な巨大スプリッターと斜め配置のラジエター、ブレーキダクトを装備した。合わせてボンネットも、ラジエターの熱を逃がしながらダウンフォースを高める処理が施されている。

マセラティGT2ではフロントスプリッターや調整式リアウィングとの相乗効果を高めるために特別に開発されたボトム、素早い部品交換のためにクイックリリースで取り外し可能なボディパーツ、高いねじり剛性と曲げ剛性を持つシャシーなどの開発に多くの時間を費やしたという
電動パワーステアリングを採用したほか、組み合わされる6速シーケンシャルミッションはステアリングのパドルシフトでも操作可能。カーボンファイバー製のダッシュボードには10インチディスプレイが組み込まれる

 リアセクションはまずルーフ後端にあるボックスタイプのシュノーケルが目立つ。吸入口は2つに分かれており、それぞれがエンジンとギヤボックスを走行風で冷却している。リアフェンダーに装着されるカーボンパーツはインタークーラーダクトのカバーだが、市販車と同じパーツを高い位置に取り付けることで冷却性能を高めている。またフェンダー上部のダクトはタービンへ、サイドシル側はブレーキへと、至るところに冷却口が開けられている。

 ボディ後端はパネルを大きくくり抜いて排熱性を高めた。また中央排気とすることでバンパー一体型となった巨大なデュフューザーの排出効率を高めながら、車体後部の負圧をもエキゾーストで吹き飛ばしている。そしてリアウイングはスワンネックタイプのステーによって主翼下面の形状をスムーズ化。空気の流速を早めながら、取り付け位置を後方へ伸ばしてダウンフォースを高めている。

ほどよくエキサイティングなキャラクターはマセラティそのものであり、耐久レース向き

 動的質感については、インプレッションを交えながらお伝えしよう。

 ちなみにその価格は44万ユーロ。フェラーリ 296GT3がおよそ50万ユーロと言われているからそれよりいくぶんリーズナブルだが、まったくもって恐ろしい額である。しかもシーズンインを目前にしたレース車両のドライブだから、絶対にやらかせない。そんな緊張感を持って臨んだマセラティGT2はしかし、走らせるほどに体になじんでいった。

 その乗りやすさはまずシャシー性能の高さが1つ。モデナのコースは一周2km程度のショートコースで、高速セクションがないことからもその扱いやすさはメカニカルグリップの高さによるものだろう。またジェントルマンドライバーが習熟を重ねやすいように、ステアリング上からエンジンマップ(これは最初から最強だった!)/トラクションコントロール/ABSがダイヤルで調整可能になっている。

 周回を重ねながら、徐々にブレーキングポイントを遅らせていく。ダラーラと共同開発したカーボンモノコック、フロントのダブルウィッシュボーン式サスペンションはそのGをしっかりと受け止め、曲率の大きなカーブを滑らかに切り込んでいく。小さなステアリングの割にハンドリングが少しだけ緩慢なのは、マシンのせいじゃないと思う。ジャーナリストが乗ることを踏まえて、シャシーをルーズにセットしているからだろう。

 ならばとブレーキを残し気味にターンインしたら、タイトコーナーでクルリとスピンした。なるほど滑り出してからの挙動は大柄なミドシップならではの早さであり、このマシンが本物のレーシングカーなのだと分かってうれしくなった。

 アクセルが踏み込めるようになってくると、大径タービンの影響か、低回転でのレスポンスが気になってきた。これをピットでエンジニアに話すと「そんなはずはない。TCをもっと緩めてくれ」と、絶対の自信をもって笑顔で煽ってきた。

 そちらが言うならOKとばかりにTCダイヤルを緩めて走ると、確かにネットゥーノは弾けるブーストでリアタイアを蹴り出してくれた。レッドゾーンまでの吹け上がりはさらに鋭くなり、市販車とは異なる6速のシーケンシャルミッションはダイレクトにその加速をつないでいく。ターンインで滑り出したリアをアクセルでバランスさせるときも、操作がしやすくなっている。そして決して甲高くはないけれど、野太いサウンドとバイブレーションが最高に気持ち良かった。これは本当によくできたターボエンジンだ。

 当日は筆者が一番最後のジャーナリストであり、フィードバックも良かったようで、予定よりもはるかに多くの周回を走ることができた。そこでつかんだのは、マセラティGT2が丹念に作り込まれたマシンであり、これならアマチュアドライバーでも楽しみながらレベルを上げていけるという感触だ。

 確かに44万ユーロという金額は超が付くほど高価だが、だからこそ高いレベルで安全が確保され、夢中になってドライビングが学べる。フェラーリほど鋭すぎず、メルセデスよりもドライバーを信用していて、ほどよくエキサイティングなキャラクターはマセラティそのものであり、耐久レース向きだ。

 そしてラップを重ねるほどに体力が削られて、集中力が落ちていく様も本物のレーシングカーらしい。ピットレーンに戻ってマシンから降りるとメカニックたちがこれ以上ないくらいの笑顔で出迎えてくれて、とても幸せな気持ちになった。

 試乗後、開発ドライバーであるアンドレア・ヴェルトリーニ氏に感想を求められ、筆者もこれに真剣に答えた。そして「やや挙動がシャープだから、アマチュアドライバーには少し難しいところもあると思う。少しでもフォーミュラ経験があるといいかもしれない」と伝えると、ヴェルトリーニはすぐさまこれに反論。「今回はタイヤのライフがほとんど終わっていたから。ニュータイヤを履けば走りはもっと安定するよ! 次は広いコースへ行こう。そうしたらダウンフォースの高さも分かってもらえるはずだよ」と返された。

 だったら最初から新品タイヤ履かせておいてよ! と思わず笑ってしまったけれど、どうやら認めてはもらえたらしい。どこまでもイタリアンな真面目さと陽気さに満たされた、素敵な試乗だった。

 アンドレア、次はきちんとニュータイヤ用意しておいてね。

山田弘樹

1971年6月30日 東京都出身
A.J.A.J.(日本自動車ジャーナリスト協会)会員。

自動車雑誌「Tipo」の副編集長を経てフリーランスに。
編集部在籍時代に参戦した「VW GTi CUP」からレース活動も始め、各種ワンメイクレースを経てスーパーFJ、スーパー耐久にも参戦。この経験を活かし、モータージャーナリストとして執筆活動中。またジャーナリスト活動と並行してレースレポートや、イベント活動も行なう。