インプレッション

ポルシェ「ケイマン」

 「ポルシェさん、“そこ”に手を出しちゃって大丈夫なのかな……」

 これは、2005年秋に初代「ケイマンS」がリリースされた直後、とある日本車メーカーのテストドライバーから直接耳にしたフレーズだ。そんな氏は当時、自社の某モデル開発のためにニュルブルクリンクのサーキットも度々訪れていたという人物。

 「だってね、何度見ても“こっち”の方が絶対速いんですよ。911のラップタイムよりもね」

 すなわち、デビューを目前にテストを繰り返す初代ケイマンSのタイムを傍らで密かに計ってみると、それは明らかに“911カレラのそれ”を上回っていたのだという。

 「いや、911は“ポルシェの王様”でしょ。それが“パッと出の弟分”にニュルで抜かれちゃっていいのかな? と。まぁ、そうは言っても『ミッドシップでより軽い』んだから、そうなっちゃうのも当然なんだけど、それで商売上はまずくないのかって、人ごとながらちょっとそう思っちゃうんですよね」

 氏が言いたかったのは、“ケイマンが911のお株を奪ってしまうのではないか!?”と、要はそういうことであるわけだ。

ケイマン S

 確かに、そうした可能性を裏付けるかのように、初代ケイマンのスペックには“911が上というヒエラルキー”を何とかキープしようと、そう考えていた形跡が伺える。

 初の水冷量販911となった996型カレラの3.4リッター・ユニットが発する最高出力が300PSの大台に載った中で、同じ3.4リッターながら295PSとされた初代ケイマンS用ユニットの出力値には「300PS超は911だけに許された数字」と、そんな意図が感じられた。最高速にしても同様。275km/hというケイマンSのそれは、996型カレラの280km/hという値を前に、“ホンのわずかだけ遠慮した数字”だったのに違いない。

 そもそもそれ以前に、初代ボクスター誕生当初から「やろうと思えばすぐにでもできたはず」の“ボクスターのクーペ”をカタログに用意しなかったという点こそが、911への遠慮の最たるものであったと言えるだろう。ケイマンというブランニュー・クーペのリリースは、前出テストドライバー氏も危惧をしたように、ポルシェが自ら「パンドラの箱」を開いてしまったことになるのだろうか?

ケイマンはかつての911カレラに?

 すべての魂は「911」に宿る――それは今でも、ポルシェというメーカーのクルマづくりの、最も基本的なスタンスだ。かつては考えられなかった“新市場”を狙った「カイエン」や「パナメーラ」にも、エクステリアやインテリアのデザインには「911」を彷彿とさせる要素が数多く見て取れる。

 フロントフード先端より高い位置に置かれたヘッドライトや、タコメーターを中央に据えた丸型5連のメーター、ダッシュボードのドアサイドにレイアウトされたイグニッション・キーシリンダーなどはその典型例。さらに、高速道路で彼方に先行するパナメーラの後ろ姿は、時に“911そのもの”にも見えたりするほどだ。

 昨今のポルシェはことほどさように、マーケティング能力に長けている。それだけに、これまで半世紀近くに渡って築き上げた911の名声を、いかに身内とは言えみすみす“新参者”に明け渡すような事態は考えられない。恐らくポルシェが仕掛ける最新のシナリオとは、かくも全てのイメージリーダーである911を、「さらなる高みに身を置くスーパースポーツカーへと成長させる」という戦略であるはずだ。

 実際、そんな動きは最新の991型911の姿を目にすれば、(996型では1000万円を切っていた911カレラのスターティング・プライスが、今や1145万円からになっているという事実も含めて)素直に納得が行く。従来型から一挙に100mmものホイールベース延長が行われ、Sグレードではそこに20インチの大径シューズを標準とする今度の911カレラは、ありていに言ってしまえば「歴代モデルの中でも比類なく“高そうに見える911”」そのものだ。

 すなわち表現を変えれば、今後はケイマンを「かつての911カレラのポジションをもカバーする存在」へと仕立てて行く! と、今のポルシェにはそんな思惑があるように感じられてならないのだ。

ケイマン

良好な視界、パーフェクトなドライビング・ポジション

 というわけで、いささか前振りが長くなってしまった。従来型に対してより流麗になり、さらに躍動感が溢れるに至ったそのルックスは写真でじっくり堪能いただくとして、早速そのドライバーズシートへと身を委ねることにしよう。

 「座ってしまえばボクスターと同様」というのは、もちろん従来型から変わらぬポイントだ。ウインドシールド下端中央が従来より100mmほど前出しされた一方で、Aピラーは手前に引かれ、ドアミラー周辺の“抜け”もよいので、運転視界がスッキリ開けているのはボクスター同様の美点。

 後方視界はルームミラー越しでも振り向いた際でも、ケイマンに明確なアドバンテージがある。その理由は、リアウインドー面積の大きさと、シート背後の“壁”の高さが、ボクスターとは異なるため。特に、バルクヘッドが非常に高く、振り向き視界が絶望的なボクスターに対して、そこが「抜けるように見える」ケイマンでは、バック走行が遥かにイージーだ。

 前後双方にラゲッジスペースを備えるゆえ、「2シーター・モデルとしては例外的に大容量の荷物が積める」のは従来型から受け継いだミッドシップのポルシェ車ならではの特長点。さらにハッチバック・ボディのケイマンの場合、ルームミラー越しの視界が遮られるのを覚悟すればエンジンカバー上にも相当量の積載が可能で、その点では「実用性はボクスター以上」と言えることになる。

ケイマンS

 反面、従来型に見劣りをするのは、キャビン内の収納スペースに関して。前方がせり上がる「ライジング・コンソール」は、最新ポルシェ車共通のアイコンである一方、そこにはほとんど物が置けないのが難点。加えて、従来型ではリッド付きでなかなか便利だったドアポケットも、容量が減少。コンソールボックスは一見有用そうだが、実は大きなリッドを開いても中の深さはホンの数cm。これも使い勝手は従来型の方が上回っていた。

 ちなみに、初代ケイマンのオーナーという立場を利用(?)してそんなポイントを事細かにプロダクト・ダイレクター氏に指摘すると、「他にも気付いた点はどんどん言ってね」と、欧米メーカーの人には珍しくビジネスカード(名刺)を渡されたのは、果たして“光栄”と受け取るべきなのか!?

 加えれば、新型ボクスターのウインド・デフレクターがメッシュ式となり、透明の樹脂製だった従来型よりもルームミラー越し視界が劣る点を指摘すると、「風の当たり方が従来型よりきつくなり、樹脂製では高速走行時に破損の危険性が生まれたための措置」との回答が。もっとも、そこは現状では視界に難点アリという認識はあるようで、「強化型の透明樹脂アイテムを開発中」とのマル秘(?)情報も得ることができた。

 ヒップポイントの低いシートに、脚を前方に大きく投げ出して座るスタンスは、いかにもスポーツカーらしい。今回、ポルトガルでの国際試乗会に用意をされた左ハンドル仕様はもちろん、すでに日本上陸済みの新型ボクスター(及び991型911カレラ)での経験から、右ハンドル仕様でもドライビング・ポジションがパーフェクトなものであるのは間違いない。

 パーキング・ブレーキレバーは前出ライジング・コンソールの採用と共に姿を消し、スタートの手順を踏んでアクセルペダルを踏み込んだ段階で、電動式となったブレーキ機能は自動的に解除される。

 ちなみに、昨今巷ではプッシュボタン式イグニッション・スイッチが大流行中だが、「ウチはキーを捻る動作に拘る」と明言したのは、かつて話を聞いた991型のプロダクト・ダイレクター氏。実際、最新の911ではオプションで用意される電子キーをチョイスした場合でも、エンジン始動はキーシリンダーがレイアウトされる場所に用意されたノブを右に捻って行うという念の入れよう(?)だ。

シャープなエンジン

 今回テストドライブを行ったのは、2.9リッターから2.7リッターへと“ダウンサイジング”が図られたベースモデルと、従来同様3.4リッター・エンジンを搭載する「S」グレードの、それぞれ6速MTと「PDK」を謳う7速のDCT仕様の双方。

 全ての試乗車には、走りに関わるオプション・アイテムである電子制御式の可変減衰力ダンパー「PASM」や、LSDと組み合わされたトルクベクタリング・システムの「PTV」、PDK車のシフトプログラムやMT車でのダウンシフト時のエンジン回転合わせ機能なども含み、さまざまな電子制御アイテムを一括してよりスポーティなセッティングへと変更させると同時に、新たにダイナミック・トランスミッションマウント機構も採用する「スポーツクロノ・パッケージ」、50km/hまでの低速域での操舵力を低減させる「サーボトロニック」などが“フル装備”された状態だった。

 また、ベースグレードでは18インチ、Sグレードでは19インチが標準サイズであるのに対して、試乗各車はそれぞれ1インチ・アップが図られたオプション・シューズ(ピレリPゼロ)を装着。参考までに、そんな“全部載せ”状態のSグレードのPDK仕様車は、ニュルブルクリンクを7分55秒で周回し、従来型よりも11秒短縮されたそのタイムは、同じく3.4リッター・エンジンを搭載する991型カレラよりも「3秒速い」と報告されている。

 まずはSグレードで走り始める。

 フロントセクションを中心に軽量なアルミニウム材を多用した「ハイブリッド・ボディ-」採用の効果もあり、1.3t強に収まった車両重量に対して、最高325PSを発する心臓を組み合わせた結果が「遅い」はずもない。実際、その加速感は0-100km/hが5秒そこそこで、最高速も280km/hをオーバーというカタログ・データを「決して誇張ナシ!」とすんなり実感できる印象だ。

 比べれば、絶対的な加速タイムがより速いのは、変速時の駆動力の途切れが無くよりクロスレシオの7速トランスミッションを備えるPDK仕様の方。が、特筆すべきはMTの操作フィールが素晴らしく、それは991型カレラのMTをも凌ぐという事実だ。

 実は「パッセンジャーカー用としては世界初」を謳う991の7速MTがPDKをベースとするのに対し、ミッドシップ・モデルのMTは「軽量さにフォーカス」という理由から従来型6速ユニットを受け継いでいる。991型のMTが、シフトレバーの動きをオーソドックスなH型パターンに変換するための特殊な機構を内蔵するという事情も影響をしてか、より短いストロークで小気味よく操作ができるというテイストは、ミッドシップ・モデルが積む6速MTの方が明確に上回っているのだ。

 そんなSグレードの強力そのものの加速感に比べると、ベースグレードがパワフルさで見劣りするのは否定のしようがない。が、それでもその加速力はピュアなスポーツカーとして満足できる水準だし、フラット6ユニットが奏でる回転の上昇に伴ってクリアさを増して行く快音も、Sグレードに遜色がない。

 ちなみに、2種類のエンジン共にその最高出力はボクスター用ユニットの10PS増しとされているが、これはハードウェアに違いがあるのではなく、ソフトウェアの変更によって、より“高回転・高出力型”の特性を強めたものとのこと。実際、レブリミッターが作動する7800rpm直前の、7600rpmに引かれたレッドライン目がけてのエンジン回転数の伸びは、どちらのエンジンもボクスターよりわずかながらもシャープな印象。“パワーの差”よりこの伸びきり感の違いが、ケイマン用エンジンならではの持ち味だ。

 ところで、Sグレード/ベースグレード双方に装着車が用意されていたオプションの「スポーツエキゾースト」には、余り好印象は得られなかった。スイッチ操作を行う以前の段階から、標準仕様よりもこもり音が耳に付くし、またそのピークが日常シーンで多用する2000rpm前後に存在するからだ。走り去る音を車外で耳にする分には迫力が増すのは確かだが、ミッドシップ・レイアウトゆえの排気系の取り回しの難しさが存在するのか、991型のような「キャビン内でもゴキゲンなサウンド」という印象は、残念ながら受けられなかった。

ドライビングが上達したような感覚を味わせてくれる

 こうして、まずは動力性能が文句ナシ状態という新型ケイマン。が、“走り”のハイライトはそのフットワークの仕上がりにこそ代表をされるというのも、また確かな印象だった。その実力の高さを教えられたのは、まずは「尋常ならざる」と形容をしても過言ではない、速度を問わずしなやかでフラット感に満ちた乗り味からだ。

 前述のように今回乗った全てのモデルには、オプションの「PASM」が装着されていた。これまでの経験からすればこのアイテムが上質な乗り味に大きく貢献するのは確実。これを持たない状態では、この項の得点がある程度下がってしまうことは容易に想像がつく。

 が、それにしても今回乗った全ての仕様での乗り味の上質さは、まさに特筆レベルにあったのは間違いない。「実は、より高い運動性能を目指して、ボクスターより定数の高いサスペンション・スプリングを採用」というにも関わらず、明らかにそれを上まわる快適さが実現されていた点には、「ボクスター比で2倍以上」とされるボディの静的ねじり剛性の高さも大いに効いているはずだ。

 その上で同時に実現された、いかにもミッドシップのピュアスポーツカーらしいハンドリングの感覚にも、テストドライブ中ずっと魅了をされ続けた。ノーズの動きは軽やかそのものである一方、そこに無駄な動きは伴わないので安心感もすこぶる高い。路面とのコンタクト感は濃密に伝えてくれる一方で、キックバックやワンダリングといった“雑音”はしっかりカットする電動式パワーステアリングの仕上がりも秀逸だ。結果、まさに「ドライビングが上達したような感覚」を余すところなく味わせてくれるのが、新型ケイマンのフットワーク・テイストと総評できる。

 テストプログラム中に組み込まれていたサーキット走行のセッションでは、駆動輪上にしっかりと荷重がかかるゆえのトラクション能力の高さと、もはや「ポルシェ車の伝統」と言ってもよいブレーキのタフネスぶりにも改めて感心させられた。すなわち、なるほど最新のケイマンには、サーキットでのラップタイムも含めてもはや「911に見劣りする部分など、どこにも存在しない」ということなのだ。

 ところで最近、ミッドシップのポルシェには「この先4気筒の新エンジン搭載車が追加されるのではないか!?」という情報を耳にする。そして、そんな新開発されるエンジンは「最高330PSを発する、2リッターのターボ付きの水平対向ユニット」と、そのスペックが妙に具体的でもあったりする。

 もちろん、現時点ではそんな内容はあくまでも“噂”の段階に過ぎない。しかし、先に挙げたような、より上級移行を狙う911とのキャラクターの差別化という観点から考えるとすれば、なるほどそんなこともやらないとは限らないと思えてしまうのが、昨今のポルシェというブランドでもある。

 どうやらポルシェは、今度のケイマンで「パンドラの箱」を開いたわけではなさそう。それはむしろ、新たなマーケット戦略への第1歩ということなのかも知れない。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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