インプレッション

ホンダ「N-BOX スラッシュ」

開発の発端はマンガ?

 アメリカのホッドロッドカーのカスタムの基本は4インチダウンなのだそうだ。それに則って「N-BOX」から4インチダウンした「N-BOX スラッシュ」。4インチダウンはキャビンのルーフをチョップ(短く)と、足まわり(サスペンション)によるもの。

 N-BOXが軽のミニバンなら、N-BOX スラッシュはパーソナルカーだとデザイナーは明言し、割り切っているところが潔く分かりやすい。実はデザインに携わった1人はカリフォルニアにあるホンダのデザイン室にいたこともあり、「エレメント」や「S-MX」のデザインにも携わったそう。なるほど納得。N-BOX スラッシュは新ジャンルのパーソナルカーとも言えるが、ホンダにはそもそも“コッチ系”の流れがあったのだ。それを軽でカタチにするというところが今の時代らしい。

チョップトップスタイルの「N-BOX スラッシュ」(撮影車はX・ターボ)。ベースの「N-BOX」からルーフ位置を100mm、最低地上高を10mmの計110mm低くし、ボディーサイズは2WD車で3395×1475×1670mm(全長×全幅×全高)
フロントグリルはクロームメッキとし、N-BOXのボディー同色から変更を受けている。X・ターボ専用の15インチアルミホイール(タイヤサイズ:165/55 R15 75V)を装着

 しかし、その発端は1人の女性デザイナーが描いたマンガだったのだそうだ。N-BOXのルーフを切ったマンガを何の気なしにペタッと貼っておいたらほかのデザイナーたちの間で評判よく、ならばと社内のプロジェクトに提案。上層部の同意も含め、とんとん拍子で開発が決まったという。アメリカのカスタムカーショップも視察し職人のこだわりも体得。そこで遊び心のあるクルマながら、バランスのよい4インチダウン仕様ができ上がったようだ。「ブライトロッドスタイル」「ストリートロッドスタイル」「ダイナースタイル」「グライドスタイル」「セッションスタイル」という5つの世界観を表現したスタイルがラインアップされている。インテリアやエクステリアにお部屋のインテリアの趣味を反映させるようなカスタムテイスト仕様(オプション)を取り入れるのも面白いが、単色のボディーカラーでもこの個性的なスタイルは引き立って見える。

 N-BOX スラッシュは視覚的に背が低く見えるものの、全高は「N-WGN」よりわずかに高いスペック。室内に乗り込むと見た目のわりに広く感じられるという、期待通りのギャップがよい。さらにフロントウインドーから見える街中の風景は独特のムードを抱かせてくれる。これはエクステリアのユニークさを体感できる、N-BOX スラッシュならではの特筆すべきポイントだろう。

N-BOX スラッシュは5つのインテリアスタイルを用意。撮影車はダークブラウンを基調とした「セッションスタイル」のインテリア。室内サイズは2180×1335×1290mm(室内長×室内幅×室内高)
XグレードではN-BOX スラッシュならではの専用アイテムとして、8スピーカー+1サブウーファーで構成される「サウンドマッピングシステム」を標準装備
ターボ車は本革巻きステアリングを装備。パドルシフトが付く
セッションスタイルはメーター照明が赤色を採用
トランスミッションはCVT(7スピードモード付き)
死角をカバーするピラー内側の「ピタ駐ミラー」
フロントシートはベンチシートスタイル。リアシートのスライド量は190mmを確保
リアシートはスライドに加えチップアップも可能になっている
リアシートは5:5の分割可倒式。リアシートをダイブダウンさせることでラゲッジ容量を最大743Lまで拡大することができる

オススメはターボ

直列3気筒DOHC 0.66リッターターボ「S07A」型エンジン。最高出力は47kW(64PS)/6000rpm、最大トルクは104Nm(10.6kgm)/2600rpm

 エンジンは直列3気筒DOHC「S07A」で、自然吸気とターボを用意。試乗したターボ車はCVTを組み合わせ、その走りは実に軽快であり、街中から高速道路にいたるまで不満はない。ECOモードでも十分に走るが、ノーマルモードは勢いが違う。瞬発力も十分で走りに一層メリハリが効いて気持ちよい。またリアダンパーのサイズを拡大したおかげで乗り心地もよく、これまでのNシリーズの中でもしっとりとした乗り味を持っているように感じられた。ハンドルの操作感はモード切替でアシスト量が変えられるが、標準モードのスッキリとした軽さが、N-BOX スラッシュの乗り味にマッチしているようだった。

 静粛性についても、N-BOX スラッシュは製造時に必要なボディーの穴を小さくし(製造現場との調整が必要なけっこう大変なことだ)、より静かな室内づくりが行われている。これに加え、試乗車にはホンダアクセスが純正ディーラーオプションとして用意したN-BOX スラッシュ専用キット「ピュアサウンドブース」が採用されている。これは吸音材や制振材を内装施工するオプション装備。残念ながら未採用のモデルの試乗はできず、ノーマルの静粛性を確かめられていない。だが、音楽を楽しみたい方はもちろん、より快適で静粛な移動を求めるのならその効果は高そうだ。

 これに対し自然吸気エンジンを搭載するモデルは、正直なところ速さや力強さに少々不満が残る。緩やかな発進に違和感はないのだが、アクセルペダルを踏み込んでいくと重く鈍く、もう少し前に出てほしいという気持ちになった。結果的にCVTが唸るようになり、街中の一定走行に入ればよいのだが、アップダウンの多い地形や高速走行中のコミュニケーションには“応援”が必要になる。ダイハツ工業やスズキと比べ、自然吸気エンジン搭載モデルの快適満足度指数は決して同等とは言えない。ちなみに自然吸気エンジンの試乗車に前述のオプションは採用されていない。自然吸気エンジン+CVTが発するそもそもの音は大きめであり、正確な判断はしかねるところ、お許しいただきたい。

こちらは自然吸気エンジン搭載モデル。自然吸気は最高出力43kW(58PS)/7300rpm、最大トルク65Nm(6.6kgm)/4700rpmを発生する

 室内ではシートスライド機能を新たに採用したホンダのウルトラシートは4モードのアレンジが可能だ。パーソナルユースながらさまざまな趣味や実用に対応するよう、この空間を使いやすく進化させている。タイプ別の設定ながらワイヤレスのスマホ充電器やサウンドマッピングシステム対応型のオーディオも選べる。

 安全面については新開発かつ便利な電子制御パーキングブレーキが採用されたほか、坂道発進時の後退抑制システムや「エマージェンシーストップシグナル」、VSA(車両挙動安定制御システム)を標準装備。約30km/h以下での衝突を回避・軽減する「シティブレーキシステム(レーザーレーダー使用)」、エアバッグも前席はもちろんサイドカーテンエアバッグもタイプ別に設定されている。

 ホンダの軽、Nシリーズの第5弾となるN-BOX スラッシュ。1月13日の段階で受注状況は計画の2倍。購入層は独身が中心で女性が半数を超えているという。メーカーオプションとなる3タイプの中ではカリフォルニア ダイナー スタイルが5割を占めているそうだ。シートスライドの新採用を含め、シートアレンジとそのスペースを趣味のために使うもよし。このユニークなカタチを楽しむ日常もよい。スタンダードからユニークまで、近年の軽自動車のラインアップの豊富さとニューモデルの登場から目が離せない。個性的な軽のパーソナルカーといえば、ホンダでは「S660」というスポーツカーの登場も気になるのではないかしら……。

飯田裕子

Photo:中野英幸