【インプレッション・リポート】 アルファ ロメオ「ミトTCT」 |
2008年夏にデビューした、アルファ ロメオ初のセグメントBホットハッチ「ミト」は、ヨーロッパ大陸を中心に確実なヒットを得ているようだ。ところがわが国では、その弾けるような魅力と実質的パフォーマンスに相応しい評価は得られていない、というのが無類のアルファ好きである筆者の正直な感想であった。その最大の要因は、トランスミッションがコンベンショナルな3ペダルの6速MTに限定されていたことと言っても過言ではないだろう。
これまでにも幾度となく語られてきたことだが、日本という世界的に見るとやや特殊なマーケットでは、たとえアルファ ロメオのようなスポーツ色の強いブランド、そしてミトのようなクーペ風スタイルのスポーティーカーであっても、本分が実用車である以上はATあるいは2ペダルのセミATであることが、半ば必須条件となっている。すなわちMTだけのラインナップでは、熱心なアルフィスタ(アルファ愛好家)たちに“刺さる”だけで、日本での主流派とは決してなり得なかったのである。
しかし、そんなミトの足かせをようやく外してくれる待望のモデルが、ついに日本上陸を果たすことになった。昨2009年のフランクフルトショーにて世界初公開された、6速2ペダルMT「アルファTCT」を搭載したニューバージョンである。TCTは「ツイン・クラッチ・テクノロジー」(Twin Clutch Technology)の略称。フィアット パワートレーン テクノロジー(FPT)が開発したもので、フィアット・グループの実用車としては初めての実用化となるデュアルクラッチAT(DCT)である。2組のクラッチは、コストや軽量化とトルク耐性の両立を検討した結果、ドライ式が採用されている。
デュアルクラッチAT「アルファTCT」。画面左に2組のドライクラッチが見える | |
ミトTCTの室内には、AT然としたシフトレバーと2つのペダルが。シフトレバーにはシーケンシャルモードが備わる | |
「ミトTCTコンペティツィオーネ」にはシフトパドルが装備される |
しかも、新しいミトで注目すべきはトランスミッションだけではない。パワーユニットとして、今年の「エンジン・オブ・イヤー」に輝いた直列4気筒「マルチエア」16バルブ 1.4リッター+ターボを搭載しているのだ。
このマルチエア・ユニットは、吸気バルブのリフト量とタイミングを電子油圧制御することでスロットルバルブを廃し、ターボチャージャーと組み合わせることで効率の最適化を図ったもの。パワーは従来型ミト1.4TスポーツのDOHC 16バルブターボから20PSダウンの135PSとなったが、低回転域でのトルクが約15%向上するほか、アクセルレスポンス向上や排気ガス浄化にも寄与している。
直列4気筒マルチエア16バルブ 1.4リッター ターボエンジン | 吸気バルブはカムではなく油圧機構で制御するため、バルブのリフト量とタイミングを自由に設定できる。また、バルブがスロットルバルブの代わりを果たすため、スロットルバルブによるロスなくなり、レスポンスが向上する |
また、こちらもアルファ ロメオでは初となるアイドリングストップ機能「スタート&ストップ」システムの効力も相まって、燃費とCO2排出量を約10%低減することにも成功するなど、パフォーマンスとエコロジーを完全両立した、まさに新時代のアルファの心臓部に相応しい高性能エンジンなのである。
このTCTとマルチエア1.4ターボユニットのコンビは、来年には日本上陸を果たすことになるという新型ジュリエッタでも、主力になることが決定しているという。その点を考慮しても、今回のテストドライブは事前から非常に楽しみにしていたのである。
D.N.A.システムの切り替えスイッチ |
■極めて洗練されたTCT
TCTを搭載するミト新バージョンは、日本仕様ではベーシック版に相当する「スプリント」(Sprint)と、シフトパドルや17インチホイールを装備する上級版「コンペティツィオーネ」(Competizione)の2グレード構成とされるが、今回我々のテストドライブに供されたのは、後者のコンペティツィオーネ仕様。従来型ミト1.4Tスポーツで採用された、エンジンとVDC、電子制御サスペンションの特性を、走行シチュエーションに応じて「D」(ダイナミック)、「N」(ノーマル)、「A」(オールウェザー)の3段階で設定する「アルファ ロメオD.N.A」システムも、もちろんスタンダードで装着されている。
て、今回のテストドライブに於ける最大の注目ポイントであったTCTだが、アルファ ロメオにとっては初のデュアルクラッチ式DCTであるにもかかわらず、その洗練ぶりに大いに驚かされることになった。DCTの特質として、スロットルを踏み込んだままでもスムーズにシフトアップするのはもちろんだが、その変速スピードや変速時のマナーも素晴らしいの一言に尽きるのだ。加えて発進時の半クラッチや坂道発進、パーキング時の後退などロボタイズド2ペダルMTでは必ず問われる微速時のマナーも、実に洗練された動き方を示してくれる。
筆者は日常の足として、アルファ ロメオ147セレスピードを愛用しているが、実用車用2ペダルMTのパイオニアとして今世紀初頭に発表されたシングルクラッチのセレスピードと比べれば、今回初登場したTCTはまさに“隔世の感”。2ペダルMTとしてはもちろん、トルコンATに代わるものとしても、そのパフォーマンスにはまったく不満を感じなかったのである。
しかし、これはあくまで筆者の個人的意見ではあるものの、スポーティなキャラクターを身上とするアルファ ロメオとしては、このスムーズ指向のセッティングが少々ジェントル過ぎるようにも感じられてしまったのも正直なところ。例えばフォルクスワーゲンのデュアルクラッチAT「DSG」でも、一連のGTI/Rモデルに搭載されるウェット式デュアルクラッチでは、かなりダイレクト感を際立たせた仕立てとしている。翻ってミトTCTでは、ATセレクター然とした大型のシフトレバーが設けられていることからも、“ミトのAT版”というキャラクターが前面に押し出されているように思われるのだ。
現代のFPTの技術力をもってすれば、エンジンのECUコントロールによってドライブ・バイ・ワイヤのセッティングをスポーティに演出するのもさほど困難ではないはず。長らく「Cuore Sportiva」(スポーツ魂)を社是としてきたアルファ ロメオならば、もう少しだけスポーティ寄りのフィーリングを期待したい気がしないでもない。しかし、これもアルファ ロメオとFPTの技術陣が熟慮の上に決定した方針に従ったものと思えば、やむを得ないところであろう。
■懐の深いハンドリング
一方、アルファ ロメオでは初採用となるマルチエア1.4ターボユニットのできばえは、個人的にも非常に満足すべきものであった。回転フィールは、4気筒としては無類にスムーズなもの。
そして、特にアルファ ロメオD.N.A.が「D」(ダイナミック)モードにあるときのスロットルレスポンスとトルクの立ち上がりは、過給機付エンジンであることを忘れさせるほどに素晴らしい。低回転域からフラットなトルクを生み出し、アルファ ロメオに期待するスポーティな加速感を演出してくれる。もちろん「N」(ノーマル)モードでも日常生活上の走行では特に痛痒を感じさせることは皆無に等しいのだが、アクセルを踏むと車がスッと動き出す「D」モード時のレスポンスに慣れてしまうと、少々物足りなく感じてしまうのだ。
加えて、アルファ ロメオでは常に重要視されるエンジンサウンドについては、従来のミト1.4TスポーツのDOHC 16バルブターボと同じく基本的には静かなのだが、これもやはり「D」モードでは早々に回転が立ち上がり、コクのある澄んだ4気筒サウンドを聴かせてくれる。
とはいえ、6000rpmを超えたあたりでタコメーターの針の動きが急速に鈍ることからも、あくまでレスポンスと低・中回転域のトルクを重視した性格づけがなされていることが分かる。この先の高回転域と絶対的なパワーについては、同じミトでも170PSをマークする上級スポーティ版「クワドリフォリオ・ヴェルデ」に任せているのかもしれない。
一方、シャシーについては従来型から大きくは変わっていないはずなのだが、心なしか洗練を深めているようにも感じられた。アルファ ロメオらしい、ソフトでストロークのたっぷり取られたサスペンションは、長尾峠のような路面の荒れたワインディングでも優れたロードホールディングを示してくれる。
コンペティツィオーネは17インチタイヤ仕様 |
そして、ここでも効力を発揮するのがD.N.A.システム。エンジンやトランスミッションのセッティングに加えて、アルファ ロメオとマニエッティ・マレリが共同開発した電子制御ショックアブソーバー「ダイナミック・サスペンション・システム」と統合管理されることになっているというが、やはりコーナーで最も精彩を放つのは「D」モードである。やや柔らかめのサスにダンピングの効いたダンパーは、アルファ ロメオの伝統に相応しい懐の深いハンドリングを見せてくれる。
ただし、コンペティツィオーネ仕様に装着される17インチタイヤは、若干オーバーサイズにも感じられた。今回の試乗では、16インチタイヤを履くスプリント仕様を試すチャンスは無かったのだが、双方を乗り比べたテスターに聞くと、やはり16インチの方が乗り心地やハンドリングのバランスともに、若干マッチングが優れているとの由。
しかし、スポーツドライブでは是非とも欲しいシフトパドルを装着するコンペティツィオーネでは、自動的に17インチのみの設定となってしまう。無いものねだりになってしまうようだが、もしできることならば無償レスオプションでインチダウンが可能となるという選択肢があってもよいと思うのである。
FPTのフランチェスコ・チミーノ氏 |
■トルコンATに代わるもの
実は今回のテストドライブの直後に、FPTのTCT技術担当エンジニア、フランチェスコ・チミーノ氏が来日。ミトTCTをテストしたドライバーに、テクニカルセミナーを行った。
この説明会で、TCTがスムーズかつジェントルな思考に仕立てられていることの真意について訊いてみたところ、チミーノ氏の回答は「2つのトランスミッションが1つになったと考えてほしい」というものだった。
つまりD.N.A.システムが「N」(ノーマル)ないしは「A」(オールウェザー)に設定されている時はジェントルなAT、そして「D」(ダイナミック)に設定されている時は、スポーティな2ペダルMTになるというロジックである。
チミーノ氏の説明によると、TCTこと「C635」トランスミッションの最大受容トルクは350Nmと、フォルクスワーゲンのドライ式7速DSGの250Nmよりも遥かに高い数値を確保しているという。これは1.4リッター版の高性能バージョン「クアドリフォリオ・ヴェルデ」はもちろん、昨年のボローニャ・ショーにてコンセプトのみ発表されている「ミトGTA」の「1750」ユニットにも対応可能なことを示している。
同氏曰く「今後、より高トルクの車を製作する際にも、原則としてドライクラッチを採用し続けていく」とのこと。それゆえ、このスタンダード版ミトに組み合わされるTCTは、今後TCTとの組み合わせが実現することになるであろうスポーツモデルたちとの差別化を図るため、あえてジェントルなセッティングとしているのかもしれない。
それでもTCTのもたらす洗練された走りっぷりが、ミトの走りの質感を確実に向上させたのは間違いないところ。さらに言えば、TCTの存在がミトという車自体の可能性をも格段に広げることになった。そしてTCT搭載モデルは、少なくとも現時点に於けるミトの決定版と言ってしまってもよいと思うのである。
2010年 11月 15日