【インプレッション・リポート】
フォード「クーガ」

Text by 河村康彦


 広大なアメリカの地で際立つ人気を獲得した「エクスプローラー」に、同社初の“コンパクト”SUVとして誕生した「エスケープ」──フォードというのはSUVのカテゴリーで、すで確固たる定評を築き上げているブランドだ。

 さらには「マスタング」や「サンダーバード」「トーラス」などと、日本でもポピュラーなモデルはいずれもアメリカ産という“歴史と伝統”の持ち主でもあるゆえか、日本では数年前まで盛んに行われていたヨーロッパ・フォード製モデルの扱いを久しく中断していた。しかし、2007年のフランクフルトショーでデビューを飾ったブランニュー・モデル「クーガ」の誕生に、日本でのインポーターであるフォード・ジャパンは、欧州発のこのモデルの導入をすぐさま検討したという。

「ヨーロッパ製」と言うより「フォード製」
 なるほどクーガが備える様々なディメンションは、日本市場への適性もなかなか高そうなもの。全長×全幅は4445×1850mmで、日本の日常シーンでもまず抵抗感を抱かずに済みそうなものだし、直列5気筒DOHC 2.5リッターターボで最高出力200PSというエンジン+5速トルコンATという組み合わせによるパワーパックも、同様に日本で「過不足のない走り」をイメージさせてくれる。

 さらに、右ハンドル仕様が存在するということも、日本でより多くの人にアピールするための大きな要因となるのは間違いない。そもそも、アメリカ車には今でも「右ハン仕様など用意をする気など毛頭ない」というスタンスが感じられるモデルが少なくない。アメリカのメーカーは自動車に限らず、巨大な国内市場に商品を供給するだけでも商売が成り立って来たため、輸出先の事情までを考慮したプロダクツの開発はなかなか苦手という側面があったことは否めないだろう。

 一方で、自らの国内需要は決して大きくはないという事情を持つ欧州の各国は、国外販売を前提とした商品開発が古くから得意だった。もともと左側通行の国であるイギリスを含む、輸出を念頭において開発されるヨーロッパ製フォード車であれば、当初から右ハンドル仕様を用意するのが普通というわけだ。ちなみに、ここに紹介するクーガは、ドイツのザールイ工場製という。

 とはいえ、そんなクーガが日本に導入されることになっても、かつて耳にした「Ford from Europe」のキャッチフレーズはもう聞かれない。何故ならばこのクーガは「ヨーロッパ製だから」というよりも「フォードらしいSUVだから」という理由で導入が決定したという経緯があるからだ。そうした「“産地”を超越してもう一度日本に相応しいモデルを厳選しつつ導入しよう」という動きが感じられるのが、クーガ導入にまつわる新たな動き。すなわち、「フォード」というブランドのプレゼンスを再び上げることができるのか否か、ここはひとつの正念場だ。

日本にすんなり溶け込むクーガ
 すでにヨーロッパでのモーターショーではその姿を目にしていたものの、当然日本では初対面となるクーガは、予想した通りにこの国の風景の中にもすんなりと溶け込んでくれた。

 「ドライビング・ダイナミクスをデザインに反映させ、彫りの深いプレスラインやピンと張った面構成が特徴」という「キネティック・デザイン」を謳うのが現在のフォード車だが、そうした狙いどころが違和感として映るようなこともなく、なかなかモダーンでいかにも最新のクロスオーバー・モデルらしい雰囲気をアピールしているのが、クーガのエクステリア・デザインのよいところだ。

 ちなみに、日本固有のレギュレーションを満たすための「サイドアンダーミラー」はこのモデルではカメラとモニターで代用されていて、せっかくのプレーンなエクステリア・デザインをブチ壊すに十分な後付けミラーの装着が回避されているのは朗報。

 一方、インテリアのデザインは「質実剛健ではあるものの少々素っ気無い」という印象で、クロスオーバーを謳うのであればもうひとつの情感演出が欲しいところ。それにしても、ダッシュボードの造形や質感が、フォルクスワーゲン車のテイストにソックリという点には驚かされた。それだけ質感が高いとも言えるが、やはりもう一歩の独自性が欲しいと思えたというのも事実だ。

 フォーカスなどに先行採用され定評ある「Cカー・プラットフォーム」をベースに骨格が開発されたというクーガのキャビン空間は、大人4人が長時間を過ごしても苦痛を感じないもの。フロントシートに対してヒップポイントがかなり高く設定されたリアシートでは、それゆえに優れた視界の広がり感が得られるものの、足下空間は特に広大というほどではない。

 後席使用時のトノカバー下までの容量が360Lというラゲッジスペースは、6:4の割合で分割可倒式のダブルフォールディング・タイプの後席をアレンジすると最大1355Lという大容量を得られる。「テールゲートの開閉が随分重くて……」と注文を付けようと思ったら、ここは上部のみも開閉可能な2ウェイ式という凝った構造。小さな荷物の出し入れや車両後方スペースがタイトな場合などに威力を発揮しそうだ。

サイドアンダーミラーの代わりにドアミラー下にカメラが付く。映像は左Aピラーの根本のモニターに映る質実剛健なインテリア。撮影車は本革パワーシートを備えた「タイタニアム」後席は6:4の分轄可倒式
テールゲートは上部のみ開くこともできる(右)

フォードSUVらしい安定志向
 ボルボ各車にも搭載されてお馴染みのターボ付き直列5気筒2.5リッター・エンジンから、トルコン式の5速ATを介して得られる加速力は、まさに「必要にして十分」だ。排ガスのエネルギーが小さく、有効なターボブーストが得られない動き出しの一瞬だけはやや“重さ”を感じるものの、ひとたび走り始めればすぐに活発さが倍増し、軽快な加速感を得られる。

 ATのプログラミングは日本の走行環境下でも違和感のないものだし、シフトクオリティも上質。フロアレバーにはDレンジのポジションから分岐したシーケンシャル・モードが用意をされているが、特に瞬時にエンジンブレーキ力を高めたい場合などのために、シフトパドルの用意も欲しいと思えたことを付け加えておきたい。

 テストドライブしたモデルが235/50の18インチと「ちょっと見た目重視かな?」と思えるオーバーサイズ気味のシューズを履かされていたこともあってか、路面凹凸を拾ってのバネ下の動きは、時に少々重めの印象だった。

 一方で、電動油圧式のアシスト機構を備えるステアリングの正確性や、速度が高まるにつれてのフラット感、ロールとヨーイング発生の関係の素直さなどはいずれも好印象で、このあたりには欧州製フォード車らしい息吹が感じられる。

 ただし、コーナリング時にはアンダーステアの発生を認識する以前の段階で、すでにスタビリティ・コントロールがちょんちょんと介入してくる。いずれにしても機敏さよりも安定志向を目指しているのは明白で、その点でも「フォードのSUVらしい」というフレーズは当たっているといえよう。

 久々にヨーロッパからやって来たそんなクーガの日本での価格は、ベース車両の「トレンド」が335万円で、HIDヘッドライトや雨滴感知式ワイパー、ガラス製の「パノラミック・ルーフ」などを標準採用とした「タイタニアム」が378万円という設定。実用性やファッション性、プレミアム性などを考慮すると、そのコストパフォーマンスの高さはまずまずと言ってよさそうな1台だ。

2010年 11月 12日