【インプレッション・リポート】 三菱ふそう「キャンター」 |
自動車メディアに携わり、年間に乗るクルマは400台をくだらないだろうという我々のような人間にとっても、トラックの試乗という機会はそうあるものではない。そんな中、三菱ふそうトラック・バスから発売された8代目キャンターの試乗会が行なわれた。
「キャンター」というと、子供のころよく見た「V」字型グリルを持つ青いトラックをまっさきに思い浮かべるわけだが(古い話で恐縮……)、話は一気に飛んで、先代で設定されたモーターとエンジン併用するパラレル方式ハイブリッドシステムを搭載する「エコハイブリッド」が大いに話題となったのが記憶に新しい。
そして、フルモデルチェンジし8代目を迎えたキャンターは、まさに“初もの”づくし。小型トラックとして世界初となる6速デュアルクラッチATの「DUONIC(デュオニック)」を採用したことが最大のニュースだろう。
これにより先代で設定されていた、トルコン式ATとMTベースの機械式AT「INOMAT-II(イノマット2)」が廃止された。通常のMTについては、従来は5速と6速があったが、新型では6速が廃され、5速のみを継続してラインアップする。
指で指し示しているのが、ボディー右側面に備えられたBlueTec用のAdBlue(尿素水)タンク。その右に見えるのは軽油タンク |
4種類あるディーゼルエンジンも、小型トラッククラス初となる「BlueTec(ブルーテック)」システム(再生制御式DPF+尿素SCR)を採用し、世界でもっとも厳しいとされる「ポスト新長期排気ガス規制」(平成22年度規制)に、小型トラックとして初めて適合したこともトピックだ。
4P10系の型式で呼ばれる、3リッターの排気量を持つ直列4気筒 DOHC 16バルブ直噴コモンレールインタークーラーディーゼルターボエンジンは、ユニット自体は同じながら、ECUの制御により、最高出力、最大トルクなどのスペックが4段階に差別化されている。
今回試乗したのは、仕様の異なる3台で、高出力仕様の、ワイドキャブ、平ボディー架装の4.6t車(最高出力129kW[175PS]/2860-3500rpm、最大トルク430Nm[43.8kgm]/1600-2860rpm)、低出力仕様の、標準キャブ、平ボデー架装の2t車(最高出力96kW[130PS]/3050-3500rpm、最大トルク300Nm[30.6kgm]/1300-3050rpm)、標準出力仕様の、広幅、バン架装の3トン車(最高出力110kW[150PS]/2840-3500rpm、最大トルク370Nm[37.7kgm]/1350-2840rpm)という3台。
ちなみに、この下には最高出力81kW(110ps)/2970-3500rpm、最大トルク260Nm(26.5kgm)/1200-2970rpm)という仕様も存在する。これら環境対応エンジンのほか、全機種に4輪ディスクブレーキを採用したのも小型トラッククラス初であり、ブレーキオーバーライドを採用したことにも注目だ。
キャンターというと、これまでもトルコン式ATやセミATの設定があったものの、実のところ販売比率はMTが約9割と圧倒的だったとのこと。三菱ふそうとしては、デュオニックを設定したことで、近い将来これを逆転させることができると見込んでおり、ゆくゆくはMTをオプション扱いにしたいと考えていると言う。
実際、コスト的にも、基本的にクラッチ板の交換は不要というデュオニックに対し、MTのクラッチ交換には1回につき約7万円の費用がかかるので、価格上昇分は十分にペイできるはずだ。
デュオニックは、容量の大きなクラッチ板を3枚ずつ持つDCTで、自重は120kgほど。MTと比べると約30kg重いものの、従来のイノマット2に比べると、制御系の部品が不要となり、14kgほど軽く、従来のATに対してもいくらか軽くなっているという。このあたり、乗用車ではATよりもDCTは重くなるものというのが一般的な認識のところだが、興味深いところだ。
デュオニックは、通常は2速発進となり、3%以上の登坂路をセンサーが察知すると、自動的に1速発進になる。湿式クラッチ式らしく発進はスムーズで、ジャダーはほとんど感じられなかった。ちなみに、最大許容トルクは、高出力仕様の430Nmとなる。
シフトゲートのパターンは、写真のとおり独特で、乗用車では見かけないタイプだが、使いにくいことはなく、すぐに慣れることができる。左に倒すことで、自動変速とマニュアル変速が選べ、自動変速からマニュアル変速に変えると、ずっとマニュアルモード状態が維持され、信号などで停止しても、そのままマニュアルモード状態となるのは、同様の選択が可能な乗用車との違い。
これについては、「むしろ自動的に戻ることに対して違和感を抱くユーザーが少なくなく、ドライバーの意志・操作を尊重した上での判断」(開発陣談)とのことだった。エコモードも選ぶことができ、設定すると標準状態よりもさらに積極的にシフトアップするようになる。
試乗車には、加速や乗り心地が実際の使用状況に近いフィーリングとなるよう、それぞれ最大積載量相当のウエイトが積まれていた。今回は出力の大きいほうから乗ったのだが、前述のこともあって、エンジンスペックからイメージする加速ではなく、むしろ軽量な低出力仕様のほうが、軽快に走れたという印象だった。一方、静粛性については、キャビンの大きいクルマのほうがだいぶ静かに感じられた。
このデュオニックは、シフトチェンジ時の衝撃も小さく抑えられており、基本的にはいたってスムーズ。クリープ機能も付いており、10%の登坂路でも静止することができる。ただし、坂道発進では、少し下がってから上り始めることもあり、慣れないとサイドブレーキを使いたくなってしまう。また、登坂路で速度が遅いときは、ややシフトチェンジでショックを感じることもあった。この辺りは、そのうち改善されていくことだろう。
シフトダウンでは、自動的にブリッピングして、とても上手くエンジン回転数を合わせてくれることに驚いた。ディーゼルでターボというと、空吹かしの制御は非常に難しいはず。にもかかわらず、とくに難しいであろう低回転域も含め、上手いこと制御してくれている。開発陣に聞いたところでは、「死ぬほど頑張りました(笑)」とのことだった。変速レスポンスはそれほど速いわけではないが、トラックで速い必要もないだろう。
シート位置は高く、見晴らしのよいもの。ステアリングホイールの位置は、トラックならではと言える | デュオニックの操作は容易で理解しやすいもの。助手席側に倒すことで、ATモードとMTモードの切り替えを行う |
助手席側からサイドブレーキを見たところ。中央のノブで、ブレーキを解除せずレバーを下げることができる。仮眠などの際に便利 |
このキャンターについては、総重量5t以下の車両については、独立懸架式フロントサスペンションを採用している。これによりバネ乗数が柔らかくできるため、乗り心地もよくなっている。さらに、シートのマウントが柔らかめにされているようで、快適性は上々だ。ちなみに、従来は重いほうの車両でも採用していたらしいのだが、バネ乗数の最適化などいろいろ難しい問題も出てきたため、現在では5tで区切るようにしたとのことだ。
室内は、トラックだけに乗用車に比べるといたってシンプルなたたずまい。ドリンクホルダーは標準で付いている。車内で運転席~助手席を横移動できるように、サイドブレーキは、レバーの横のノブを下げると、かかった状態のままレバーのみ下げることができるなど、利便性を高めるための使い勝手への配慮も見られる。オートエアコンも選べるし、サイドミラーステーを電動格納可能な仕様を選ぶこともできる。キーについては、乗用車ではすでに非常に利便性の高い機能を持つものが低価格車まで普及しているが、そこはさすがにまだのようで、別途リモコンキーも選べるという設定だ。
キャンターのメーターパネル。左にスピードメーター、右にタコメーターが並ぶ。スピードメーター下部には燃料計(軽油)が配置され、タコメーター下部にはAdBlue(尿素水)の残量が4セグメントのLEDで表示される | |
中央部には、マルチ情報システム「Ivis(アイビス)」を配置。ギヤポジションやAT/MTモードの表示のほか、燃費計や燃費履歴、DPF情報などを表示できる |
普段はなかなか触れる機会のないトラック、そして新しい技術に触れることのできた、非常に興味深い試乗であったわけだが、新型キャンターの3モデルに乗って感じたのは、トラックも乗用車に負けないくらいのスピードで進化しているということだ。
新型キャンターは、冒頭で述べたとおり、「初」の連発であるわけだが、よいものを積極的に採り入れ、少しでも早く世に出していこうという三菱ふそうの姿勢は素晴らしいと思う。DCTが組み合わされることで、ドライバーの負担もいくらか小さくなるだろうし、これに低排出ガスのエンジンが組み合わされれば、環境にもより優しくなる。我々の生活や産業に貢献する労働力を支える重要な役割を担うクルマだからこそ、もたらされるメリットは、より大きなものとなるはずだ。
■インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/
2011年 3月 10日