【インプレッション・リポート】
アバルト「695トリブート・フェラーリ」

Text by 武田公実


 

フランクフルトショーでの695トリブート・フェラーリ

フェラーリに捧ぐアバルト
 2009年9月のフランクフルト・ショーにて世界初公開された、アバルト「695トリブート・フェラーリ」のデリバリーは、EU市場では昨年から開始されていたが、このほど遂に日本の公道にも姿を見せることになった。

 「トリブート」とは、英語の“トリビュート”に相当するイタリア語。昨今の音楽業界でお馴染みとなったトリビュート・アルバムのごとく、このモデルはアバルト500をベースに、アバルトとフェラーリに共通する情熱やスピリットを体現したという、スペチアーレ的モデルなのだ。

 エクステリアをレーシーな雰囲気に武装させるエアロパーツ類は一見専用に見えるが、意外にもスタンダードのアバルト「500」シリーズと共用のものである。しかしフェラーリ「430スクーデリア」「スパイダー16M」と同じ意匠のセンターストライプをあしらい、カーボン製のドアミラーやフェラーリを意識した形状と「レーシンググレー」のカラーリングを与えられた専用17インチホイールなどが魅力的なルックスを演出していることによって、アピアランスから受ける“フェラーリ感”は格段に高められている。

 一方インテリアでは、往年のクラシック・アバルトの計器類を製作していたイエガー(JAEGAR)が、このモデルのために特製した専用メーターや、サソリの紋章の刻まれた軽合金製レーシングペダルなどを採用。

 またダッシュボードには、こちらもフェラーリの限定モデルを思わせるカーボンファイバー製のデコレートパネルが奢られるうえに、シートは専用のバケット「アバルトコルサbyサベルト」を装着。贅沢にもシェルとベースをすべてリアルカーボンファイバーで仕立てたこのバケットシートは、標準型アバルト500/500C用の純正レザーシートと比較すると、総計10kgもの軽量化を実現したという。

 さらにブラックレザーのステアリングには、イタリア国旗のトリコロールのアクセントがあしらわれ、テイストはレーシーながら独特のゴージャス感を得ている。これもまた、フェラーリを思わせる一面と言えるのだ。

エクステリア、インテリアはもとより、シートカバー、バッグ、キーケースなどの付属品も凝っている

レーシングマシンの公道版
 とはいえこのクルマ、ありがちなコスメティックチューンドカーなどではない。1.4リッターの直4ターボエンジンは、標準型アバルト500およびチューニングキットを組み込んだ「SS:エッセエッセ」のIHI製ターボから、純粋なレーシングバージョンたる「アセットコルサ」と同じギャレット製固定ジオメトリー式ターボに換装。さらに2009年に限定生産されたアバルト500「カルロ・アバルト生誕100周年記念車」で初採用された、2ウェイバルブを持つエグゾーストシステム「レコードモンツァ」との組み合わせにより、標準モデル(135PS)からは45PS、エッセエッセ仕様(160PS)からも20PS上回る180PSを実現している。

 しかも、アバルト695トリブート・フェラーリで注目すべきはエンジンだけに留まらない。そのトランスミッションはパドル式5速シーケンシャル(自動モード付き)の「アバルト・コンペティツィオーネ」。先だってインプレッションをお届けしたアバルト500で先に商品化されてしまったものの、本来ならば、こちらが歴代アバルト史上でも初のチャレンジとなる2ペダル車だったのだ。

 もちろんさらに過激さを増したパフォーマンスに備えて、シャシーも手抜かりなく強化。前後サスには専用チューンのダンパーでローダウン化して固める一方、ブレーキについても、ブレンボ社との協力で開発された対向ピストンキャリパーで強化されている。

 あらゆる点から見ても、アバルト500の頂点に立つ純粋なレーシングバージョン「アセットコルサ」のストラダーレ版とも言うべき、硬派中の硬派である695トリブート・フェラーリ。注目の走りっぷりについては、このあと詳しくお話しさせていただきたい。

 

硬派だが洗練された走り
 アバルト695トリブート・フェラーリの硬派キャラは、ドアを開いた瞬間から強烈に実感されることになる。ハードコーナーリング時のホールド性を最優先したサベルトのカーボンバケットシートは、ただ乗りこむにも少しばかりの覚悟が必要なのだ。

 そして、スタートボタンを押してエンジンを始動すると、アイドリングからドスの効いたエキゾーストサウンドを、まるで周囲を威嚇するかのようにまき散らす。さらにコンソールに設けられたボタンを押して「1」をセレクトし、スタンダードのアバルト500/500Cと同じ勢いで発進させようものなら、今時のクルマでは珍しいほどの強烈なトルクステアを起こし、この車がタダモノではないことをビシビシとアピールしてくるのである。

 試乗日は天候が不安定で、しばしばウェットコンディションでのドライブとなってしまったこともあって、正直に言うと本格的なインプレッションを前にして、若干怖気づいてしまいもした。しかし、それでも勇気を揮ってスピードレンジを上げてみると、筆者の不安など杞憂にすぎなかったことが分かってくる。一見過激にも映っていた演出は、あくまで高度にコントロールされたものであり、実は極めてソフィスティケートされたホットハッチだったのだ。

 もともと現代のアバルトは旧グランドプント、現行プント・エヴォ/500ともに、そのボーイズレーサー的なルックスからは想像できないほどに洗練された走りのキャラクターの持ち主。ルックスとスペックから想像するよりは遥かに快適な乗り心地を示す車でもある。

 その一方で、専用ダンパーで20mmほどローダウン化された695トリブート・フェラーリのサスペンションは、明らかにハードなセッティングとなっており、道路の継ぎ目などでは明らかなハーシュネスも感じさせる。しかし、そのサスペンション・セッティングのおかげで、低速コーナーから高速コーナーまで、その安定性はアバルト500より1枚も2枚も上。基本はかなり明瞭なアンダーステアに躾けてあるのだが、スロットルによるコントロール性が高まったことで、実質的スピードだけでなく感覚的ドライビングプレジャーでも“ピッコロ(小さな)フェラーリ”と呼ぶに相応しいできばえなのだ。

 加えて、ボディー剛性が絶対的に高いことから、サスペンション自体の動きは非常にしなやか。さらに専用のカーボン製バケットシートのもたらす優れたホールドも相まって、結果としてスポーツカーとしては重要なソリッド感を獲得している傍らで、常識的には相反する要素であるはずの快適性についても、かなり満足することのできるレベルに到達しているのである。

 ブレーキについては、これも今時珍しいような「ヒーッ!」という摩擦音とともに猛烈な勢いで減速するが、ハードブレーキング時でもコントロール性は良好。やはり、この分野におけるブレンボのアドバンテージは絶大なものと言えるだろう。専用のブレーキローターはコンベンショナルなスティール製だが、現代フェラーリが装着するカーボンセラミック・ローターのような、ドライでソリッド感あふれるフィールを味わえる。

 このように、695トリブート・フェラーリが全身で体現するドライでソリッドな感覚は、かなり“フェラーリ的”とも言えるかもしれない。ただし、この車がモチーフとした430スクーデリアのように電子制御デバイスをバキバキに効かせてソフィスティケートさせた……というよりは、どこか「360チャレンジ・ストラダーレ」を思い出させる、ワイルドでプリミティブ感のある乗り味を示してくれる。

 

アバルトを強調したエンジンフィール
 アバルト695トリブート・フェラーリに搭載されるのは、アバルト500シリーズに共通する直列4気筒DOHC16バルブ+ターボの「1.4T-Jet」。そのフィーリングは期待にたがわずソリッド&レスポンシブであった。アセットコルサと695トリブート・フェラーリにのみ装備されるギャレット製ターボチャージャーは固定ジオメトリー式ながら、まるで自然吸気ユニットのごとくシャープなレスポンスを披露する。

 いずれのフィーリングも、イメージ上のアイドルであるフェラーリとまったく無縁とは言えないのだが、吹け上がり感は、例えばフェラーリV8のような高回転までスカーンと抜ける感じではない。体感的なパワーピークは6000rpmあたりにあり、大排気量車ながら軽く8000rpm以上まで回りたがるフェラーリとは、明らかに指向性が異なるのだ。

 低速から分厚いトルクを中速域でさらに上乗せしてくる感じは、まさに現代アバルト的と言えるだろう。しかし、純正装備される「レコードモンツァ」マフラーのエキゾーストバルブが開く3500rpm付近からトルクが炸裂してくる快感は、ホンのちょっとだけだが、伝説のフェラーリ「F40」のそれを連想させてくれる気もする。

 とはいえ、否応なくフェラーリを連想させる4本出しのマフラーから聴こえてくるのは、1960年代から現代に至るすべてのアバルトに共通する、少々“劇画チック”な重低音。フェラーリはもちろん、同じ1.4T-Jet系ユニットを搭載するアルファロメオ「ミト」前期モデルのような、澄んだサウンドではない。

 つまり、アバルト500シリーズ全体にオプション設定される、このマフラーキット自体の商品名が、アバルト伝統の「レコードモンツァ」であるように、695トリブート・フェラーリのエンジンは、過去から現代まで継承されたアバルト伝統のフィールを徹底的に追求しているかに思われたのである。

 もう1つの注目点である「アバルト・コンペティツィオーネ」5速シーケンシャルトランスミッションは、ツインクラッチ式を採用する最新型アルファロメオ・ミトの「TCT」のような、素晴らしくスムーズかつ迅速な変速マナーこそないが、変速スピードはなかなかの速さで、よくできたシングルクラッチ特有のダイレクトなスポーツ感覚も横溢する。

 そして、このシフトパドルを操ってレスポンシブなエンジンを吼えさせつつ、ステアリングホイールをねじ伏せるようにしてコーナーを駆け抜ける。アバルト695トリブート・フェラーリは、現代の最新モデルとしては珍しく、まるで車と格闘しているようなドライビング・ファンも満喫できる車となっていた。

 いわゆる「普通の」車ならば、この辛口の乗り味に非難が集中することもありえようが、これはアバルト。しかも、スペチアーレな限定バージョンである。この硬派なキャラクターは、却って好ましいものであると断言してしまいたいのである。

 

偉大なるダブルネーム
 元来は1960~70年代にツーリングカーレースの小排気量クラスを席巻したフィアット・アバルト「695」に端を発することから、アバルトにとっては重要な意味をもつ「695」という数字。それと「フェラーリ」を組み合わせてしまうのは少々唐突で、デビュー時の筆者の正直な感想を言わせてもらえば、若干“のっけ過ぎ”にも映ってしまっていた。

 しかし、実はかつてのアバルトはフェラーリ向けに数多くの純正エグゾーストシステムを開発・製造してきたほか、1953年には脱着式ボディーを持つユニークな「フェラーリ166MM アバルト」をワン・オフ製作するなど、長いコラボレーションの歴史を持つという。また聞いたところによると、2007年に現代のアバルトが復活した際には、フェラーリのロードカー/レーシングカー両部門から複数のエンジニアが移籍し、現在のアバルト・テクノロジーの根幹を支えているとのことなのだ。

 現在では同じフィアット・グループに所属するアバルトとフェラーリ。その2つの名門が手を携えて製作したアバルト695トリブート・フェラーリには、長い歴史を背負った偉大なるダブルネームを名乗るに相応しい内容が込められていることは、今回のテストドライブで充分以上に理解することができた。

 しかし、これは無い物ねだりなのかもしれないが、この類稀なる走りの資質をフェラーリのコスチュームで見せるだけではなく、アバルト古来のアイコンで仕立てた、純アバルトの695があって欲しい気もする。それこそが、新生アバルト復活劇を完全なものとさせるには最高の手立てと思われてならないのだ。


インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2011年 6月 2日