【インプレッション・リポート】
シトロエン「DS5」

Text by まるも亜希子



 

 1度見たら忘れない印象的なエンブレムは、創始者のアンドレ・シトロエンが最初に起こした事業で生産していた、山形歯車がモチーフになっている。たまたま目にした歯車の精巧さに感激し、すぐにライセンスを取って生産を始めたというから、やはりシトロエンの原点は革新的技術を重んじるところにあるのかもしれない。

 しかし一方で、クルマ造りを始めてからのシトロエンは、その広告戦略のユニークさでも知られるところとなった。1920年代に、パリサロンの日に飛行機を使って大空にシトロエンの文字を描いたり、エッフェル塔に25万個の電球でシトロエンの文字を光らせた話は有名で、その独創的なアイデアは生み出されるモデルたちにも通じているようだ。

 あれから90年が経った今、シトロエンが新たに打ち出した革新的で独創的な別ラインが「DS」シリーズである。ぶっちゃけて言えば、日本ではシトロエンは少々マニアック路線で、クルマの酸いも甘いも知り尽くした人が乗るようなイメージができあがっているが、DSシリーズはそうではない。あくまでモダンなプレミアムカーとして、優雅でちょっと個性的なブランドを求めているような人々こそ、歓迎したいユーザー層だ。

 すでに日本で発売されている、DSシリーズ第1弾の小型ハッチバック「DS3」と、第2弾の小型クロスオーバー「DS4」は大人気で、とくに限定モデルのDS3レーシングは、あっという間に完売したらしい。購入層にはドイツ車や国産車からの乗り換えも多いというから、狙いどころはバッチリだったわけだ。

 そして2012年の夏頃、日本に導入予定なのがDSシリーズ第3弾にしてミドルクロスオーバーとなる「DS5」である。すでに2011年の上海ショーで披露され、欧州などでは販売開始されている。11月初旬、パリのシャンゼリゼ通りにあるシトロエンのショップを訪れてみると、すでに大々的に展示されて注目を集めていた。そんなDS5に、南仏ニースで試乗してきたので報告したい。

 

C Sport Launge

“バカンスの国”のクルマ
 じっくりと対面したのは、秋風の吹く海辺の瀟洒なホテル。シャンデリアの下にたたずむDS5のスタイリングは、もはやアート作品の域に達していた。見たことのない曲面、プレスライン、ガラスの形状が奇跡的な塊となって、思わず惹き付けられてしまう。シトロエンが言うところの「クリエイティブ・テクノロジー」とはこういうことかと、深い感銘を受けた。

 このDS5のベースとなったのは、かねてからコンセプトカーとして披露されていた「C Sport Launge」というモデルだ。シトロエン流のグランツーリズモを創り出す目的が、量産車として現実となったのがDS5である。彫刻のような立体的なボディラインの中に、長い剣のようなクロムラインがヘッドライトからサイドへと伸び、ルーフとリアウインドウが溶け合うかのような、不思議なリアビューなどが散りばめられている。

 インテリアにもそれは貫かれ、宇宙船のコクピットのようなインパネや、腕時計のベルトのような「ウォッチストラップシート」といった斬新な発想に、こちらはワクワクさせられっぱなしだった。と同時に深く染み渡る上質感にも驚く。例えばそれは、バイエルン最高の雄牛の革を使うなど、素材を厳選するところからスタートしているという。改めて、名ばかりのプレミアムではないことを実感させられた。

 さて、パッケージングにもシトロエンの独創性は冴え渡る。実はDS5は、プラットフォームを「C5」と共用していない。DS4と同じ「プラットフォーム2」をストレッチして使うことにより、「プラットフォーム3」を使うC5よりも全長は265mmほどコンパクトだ。ゆえに、マニアックな人が“シトロエンと言えば”的に好むサスペンションシステム「ハイドラクティブ」は搭載されていない。

 それが吉と出ているのか否かは試乗で確かめるとして、室内のゆとりは大人5人が十分にくつろげるものとなっていた。とくに頭上はかなり余裕があり、ラゲッジスペースも通常で468Lと、ワゴン車並みを確保。収納も多彩で、USB端子や保冷機能など使い勝手はかなり優秀だ。このあたりは頻繁に長距離ドライブをする“バカンスの国”のクルマらしい。

 

ライバルが見当たらない
 今回、試乗車として用意されたモデルのパワートレーンはすべて直列4気筒エンジンで、1.6リッターガソリン直噴ターボが200PS+6速MT、156PS+6速ATの2種。ディーゼル直噴2リッターターボ+モーターの「ハイブリッド4」が2ペダルMT「EGS」となっていた。

 最初にドライブしたのはハイブリッドモデルで、ニッケル水素バッテリーを搭載し、リアにインホイールモーターを採用する4WD。始動スイッチを押すと、まずはEV状態で発進し、とてもなめらかにスーッと加速していく。少し強めに踏むとエンジンがかかり、緩めるとまたEV状態になる。積極的にモーターを使う感覚だ。

 ハイブリッドにありがちな地面をすべっていく感じではなく、ガッシリとした剛性感と接地感があるのが“クルマっぽい”。サスペンションはフロントがマクファーソンストラット、リアがマルチリンク。タイヤが19インチだったので、よりガッシリ感が強かったのだろう。

ハイブリッド4ガソリンの1.6リッター直噴ターボエンジン

 次に156PSのガソリンモデルに乗り換えると、ハイブリッドに負けないほどの静かさにまず驚く。低回転からしっかりトルクが出て、ターボ特性もとてもなめらかだ。こちらはFFで、サスペンションはフロントが同じでリアがトーションビーム式になるが、リア追従性が高く塊感のある挙動で、市街地も山道もキビキビと楽しめた。実は高速道路も渋滞もたっぷりと体験したのだが、どこでもストレスなく走れたのはニースの美しい景色のせいばかりではないはずだ。

 そしてもうひとつのガソリンモデル、200PSは6速MTだったこともあり、山道では積極的にブン回したくなるほど面白かった。しかも、高速域でののびやかさにも余裕があり、クルージングがさらにラクだ。どのモデルも、後席での乗り心地が不快に感じることはなく、ハイドロとはまた違ったシトロエンの世界だった。既存のメカニズムに固執せず、時には脱ぎ捨てることで成功する一例である。

 たっぷりとDS5に試乗した後、ライバルとなるモデルをあれこれ思案してみたが、今もって名前はひとつも浮かんでこない。もしボディサイズやユーティリティでかぶっていたとしても、スタイリングで互角に闘えるモデルは見当たらない。

 日本導入は今のところ156PSモデルのみの予定となっているが、それでもしっかりとシトロエン流グランツーリズモとしての役目は果たしてくれるだろう。長い歴史を革新、独創と共に歩んできたシトロエンの精神は、しっかりとDS5にあふれていた。

 


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http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 1月 6日