飯田裕子のCar Life Diary

パイクスピーク2014でのロメイン・デュマと三菱自動車

パイクスピーク2014で2位と3位の表彰台に上がった三菱自動車工業のEVマシン「MiEV Evolution III」

 今年92回目の開催となった「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム」。このレースは標高4301mと、富士山よりも高い山の山頂がゴール。約20kmのコースにガードレースはほとんどなく、その道中には156ものコーナーがある。さらに山の天気は変わりやすい。取材を始めて今年で5年目となる私は、何度もツライ思いを経験している。そんな高山で行われるタイムアタックレースは約1週間をかけて開催されるけれど、フルコースでタイムアタックができるのは日曜日の決勝でたった1本だけ。そんなレースに思いを馳せ集まる参加者はアメリカ国内外からやってくる。

 今年は4輪部門に70台、バイク部門に69台が参加。注目の4輪部門を征したのはフランスからやってきたロメイン・デュマだった。さらに日本人にとっても大きなニュースだったのが、エレクトリック・モデファイドクラスで1-2フィニッシュを果たした三菱自動車工業チーム。総合でもロメイン・デュマに次いで初めてEVが2位、3位の表彰台に立つことができた。

 さまざまな思いを持って参加しているパイクスだが、少なくともロメイン・デュマと三菱自動車チームにとってこの1週間は完璧だったように思う。今回はこの2チームと3名のドライバーに注目してパイクスのレースの厳しさと変化をお伝えしたい。

最後の最後まで三菱自動車の結果を気にしていたロメイン・デュマ

 決勝レース当日は、予選1位のアンリミテッドクラス(改造無制限)のロメイン・デュマからタイムアタックをスタート。続いて予選2位のエレクトリッククラス(モディファイド)のグレッグ・トレーシー(三菱自動車)、増岡浩(三菱自動車)、モンスター田嶋と続いた。そして総合順位の結果も予選順位のとおりとなった。今年から4輪の決勝のランニングオーダールールが変わり、それまでの予選でトップタイムを出したドライバーがいるクラスから走行するのではなく、シンプルに予選タイムの速い順に走行。また日本人が多く活躍するエレクトリッククラスは、モディファイドとプロダクション(市販車)の2クラスに分けられることになり、過熱する日本人のEV争いはモディファイドクラスで展開された。

 総合優勝したロメイン・デュマはアンリミテッドクラス(改造無制限)に参加し、クラス、総合ともに制したことになる。タイムは9分5秒801。彼は2012年にポルシェでパイクスに初参戦。2013年からはオリジナルのマシン「ノルマ M20 RDリミテッド」でプライベート参戦しており、そのマシンを駆って2年目で総合優勝したことになる。ロメイン・デュマは現在ポルシェの契約ドライバーでありル・マン24時間にも参戦していて、ル・マン24時間ではそれ以前にアウディで優勝経験もある。ほかにもニュル24時間などさまざまなレースでウィナーとなっているトップドライバーだ。日本でもかつてGT500に参戦していたことがあるからご存知の方がいるかもしれない。

クラス、総合ともに制したロメイン・デュマ

 今回は実はポルシェからパイクス参戦を反対されつつも、それを押し切ってはるばるフランスからやってきたのだとか。一方でパイクスはプライベート参戦だったこともあり、走行中はレーサーとしてのストイックなムードを漂わせるも、レーシングスーツを脱げば仲間と和やかに話す雰囲気は楽しげ。ル・マン24時間のような大きな大会でないこともあり、気軽に話しかけることもでき私にとっても貴重な機会だったのには間違いないのだが……。「ニッポン、ダイスキー。ロッポンギ、サイコー」といわれたときは、リップサービスにしては「デュマさんよ、あなたもロッポンギが好きな外国人なんですね」と心の中で苦笑。まあ、おかげで一層私にとって彼との距離がより近くなったのは間違いないけれど。

 さて、そんなロメイン・デュマは予選の段階からトップタイムで走り続け、レース当日はタイヤのグリップのわるさに苦しみつつも前述のタイムでゴール。ロメイン・デュマのレースウィークを客観的に見れば完璧な1週間だったように見えるが、ゴール後に山頂で見せた納得いく走りができなかったゆえの厳しい表情は、レースウィーク中に見ることのないほど険しいものだった。それだけ後から上がってくるグレッグ・トレーシー(三菱自動車)が脅威だったに違いない。我々日本人プレスも“King of Pikes(パイクスの勝者)”がいよいよEVで実現するのではないかという、ほのかな期待を抱いていたのは間違いない。ちなみに2輪部門では、2013年にエレクトリックバイクが総合優勝しているのだ。

ロメイン・デュマが駆るオリジナルマシン「ノルマ M20 RDリミテッド」

 ロメイン・デュマは走行後、正式な結果が分かるまで山頂で落ち着かない様子だった。もっとも印象的だったのはゴール後、慌ただしくマシンから降りるなり(それすらも意外だった)オフィシャルのもとに駆け寄り、「タイムは?」とオフィシャルのスマホでライブタイミングに表示されるタイムを厳しい表情で待っていた様子だ。そうこうするうちに2番目に走行したグレッグ・トレーシーがゴール。グレッグ・トレーシーがマシンを止めるやいなや、マシンから降りるのも待ちきれぬ様子で「どうだった?」と聞くロメイン・デュマ。自らも「タイヤのグリップがわるく、思ったような走りができなかった」とグレッグ・トレーシーに打ち明け、背後に迫るエレクトリックマシンの速さをうかがっているようだったのだ。グレッグ・トレーシーも同様にグリップに苦しんだそうだが、後に「マシンのセットアップは完璧だった。それに今年はさらに進化したS-AWC(車両運動統合制御)がすばらしく、安定してコーナリングもプッシュして走ることができたよ」と完走の第一印象を話してくれた。確かに今年のMiEV Evolution IIIのコーナリングスピードの速さは際立っていたのだ。

オフィシャルが持つスマホでライブタイミングに表示されるタイムを厳しい表情で見ていたロメイン・デュマ
ロメイン・デュマはグレッグ・トレーシーのゴール後、落ち着かない様子でその手ごたえを確認していた

 ちなみにグレッグ・トレーシーのタイムは9分8秒188。勝負で“たられば”をいったらきりがないが、彼の後半のコメントが興味深い。「前半、ちょっとブレーキを使いすぎてフェード気味になってしまったので、後半はペースを上げることができなかった。それがなければ総合優勝も夢じゃなかった」。優勝したロメイン・デュマとのタイム差は約2秒。ロメイン・デュマの1ミスで勝負が逆転していた可能性もある僅差だ。ロメイン・デュマはそれを感じていたから自分の走行後、グレッグ・トレーシーの走行状況やタイムが気になったのだろう。

三菱自動車がパイクスに参戦する意義

三菱自動車チームでドライバーを務めたグレッグ・トレーシーと増岡浩

 表彰式終了後に改めてロメイン・デュマに来年の参戦について聞くと、「それは難しい」と返ってきた。理由は日本勢のEVの存在だ。「昨年からボクのオリジナルマシンにはホンダ製のエンジンが載っていて、今年は去年のスーパーチャージャー付き2.0リッターエンジンから2.0リッターターボエンジンに変更したんだ。まずはこのエンジンが載っていなかったらボクが勝つことはできなかっただろうから、とても感謝している。ただボクはプライベータ―だ。チューンドガソリンエンジンやマシン自体にさらなる速さを求めるにはさまざまな困難がある。何がいいたいかというと、エレクトリックマシンがこれだけ速くなってくるとプライベータ―のボクは勝ちにくくなるってことなんだ。三菱自動車はマシンもドライバーも素晴らしい。それにメーカーが勝つために注ぐお金や労力にはかなわない。タジマもますます速くなるだろう。だから来年の参戦は難しいと思うんだ、まだ分からないけどね。なぜならパイクスのこのレースは素晴らしいから」と語ってくれた。

 総合優勝について過去を振り返れば、日本人ドライバーのモンスター田嶋が過去に6勝を挙げていて、レース開催地であるコロラドスプリングスの地元でも人気ドライバーの1人。また2013年はプジョー・スポールから参戦したセバスチャン・ローブが「208パイクスピークスペシャル」を駆って8分13秒878というタイムで完全優勝を遂げている。チームはWRCにも参戦するトップワークスチームとしての意地をかけ、パイクス特有の“たった1度のタイムアタック”に全力を注いでいた。数十名といわれるスタッフがレースの1カ月も前から現地入りし、テストを繰り返してレースに臨んだのだ。一雨振られたらその努力も水に流されてしまうのがパイクス。それでもセバスチャン・ローブは雨雲が迫るなか、完璧な走行で山頂にやってきた。

 ちなみに彼のいたアンリミテッドクラスの走行終了後は荒天となり、他のクラスのドライバーたちは大雨に翻弄されることとなる。つまりマシン、ドライバー、高山の天気すべてがパーフェクトな状態でタイムアタックに臨めている。何もコロラドの山中のレースにそこまでムキにならなくても……と思わなくもないが、しばらくは誰も破れないだろうと皆が認める結果を残したプジョーチームとセバスチャン・ローブ。フランス語で気軽に話ができるセバスチャン・ローブとロメイン・デュマは、2013年も多くの待ち時間を一緒に過ごしていた仲だ。だが、それはさておき、ロメイン・デュマは自らもアウディやポルシェでワークスチーム体制で取り組むレースを知るからこそ、日本勢のEV猛追を受け入れざるを得ないのだろう。

三菱自動車にとってパイクスに参戦する理由は、市販車に活かすことのできる技術/車両開発にある

 2012年からパイクス参戦をスタートした三菱自動車は単に勝つことが目的ではなく、市販車に活かすことのできる技術/車両開発が大きな狙い。「3年計画でクラス優勝を狙う」とし、初年度は市販車のi-MiEVをベースとしたマシンを持ち込むも、2013年からは専用のプロトタイプマシン「i-MiEVエボリューションII」を開発。大容量バッテリーを搭載し高出力モーター制御をつかさどる制御系の技術開発はもちろん、三菱自動車の主力技術である4WD性能やS-AWCシステムの市販車への採用を念頭に置いたマシンの製作が行われた。

 そして2014年はこれをベースにタイヤサイズが大きくされ、タイヤグリップが活かされる空力(ダウンフォース)向上や旋回性能の限界領域や安定性を高めるトラクション性能の進化をS-AWCによって進めてきた。S-AWCの進化/熟成に至ってはまだ翌年の参戦も決まっていない2013年のレース終了直後から開発者たちは取り組んだという。開発者たちの強い思いがこの結果に繋がったといっても過言ではない。総合成績3位でレースを終えたチーム監督兼ドライバーの増岡浩は、「自分の走りは85点。でもチーム力とマシンは満点」という感想。日本でのテストから携わり、現場を見てきたからいえる本音だと思う。

 そんなわけで三菱自動車チームにとっても2014年のパイクスは完璧なレースウィークになったのではないか。現地で連日お話をうかがっても、マシンに問題がないこと、いくつかの調整を試みるも走り込みを中心としているなど、余裕がうかがえたのだ。それでも何が起こるか分からないのがレースであり、山の天候をも味方につけなければ勝利はおろか完走すらも難しいのがパイクス。チームにとって2年目の参戦だった2013年は荒天だった。パイクスの経験の少なさゆえマシンセッティングやタイヤチョイスなどに苦しみ、悔しい思いをした三菱自動車チームは今年のマシンの状態もよかっただけに、ゴールの瞬間まで空を見上げ山頂に向かって祈り続けていたのではないか。

 そんなわけで、三菱自動車チームにとって完璧なレースができた理由の1つが天候だ。月曜日から始まったレースウィーク。初日の車検日に今まで山の麓では経験したことのないような大雨と雹が降り、同時にパイクスの道路も通行止めに……。毎日こんな調子だったらレース日の日曜日が思いやられると心の中に暗雲が立ち込めるも、以後の天候は安定。結果的にはレース日は終日よい天気に恵まれ暑いほどだった。おかげでドライバーやライダーは早朝の練習走行とは気温も路面コンディションも異なり、肉体的にもマシンのセッティング的に苦しまされるケースも多かったが、三菱自動車チームはみごと天候をも味方につけることができたのだった。

 念願のクラス1-2フィニッシュを達成し、総合でも2位、3位という結果に悔しさも残しつつ満足している三菱自動車チームの来年の参戦はまだ未定。そこにはメーカーとしての明確な参戦目的があるからなのだ。総合優勝を狙ってリベンジするのか!? 個人的には期待したいけれど、それはまた来年のお楽しみということで。

飯田裕子