飯田裕子のCar Life Diary
新たな“King Of Pikes”が生まれた91th パイクス・ピーク ヒルクライムレース
(2013/7/5 11:30)
スタート直後に1人の日本人を含む2人のライダーが「missing」という情報に緊張が走ったところから始まった、私の今年のパイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライムレース取材。いつもならバイクは少し距離を置いて見ていたけれど、今回は1205ccクラスに予選3位(クラス6台中)の伊丹選手、サイドカーに予選3位(クラス6台中)の渡辺・安田組が参戦。クルマのレースが始まる前も日本からやってきている選手たちをゴール地点でカメラを構えて待っていました。
ところが第1レースの3番目にやってくるであろう伊丹選手がこず、次のライダーがゴール……。そして「missing」の情報。オフィシャルや観客がいない場所でコースアウトし、滑落でもしていたらと思うと、心配でした。が、しばらくして伊丹選手の無事が分かり、バイクは転んで全損状態となってしまったそうですが、とにかく一安心。レース後にお会いしたら来年、リベンジを果たしたいと悔しそうでした。
一方、サイドカーの渡辺/安田組は2位でフィニッシュ。サイドカーチームはすべてのレースが終わる夕方まで、天候の悪化する山頂で完走の余韻を楽しみつつ、4輪の日本人たちを応援していました。
2輪の大きなニュースは、今年初めてガソリン車を抜きEVバイクが2輪のトップに立ち記録更新をしたことです。そして4輪はと言えば……、第一走者はアンリミテッド・クラスの予選1位、プジョーのセバスチャン・ローブでした。
新たな“King Of Pikes”となったセバスチャン・ローブ
11時20分。ゴールで待機する我々にオフィシャルが「セバスチャンがマシンに乗り込んだ」と教えてくれ、次に「走り出したぞ」と。予想タイムは8分15秒台。果たして目標は達成されるのかと山頂で待ち構えていると、遠くにマシンの音が聞こえ、その数分後には「パンッ、パンッ」というミスファイヤリングシステムの音もクリアに聞き取れるようになってきました。そして空撮用のヘリコプターとともに直線に現れたと思ったら、あっという間に目の前を通過。走行を終えたセバスチャンのもとに行くと、大勢のメディアに囲まれ、続いて誰かが彼のタイムを「8分13秒878」と伝えると、本人は微笑み、周囲では歓声が上がりました。
走行後のインタビューで、セバスチャン・ローブは「スタート前は思い切りプッシュするか、走りやすいペースで攻めるべきか、確実に勝利するために悩んだ。しかし最終的には限界までプッシュすることに決めました」とコメント(プジョーのプレスリリースより)。数時間後、カフェでセバスチャンがジャン・フィリップ・デイロー(MINIカントリーマンで参戦し結果は3位)とまったりしていたので今回のレースについて伺った際にも「とても満足しているよ。8分15秒くらいのタイムと予想していたから、13秒台で走れて嬉しい」とやはりタイムに大満足の様子。
プジョー・チームは今回のために約1カ月前に現地に入り、数億円をかけてこのレースに参戦したと聞きます。それでも失敗に終わることもあるのがレース。しかし今回はチームやマシンの「プジョー 208 T16 パイクスピーク」、そしてセバスチャン・ローブの完璧な走りにより、昨年更新されたパイクス最速の記録、9分46秒164を7分にも近いタイムで塗り替え、セバスチャン・ローブが新たな“King Of Pikes”となりました。
プジョー 208 T16 パイクスピークのパワーは875PS、マシンの重量は875㎏、パワーウエイトレシオは実に1:1! 0-100km/hは1.8秒だそうです。スペックなどの詳細はこちら(http://www.peugeot.co.jp/pikes-peak/)をご覧ください。また、走行シーンなどはこちら(http://www.redbull.com/en/motorsports/stories/1331598982312/video-loeb-pikes-peak-record)からご覧になれます。
一方で「とんでもない奴がやってきてしまった」と思っているかどうかは分かりませんが、セバスチャンの影に隠れてしまったものの、今年新型のヒュンダイPM508Tで参戦し2位で終わったリズ・ミレンも9分02秒192とあと少しで9分の壁を破りそうな走りをしています。昨年、記録更新をして“King Of Pikes”となったリズ・ミレン。セバスチャンさえいなかったら、自己ベスト更新とともに2年連続で優勝できたはずなのに……。
セバスチャンのタイムを次に破るのは誰か? セバスチャンが叩き出したタイムのハードルはとても高い。熾烈なトップ争いは来年も注目です。
エレクトリック・クラスの優勝はモンスター田嶋
アンリミテッド・クラスの走行中も雲行きがかなり怪しくなっていましたが、続いて始まったタイムアタック・クラスの走行時、山頂ではいよいよ雷とヒョウが降り、中腹では大雨が降っていたそうです。これ以降、エレクトリック・クラスの走行も含め、レースが終わるまで天候はスタート地点からゴールまでの20km間で雨が降ったり止んだり、路面もヘビーウエットからドライとその時々で変わりことになります。
そんな状況で自己ベスト更新とともにクラス優勝をしたのが、エレクトリック・クラスのモンスター田嶋。昨年、アンリミテッド・クラス(ガソリン)から超パワフルなモンスターEV「E-Runner Pikes Peak Special」に乗り換え、EVで総合優勝を狙っていた1人です。今年は昨年と同じマシンながら全面見直しと大幅な軽量を行い、自身が2011年にアンリミテッド・クラスでパイクスの記録を更新した9分51秒278よりも速い9分46秒530でゴール。このタイムは総合でも5位と大健闘。EVの速さとモータースポーツの可能性をますます感じさせてくれました。
エレクトリック・クラスは昨年から参加台数も増え、メーカーの本格参戦も目立っています。
今年、モンスター田嶋と1位争いをしていたのが三菱自動車工業の増岡浩とグレッグ・トレイシー、さらにはTMG(Toyota Motorsport GmbH)のマシンを北米トヨタとTRDが改良を行って参戦した北米トヨタチーム。ドライバーはモンスター田嶋以上にパイクスを知り尽くすロッド・ミレン。
予選のタイムも僅差で、速さに見劣りするところは感じられなかった点からすると、明暗を分けたのはタイヤ選択と三菱自動車チームは雨想定のテスト不足を指摘していました。ちなみにモンスター田嶋はカットスリックにハンドカット(さらに溝を加えた)したタイヤを履き、三菱自動車チームは市販のセミレーシングタイヤをチョイス。さらに増岡さんは「田嶋さんのパイクスの20年以上のキャリアは伊達ではない……」と言っていました。
また、「どこまでも環境に優しいレースにチャレンジ」という興味深いコンセプトで参戦していたチーム・ヨコハマ・EVチャレンジの塙郁夫。CO2排出量ゼロのマシンに最新のエコタイヤを装着しての参戦は、自己ベスト更新が狙いでした。塙さんが出走した時間がこの日、最悪の天候であり、どしゃ降りの雨と霧が走行を妨げたのは間違いありません。山頂のゴール地点で待ち構えるプレス関係者は、濃霧のなかEVに定められたサイレンの音だけを頼りに塙さんのマシン「HER-02」を待ちました。
しかし、濃霧の中に現れたのは塙さんのマシンではなく、その次のマシンのホンダ フィットEV。HER-02はゴールまであと2コーナーというところで、システムトラブルのためストップ。最新のエコタイヤはウエット走行性能を向上させた「ブルーアースA」。マシンがストップする直前までそのポテンシャルの高さを実感しながら走行を楽しめていたそうで、余計に残念な結果となってしまいました。
EVは標高4300mで空気が薄くなっても動力に影響はなく、マシンのポテンシャル次第で速さを試せるのが魅力。田嶋さんはすでに来年新型マシンの投入を決めており、三菱自動車チームのこの雪辱を果たすべくぜひ来年も参戦してほしいと思います。
来年のパイクスピークが楽しみ
相変わらずのローカル感とビッグスターの登場、その陰に隠れてしまったけれど果敢な走りを魅せてくれたレーサーたちの記録が印象に残る今年のレース。
エレクトリックマシンの進化のスピードは恐ろしく速く、アンリミテッド・クラスのマシンも昨年から完全舗装路になったことで様変わりし始めたことを実感。実は今年からスリックタイヤの使用が認められ、セッティングが上手くいけばますますタイムは縮まる方向に変わっています。だからこそ2012年までなかなか破られなかった10分の壁をモンスター田嶋さんがやっと更新したと思ったら(一部未舗装路あり)、昨年からの路面の完全舗装路化でたちまち塗り替えられ、今年はいっきに8分13秒……。来年からはこのタイムをターゲットにパイクス仕様のマシンを仕上げてくるのでしょう。
参加者も取材する側も1週間の睡眠時間は極めて少なく、さらに標高差があり薄い酸素を呼吸しながらの練習&レース。そんな過酷さにチャレンジしてみたくなるのがパイクスの魅力かもしれません。クタクタになりながら空港に向かう途中でパイクスピークの山を改めて眺めると、寂しくて切なくなるのは私だけではないはずです。