【イギリスGP】
F1の魅力を存分に見せたグランプリ
レッドブルとウィリアムズの進歩が光る

 イギリスGPの舞台となるシルバーストンサーキットは、スラックストン、スネッタトン、グッドウッドと同様に、第2次大戦中の軍用飛行場を転用した、比較的平坦で高速なコースという特徴がある。

平坦で風が吹き抜けやすいシルバーストン

“Bスペック”と呼べるほどのレッドブル
 かつてのシルバーストンは、モンツァや改修前のホッケンハイムと並ぶ超高速仕様のマシンが必要とされるコースだったが、1990年代の改修でややテクニカルになった。それでも、最終コーナー立ち上がりから、メインストレート、第1コーナーのコプス、マゴッツ、ベケッツ、チャペルの複合スラローム区間、ハンガーストレート、ストウまでの第1セクターは、シルバーストン特有の高速で豪快な走りがよく残されている。

 改修によって第2、第3セクターがよりテクニカルな区間にされたことで、現代のシルバーストンを走るF1マシンは、ミディアムからハイダウンフォースの仕様が必要となる。しかし、ただダウンフォースを増やすだけだと空気抵抗が増えて遅くなり、第1セクターの高速区間で抜かれてしまう。ダウンフォースを得ながらも、空気抵抗はなるべく増やさない空力効率の高い車体が必要となる。

 また、飛行場だった経緯から、コースの内側は平坦で大きな建物もなく、風が吹き抜けやすい。これで風向きによってコースの内側から外側に向かって強い横風を受けることも多く、高い空力性能を追求しながらも、横風には過敏に反応しないという、相反する性能も求められる。各チームの空力と設計スタッフにとってここは腕の見せどころになる。このシルバーストンでのイギリスGPには、多くのチームが新たなボディーや仕様を持ち込んできた。

 中でもレッドブルは、大きくマシンを変更してきた。レッドブルRB5はモナコGPからダブルデッカーディフューザーを装着した改良版を投入して、次のトルコGPもそれを使った。
だが、今回のイギリスGP仕様は、Bスペックと呼べるほどの別物になっていた。

 ノーズはより幅広い形になって、その両脇にシュモクザメの目のように車載カメラのカバーを前進してつけている。こうすることで、ノーズから車体の底へ向かう気流の量と質を、より改善しようとしていることが明確にうかがえる。車体の周囲を流れる気流のうち、上流となるノーズ付近を改良したことに呼応して、中・下流にあたる車体の底やディフューザーも改良されていた。

 とくにディフューザーはモナコGP以後のダブルデッカー型のままながら、その幅が拡大されていた。トルコGPまでの仕様では、ディフューザーの側壁とリアウイングの翼端板が一体化され、翼端板がディフューザーを後ろに延長して、ディフューザーの性能を高める役割をしていた。反面、この旧型では、ディフューザーの幅は、リアウイングの最大幅750mmに制限されてしまっていた。今回の新型では、リヤウイングの翼端板とディフューザーが別になった。これで、ディフューザーの幅は、この部分の規定いっぱいの1000mmまで広げられた。結果、ダブルデッカーとあいまって、よりディフューザーの効果を上げたようだ。

 エンジンカウルも改良され、リアウイングへの気流もより改善された。リアウイングの効果が上がることで、ディフューザーの効果も高めることができる。RB5は、空力の鬼才エイドリアン・ニューウィーと流体力学の大家ジェフ・ウィリスらしい、より空力で洗練されたマシンにしあがった。さらに、このRB5はサスペンション設計も一新され、タイヤの位置をやや後ろにした。これは、重量配分をより前寄りにして、フロントタイヤをより機能させ、リアタイヤへの負担を減らす狙いで、速いがタイヤへの負担が大きいというRB5の弱点を克服しようとしていた。

マシンの前後に改良を加えてきたレッドブル

 フェラーリF60も、フロントサスペンションの設計を変更して、フロントタイヤを後ろ寄りに移しレッドブルと同様の効果を狙っていた。BMWザウバーも、ディフューザーなど空力部品にかなり改良を加えてきた。ウィリアムズは、ディフューザーをトリプルデッカー(3段構成)にしてきた。こうすることで、車高が微妙に変化しても、どれかひとつの段で気流の状態が悪くなるだけで、他の段が機能するようになり、より安定したダウンフォース発生量で、安定した操縦感覚と走りにできるという。

 このほか多くのチームが大なり小なりの改良を施してきたが、トヨタとブロウンGPは改良が少ない方だった。ブロウンGPは新設計のフロントウイングと翼端板をテストしたが、金曜日だけの装着にとどまった。また、金曜日にはノーズ上の両脇にレッドブル風のふくらみもつけた。これは、来年用マシンへのテストだそうで、レッドブルと同様なノーズにした場合のドライバーへの視界の影響を確かめるための実験だった。

期待と裏腹に苦しんだバトン
 金曜日のフリー走行は、ドライだったものの気温、路面温度とも低く、全チームがタイヤのグリップを得るのに苦労していた。中でもブロウンGP勢は、全然グリップせずに大苦戦。

 だが、このときは「金曜のブロウンGPの苦戦はいつものこと」と、パドック全体が思っていた。サーキットの観客席の大部分も、イギリス全土が「たとえ晴れでも雨でも予選、決勝はバトンが勝つ」と思っていた。今年のイギリスGPは、今季7戦6勝と大活躍のバトンへの期待と、来年はドニントンパークに開催地が移るためシルバーストンでの開催が最後になるということもあって、前の週から大盛り上がり。GP開催日には、金曜日から大勢の観客でにぎわっていた。

 土曜日は明け方前に雨が降った。この雨は朝には止んでいたが、フリー走行は路面がやや濡れたダンプ状態ではじまった。路面温度は15度と極低温で、最終的にはドライで路面温度も21度まで回復したものの、理想とは程遠いコンディションで、事情は異なるがトルコGPと同様に予選の展開が見えにくいままだった。

バトンの母国での活躍を期待するファンが多かったが……

 今回のタイヤは、トルコGPと同様にハードとソフト。温まりが速く、ラップタイムで0.1秒速いことから、予選の本命タイヤはソフトとなる。

 Q1から、路面温度は27度まで回復。ただし、1コーナーからストウまでの高速区間でコース内側からの強い横風があった。この横風はこの週末ずっとドライバーを悩ませた。Q1からレッドブル勢とウィリアムズ勢が好調で、マシン改良の成果を出してきた。Q3でも、レッドブル勢は速かった。ベッテルがポールポジションを獲得。ウェバーは最後のアタックをスロー走行中のライコネンにひっかかったことで3番手だったが、途中のペースではポール獲得も可能な速さだった。ウェバーには不満と憤りが残る結果だった。

 2番手にはバリチェロが着けた。飛行機移動で背中に痛みが残る中での走りだった。一方、バトンはタイヤのグリップに苦しみ6番手に沈み、地元メディアは「バトン、優勝は絶望的」と報じた。

 バトンは、きわめてスムーズなドライビングが身上で、これはプロのトップドライバーとしてもっとも優れた面である。これがタイヤに厳しいコース条件には功を奏していたが、路面温度がやや低めで、タイヤにやさしい特性のBGP001ではバトンのドライビングはタイヤを温めてグリップを増す効果が不足したのではないだろうか。ブロウンGPのロス・ブロウン代表はこう予選を振り返り、「明日、路面温度がもっと上がってくれれば」とつぶやいた。

 この苦しむバトンの前の5番手には、中嶋がつけた。チームメイトのロスベルクは7番手。中嶋が好調であることを強く印象づけた。

速かった中嶋。しかしチームはFW31の性能を活かせず
 決勝は夏至の日曜日。快晴になれば太陽の南中高度も最高となり、路面温度も上昇するはず。しかし、空は雨にはならないものの雲に晴れ間ができる状態で、バトンの望みは絶たれたも同然だった。

 さらにブロウンGPチームをはじめ大部分のチームにとってショックが広がっていた。前日夕方発表された車両重量から、レッドブル勢が20周前後分の燃料を積んでいることが分かり、予選でのパフォーマンスが燃料搭載量を軽くして得たものではなく、RB5が着実に速くなっていることがはっきりしたからだ。

 逆に、Q3を最軽量で戦ったのは中嶋だった。ウィリアムズはQ1、Q2で好調だった中嶋に勝負をかけさせた。以前のようにQ3に進出できず、1回ストップ分の重い燃料搭載量にされて、不利な条件でスタートさせられた状況から大きく進歩できた。

 フォーメーションラップ直前、半分以上のマシンがソフトを選択。とくにグリッド上位ではウィリアムズ勢以外、全車がソフトだった。

 スタートで、ベッテルが逃げる。中嶋は4番手に上った。この第1スティントで中嶋は2番手バリチェロ、3番手のウェバーとほぼ同じタイムで走った。中嶋のタイヤはハード。前の3人はソフトだった。燃料搭載量がやや少ないとはいえ、中嶋の速さが光った。

 15周目に1回目のピットストップを終えた中嶋は、ふたたび新品のハードタイヤを装着した。コースに復帰した中嶋は、フィジケラ、ライコネンの後ろになり、19周目にはピットアウトしてきたバトンの後についてしまった。今週末、バトンのタイヤのグリップの問題は解決しなかった。ピットアウト直後のバトンは、燃料搭載重量が重く遅いうえに、ハードタイヤ。中嶋は自身の40周目のピットストップまで完全にバトンに抑え込まれ、そのスローペースに付き合わされてしまった。もしも他の上位勢と同様にスタートと第2スティントでソフトタイヤを2セット使っていたら、中嶋のレース展開は大きく変わり、ウェバー、バリチェロと表彰台を争っていたはずだった。

速さを見せた中嶋だったが、チームの戦略が及ばず

 ロスベルクも同様で、ウィリアムズチームはFW31の速さを決勝で活かせなかった。この理由をウィリアムズチームのテクニカルディレクター、サム・マイケルに直接聞くと「予選でソフトタイヤを全て使ってしまったんだ」と説明した。ユーズド(使用済み)のソフトタイヤよりも、新品のハードタイヤの方が性能が安定して、ラップタイムの低下が少ないと判断したという。

 しかし、土曜日に中嶋のFW31に装着されたタイヤについて、ブリヂストンの浜島裕英MS・MCタイヤ開発本部長は「走行後の摩耗状態もよい」と語っており、FW31のマシンバランスが、レッドブル勢と同様にソフトでもハードでも使いこなせるものに仕上がっていたことを示唆していた。FW31の性能向上を受けて、ウィリアムズチームは、決勝を見据えた予選の戦い方も改善できれば、表彰台の可能性がより広がるだろう。

レッドブルとブロウンGPの底力が試されるドイツ
 「第1スティントで勝負がついてしまった」と、レース後2位のウェバーは悔しそうに語った。スタートから第1スティントをバリチェロの後ろに抑えまれたウェバーは、この時点でベッテルへの挑戦権を失っていた。

 ベッテルは序盤に2位以下に大量リードを奪うことに成功。あとは自分のペースで走行できた。レッドブルRB5はハードでもソフトでも、タイヤに偏った摩耗が見られなかった。これは、マシン改良が功を奏したといえるのだろう。ただし、シルバーストンのコーナーの大部分は、高速から車体の向きを変えるためアンダーステアになりやすい。アンダーステアの傾向はリアタイヤへの負担と消耗を減らすことにもつながる。そのため、今回のRB5の速さと結果をそのまま受け取ってよいのかどうか、わからない部分もある。

 しかし、その真価は次のドイツGPではっきりと出てくるだろう。開催コースのニュルブルクリンクは、富士、スパ・フランコルシャンと並んで天候の変化が激しい高原のコースで、夏でも冷涼なときもある。低い路面温度に対してバトンとブロウンGPがどう対処するのか? レッドブルRB5の速さとタイヤへの負担軽減がホンモノなのか? 表彰台目前に来たウィリアムズは戦略を立て直せるか? やはり表彰台目前で、サーキットにもファクトリーが近いトヨタはどう巻き返すか? ドイツGPは、今季中盤から後半への勢力図を占う格好のレースになる。

 今回のイギリスGPは、F1の分裂騒動に象徴される不毛なコトバの応酬も話題になった。しかし、コース上では、レッドブル、ウィリアムズのように、マシンの改良による性能向上、それを操るドライバーの技量の高さ、チームの戦略という、F1とグランプリの魅力を存分に見せてくれていたのは確かだ。

 しかし、決勝の国際映像は、ハミルトンの下位争いやバトンの苦戦ぶりといった英国勢をかなり多く映し出し、序盤の中嶋の戦いや、フォースインディアで健闘したフィジケラといった魅せ場をほとんどとらえなかったのは、とても遺憾であった。

イギリスGPはベッテルの独走で終わった

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2009年6月29日