“成長期”のレッドブルが抱える問題

 現在2強となっているレッドブルとマクラーレンだが、トルコGPとカナダGPでの展開はとても興味深いものだった。

チームメイトが、“もっとも叩きのめしたい相手”になる時
 まずレッドブルのトルコGPでの接触から。接触前の状況についてはすでに様々なところで言及されているので、ここでは触れない。いずれにせよ、擁するドライバーのレベルがほぼ同じになって、互いにチャンピオンを争うようになると、必然的に起こり得ることなのだろう。

 レッドブルは、これまで成長過程のチームだった。この段階でのF1チームは、なるべくレベルの高いドライバーを2人、揃えたい。マシンとチームの熟成スピードを上げて、できるだけ好成績と優勝を増やし、チームのランキングも上げたい。昨年のレッドブルはまさにこれを成功させてきた。

 そして、今年はその勢いを維持して一気にチャンピオンが見えてきたところ。するとドライバーは、チャンピオンという大目標に集中するようになる。言い換えると、他のことは見えなくなる。これまで、勝つためにチームとマシンを育てようと協力し合い、データも見せ合った2人のドライバーは、同じ武器を持つ、もっとも手強く、もっとも叩きのめしたい相手になってしまう。

 こんなチーム内部での対立状況を、筆者は1987~88年に2年連続で目の当たりにした。

 1987年の、ウィリアムズ・ホンダのネルソン・ピケとナイジェル・マンセルがまずその1回目のケースだった。1986年からチャンピオンを狙える立場となったウィリアムズは、ピケを起用。ピケはエースとして契約したと主張していた。だが、マンセルも急成長し、1987年には事実上、「ジョイント・ナンバー1」扱いになっていた。さらに、イギリス人が大部分を占めるチーム内では、マンセル派が大部分を占め、ピケ派はごくごく少数になっていた。チーム内は嫌な空気が満ちた。

 1988年のマクラーレン・ホンダの時も、アイルトン・セナが加入してアラン・プロストとジョイント・ナンバー1待遇となった。16戦15勝という輝かしい勝利とは裏腹に、チーム内は対立する2人のドライバーによって、空気が張りつめた。そして1989年、プロストは1987年のピケと同様にチャンピオンを獲得して、チームを去った。チャンピオンドライバーを保持できなかったことは、チームにとって大きな失策と屈辱であり、この2人の王者は、去ることで自分が「冷遇された」「不当に扱われた」と思うチームに対して最大の復讐をしたのだった。

グローバル化で否定されたチームオーダー
 ウェバーもチーム内では孤立気味だと言う。こうしたドライバー間の激しい対立とそれに影響されたチーム間の空気を避けるために、ドライバー間の待遇に格差をつけるチームもある。だがトルコGP後に、ウェバーの2011年の契約延長が発表された。これで来年もベッテルとのコンビになることが決まった。

 レッドブルチームのクリスティアン・ホーナー代表は、どう采配するのか? これは見どころである。それは決して興味本意ではなく、このレッドブルという若いチームと、若いチーム代表のホーナーが、フランク・ウィリアムズやロン・デニスでもうまく対処できなかった課題をどう乗り越えてくるか、言い換えれば、どう成長してくるかが興味深いということである。

 現代のF1はメーカーやスポンサーの影響力が強くなり、チームメイト間の争いを規制しようとする面が強くなった。これは、チームとコンストラクターズチャンピオンシップを優先すれば、重要なこと。だが、F1ではそもそもドライバーズチャンピオンシップが優先されてきた歴史がある。

 かつてのヨーロッパ内でのレースと興行が主流だったF1では、ツール・ド・フランスやパリ・ダカール・ラリーに見られるように、エースとその犠牲になる他のチームメンバーという格差待遇の構図も許されただろう。かつてのF1では、1960年代のブラバムのエース、ジャック・ブラバムとナンバー2のデニス・ハルム、1970年代末のロータスでのエースのマリオ・アンドレッティとナンバー2格のロニー・ピーターソンのように、エースがトップにいる限り、ナンバー2は常にエースの後ろにいなければならなかった。1950年代では、エースがリタイヤすればナンバー2がピットに戻され、そのナンバー2のマシンでエースがレースを続行しても良いというルールもあった。

 だが、F1はグローバル化したことで、ヨーロッパ内での価値観だけでは通用せず、チームメイト間での順位を調整するチームオーダーには、批判が集まるようになった。フェラーリはこうしたヨーロッパのF1の「伝統」を長く守ってきたチームだが、2002年のオーストリアGPでルーベンス・バリチェロに対してミハエル・シューマッハーにトップを譲るように指示したことがファンの反感を買い、ひいてはF1全体がチームオーダーを禁止する規定を導入することにもつながった。

 チームオーダーは反対または禁止。他方、チーム的な見方をすれば、ウェバーとベッテルの接触のようなチームメイト間のクラッシュに発展する対立は「バカげた行為」とされてしまう。これは矛盾する要求だ。どちらが正しいとは言えないが、ファンの立場で見れば、戦った方が面白いはず。実際、上記の1978年のロータスのやりかたですら、すでにファンから批判の声も多かった。

丈夫なマシンで失われた? 信頼と尊敬
 一方マクラーレンでも、トルコGPではハミルトンが1コーナーでバトンを抜く際にきわどいシーンがあったが、お互い最後の一線を越えなかったことで、事なきを得た。だが、これもマクラーレンの2人のチャンピオン争いという状況になったら、チームとイギリスのファンの声を二分する対立に発展する危険性は秘めている。反面、最後の一線を越えなかったトルコGPでのマクラーレンの2人のドライビングは、別の面で評価できる。

 1990年の日本GP、スタート直後の1コーナーで、フロント・ロウのセナ(マクラーレン)とプロスト(フェラーリ)が接触事故を起こし、後年セナが「故意にやった」と認めた。この事故の直後のオーストラリアGPで、様々な関係者から意見を聞いたとき、サー・ジャック・ブラバムは次のようにコメントした。

 「俺たちの時代はあんな事故はしなかった。集団の頭で当たったら、確実に誰かが病院送りか、死んでいたんだ。だから俺たちは、最後の一線は越えないようにお互いのラインを確保し合ったし、信頼し、尊敬し合っていた。だが、今のドライバーはカーボンファイバーだかでマシンが丈夫になったせいか知らないが、お互いの信頼も尊敬もないんだな。不幸なヤツらになったもんだ!」

 F1の究極の姿は個人競技であり、王座に向かって激しく争うことは歓迎だし、多少の接触や対立もしかたないこと。ただ、スタート直後の1コーナーでの故意の接触は、いまだに危険だ。接触してリタイヤさせることで、チャンピオンを決定するというやりかたは、ないことを願うばかりだ。

 レッドブルに話を戻すと、ヘルムート・マルコ博士の行動の方が気になった。マルコ博士はF1も走った元ドライバーで、1971年のル・マン24時間レースではポルシェが2度目の総合優勝したときのドライバーでもあった。2005年からはレッドブルの若手発掘と育成を担当し、ベッテルはマルコ博士が手掛けた最優等生となる。

 あの接触の前後の状況にはベッテルに正当性があったようだが、クラッシュ直後にマルコ博士がメディアの前に出て行って公然とウェバーを批判したのは、チームとしては「厄介なこと」になるだろう。かつてのウィリアムズでも、マクラーレンでも、あるいはアロンソ対ハミルトンになったときの2007年のマクラーレンでも、チーム関係者がメディアの前にのこのこと出て行って、対立をあおるような不用意な発言はしなかった。ドライバーの才能を見抜く力は抜群のマルコ博士だが、レッドブルとホーナーにとって、彼の存在は今後、頭痛の種になるかもしれない。

レッドブルの課題は「勝ち方」を知ること
 カナダGPでは、マクラーレンの技術力の懐の深さが出たように思えた。

 ジル・ヴィルヌーヴサーキットは公道コースのため、初日から決勝まで路面の状態変化が大きい。さらに、今年は予想以上に気温と路面温度が低かったことで、タイヤ選択の決定が難しかった。いずれにせよ2ストップが必須と見られた中で、マクラーレンは絶妙なタイミングでピットストップを行い、最適なタイヤ選択をし、1-2フィニッシュに結びつけた。タイヤと路面とマシンの関係について、マクラーレンチームは、深い技術的洞察力と判断力のよさで、他を上回っていた。

 トルコGPでも、マクラーレンはラップタイムをレッドブルとほぼ互角に持ち込んでいた。高速コーナーのあるセクター2ではレッドブルに負けるものの、ストレートがあるセクター1と3では、Fダクトによるストレートスピードの伸びを活かした戦い方でこれを実現していた。レースでもこの効果をうまく使って、レッドブル勢を追い立てた。これが、レッドブル勢の共倒れの遠因にもなっていた。

 昨年までチーフエンジニアだったパット・フライが、フェラーリへ転出することがヨーロッパGP直前に発表されたが、フライはその前から休職していた。マクラーレンは極めて経験豊富で、中核的エンジニアが抜けても充分戦えるだけの技術力と人材が豊富にあることも、この2戦で示した。

 1987年の戦いの中でピケは、「『勝ち方』を知っているかが重要なんだ」と言った。彼が言った『勝ち方』とは、レースを優勝できるようになるまでの経験とノウハウと、さらにその次に求められる、チャンピオンになるめの経験とノウハウのことだった。

 マシンの速さではレッドブルRB6の方がマクラーレンMP4-25よりまだ優っている。だが、『勝ち方』という点では、マクラーレンのほうが数段優っているように見え、若いチームのレッドブルはまだ経験の浅さを感じる。だが、今後レッドブルとホーナーがうまく経験を積んで『勝ち方』を会得すれば、重要な局面となるシーズン終盤にはより強いチームにもなれるだろう。

 レッドブルにとって重要な成長期だからこそ、そして、よりよいチームに育って戦いを面白くしてくれることを願えばこそ、メディアによる批判的な論調を引き起こしてチームに動揺と外乱を招いてしまいかねないマルコ博士のような言動には、注意が必要だと思うのである。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2010年 6月 25日