オーバーテイク増加策が成功、面白くなった2011年のF1

 F1が開幕して、長距離移動の序盤3戦が終わった。前回はまだ疑問点だったことが、ある程度見えてきたようだ。

成功といえる諸策
 昨年までF1は、オーバーテイク=追い抜きが少ないという批判が多く寄せられていた。

 これは20世紀末から続いていた。2000年にイギリスで行われたシンポジウムで、マックス・モズレー前FIA会長は「F1のオーバーテイクは、サッカーのゴールと同様に頻繁に起きないから価値があり、これがバスケットボールのゴールのように頻発するのはF1の価値観にそぐわない」と発言していた。

 だが、その後もファンからのオーバーテイクを増やす声が高まり、2008年にFIAはF1での追い抜きを増やすための研究機関としてオーバーテイク・ワーキング・グループ(OWG)を設立。フェラーリのロリー・バーン、マクラーレンのパディ・ロウ、ルノーのパット・シモンズという主要チームの技術者を招いて、風洞実験やCFD(コンピュータによる数値流体力学)による研究をもとに、追い抜きがしやすいマシンとして2009年のレギュレーションを実現した。

 ところが、F1チームはマルチディフューザーやブロウンディフューザーを実現し、ダウンフォースを増やしてコーナリングスピードを上げた。このおかげで、OWGが目指した後方の乱気流削減ができなくなり、乱気流の影響で後続車両が接近しにくい状況のままとなっていた。

 FIAは再度チームと話し合い、2011年のレギュレーションを策定した。これは、マルチディフューザーを禁止し、ブロウンディフューザーにも大幅な制限を加えて、当初のOWGが目指していたディフューザー案により近づいた。さらに、DRS(ドラッグ・リダクション・システム)で、リヤウイングのフラップを可動として空気抵抗を減らすことで、スピードを増す方法も導入した。

 結果、開幕戦からオーバーテイクが頻繁に起き、派手でエキサイティングな展開となった。長年のF1の問題点とされてきたことが大きく改善された。

 ただし、DRS作動可能区間の設定には難しさもあることが、マレーシアで分かった。マレーシアでは最終コーナー手前から最終コーナーがDRS作動判定区間で、メインストレートがDRS作動区間と設定され、これがメインストレートから1-2コーナーでの追い抜き増加に寄与した。

 しかし、昨年まではバックストレートから最終コーナーへの飛び込みでもバトルと追い抜きがあったのに、今年は最終コーナーで前に出ると後続車にDRSを使われてメインストレートで抜かれるため、最終コーナーでバトルやオーバーテイクをしなくなってしまった。

 中国GPではバックストレートにDRS作動区間を設けたが、これは正解だったようだ。もしも、マレーシア同様にメインストレートにDRS区間を設けたら、あの長いバックストレートでオーバーテイクを控えるしらじらしい展開になっていただろう。

 KERSの復活とあいまって、DRSの導入はストレートスピードを大幅に増して、追い抜きを増やすことでは大成功だったと言える。だがDRSは、うまく作動しないことがあり、例えば中国でのアロンソのように作動時期がずれたなどのトラブルもあった。これらの問題は、競技の公正さに疑念を抱かせるだけでなく、クラッシュの危険性を増すことにもなる。とくにアロンソ車に起きた作動時期のずれの問題は、FIAが調査するとしていたが、この改善は急務だろう。

ピレリタイヤの功績
 今年のF1がエキサイティングな展開になったのは、ピレリのタイヤによるところも大きいといえる。

 ピレリ製のタイヤが今年から導入されるにあたり、FIAはレースの展開をよりエキサイティングにするため、あえてタイヤのライフが短いものを導入するように要請したと言う。そのため、開幕前のテストでは「10周ももたない」という不安げな声もドライバーから出ていた。

 開幕してみると、3戦ともプライムがハード、オプションがソフトという供給になった。ハードは基本的には10周以上はもってくれ、開幕前の不安はかなり払拭されていた。ただし、同じハードあるいはソフトでも、そのライフ=性能発揮できる期間が一定ではなかった。これがレースをより面白くしてくれていた。

 レーシングタイヤは、走り出しに一瞬グリップが下がるが、そのあとはグリップが上がり、あるところでそのグリップ性能を維持する。さらに走り続けると、グリップ性能が落ち始める。昨年までの場合、このグリップ性能の低下がほぼ一定の割合で起きるため、フリー走行でのデータから性能変化を予見できた。おかげで、エンジニアはレースに綿密な戦略を立てることができ、ドライバーはその指示に従って走っていた。

 だが今年は、タイヤのグリップ性能の低下が急激で、グリップ性能が大幅に落ちるとタイムも大幅に落ちて不利になってしまう。しかも、このグリップ低下がいつ始まるのか、フリー走行のタイムからではおおまかなところしか予想できない。路面温度や走行状態で、性能低下の始まりがかなり変化してしまうからだ。

 そのため、エンジニアは大まかな戦略やプランは作れても、昨年のような綿密は戦略は立案できなくなった。そして、ラップタイムを変化を見ながら、無線でドライバーにタイヤのフィーリングを聞いて、ピットストップの体制を整え、その後の展開を選択するようになった。

 これは言い換えると、ドライバーのフィーリングと判断が優先されるということになる。つまり、昨年までのドライバーがエンジニアの指示に従って走るという戦い方から、ドライバーが主役になる戦い方に変わったということでもある。

 さらに、ハードとソフトの特性が明確に違っていることも、大きな影響を与えている。ハードは硬くて、ソフトより1秒以上ラップタイムが遅いが、より長持ちする。ソフトはハードより柔らかく、長もちしないが、ラップタイムは格段に速い。

 そのため、決勝を有利に戦うためにハードの使用を1回とし、ソフトを多用する方法が採られた。一方で、ソフトは予選で上位に入るためにも欠かせない。ところが、土曜日のフリー走行から決勝終了まで、各ドライバーともハードもソフトも4セットずつしか使えない。予選でソフトを多用すると、グリッド順位はよくなっても、決勝でのソフトタイヤのライフが短くなり、ピットストップ回数を増やすか、遅いハードタイヤでの周回数を増やさざるをえなくなる。

 ハミルトンは、マレーシアでタイヤを使いすぎてしまい、苦戦した。この経験から、中国での予選ではアタック回数を減らし、ソフトタイヤの新品を1セット温存し、予選3番手に甘んじた。一方、ベッテルは予選でソフトタイヤをフルに使ってポールポジションを獲得したものの、決勝で新品のタイヤがなく、終盤苦戦することになった。結果、ハミルトンの大逆転の優勝が実現した。

 ウェバーもソフトタイヤを温存しようと、予選Q1をハードタイヤでアタックしたのだが、2度とも失敗。Q1敗退で18番手になってしまった。しかし、これでウェバーは新品のソフトタイヤを3セット決勝で使えることになった。かくして、ウェバーは18番手から怒涛の追い上げをして、3位に。過去2戦と予選まで続いた不運を払しょくする戦いができた。

 このように、予選を含めてタイヤの使い方がとても重要になっている。上位を戦うドライバーは、決勝でメインとなるタイヤを予選でなるべく温存する戦い方を採ってくるだろう。そして、予選で順位が1つか2つ落ちたとしても、決勝で勝つという戦い方もできるようになっている。

 今年のタイヤは、コース上にタイヤカスも多くなった。レース中盤にもなれば、走行ライン以外はタイヤカスでいっぱいになる。DRSでオーバーテイクをするときは、ラインを外れてタイヤカスの上を走ることになる。

 ところが、タイヤカスの上を通って前に出ても、その先のコーナーへのブレーキングで苦しむシーンがほとんどない。普通なら、タイヤカスの上を通るとタイヤにタイヤカスがつき、タイヤのグリップ性能が著しく下がってしまう。すると、ブレーキングやコーナリングでの性能が大きく落ちることになる。今年はこうしたシーンが少ないばかりが、走行ラインの外の土ぼこりが激しく巻き立つところを通っても、タイヤのグリップに大きな影響を受けていないようだった。ここから予想できるのは、ピレリタイヤに独自の特性がもう1つあるということだ。

 通常のレース用スリックタイヤは、通常のタイヤと同様な摩擦によるグリップ力発生のほかに、接地面のゴムが高温になることで接着剤のようになって発生する、粘着性によるグリップ力も発生している。このため、タイヤカスや路面の汚れを拾うとゴミがいっぱいついたコロコロクリーナーのような状態となり、ゴミが落ちる(クリーナーで例えるなら1枚粘着シートをはがす)までグリップ力が落ちてしまう。

 ピレリのF1用タイヤは、タイヤカスや路面の汚れがつきやすいところを通ってもさほど影響がないということは、粘着性によるグリップに依存する割合が低く、摩擦によるグリップに依存する割合が大きいタイヤなのかも知れない。だからゴミが多いところでもすぐに性能回復できるのではないだろうか。いずれせよ、オーバーテイク増加のためにはコースを幅広く使えるタイヤは歓迎されるだろう。

 昨年までのF1は、安定したタイヤ性能によって高度な戦略による面白さがあった。今年のF1は、不安定なタイヤ性能としたことで、ドライバー判断が重視され、コース上でのバトルがより多くなるという、見た目の面白さが増えた。それぞれ異なる面での面白さであり、どちらがよいかはそれぞれの見方によるだろう。

開幕後のチーム勢力図は
 チームの様子や勢力図にも、開幕前のテストから変化があったので、前回の増補版として、各チームについて追記しておこう。

レッドブル
 RB7の速さは不動のものとなった。ただし、KERSの動作不良が頻発。これがマレーシアでのウェバーのスタート時加速不良などにつながり、マクラーレンに接近される要因となっている。

 KERSのシステムは、バッテリー、インバーター(コントローラー)などを常に冷やさなければならないのだが、RB7はどうやらその冷却にも欠点があるようだ。KERSと電気自動車に共通する装置の勉強不足なのかもしれない。レッドブルは中国で、ベッテル車の無線にもトラブルがあった。電気に関する分野の強化が必要だろう。

マクラーレン
 開幕前のテストでは不振だったMP4-26は、ハミルトンもバトンも大きな改善が欲しいというほどだった。だが、開幕から投入したリアまわりのボディなど、やつぎばやに改良を投入。結果、予選で上位につけ、決勝では優勝できるほどになった。

 テストではまったくダメだったMP4-26は、マクラーレンの人材、ノウハウ、人手、資金とすべてに豊富なリソースによって戦闘力をつけてきている。今後もMP4-26をどこまで改善してくるのかも、見どころ。

フェラーリ
 フェラーリF150°イタリアは、やや平凡なマシンだった。おそらくフェラーリは序盤戦は手堅いマシンで上位入賞を重ねて、得点を増やそうという考えだったのではないか。であれば、開幕戦のバーレーンが延期になったのは痛手だっただろう。ただし、決してすべて手堅いとはいえず、DRSのトラブルもあった。

 フェラーリは予定通り、トルコから大幅なアップデートを投入してくる。ここで、どこまでレッドブルRB7に接近できるかで、今季の流れが大きく左右されるだろう。

メルセデスGP
メルセデス傘下となって初めてデザインされたW02は、最終のバルセロナテストから好タイムを出すようになった。そして開幕すると、さらに攻めたアップデートを投入してきた。結果、予選、決勝でも速さを出し始めてきた。今後のアップデートに期待できるかもしれない。

ルノー
 ペトロフの速さと安定感に、さらなる成長が出てきた。ハイドフェルドは当初苦しんだが、マレーシアでは3位に入って見せた。ルノーは独自の空力だけでなく、スタートシステムでもアドバンテージをもっている。

ウィリアムズ
 超小型ギヤボックスを導入するなど、FW33は意欲作だった。だが、マシントラブルが多かったうえ、マレーシアでは遅さが目立った。チームは技術部門も体制立て直しを含めて、抜本的な見直しをする方向に入っている。

フォースインディア
 VJM04は手堅いところを見せ、中堅チームの中では有力候補である。メルセデスが送り込んだディ・レスタの走りも際立っている。

ザウバー
 C30は、昨年のC29よりよいマシンになった。だが、アンダーステア傾向が強めで、予選でトップ10に入れるかどうかの中堅クラスのマシンである。

 小林はマシンの性能の全てを引き出し、予選、決勝で見事な走りと戦いを見せている。新人のペレスも着実に成長している。アンダーステア傾向のマシンは、リヤタイヤへの負担をやや少なくできる可能性もあり、これは決勝のタイヤとレース戦略で有利に利用できる可能性も。

 開幕戦の失格は、レギュレーション改正箇所について、部品の寸法チェックが甘かったことが原因。チームの手ぬるさが見えたが、痛い「授業料」を払って、チームの検査体制はよりしっかりとしたものになっただろう。よい方向に向かっているザウバーチームだが、今後のマシンのアップデートがどこまでできるか、チームの資金力を考えると不安も。

トロロッソ
 STR6は、やはり中堅クラスの速さを見せ、ザウバーとよい勝負になっている。予選では上位勢に変動があればトップ10に入るところにもきている。ただし、レースではミスがまだあるようだ。ミスを減らせばよりよい結果がついてくるはずで、激戦の中段グループの中で、ダークホース的存在である。

ロータス
 初めてじっくりと設計できたマシンのT128だが、最新のマシンとくらべると排気口などやや時代遅れだった。しかし、トルコからのアップデートで速さを増すという。

HRT
 F111は、開幕のガレージで組み立てるという状態で、予選落ちとなった。だが、マレーシア以降、走れるようになると着実に速さをつけてきている。下位チームの中で、ヴァージンを追い抜く勢いも見せている。ヴァージンが足踏み状態になっているので、この2チームのバトルは今後より白熱したものになるかもしれない。

ヴァージン
 CFD(コンピューターによる流体力学)で設計されたMVR-02は、昨年型から大きな進歩が見られなかった。メルセデスGPチームの旧レイナード風洞を借りて、風洞実験をする方向にも動き始めている。しかし、財務規模があまり大きくないチームにとって、大きな痛手になる危険性も。

 チームは、F1での技術経験がある人材が少なく、これも厳しいところ。そこで元ルノーのパット・シモンズのニュートリノ・ダイナミクスに技術アドバイスを求めるという。

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 さて、以上が開幕から3戦で見られたことをざっとまとめたところ。

 トルコからはカナダを除いて、トラックで移動できるレースが主流となる。すると、より頻繁にアップデートあり、さらに勢力図を変えるかもしれない。

 供給されるタイヤのスペックも、ミディアムやスーパーソフトが出てくることで、また新たな展開になるかもしれない。未知な要素が多いほどチームとエンジニアにとっては難しいレースになるが、ドライバーには逆転のチャンスになる可能性にもなる。そして、観る側にはより面白い展開になるかもしれない。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2011年 4月 28日