ケーターハム、モータースポーツバレーへ転入

ケーターハムチームは、イングランド中部ウエストオクスフォードシャー州のリーフィールドにその大部分を移転した

 8月のF1は約1カ月の夏休み期間。チームは協定に従い、2週間ファクトリーも閉鎖。そのため大きな動きもなかった。ただ、エンジニアは、コンピューター等の持ち出しが禁止されても頭の中で色々と構想を練るのは自由なので、終盤戦や来年にむけてあれこれ考察を巡らせていただろう。

 そんな中で、ケーターハムチームは忙しい夏休み前後だった。ケーターハムは、夏休み前にイングランド東部ノーフォーク州ヒンガムから、イングランド中部ウエストオクスフォードシャー州のリーフィールドにその大部分を移転。夏休み明けから本格的に稼働を始めた。

 2010年にF1に参戦したケーターハムチーム(当時はロータス)は、そのファクトリーをロータス・グループやかつてのチーム・ロータスの本拠地に近い、ノーフォーク州に置いた。ヒンガムのファクトリーは、1987年にTOM’Sが設立したTOM’S GBのもので、その後アウディUKのル・マンチーム、ベントレーのル・マンチームだったレーシング・テクノロジー・ノーフォークが使ったもの。

 一方、新たな移転先は、かつてリーフィールド・テクニカルセンターと呼ばれた施設。通信会社のブリティッシュ・テレコムが所有して閉鎖されたままとなっていた敷地を、故トム・ウォーキンショーのTWRが取得。1996年にTWR傘下となったアロウズF1チームが、ここに建てられたリーフィールド・テクニカルセンターに転入した。だが、TWRグループは2002年に財政難となり解体。

 2006年にリーフィールド・テクニカルセンターには新たな住人として、スーパーアグリF1が入り、2008年まで活動した。その後、オートバイのノートンのエンジン製造工場にもなった後、今回のケーターハムのファクトリーになった。

 ケーターハムでは、F1チームのほかGP2チームもここに移転し、将来はロンドン南部のケント州ダートフォードにあるケーターハムカーズの新型スポーツカー製造設備も入居すると言われる。

 この移動はチームとって有利な点が多い。オクスフォードシャー近辺からロンドン南西にかけた地域は、モータースポーツ産業と企業が密集。世界中のモータースポーツの部品供給源となっている。カリフォルニア州のコンピューター産業が密集して世界をリードした地域を「シリコンバレー」と呼んだのになぞらえて、この英国の一帯は「モータースポーツバレー」とも呼ばれている。そして、このモータースポーツバレーは英国の主要な外貨獲得産業地域となっている。

 おかげで、リーフィールドに移転したケーターハムチームではさまざまな部品やサービスをすばやく受けることが期待できる。ノーフォークでは、モータースポーツバレーから高速道路が直結していないため、物流で数時間から半日、あるいは1日のハンデがあった。絶えず進化と変化が求められるF1では、このタイムラグは大きく影響する恐れもあった。ノーフォーク州にもロータス・グループ関連の自動車とモータースポーツ関連企業やサービスや人材はいるが、複数の州にまたがるほど巨大なモータースポーツバレーと比べると、選択肢が少なかった。

 ケーターハムチームは、ウィリアムズF1チームが2つ所有する風洞のうちの第2風洞を利用するため、近隣に越してきたことは開発でも有利となる。ケーターハムチームは、イタリアのフォンドテック・エアロラブの風洞も利用してきたが、今年のイタリア中部の地震によるダメージで稼働できなくなっている。そのため、来年以降の開発も含めて、ケーターハムF1チームのウィリアムズ第2風洞への依存度は大きくなるはず。

 今回のケーターハムF1チームの移転が、後半戦のベルギーGPやイタリアGPですぐに効果が出るとは思えない。むしろ移転に伴って各種作業が中断されることで、その悪影響が出ることも懸念される。だが、期待したほど性能が伸びないでいる今季のマシン「CT01」の改良や、来年以降のマシン開発には大きなプラス材料になっていくだろう。その上、この地域にはモータースポーツエンジニアリングを学科とするオクスフォードブルック大学をはじめとした専門教育をする教育・研究機関もあり、モータースポーツ業界の良質な人材も多数見つけることもできる。

企業規模としては最大手のチームであるマクラーレンも、スポンサー資金獲得の状況は楽なものではない

ヨーロッパ通貨・経済危機に
 ニュースを見ると、ギリシャの財政問題を端緒とするヨーロッパの通貨ユーロの下落と、ユーロ圏内の国の経済危機に関する話題がたびたび登場する。一時期、F1を賑わせた銀行系スポンサーの多くが、リーマンショックとヨーロッパの経済危機を受けて経営が厳しくなっている。

 一方で、ギリシャ、スペイン、イタリアなどの国家財政が危険水域に入っていたのは、今に始まったことではなく、数年前からその傾向は分かっていた。そして、どこかが大きなトラブルに陥れば、ユーロ圏は一蓮托生のようにその影響を受けることも見えていた。

 FIAでは、マックス・モズレー前会長がこの問題に早くから気づいていて、その在任期間中にF1のコスト削減を提案し続け、2009年には翌年からのコスト抑制を提案していた。その主旨は、経済が危険と隣り合わせで、現状の高コスト体質ではかつてのグループCや、ITCのようにメーカーやスポンサーが手を引くことで、F1もチームと興行が立ち行かなくなってしまうというものだった。ただ、モズレー前会長は常にディベートをしかけるやり方なのが、独立的で利己的な気風の強いF1チームの役員たちの反発を招いた。2009年のイギリスGPでFIAとF1チームの対立は頂点となり、FIAがコスト抑制を導入するなら主要チームはF1を分離開催するという対抗案が出るほどだったのは、記憶に新しい。

 だが、モズレー前会長が危惧したことが今現実になろうとしている。

 ヨーロッパの経済危機が広がる中、特に国の財政事情がわるかったスペインやイタリアではその影響が大きくなっている。結果、スペインのヴァレンシアでのヨーロッパGPがたちゆかなくなってしまった。

 ベルギーGPもその行く末が危ぶまれたが、2013年から2015年までの開催契約が更新された。詳細は口をつぐんでいるが、どうやらカナダGPのときと同様に、開催契約金の値下げがあったとみられている。

 現在のF1の開催契約金は明らかにされていないが、極めて高額になっている。日本GPを除く大部分のF1開催が、地域活性、観光産業育成などの名目で国や地方自治体から引き出した公的資金によって、なんとか高額の開催契約金を支払っている。公的資金をあてにして開催を行うというのは、興行としては不健全である。

 しかし、こうした契約金収入の半分がチーム間で分配され、チームはより多くの分配金を求める中では、契約金をそう簡単に下げられない。やはりチームの高コスト体質を何とかしない限り、厳しいままだろう。

 チームにとってもスポンサーの維持と新規獲得はより厳しくなるだろう。企業が売り上げや収益の減少に直面すると、まずカットしようとするのが広告宣伝費、つまりスポンサーからの資金となる。F1は世界選手権でグローバルに展開するため、国際的な広告展開を求める企業やブランドはまだある程度残るだろうが、それは数が限られている。どうやって食いつなぐのか? 2009年にコスト抑制案に反対した主要チームであるFOTAは、独自にコスト抑制案を協定として決めたが、レッドブルがそれを無視したという論争から空中分解寸前にまでなっている。

 スポンサー獲得という点では、HRTはさらに厳しいようだ。以前スーパーアグリF1チームは、“日本のチーム”という面が打ち出されていた。だが、長い不況から抜け出せない日本からのスポンサーは少なかった。半面、日本色が強く出たチームに他国のスポンサーもつきにくかった。同様なことがHRTにも起きそうだ。先述の通り、スペインの経済状況は芳しくなく、スペインの企業からの多額の資金獲得は難しそうだ。かといって成績がふるわず、スペイン色が強いチームに他国のスポンサーもつきにくい。スーパーアグリF1と同様に、HRTも人的にも財務的にも限られた中で頑張っているチームである。生き残れることを期待したい。

 スポンサー資金獲得の状況は、大チームとて決して楽ではなくなるだろう。企業規模としては最大手のチームであるマクラーレンも、ここにきて危機感を示し始めている。

 ヨーロッパの経済危機はまだ終息の目処がつかない。中国、韓国はあてにならなかった。中東も中・長期的には不安がある。ロシアは分からない。どこかでF1は上手い方向転換を図らないと、シリーズの存亡に関わるところまで行き着いてしまうかもしれない。

WEC第4戦シルバーストンではアウディとトヨタが6時間のデッドヒートを展開した

FIA-WECに未来あり
 他方、FIA世界耐久選手権(WEC)は興味深い展開になっている。シリーズ第3戦で、メインイベントであるル・マン24時間が行われ、その後8月24日には第4戦シルバーストン6時間が開催された。そこでは、アウディ「R18 e-tron クワトロ(ディーゼルターボエンジン+フライホイール式ハイブリッド)」対トヨタ「TS030(自然吸気ガソリンエンジン+キャパシタ式ハイブリッド)」のハイブリッドレーシングカーによる6時間のデッドヒートが展開された。

 特にトヨタのキャパシタ式ハイブリッドは、今後のハイブリッド車のみならず電気を動力とした自動車への技術開発に直結している。また、ハイブリッド車に組み合わせるエンジンは、ディーゼルとガソリンのどちらがより高効率にできるのかという疑問に対しての実証実験の場となるだろう。

 FIA-WECとル・マン24時間は、近未来の自動車テクノロジーの研究開発のための「走る実験室」として見事に機能している。FIA-WECは、10月14日に富士スピードウェイで富士耐久6時間としても開催されるので、とても興味深い。

フランスの電動フォーミュラカー、フォーミュレック

FIAフォーミュラE
 FIAは8月27日に、電動フォーミュラカーによるチャンピオンシップであるフォーミュラEの商業権の付託先(プロモーター)を発表した。

 発表によると、FIAによる新たな電動フォーミュラカーシリーズであるフォーミュラEは、2014年からチャンピオンシップが開催され、その運営に関する開催契約など商業権を、新設されたプロモーターであるフォーミュラEホールディングス(FEH)に付与すると言う。

 FEHは、企業家のエンリケ・バニュエロス氏と、元欧州議会議員でGP2アダックスチームのオーナーでもあるアレハンドロ・アガグ氏が率いるコンソーシアム。さらにこのFEHには、元英国の大臣でル・マンドライバーでもあり、現在もドレイソン・レーシングチームを率いるポール・ドレイソン卿と、フランスで電動フォーミュラカーのプロジェクトをすすめているエリック・バルバルーズ氏も参画する。

 フォーミュラEの規定はすでにFIAから発表されていて、当初は2013年からチャンピオンシップを開催するとしていた。開催予定は2014年からと1年先送りされたが、その実現可能性は今回のプロモーター決定で大きく前進した。

 すでにフランスのセギュラの自動車部門(旧マトラ)やドイツのジーメンスなどヨーロッパ大陸の企業は、電動フォーミュラカーをフォーミュレックとしてフランスで実現。すでに現行のF3並みの走行性能と航続距離を実現している。FIAとFEHでは、このフォーミュレックを改造した車両で、フォーミュラEへの実証実験を続けている、

 英国のMIA(英国モータースポーツ産業会)を中心としたグループは、ドレイソン・レーシングチームが中心となって、1月にローラのル・マンカーをベースにした電動レーシングカーを発表。これで、フォーミュレックよりも高速なレース走行や、無接点式の充電システムなどに関する実証実験を行っている。

 いわば英国とヨーロッパ大陸の電動レーシングカーのスペシャリストたちが、手を結ぶ形となっている。この2つのグループは、すでに1月に英国で開催され環境技術とモータースポーツに関する会議で同席し、フォーミュラEに関する話し合いも行っていた。このことは、1月の記事「オートスポーツ・インターナショナルで思うこと」にも一部記した通り。

 今回のFIAの発表を受けて、電動フォーミュラカーのチャンピオンシップなんて実現できるのか? 音は? 面白いのか? 安全は? という質問にも接した。でも、その答えの多くは未知数である。まだ誰もやっていないからだ。それでも実証実験を重ねることで、一歩一歩実現に向けて進んでいることは確か。「やってみなければ分からない」と、1月にドレイソン卿が言ったように、まずは少しずつ実際に進めるしかない。少なくとも、何もせず否定的な推測だけを述べるよりも前向きだ。

未来への人材
 1月の低炭素モータースポーツ会議の中で、「ガソリンアタマ」と「エレクトロニックアタマ」という言葉がよく使われた。「ガソリンアタマ」とは、現在の中高年を中心とした大人世代で、自動車は内燃機関で走ることを常識としてとらえていることを指す。「エレクトリックアタマ」とは、成長過程から電子技術に慣れ親しんだ現在の新成人から子供という若い世代を指し、電動の車両にも違和感なく取り組めることを示している。

 この新たな世代とその新たな発想や想像力を、8月に鈴鹿で見ることができた。それは4日に行われたソーラーカーレースと、5日に行われたEne-1GPだった。

ソーラーカーレース5時間耐久のスタートシーン総合優勝を果したOSU大阪産業大学総合2位の芦屋大学ソーラーカープロジェクト(A)

エネ1GP EVパフォーマンスチャレンジのスタートシーン

 鈴鹿のソーラーカーレースはFIAのワールドチャンピオンシップ戦であり、世界有数のイベントになっている。そのため、そこに導入される技術レベルも高い。このソーラーカーレースは、今年も有力チームである芦屋大学と大阪産業大学の激しいデッドヒートを展開し、大阪産業大学が総合優勝した。FIAチャンピオンシップがかかるオリンピアクラスでは、芦屋大学が優勝。さらに多くの高校生チームがチャレンジクラスに参戦していた。

 5日のEne-1GP(エネ1GP)は、単3型の充電池「エボルタ」40本で、鈴鹿サーキットのフルコースを1周×3回走り、そのタイムを競うことでエネルギー効率のよい設計を問うというKVクラスの競技を中心に開催されている。

 鈴鹿のフルコースは高低差約40mとかなりのアップダウンがあり、中でも急坂のダンロップコーナーが難所だった。途中電池は車検場で保管となり、追加充電ができなくなる規定のため、2回目、3回目の走行ではダンロップだけでなく、ヘアピンコーナーの登りでも苦しむマシンが増えた。

 それでも創意工夫に満ちたマシンの中には、同じ電池と充電量でも最後まで元気に走るものもいた。大型のモーター1個か小型のものを2個というモーターと駆動方式の選択あり。4輪型か、3輪型か。3輪でも前2輪の後1輪駆動か、前1輪の前輪駆動か、前1輪と後ろの片輪を駆動など、さまざまな方式が見られた。

 電気のコントロールも、電池の回路を直列と並列に選択できるようにすることで、パワーとエネルギーセーブを上手く両立させる方法なども見られた。

 この競技では、高校、高専、大学のチームが参戦チームの中核を成していて、さらにこの競技にはエコランと同様に中学生のチームも参戦できるようになり、信州大学付属長野中学と久居中学のチームも参戦した。これら若い世代のエントラントたちは「エレクトロニックアタマ」であり、有望に思えた。

 学生チームのマシンは、荒削りな工作なところも見えたが、創意工夫に満ちたものが多かった。そして、ここでも「やってみないと分からない」という旺盛なチャレンジ精神が見られた。

 この若い世代を見ていると、電動系の自動車の開発でも電動車両によるレースでもごく近いうちにとても興味深い技術競争をしてくれるように思え、頼もしく感じた。また、彼らの行き先が内燃機関によるF1や普通のレースであっても、彼らの創意工夫はきっと面白い新たなものを出してくれそうに思える。8月は、将来に向けて有意義なものを見せてもらった。

見ごたえのあったSUPER GT第5戦「鈴鹿 Pokka 1000km」

忙しくも、面白そうな9月
 8月は、伝統のレース距離が復活したSUPER GT第5戦「鈴鹿 Pokka 1000km」も見ごたえいっぱいのレースだった。そして、9月に入るとF1が3戦もあり、WECもサンパウロ戦が開催される。インディカーはラスト2戦となり、チャンピオン争いがかかる。国内レースでは、SUPER GTが富士とオートポリス、フォーミュラ・ニッポンが菅生と、こちらもチャンピオンの行方を大きく左右する戦いとなる。

 さらに9月1日、2日には、鈴鹿サーキットで開設50周年を祝う「鈴鹿サーキット50周年アニバーサリーデー」も開催され、F1、スポーツカー、2輪のGPマシンなど往年の名車と伝説的ドライバーやライダーが集まる。8月は比較的静かだったが、9月はモータースポーツファンにとって嬉しい日々となりそうだ。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2012年 8月 31日