オートスポーツ・インターナショナルショーで思うこと

オートスポーツショー会場。F1専門誌の「F1 Racing」は昨年のF1マシンを展示

 1月はF1にとって合同テストも新車発表もなく、“新たなシーズンへの胎動のとき”といった感じで、比較的静かだ。しかし、モータースポーツ界にとっては未来に向けて大きな動きがある時期でもある。

 毎年1月中旬にイギリスのバーミンガムで、「Autosport International Show(オートスポーツ・インターナショナルショー:以下オートスポーツショー)」が開催される。イギリスではその昔、ロンドンでレーシングカーショーが開催されていたが、それが形を変えてこのバーミンガムでのショーとなった。

 このオートスポーツショーはとても盛大で、東京モーターショーの会場と同じくらいの敷地面積に、レーシングカー関連のみの展示が行われるというもの。F1からF2、F3といった各種フォーミュラから、スポーツカー、ツーリングカー、大学生によるフォーミュラSAE車両、レーシングカート、ラリーカー、ドラッグレーサー、ストックカーから垣根なく扱われ、時速1000マイル(約1,600km/h)突破を目指す超音速車も展示されている。各種部品や素材、ヘルメットやレーシングウエアなどの用品、カバー、ケミカル、トレーラー、書籍、DVD、ソフトウェア、サーキット、大学などなど、モータースポーツに関するものなら趣味から仕事、最新のものからヴィンテージものまで世界中から出展者が集まる展示会だ。

ロータス創業家であるチャップマン家が運営するクラシック・チーム・ロータスのブース。タイプ97Tは1985年ポルトガルGPでアイルトン・セナがF1初優勝したときのマシンそのもの。このブースでは、一昨年急逝したもとチーム監督ピーター・ウォー氏の回顧録の出版記念パーティーも行われた

 さすがはF1チームの大部分が集まるイギリスだけあって、イギリスのF1専門誌「F1 Racing」は広い展示スペースをとって全チームの昨年のマシンを実車展示していた。だが、観客の動向をみると、F1だけにこだわる人は少なく、見るほうも「何でもあり」と寛容な傾向が見えた。歴史も過去から現代、カテゴリーもヨーロッパからアメリカンまで、なんでも許容するイギリスのモータースポーツファンの懐の深さと広さを思い知らされる。

 ラディカルのような2リッターエンジンクラスの小型2座席レーシングカーのレースに30台ほどのグリッドができ、そのレース映像を食い入るように見る大勢の人たちの姿を見ると、一部の特定のカテゴリーだけ人気が集中するのではなく、その発展と広がり方が「健全なんだなぁ」と思えてしまう(こんな草レースが映像番組として成立すること自体が凄い!)。

低炭素モータースポーツ会議が開催
 このオートスポーツショーの開催前日には、重要なイベントが開かれた。それは自動車の環境対策技術とモータースポーツに関する会議で、昨年までは「Pan European Greener Motorsport Conference(ヨーロッパ環境対策モータースポーツ会議)」と呼ばれていたが、今年は「Low Carbon Racing Conference(低炭素モータースポーツ会議)」という名称で開催された。これは、MIA(英国モータースポーツ産業会)とUKTI(英国貿易投資総省)が中心になって開催しているものだが、イギリスを主体としながらも参加者はヨーロッパ、アメリカ大陸、日本とグローバルに広がっている。

 会議はパネルディスカッションを中心に展開され、自動車の環境対策技術向上が急務とされる中で、ディーゼル、電気式やフライホイール式などのハイブリッド、電気自動車、燃料電池車、車体の軽量化や高効率化、リサイクル技術など、モータースポーツが「再び走る実験室」になれることが幾度も唱えられた。

 とくにその先端を行くのは、ディーゼルエンジンに早くから開発と発展の場を提供し、今年からハイブリッド車も導入するル・マン24時間レースと、それを中核として今年から復活するFIA WEC(世界耐久選手権)とされた。

 ディスカッションでは、アウディ・スポーツのエンジン開発責任者のウルリッヒ・ベレツキー博士が、アウディのル・マンにおけるターボディーゼルエンジン開発が、いかに高効率(低燃費で二酸化炭素排出)な技術を高め、しかもレースをよりハイスピードでエキサイティングにできたかを、これまでの実績を紹介しながら発表した。

 そして会場では、ハイブリッド車としてル・マンに戻ってくるトヨタへの期待の声も聞かれた。

トヨタ自動車は、2012年FIA世界耐久選手権(WEC)への参戦体制を発表。参戦車両はハイブリッドシステムを採用した「TS030 HYBRID」で、ドライバーには中嶋一貴選手が含まれる

テスト用電動レーシングカーのローラB12/69EVを発表するポール・ドレイソン卿

電動モーターで走る「ローラB12/69EV」
 ポール・ドレイソン卿が率いるドレイソン・レーシングとローラが共同で開発した電動レーシングカーも、会場で発表された。ドレイソン卿は、イギリスの国防省防衛調達改革担当大臣や、ビジネス・イノベーション・職業技能省科学担当大臣を歴任した一方、ル・マンのレーシングドライバーとしても活躍した英国貴族だ。そのドレイソン卿は、電動レーシングカーに早くから着目し、自らのチームで試作電動マシンを走らせていた。そして、今回ローラのル・マン用プロトタイプカーB12をベースに実験車を開発した。

 「ローラB12/69EV」と名付けられたこのマシンは、電動モーターのみで走り、最高速度は320km/hに達する。充電方式には非接触式を採用し、ピットに停車するだけで充電する方式としている。まだバッテリーが小さく、航続距離はレースモードで15分以下。だが、ドレイソン卿は発表のスピーチの中で「実際にやって試してみること」の重要性を強調していた。実際に走らせることで、モーター、インバーター、蓄電装置、充電装置など関連の技術をより進歩させるのが目的と言う。

 このローラB12/69EVでは、ボディーにリサイクル素材を多用している。これには、複合素材のリサイクル研究でリードしているウォリック大学によるものが用いられていた。

 ローラB12/69EVには、ル・マンとWECだけでなく、来年からFIAが導入を予定している電動フォーミュラカーによるチャンピオンシップ「フォーミュラE」への参戦技術を培うことも目指している。実際、このドレイソン卿によるプロジェクトは、ローラやウォリック大学だけでなく、コスワース、BAEシステムズなどイギリスの企業や研究機関が多数参画している。

ローラのル・マン・プロトタイプカーB12を元に開発された実証実験用電動レーシグカー、ローラB12/69EV。ドレイソン・レーシングの電動レーシングカーの経験と、英国の技術が多数詰め込まれているローラB12/69EVのリアまわり。ギアボックスの中にモーター(銀色の丸い部分)が納められている

電動フォーミュラカーの実現可能性を示したFormulec
 一方、ローラB12/69EVの発表展示スペースとは別に、会議場のステージ上手脇にはフランスからやってきた電動フォーミュラカー「Formulec(フォーミュレック)」も展示されていた。フォーミュレックはフランスに本拠を置く電動フォーミュラカーの組織で、フランスのセギュラ・マトラがマシン開発制作の中心となり、サフトのバッテリー、ドイツのシーメンスのモーターなど、フランスやドイツといったヨーロッパを中心とした技術で電動マシンを作り上げている。すでにさまざまな場所で実証デモ走行を行っており、電動フォーミュラカーの実現可能性を示している。マシンのサイズも走行性能も、F3からF2くらい。後続距離は約30分とのこと。

 ドライソン卿のローラB12/69EVも、フォーミュレックも、会場の大多数も思うところはほぼ一致していた。

フランスの電動フォーミュラカー、フォーミュレック。すでに実走テストやデモを行っている。メキシコ・カンクンでのCOP20など環境に関する国際会議でも展示されているフォーミュレックのフロントウイング翼端板に復活した往年のマトラのエンブレム。フォーミュレックの開発を担当するフランスの技術企業セギュラの自動車部門は、かつてのマトラの自動車部門。電動マシンでマトラがサーキットに復活

 それは、ガソリンエンジン車やディーゼルエンジン車がここまで発展できたのは、モータースポーツにおける技術競争が大きな役割を果たしてきたということ。将来、電気自動車や燃料電池車が自動車の主流技術になるためにも、モータースポーツはその技術発展に大きな貢献ができるはずであり、その技術革新と技術競争がモータースポーツの新たな魅力になるはず。

 実際、今年のル・マンとWECのハイブリッド車のルールは、扱える電気エネルギー量など大部分に規制がない。つまり、性能向上を自由に追求できるのである。同時にレーシングカーである以上、小型軽量化も必須であり、さらに技術発展を促すことにつながるようになっている。

 FIAのフォーミュラEについても同様だ。すでに技術要求書という形でテクニカルレギュレーションが公開されているが、かなりの部分が自由になっている。結果、F1のテクニカルレギュレーションの半分のページに収まってしまう程度だ。

 モータースポーツの歴史を見ると、F1は1970年代から1990年代に大いに技術が発展し盛り上がった。スポーツカーは1960年代と1980年代に盛り上がった。その時代背景には、技術ルールに自由度が多かったからと言う。1960年代から1970年代初頭には北米でCan-Am(カンナム)という、2座席レーシングカーのレースが大いに盛り上がったが、これも排気量など自由度が大きかったからで、テクノロジーを進歩させた。ル・マンのハイブリッド、FIAのフォーミュラEは、こうした盛り上がりの新たな技術で再現できるとしていた。そして、環境に敏感なユーザーや若い世代に新たな自動車の魅力と、かつてガソリンエンジン車時代に見たモータースポーツにおける技術革新のワクワク感も、新たな技術の発展で再び提供できるはず。こうした想いで今年の会議を締めくくった。

パネリストとして登壇したパトリック・ヘッド(左)。F1時代の苦い経験を披露しながらも、スポーツカーレースと環境技術との未来への可能性を語った

今後のF1
 では、一方でF1はどうなってしまうのだろう。この会議にはウィリアムズF1の技術部門の最高責任者を退いたばかりのパトリック・ヘッドもパネリストとして参加。ヘッドは席上こんなことも話してくれた。

 ウィリアムズが1980年代初頭にリア4輪の6輪F1を開発していて、ほぼ完成となった1983年に、FIAによって6輪車が禁止された。1990年代にはCVTを開発して走行テストも行ったが、ほぼできあがった1993年にこれもFIAが禁止した。いずれのケースも「FIAは(ウィリアムズが)開発しているのを前から知っていながら、できあがったところで禁止する」。とくに後者のCVTは他チームからの「引き下げなければ、F1を分裂させる」という恫喝ともとれるような言葉で迫られ、フランク・ウィリアムズは多大な費用と努力の成果を引き下げることになったそうだ。

 ヘッドは今年からFIAのスポーツカー部門の担当委員をしているが、その就任を後押ししたのは、WECの技術的発展性とその面白さがあったからと言う。また、ヘッドはウィリアムズで開発しているフライホイール式のKERSハイブリッド部門の責任者として留任すると言う。

 たしかに、F1はさまざまな規制が導入され、新たな技術は規制されやすい。しかも、マルチディフューザーとか、ブロウンディフューザーとか、市販車のための「走る実験室」にはつながりにくいレーシングカーに特化した技術が近年多くなっている。しかし、F1の成り立ちを遡ると、規制は正しいのかもしれない。

 1948年にFIAは、ドライバーズチャンピオンシップを開催するために、新たな国際フォーミュラとしてF1を考えた。そのとき、「ドライバーの技量を競うためになるべく均質なマシンにする」という前提があった。だが、当時の技術では今日のフォーミュラ・ニッポンやGP2やインディカーのような、高性能なフォーミュラカーを均質に量産する技術がなかった。そこで、レギュレーションで縛ることで均質なマシンにしようとした。ところが、競争の中でマシンの性能差が生まれた。また、第二次大戦前のグランプリを継承したことで、それまでのメーカーが技術力を競い合う風土も残ってしまっていた。FIAの当初の考えでは、技術競争はスポーツカーやツーリングカーによる「メイクス(メーカー)チャンピオンシップ」で競うべきものだった。

 1970年代に環境対策技術開発と石油ショックによって自動車メーカーがレース活動を縮小すると、メイクスチャンピオンシップは衰退し、その後もメーカーの参戦撤退で浮き沈みを繰り返した。一方、F1はコンストラクターたちが技術を伸ばし、さらにターボ時代からメーカーが戻り、現在に至っている。

 だが、本来のF1設立主旨は「世界一ドライビングがうまいドライバーを決めるチャンピオンシップ」だったはず。すると、ある特定のマシンが強いなど、マシンの性能差で左右されるのは本来の趣旨とは反することになる。

 また、かつてのスポーツカーと同様にメーカーの参画度合いが強くなるほど、メーカーの「自己都合」による参戦と撤退によって、チャンピオンシップとチームは浮き沈みが激しくなってしまう。これは、近年のいくつかのチームの撤退や苦戦がすぐに思い浮かぶ。浮き沈みが激しいと、かつてのスポーツプロトタイプカーやツーリングカーのように、最悪の場合チャンピオンシップ衰退の危険性もある。

 すると、F1は本来のトップドライバーたちのドライビングを競う要素がより大きくなってもよいのではないか? それでも、スタードライバーの華麗な走りがあれば充分な魅力は得られるのではないか? という思いも強くなってしまった。

 一方で「技術革新の魅力という要素は?」という部分ではどうだろう。冷たい言い方をすれば、性能制限付きのKERSでは、自動車の環境対策技術発展に小さな貢献はできても、大きな技術発展の可能性は少ないだろう。直噴V6ターボも2014年では遅れをとった感じもする。

 ここで1970年代にF1で技術革新を大きく推進したときのことを思い出してみた。当時のイギリスのコンストラクターたちは、いずれもエンジンはコスワースDFVでギヤボックスはヒューランドと「共通」だった。ここからある種の希望があるようにも思える。たとえエンジンを共通かそれに近いものにして、車体のかなりの部分を規制しても、安全が確保できる範囲内である程度の自由度を残してあげれば、レーシングカー用として色々と細かなところをチームはクリエイトして開発してくるだろうとも思えるからだ。

 NASCARはそのよい例である。一見共通ボディーで、エンジン以外大差ないように思えるが、その実、各メーカーとチームは細部を色々と工夫し、その開発にはハイテクを駆使している。よく見ると技術的にも充分面白いのだ。一方で技術を気にしなくてもスタードライバーたちの熱いバトルを楽しめ、多大な観客入場者数とテレビ視聴率を誇っている。

 F1は1つのステイタスを確立している。上手いかじ取りをすれば、そのステイタスを維持してシリーズを存続できるだろう。

一方で、新たな自動車技術の発展のために、今年のWECや来年のフォーミュラEなど新たな技術とマシンによる新しい競技が始まりつつあり、それはかつてのモータースポーツが多くの自動車ファンをワクワクさせたのに似た、クルマの新たなワクワク感をもたらしてくれそうだ。イギリスでそんなことを考え、感じた。そして、今後もモータースポーツとクルマとの楽しさ、環境と対策技術など、枠にとらわれずに広く見て、調べてみるのが今年のテーマだと思った。

URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/

バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/

(Text:小倉茂徳)
2012年 1月 27日