【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第50回:2ヒートともに優勝!! 第2戦 富士の勝負の分かれ目はスタートだった

2ヒートともに優勝してしまった!

 速報でお伝えした通り、TOYOTA GAZOO Racing 86/BRZ Race 2019 第2戦 富士スピードウェイのクラブマンシリーズ・エキスパートクラスにおいて、ワタクシ橋本洋平、なんと2ヒートともに優勝してしまいました! 資金難と新車の納車遅れという壁が立ちはだかり、今シーズンはどうなることかと思っていたが、幸先のよいスタートを切れたことでシリーズランキングは3位に浮上。トップと11ポイント差というところまで追いついた。これまでご協力いただいた関係各位に対して、まずはお礼を言いたい。ここまで押し上げてくれて本当にありがとうございました!

資金難と新車の納車遅れから開幕戦には間に合わなかったので、第2戦 富士が自分的開幕戦に

 ここまでうまくいくとは誰も思っていなかっただろう。僕自身もまったく同じだ。レースウイークに突入した時点で、マシンのナラシ運転は終了しておらず、サーキットを走ってもなんだかエンジンの高回転域が重く、さらに組んだばかりのスプリングが落ち着かず、車高は高いままという不安を抱えていた。メンテナンスガレージ・レボリューションの社長である青木さんからは「本番までに走行距離は5000km以上、サーキットを最低100ラップは走ってよ!」と釘を刺されていたが、その目標達成すらできるかどうかの瀬戸際。

 だが、東京と御殿場を毎日のように往復して、富士スピードウェイをグルグル走り、どうにかこうにか100ラップの目標を達成。走行距離もなんとか本番前に5000kmを超すことに成功した状況だった。おかげで身も心もボロボロ。シーズンオフに怠け切った身体は悲鳴を上げ、背中から腰までガチガチ。行きつけの整骨院で先生に「こんなに体が硬くなっているのは初めてですね」なんて言われる始末だったのだ。

サムズアップで元気そうですが、結構身も心もボロボロ状態……

 けれども、ここまでやって仕上げた新車ならきっと大丈夫。そう言い聞かせて本番へ向けた予選前のブリーフィングを受けた。そこでちょっとした課題が突き付けられた。それはABSユニットに関することで、富士スピードウェイのコカ・コーラコーナーを通過した際、縁石を乗り上げるなどして衝撃が強く入るとフェールセーフが働き、警告ランプが点灯。ABSが効かなくなる事例があるという通告だった。

 これは同じチームのプロクラスドライバーである佐々木雅弘選手が乗る車両でもかつて出た症例で、ABSユニットをすでに5つも購入して交換している。最新型のH型からはそうならないようにABSが対策されているが、それ以前の車両はその懸念材料があることを把握した上で走ってくださいという。ブレーキが効かなくなるわけではないが、ABSが作動しなければ不安定な状況になることは明らか。以前からそうなった車両はレースから戦線離脱してリタイアというパターンが多い。聞いた話によれば、ABSありきの前後ブレーキ配分により、リアがロックしてしまい乗れたもんじゃないということのようだ。

 新車だからきっと大丈夫……。そう高をくくっていたのだが、説明によれば“最新型のH型からは対策済み”とあった。ん? たしか僕のクルマはG型だったような……。そう、新車とはいえ、どうやらすでに旧型になっていたようなのだ。以前の記事でABSは対策済みらしいと書いたのは大間違い(すみません!)。対策されていない車両は最新のABSユニットに付け替えれば問題は出ないとのことだが、それにはおよそ18万円が必要。いやはや、買ったばかりのクルマで、初レースという段階にも関わらずそんな高価なパーツを交換しなければならないとは。トヨタ様、安全に関わることですし、レース参加者にはせめてパーツの提供、もしくは特別価格で販売とかしてもらえないものでしょうか? 86の開発陣にそんなお願いをさせていただいた。

 そんな心配があるが、この段階では対策のしようがない。縁石を派手に乗り越えることなく、静かに走ることにしよう。なにせ今回は今季初の2ヒート制。2ヒート目を完走しなければ1ヒート目のポイントももらえないという厳しいルールである。クルマをいたわり、ゴールまで持っていくこと。それが何より大切だ。

座禅で習った呼吸法で予選に臨む

 15分間で行なわれる予選はとにかく慎重に、そしてクリアラップで走り切ることが重要だ。今回与えられたピットが最終コーナー寄りのポジションだったということもあり、位置取りは難しく、計測開始からコースインしてもクリアを取ることは難しいと判断。チームからは「10分程度ピットにステイしろ」という指示があった。しかし、これがなかなかのプレッシャーだ。ライバルが次々にタイムを刻んでいるにもかかわらず、こっちはピットに収まっていなければならないのだから。もう心臓バクバク。冷静さを保つのも難しい。かつて座禅で習った呼吸法で心を落ち着かせ、いよいよクリアなコースに入る。

 富士のレイアウト上、右リアタイヤが温まりにくく、そこに気を遣う必要があったのだが、相棒のブリヂストン「POTENZA RE-12D」は狙い通りに発熱。アタックラップを開始した時にはきちんとしたグリップを得ていた。だがしかし、ABSの懸念材料に気を遣い過ぎたせいか、コカ・コーラコーナーの脱出でテールが派手にスライド。そこでアタックを中断。もう一度深呼吸して、再びトライする。だが、ニュータイヤのオイシイところを少し使ってしまったせいか、2ラップ目のタイムは事前シミュレーションで記録したタイムには及ばず。結果として3番グリッドを獲得するにとどまってしまった。今回のレースは車両製作をはじめ、周囲が色々と頑張ってくれたから、何としてもポールポジションが欲しかっただけにこれは悔やまれる。

 こうしてやや沈んだ気持ちで終わったレースウイークの土曜日。それを加速させるがごとく、先輩の訃報が伝わってきた。学生時代にサーキットを走り始めたころ、僕にドライビングの基礎を叩き込んでくれたMさんが亡くなったというのだ。派手にブレーキロックさせ、コーナーを曲がり切れなかった僕に、丁寧に根気よく教えてくれた恩師である。かつて86レースで他車と衝突した際に「オマエが遅いから当てられるんだろ。そんなことで怒るなんてカッコわるい。もっと速く走れ!」と叱ってくれたMさん。私事すぎて恐縮するできごとではあるが、触れずにはいられない。最後によい報告をするためにも、行くしかない。

とにかく冷静に、そしてタイヤとクルマを大切に

 日曜日の午前中に行なわれた1ヒート目。3番グリッドの景色はやや厄介に感じた。前後すべてライバルのタイヤに囲まれていたのだ。しかもポールポジションは2018年までプロクラスで走っていたと聞く。この状況を打破するにはスタートしかない。そう思っていた。そこで、ローリングラップ中にはとにかくリアタイヤを温め、スタートダッシュできるように態勢を整えた。再びグリッドに付き、いよいよスタートだ。リアタイヤの温まり具合からして、エンジン回転はいつもより低めがよいと判断。レッドシグナルの消灯と同時に半クラッチを長めに使いながら慎重にスタートした。すると、前の2台との距離は一気に縮まり、気付けば1コーナーまでにトップに出ていた。RE-12Dはライバルよりも縦方向のトラクションに優れるとは聞いていたが、これほどまでとは!

ブリヂストン「POTENZA RE-12D」の強い縦方向のトラクションを活かしてスタートダッシュ

 目の前が一気に開けたことで、逆に緊張してくる。いつものペースで走れば問題ないはずだが、心拍数はかえって高まってしまう。落ち着け、自分! ……なんて思っていたら、セーフティカーの導入を知らせるSCボードが各ポストから掲げられていた。どうやらスタート直後の1コーナーで多重クラッシュが発生したようだ。目の前にはセーフティカーが入り、ゆっくりとしたペースで周回を重ねていく。

レース途中、SCボードが各ポストから掲げられた

 そこでまた壁が立ちはだかる。再スタートはどうしたらよいのか? そもそもSC解除時ってどうなるんだっけ? 舞い上がった頭ではルールすら思い出すのにひと苦労である。そんなことを考えていた5周目に、目の前にいたセーフティカーのランプが消灯。その後に視界から一気にいなくなった。再スタート時の主導権は僕にある。どこから加速を開始するかは自分次第なのだ。そのタイミングに後続が合わせられるか否か。できれば合わせないでほしいと願い、13コーナー手前から一気に加速。すると、2位の選手はドンピシャでついてきたが、3位以降は一気に離れた。残り5周、2位との一騎打ちだ。

背後に付けられていた2位のUグループ・ペトロナス86と一騎打ち

 とにかく冷静に、そして2ヒート目も使うタイヤとクルマを大切に。壊れやすいトランスミッションに気を遣い、アクセル全開シフトはご法度。それらをモットーに走っていく。ミラーを見る限り速さは互角。等間隔で走っていくが、コーナー進入時には一気に差が縮まるように見えるから怖い。これは当然といえば当然の流れなのだが、ミラーに映るその姿を目の当たりにすると冷静さが失われそうになる。それでもボトムスピードをシッカリと落とし、立ち上がりではきちんとトラクションをかけるように走っていると差はやはり変わらない。後半、コーナー立ち上がりではライバルがテールスライドしている。それを見て勝ちを確信した。もっとタイヤを使ってくれ、そんなことを考える余裕が出てきたところでチェッカーとなった。これで1勝目となるが、暫定表彰式もなくクルマは保管場所へ。1ヒート目に勝っても何にもご褒美はないのであった……。

冷静に、淡々と走る

2ヒート目はポールポジションスタート!

 それからおよそ5時間後、2ヒート目のグリッドに付く。今度はポールポジションだ。かつては予選のセカンドラップが2ヒート目のグリッドだったが、今年は1レース目の結果がそのままグリッド順となる。今年のレギュレーションに助けられた。

1コーナーを無事にクリアしてトップを維持

 今度もまたスタートダッシュを決めようと、さっきと同じようにウォームアップ。すると、スタートダッシュがまたしても決まり、後続を引き離すことに成功した。2位以下がバトルをしてくれたおかげもあって、最大で4秒近くのマージンを稼ぐことができ、それをサインボードで知ってからはペースをコントロール。再車検時にタイヤの残り溝がないと失格になることもあり、ガンガンいくようなことはしなかった。冷静に、そして淡々と走る。当たり前のことを当たり前にやれたのは、レースのラッキーな展開もあった。ここで、いかに平常心で走ることが大切なのかを学べたような気もする。

 結果としてファステストラップは2ヒートともに取ることができなかった。ファステストラップ2つとポールポジションを獲得できれば、パーフェクトウィンの33点がもらえるが、残す3点は次への課題だ。

 けれども、ほぼ完璧なレースだった。2ヒートともに優勝できて、しかもクルマは無傷。車両トラブルが発生することもなかったのだから言うことはナシ。少しはカッコよく走れたかな、Mさん。天国からの後押しがあってこその2連勝だったのだと信じている。今までありがとうございました。

 今シーズンは出遅れたが、この勢いでシリーズチャンピオンを取りにいきたい。

2ヒートともに優勝できたのだから言うことナシ。この勢いで今シーズンはシリーズチャンピオンを目指して頑張ります

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車はトヨタ86 RacingとNAロードスター、メルセデス・ベンツ Vクラス。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:高橋 学