自動車研究家“山本シンヤ”が聞いた「MORIZOがニュル24時間へ挑む理由」

第11回:ニュル24時間レース参戦のキーパーソンの1人が語る「成瀬弘と豊田章男」

2020年のオートサロンでトークショーに参加していた“オヤビン”こと北川文雄氏

 豊田章男氏と成瀬弘氏はニュル24時間レースへの挑戦を宣言したが、参戦するにはマシンが必要だ。トヨタは量産車をつくるのは得意だが、レースカーとなると……。それ以前に、そもそもトヨタの正式プロジェクトではない上に、レース参戦に対する反対派ばかりのため社内に協力を求めることはできなかった。

 となると、外部の力を借りながら……となるが、その“つなぎ手”となったのが北川文雄氏だ。古くから成瀬氏をサポートし、いわば“番頭”のような存在と言っていい。強面でぶっきらぼうな物言いのTHE職人……と言う感じだが、面倒見のよさから関係者には「オヤビン」と呼ばれている。筆者も最初は門前払いだったが、何度も出向くにつれて打ち解け、今ではさまざまな情報を教えてくれる関係が構築できている(笑)。

 もともと認証関係を担当していた上に、クルマは乗るのもつくるのも好きだから、カスタマイズの世界に関しても明るかった。とはいえ、ニュルの話はどこから絡んでいたのだろうか?

「ある日、成瀬さんから電話が来ました。変な番号だったのでニュルからだと思いましたが、電話に出ると開口一番『おい、ニュル出るぞ』と。さらに『お前、認証やっていたからライセンスとか詳しいよな。TRDとかモデリスタの仕事もやっているからトムスも知っとるだろ? ちょっとお前やってくれないか?』と。『えっ、冗談でしょ?」と返すと、『何言ってるんだ、豊田さんが出るんだよ』、『!?! ちょっと待ってください!』と言うような感じのやり取りでした。

 そこからライセンス取得のために動きました。もちろんトムスの舘さんも知っていたので推薦のお願いをしましたが、『自力で取ってください』と……。正規でライセンスを取るには国内レースで完走しなければなりません。トヨタにはレースカーがないので、舘さんから紹介してもらった方にレースカーを借りて参戦しました。岡山のレースは完走だけでなく表彰台に乗りましたが、最初は『バレたらヤバイから』とキャップを深く被ってもらっていましたが。あまりの嬉しさにキャップを取ってしまって、とにかく焦ったのを覚えています(笑)」。

 ライセンス取得と並行して参戦マシンの製作も進められていた。ベース車両はコンパクトFRスポーツセダン「アルテッツァ」が選ばれたが、このクルマは2005年に生産終了していたので中古車を探すことに……。予算は限られているため「できるだけ安く」と探した所、ネッツ群馬にあると聞きつけ2台購入。価格は100万円だったという。

 マシン製作はトヨタテクノクラフト(現TCD)の横浜工場で行なわれた。この辺りも北川氏の手腕なのだろうか?

前列左から5番目が北川文雄氏

「いやいや、僕の力ではなく成瀬さんが一緒懸命頼んでお願いしていました。レースカー作りはレギュレーションの熟知に加えて、量産車とは違うノウハウが求められますので。ただ、全てお任せしたわけではなく、トヨタから2人、ダイハツから2人が入ってガッチリ造りました。僕はそのとき何をしていたかと言うと、成瀬さんの雑用係で指示通りに動いていましたね。『お前あれやれ! これやれ!』、『はいはいはい』の連続でした。これはいつもの事なんですが(笑)」。

 常に成瀬氏と一緒に行動していた……と言うことは、もちろん豊田氏とも交流があったはず。若かりしころの豊田氏はどのような感じだったのだろうか?

「今と全然変わりませんよ。ある時、成瀬さん仕様のサスペンションを入れたヴィッツターボをヤマハのテストコースに持っていくと、章男さん……当時は副社長でしたが、『これは凄いね、下まわりはどうなっているの?』と、スーツのまま地面に這いつくばって……。心の中では『高いスーツなのに大丈夫かな? この人どういう人なんだろう?』と心配しました。

 その後『このクルマをオートサロンに出展します』と伝えると、『何? オートサロンって?』と言う感じでした。僕は『本当のクルマ好きがたくさん集まりますよ』と説明しましたが、それから3~4か月後に章男さんの秘書から電話がかかってきて『北川さん、豊田さんと何か約束しました? オートサロンに行くと言っていますが……』と。そこでプレスデーにお連れしました、それも章男さんと2人……。その年はとにかく人が多くて、当時スーパーチャージャーの取り引きのあった小倉クラッチのブースに寄って休みながら『凄いねぇ』と驚いていました。

 すると『また明日も行く』と。さらに翌年は奥さんを連れて来ていましたよ。その後、GAZOOのブースを出すことになりますが、全て内製で搬入搬出まで全部やりました。最初はとても小さなコマのブースでしたが、章男さんは『クルマ好きの仲間に入りたい』『クルマ好きの心をつかむには、そういう所にもちゃんと顔を出してないとダメ』と思っての行動でした。それは今も続いているのは、言うまでもありませんよね」

東京オートサロン2009のトヨタブース
東京オートサロン2012のトヨタブース
山本シンヤ

東京工科自動車大学校・自動車研究科卒業。自動車メーカーの商品企画、チューニングパーツメーカーの開発を経て、いくつかの自動車雑誌を手掛けた後、2013年にフリーランスへと転身。元エンジニア、元編集者の経験を活かし、造り手と使い手の両方の気持ちを分かりやすく上手に伝えることをモットーにしつつ、クルマの評論だけでなく経済からモータースポーツまで語れる「自動車研究家」として活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、ワールド・カー・アワード選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員。YouTubeチャンネル「自動車研究家 山本シンヤの現地現物」も運営中。