自動車研究家“山本シンヤ”が聞いた「MORIZOがニュル24時間へ挑む理由」

第20回:トヨタの量産開発陣の思考さえも変えた東京オートサロン2010で発表した「G's」「GRMN」とは?

2010年の東京オートサロンの会場

 2010年1月15日、幕張メッセ。冷え込む早朝の空気とは裏腹に、東京オートサロンのトヨタブースは開場前から熱気に包まれていた。

「トヨタが新たなスポーツカー戦略を発表するらしい!?」

 その噂を聞きつけ、午前10時のプレスカンファレンス開始30分前にブースへ向かった。筆者は当時所属していたXaCARの城市編集長と共にバックヤードに向かうと、そこにはすでに豊田章男氏の姿があった。

2010年の東京オートサロンのトヨタブース

 開口一番「先月号の“走り味”の企画は面白かった」と、読者目線のコメントをいただいた。実は2009年にレクサスLFAの別冊も作っているが、この時も「ページをめくると、開発中の思い出が、日記を見ているように浮かんできます」というコメントをもらったことも、今でも鮮明に覚えている。

 ステージに誇らしげに置かれていたのは、MR-Sをベースにハリアー・ハイブリッドのパワートレーンを前後逆転(前輪をモーター、後輪をエンジン+モーター)して搭載した「GRMNスポーツハイブリッド・コンセプト」だ。そのマシンを横目に見ながら、章男氏は少年のように目を輝かせてこう語った。

2010年の東京オートサロンに出展した「GRMNスポーツハイブリッド・コンセプト」

「楽しそうなハイブリッド・スポーツカーでしょ。私は社長就任のあいさつには、このクルマに乗って出てみたいと思っていたくらいです。あいさつでグツグツしゃべるより、このクルマが主役になれば、自分のやりたいことが分かるかな、と思ったからなんです」。

 そして、始まったプレスカンファレンス。章男氏、いやここではモリゾウ氏は壇上に立ち、満場の報道陣を前に高らかに宣言した。

 トヨタの走りの味を変える新たなスポーツコンバージョンシリーズ、「G's(通称Gスポーツ)」と「GRMN(GAZOO Racing tuned by MN)」の立ち上げだった。

トヨタの新たな旗揚げを宣言したモリゾウ氏

 開発の母体となるのは、新設された「スポーツ車両統括部」が担当。スバルと共同開発を進め、2009年の東京モーターショーで世界初公開された「FT-86(86のコンセプトモデル)」の量産モデルを担当するチーフエンジニア・多田哲哉氏が室長に就き、実験部門のトップにはニュルブルクリンクでモリゾウ氏を鍛え上げた伝説のマスターテストドライバーの成瀬弘氏が担当するという。

 モータースポーツという極限の場で得た知見・ノウハウを量産車に惜しみなく注ぎ込む。トヨタが本気で「走りの味」を変えようという決意が感じられた。

 会場にはコンセプトカーをカスタマイズした「FT-86 Gスポーツコンセプト(何とターボ搭載)」や、KP61スターレットの現代的解釈といっていい、欧州向けコンパクトカー「アイゴ」をベースに、FR(フロントエンジン・リアドライブ)仕様へと大改造した「アイゴFRホットハッチコンセプト」や、マークX、プリウスのGスポーツモデルと数多くの提案モデルが並んでいた。

FT-86 G Sports Concept
アイゴFRホットハッチコンセプト
FRスポーツを復活させるべく開発されたコンセプトモデルの「マークX G Sports Concept」
「プリウス G Sports Concept」は、カーデザイナー由良拓也氏がデザインしたエアロを装着していた

 そんな中、市販化の記念すべき「第1弾」として白羽の矢が立ったのは、スポーツカーではなく何とファミリー向けのミニバン、「ノア/ヴォクシー」だった。

 クルマに明るい自動車メディアからも「なぜミニバンからなのか?」と驚きの声が上がった。だが、成瀬弘氏の想いはこうだった。

「トヨタのクルマの中で、いま一番辛い思いをしているのはミニバンのドライバーなんですよ。だから、それを最初に何とかしてやりたくてね」。

 当時のミニバンは、圧倒的に広い居住空間、便利なスライドドア、見晴らしの良いアイポイントと引き換えに、ドライバーは「走る歓び」は我慢だった。ステアリングを切ってもワンテンポ遅れてグラリと大きくロールし、高速道路では横風に煽られ、カーブを曲がるたびに後席の家族を気遣ってスピードを抑える。「家族のため」と自分に言い聞かせ、かつて愛したドライブの楽しさを心の奥底に封印していたお父さんたち。成瀬氏の視線は、そんな我慢のドライバーに向けられていた。

トヨタ「ノア Si G's」(2010年6月発売モデル)
トヨタ「ヴォクシー ZS G's」(2010年6月発売モデル)

 成瀬氏は、「よく『トヨタの味、G'sの味というのは何ですか?』 と聞かれますが、私の中に明確な基準はありません。あえて言うなら『材料を100%活かす』こと。ミニバンを与えられたら『ミニバンをどう料理しようか?』 それだけのことです。それはLFAだろうと、ノア/ヴォクシーであろうと一切差別していません。ちなみに、このクルマは乗っている人全員が気持ちよくなる走りに仕上げましたよ」。

 素材の持ち味を極限まで引き出し、ドライバーだけでなく乗員すべてが笑顔になるクルマに仕上げる。成瀬氏のその愚直な信念がミニバンに色濃く注ぎ込まれた。

 開発陣が掲げたテーマは、「CONTROL as YOU LIKE(意のままに操る)」だった。目指したのは、背が高いミニバン特有の「コーナリングの怖さ」を根本から消し去ること。路面にピタッと張り付き、ステアリングを切った瞬間にノーズがスッと入り、同乗者にも不快な揺れを感じさせない。その実現のために「メーカー直系」ならではの手法が採られた。

生産ラインで骨格を強化

 足まわりを引き締める大前提として、工場ラインでの「スポット溶接増設」を実施。さらにフロア下に専用ブレース(剛性補強パーツ)を追加し、サスペンションが設計通りにストロークする強靭な土台をつくり上げた。

サスペンションと空力のトータルコーディネート

 バネレートをノーマル比で約20%高め、車高を30mmローダウン。さらに床下の気流を整えるアンダーフロア空力パーツを最適配置し、ハイスピード領域でも浮き上がらず路面に吸い付くようなスタビリティを手に入れた。

2つのグレード展開

 スポット増しと専用サスを核とした「G's」に加え、さらなる専用ボディ剛性パーツと空力パーツ、そして大径タイヤ&ホイールをプラスした上級グレード「G's バージョンEDGE」が設定された。

成瀬氏は、スポーツカーではなく、走りに対して我慢しているミニバンを運転しているドライバーに対して、最適解を提示した

 完成したプロトタイプを走行させたモリゾウ氏は、満面の笑みでこう語った。

「背の高いミニバンとは思えない。走りが楽しい!」

 そして、走りの味付けを成瀬氏に一任していたモリゾウ氏からは、リクエストなしの合格点が出たという。営業サイドからも「ノーマルとは別物」「キビキビ走れてコーナリングが安心できる」と驚きと称賛の声が上がった。

 このノア/ヴォクシーG'sの走りは、トヨタ社内の量産開発陣にも火をつけた。

「アフターマーケットのエアロや足まわりだけでなく、骨格から最初に見直せば、ミニバンもここまで意のままに気持ちよく走れるのか!」

 その刺激は「この走りは『G'sだけ』と言われるのは悔しい。次のフルモデルチェンジでは、ベースとなる量産車そのものの走りのレベルを底上げしよう」という展開になった。これは後のマイナーチェンジでの改良、さらには現在につながるTNGAプラットフォームの思想的源流へと直結していくのである……。

山本シンヤ

東京工科自動車大学校・自動車研究科卒業。自動車メーカーの商品企画、チューニングパーツメーカーの開発を経て、いくつかの自動車雑誌を手掛けた後、2013年にフリーランスへと転身。元エンジニア、元編集者の経験を活かし、造り手と使い手の両方の気持ちを分かりやすく上手に伝えることをモットーにしつつ、クルマの評論だけでなく経済からモータースポーツまで語れる「自動車研究家」として活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、ワールド・カー・アワード選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員。YouTubeチャンネル「自動車研究家 山本シンヤの現地現物」も運営中。