西村直人の「新型ロードスター(ND)」で始まる新6輪生活

第1回:新型ロードスターと過ごした3カ月

新型ロードスターの連載を始めます!

 筆者にとって小さなスポーツカーは父との想い出と直結する。

 幼いころ、家にはボロボロのホンダ「S600クーペ」があった。筆者が生まれる前に父が必死に働いて購入した中古車だ。もっとも今から40年近く前の話であり、当時の中古車だから経年変化も激しく今のホンダ品質にはとうてい及ばず、ボディーにはところどころ錆が浮きフロアには穴が開いていたが、それでも筆者には満面の笑みを浮かべながら助手席に収まり近所をドライブした記憶がある。バイクみたいなエンジン音、排ガスの匂い……。そんな原体験から無事に(?)クルマ好きへと育った筆者が、初めて手に入れたスポーツカーは初代ロードスター(中古車)だった。本当は「S600」や「S800」あたりに手を伸ばしたかったが希少価値からプレミアがつき、すでに高嶺の花。そんな折り、破格のロードスター(NA8)と巡り会った。社会人1年生の安月給にローン返済は堪えたが、それでもステアリングを握る度に心は躍り、存分にリフレッシュできた。

 2015年は4代目ロードスター誕生の年でもあるが、もう1台、小さなオープンスポーツカーが誕生している。ホンダ「S660」だ。幼少期や若かりしころの想い出からすれば、次なる小さなスポーツカーこそS660となるのが順当なのかもしれない。しかし、どうにも相容れない部分があった。「アジャイルハンドリングアシスト」の存在だ。ご存知のとおりアジャイルハンドリングアシストは、ハンドル操作に応じて4輪それぞれに軽いブレーキをかけることで車両の動きを滑らかにし、安定感のあるコーナリングを可能とするシステムで、誰でも、どんなシーンでもスポーツカーが楽しめるようにと開発されたホンダの安全思想を具現化した最新のADASだ。

 これにより、ミッドシップスポーツカーの宿命であるテールハッピーな挙動がマイルドになり“至高のコーナリング”を安全に楽しるようになっている。数々の試乗を繰り返し、その制御の緻密さに「さすがはホンダ!」と唸ったものだが、一方で小さなスポーツカーの特権である、ちょっとだけナーバスで、少しだけやんちゃなフィーリングまでもがオブラートに包まれてしまっているように筆者には感じられた。電子デバイスでありながらホンダの安全に対する強い想いから、機能のON/OFFスイッチは設けられていない。もっとも、なんらかの細工をすればそれも可能であると聞くものの……。よって、今回はS660の購入を見送ったのだった。

購入したSスペシャルパッケージ(6速MT)の見積もり結果

 21年ぶりに購入したロードスターは自身にとって久しぶりの新車だ。昂る気持ちを抑えようにも、PCでの事前予約の段階(3月20日22時過ぎに予約完了)からついつい前のめり気味になってしまう。購入グレードはSスペシャルパッケージ(6速MT)、それにメーカーオプションのセーフティパッケージと、ディーラーオプションのナビゲーション用SDカード、そしてDSRC車載器とバックモニターを取り付けた。ボディーカラーは1秒も迷わずにブルーリフレックスマイカを選択。4月4日にディーラーで正式発注し(当然ながら、車両本体の値引きはゼロ!)、5月29日に無事納車を迎えることができた。

 当連載はタイトルにあるように6輪生活がテーマだ。バイクとクルマ、あわせて6輪となるわけだが、どちらもオープンエアの走りが楽しめるという共通項がある。交通コメンテーターとして改めて、オープンカーとバイクのつながりについて各方面から検証してみたいと思う。

こちらは乗り換える前の愛車、ホンダ「VFR1200F DCT」

 実はこの連載とほぼ同じタイミングで、バイクも5年ぶりに買い替えた。正確には、車検のタイミングで下取りに出した費用を元手として中古バイクに乗り換えたのだ。現在の愛車はホンダ「VFR1200X DCT」。車名が示す通り、1200ccのデュアルクラッチトランスミッション(DCT)車両だ。さらに言えば、乗り換える前の愛車も同じエンジン+DCTの「VFR1200F DCT」。違うのはアルファベット一文字だが、画像でご確認いただけるようにスタイリングは大きく違う。Xではハンドル位置が高くなったことで上半身が直立に近くなり、乗車フィールはまるで別ものだ。ちなみにホンダは2010年、2輪車世界初としてこのVFR1200FにDCTを搭載している。

 筆者のライダー歴はドライバー歴よりも2年長い27年ほどになるが、幸いにして事故なく今日に至る。また、ここ20年は一般財団法人 全日本交通安全協会「東京二輪車安全運転推進委員会」(http://www.jtsa.or.jp/)の指導員を拝命し、2輪車と4輪車の架け橋となるべく微力ながら活動を継続中だ。

Sスペシャルパッケージを購入した理由

筆者が購入した新型ロードスター Sスペシャルパッケージ。ボディーサイズは3915×1735×1235mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2310mm。同グレードの車両重量は1010kg。6速MT仕様の価格は270万円也

 さて、前置きが長くなってしまったが、連載第1回目は「新型ロードスターと過ごした3カ月」をテーマに率直な感想を中心に述べていきたい。

 現在のオドメーターは2000kmを少し超えた程度だ。仕事柄、複数の試乗車を運転するため愛車の走行距離は思いのほか伸びないのだが、加えて、筆者はバイクも移動の足としているため、自ずと走行距離は折半となる。ただ、距離は2000kmと短いが過ごした時間は非常に濃密だ。巷では1.5リッターへのダウンサイジングによるパワー不足を心配する声もあるが、日ごろから道路状況の先読みを心掛けた予測運転を行っている筆者にとってそう感じた瞬間はほとんどない。これは本音だ。もちろん、2.0リッターエンジン搭載車が国内にも追加されるのでは、という噂への負け惜しみでもないぞ!(笑)

 もっとも、予測運転といっても運転操作としては極めて単純で、車両ごとの加減速特性に道路状況を照らし合わせ、必要に応じて運転操作を早めに行う……ただそれだけだ。こうした予測運転は、筆者が大型観光バス(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/20150114_683552.html)やフル積載の大型トラックでの公道テストを行うドライバー職を務めていることもあり、普段から意識せずに行っているものだが、乗り物がバイクとなってもそれは同じで、たとえ原付スクーターに乗っていてもさほど変わらない運転操作を行っている。

 それはともかくとして、ロードスターは市街地だけでなく、高速道路であってもドライバーの意思を反映しやすい動力性能を持っていることは確かだ。燃費数値も抜群によく、通算燃費はカタログ値である17.2km/Lを上まわり、高速道路では25.0km/L以上(平均速度80km/h程度)も難なく記録する。この点では、排気量が300cc小さく、車両重量300kg(パニアケース込)程度のVFRですら太刀打ちできない。ディーゼルエンジンであるSKYACTIV-Dの低燃費ぶりは盛んに採り上げられているが、なかなかどうしてSKYACTIV-Gも負けてはいない。

SスペシャルパッケージのJC08モード燃費は17.2km/L(ただしi-ELOOP、i-stop装着車は18.8km/L)だが、高速道路では25.0km/L以上をマークすることも

 ソフトトップの開閉操作は、世界一簡単! 慣れてきたころに操作時間を計測してみたが、開ける操作に5秒、閉める操作に至っては4秒ほどで完結する。これは大げさな表現ではなく、このソフトトップが新型ロードスターの魅力の半分を占めていると言い切れる。もっとも、ゲリラ豪雨のような夕立に遭遇すれば雨音が気になるし、強風の高速道路ではバタつくシーンもあるが、簡単操作と引き換えにした数少ないデメリットと考えればまったく問題なし。むしろ、思い立った瞬間、たとえば信号待ちや駐車場を出る際にワンアクションでオープンエアの走りにチェンジできる気軽さは何物にも代え難く、反対に突然の雨にもスマートに対応できる利便性はカッパを着込まねばならないライダーからすれば垂涎ものだ。

新型ロードスターのソフトトップ構造

 Sスペシャルパッケージを選んだ理由は1つ。ベースグレードのSに対して、トルセンLSDと各部補強材が装着され、それに合わせてダンパーとEPSのセッティングが変更されているから(レザーパッケージは高価なので除外)。一見するとLSDをはじめ、こうした機能装備は“やんちゃな走り”をする際に効いてくるものと思われるだろうが、実際には市街地走行でも大きな違いを体感することができる。

 1tを切った車両重量のSグレードとの違いを端的に言い表すとすれば、装備が上乗せされたSスペシャルパッケージのほうが筆者にとってはよりボディーが軽く感じられる。確かに、運動性能からすれば軽ければ軽いだけ有利な面が多いが、ドライバーが体感するいわゆる人馬一体感に限ってみれば、そうとも言い切れない部分があるからだ。

フロントサスペンション構造
リアサスペンション構造
6速MTの構造

 より具体的に解説してみたい。SとSスペシャルパッケージを同じ場面で乗り比べみると分かるが、Sはピッチングやロールを誘発しやすい特性に仕立てられていて、ブレーキングからのハンドル操作できっかけを与えるとドライバーの意図をクルマがくみ取るかのように、スッと鼻先を動かし、その後もボディー全体でフワッと受け止めていく。一般的にはソフトと解釈される足まわりなのだが、だからといって市街地走行レベルで不安になることはなく、この一連の動きには癖がないため気持ちがよい。

 しかし、前述したSのEPSは専用セッティングが施されており、Sスペシャルパッケージと比べて操舵フィールを決める構成要素のうち、とくに反力制御を最適化することで中立付近から誰にでも分かるステアリングの軽さ(≒鼻先の軽さ)を演出している。故に運転セオリーに反した粗い操作を行ってしまうと、それを相似形のままボディーに反映させてしまうのだ。そのため、時に“動きすぎて落ち着かない”という印象を乗り手に与えてしまうことがある。

 Sスペシャルパッケージも基本はSと同じくきっかけに対して素直に反応し始めるのだが、一定のレベルを境にジワリジワリとボディーの動きが抑制されるのだ。この領域では明らかにSよりも引き締まった印象が強い。つまり、前述したボディーの軽さを感じる理由はここにあるわけだが、これこそSと大きく異なる点だ。また、単にダンパーの減衰特性を高めただけではなく、ロールやピッチングに対する絶対入力値ではなく許容量を増やすようにプログレッシブレートにまで手が加えられている。だから、ゆったりとした市街地の走りからワインディング路でのスポーツ走行にいたるまで、気持ちとのズレが非常に少ない。

 LSDもきちんと仕事をしてくれていて、イニシャルトルクはさほど強くないものの、たとえば雨天時などではしっかりと斜め前方向への加速力を生み出す一助となっているのが手に取るように分かる。触感という意味では、EPSも操舵フィールをSから変更(前述したEPSの反力モーターが生み出す力を調整)したことで、Sスペシャルパッケージではステアリングを切った瞬間からしっかり感が上乗せされるようになった。聞けば中立付近から±1度程度動かした領域のセッティングにも精を出したというが、その効果ははっきりと違いとして体感できる。

トラブル×2発生

 しかし、この3カ月の間にちょっとしたトラブルも抱えた。1つ目はLEDヘッドライトの光軸がアイドリングの振動でぶれてしまう症状。筆者の場合、これは左ヘッドライトユニットだけに現れる現象で納車時から発生していたため、すぐに(わずか3日で!)代替部品(新品)に無償で交換いただいたのだが、その代替部品でも残念ながら光軸のぶれは収まらず。ぶれ幅はそう大きくないが、対向車への眩惑を考えると早急な対応が望まれる。

 2つ目はBSM(ブラインド・スポット・モニタリング)の誤作動だ。オプションで装着したセーフティパッケージのいち機能であるBSMは、車両の両後端部に取り付けられた準ミリ波レーダーセンサーでドアミラーの死角に入った車両を検知したり、後方から迫ってくる車両を検知したりするADASの1つで、必要に応じてドライバーにインジケーター表示や警報ブザーで回避動作を促すシステムだ。

 症状としては、車両の側方直近にガードレールなどの物体を認識したまま走行を続けるとフェールセーフモードに入ってしまい、メーター内のウォーニングランプが点灯したままになってしまう。現況、ウォーニングランプを消灯させるにはエンジンを再始動させるしか方法がなく、当然フェールセーフモード入った状態では車両の検知は行えない。ただ幸いなことに前述した2点は、すでにマツダとしても承知している内容とのことでいずれ対策が進むだろう。追ってご報告していきたい。

Photo:安田 剛

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員