トピック

【短期連載】スバル 水平対向エンジン60周年に寄せて 第2回

元ラリードライバー日下部保雄がモータースポーツから見たBOXERエンジンを語る

スバルの水平対向エンジンが2026年で60周年を迎える

60周年記念イベントを販売店で開催

 スバルは、水平対向エンジンの誕生60周年を記念して、5月23日~24日、30日~31日に全国統一展示会「SUBARU BOXER 60th 記念祭」を各地の販売店で開催する。

 展示会では、エンジンの歴史や開発思想、技術的特徴を紹介したヒストリーパネル展や、歴代エンジンサウンドの試聴、エンジン模型の展示など、さまざまなコンテンツが楽しめる。

全国の販売店で「SUBARU BOXER 60th 記念祭」を5月23日~24日、30日~31日に開催
ヒストリーパネル展や歴代エンジンサウンドの試聴、エンジン模型の展示など、体験コンテンツが盛りだくさん。SUBARU BOXERへのメッセージも募集!

 また、店頭ではマイスバル会員向けに、歴代エンジンをモチーフにしたラバーキーホルダーを1つプレゼント。デザインは「EA52」「EJ20」「GE33」「EZ30」「FA20」「FB20」「CB18」の計7種類が用意されている。ファン垂涎のプレゼントに関して、詳しくは店舗スタッフに問い合わせいただきたい。

ファン垂涎の歴代エンジンモチーフのラバーキーホルダーをプレゼント

 ほかにも、店頭での試乗でプレゼントがもらえるなど、お楽しみコンテンツが盛りだくさんの展示会となるので、詳しくはSUBARU BOXER 60th記念祭の特設サイトをチェックしてほしい。

店頭で試乗すると、60周年を記念したオリジナルデザインの今治ハンドタオルをプレゼント
あなたの“推しBOXER”は? 店頭で推しエンジンに投票しよう!

SUBARU BOXER 60th記念祭 特設サイトを見る

 今回の短期連載では、スバルの水平対向エンジンが誕生60周年の節目を迎えるにあたり、各方面からのメッセージを3回にわけてお届けする。第2回はラリー界のレジェンドドライバーである日下部保雄氏が、モータースポーツの視点からスバルの水平対向エンジンの活躍を振り返る。

日下部保雄氏(写真左)がモータースポーツ界でのスバルBOXERエンジンの活躍を振り返る

BOXERエンジンとモータースポーツ

 かつて東洋一の航空機メーカー、中島飛行機の血統を受け継いだ富士重工業(現スバル)。戦後復興の時期に政府が打ち出した国民車構想に航空機技術を活かして開発したのが「スバル 360」だ。軽量モノコック構造で室内が広い軽は瞬く間にファンが広がった。

 本格的な小型車は1966年にリリースされた「スバル 1000」だ。当時としては画期的だった前輪駆動にモノコックボディ、そしてエンジンには水平対向4気筒の1.0リッターエンジンを搭載した。まるで宇宙から舞い降りたかのような斬新な小型車だった。

スバルの礎を築いた「スバル 360」(左)、「スバル 1000」(右)

 水平対向エンジンを新規開発した目的は、振動が小さくコンパクトなエンジンを前車軸の前に配置し、パワーステアリングのない時代に、ハンドルに伝わる振動も減らせるという美点もある。その後のスバルを決定づけるレイアウトはこのときから始まった。

 左右対称に置かれたパワートレーンはプロペラシャフトをまっすぐリアデフまで伸ばせるため4WD化しやすい。1972年に東北電力の依頼で試作生産された「ff-1 1300G 4WD」で花開いた。乗用車4WDは世界でも稀で、この後に続くスバルの特徴となる記念すべきモデルである。

 スバルのパワートレーンはコンパクトで、軽快に回るフラット4のリズムは独特でちょっとワクワクした。室内が広くて明るいのも斬新だった。

 スポーツモデルではスバル 1000のEA52エンジンにソレックスキャブレターでパワーアップを図ったEA53が初めてとなる。さらに1969年には排気量を1100ccにしたff-1が登場し、主としてラリーで活躍した。当時のラリーはすべてグラベル。FFの強力なトラクションや軽量なボディ構造が過酷なラリーでも有利で、モータースポーツへの可能性も高いことが立証された。

 ff-1 1300Gのあとに水平対向エンジンが載ったのは「レオーネ」だ。スバル 1300の装備がシンプルだったことから、レオーネは装備を充実させたことで重量が増したため、排気量を1.4リッターにアップしたEA型とした。

 レオーネは富士重工として初めて海外ラリーの第一歩を踏み出した水平対向エンジン搭載車で、オーストラリア・サザンクロスラリーにFFで挑戦した。

海外ラリーの第一歩を踏み出した「レオーネ」

 レオーネ時代は過酷なことで知られるサファリラリーに1.8リッターターボ(EA81T)で参戦。世界に先駆けて4WD+ターボ技術の熟成を図った。全日本選手権ラリーにもチーム・スバルはレオーネで参加。エースの清水和夫選手は舗装のスペシャリストでもあったが、オールターマックの関西ラリーでこれまでの常識を覆し、4WDの速さを見せた。グラベルではないのにレオーネが上位に食い込んだことが大きな出来事だった。この活躍は、ターマックでもターボと4WDの組み合わせが、これからのラリーの中心になっていくだろうと予感させた。

 その流れを汲む1.6リッターのEA71 OHVエンジンは、実は日本のモータースポーツ界に大きな貢献をしている。それが当時レーシングドライバーの登竜門だったFJ1600だ。シンプルな葉巻型フォーミュラに搭載され、メンテナンスも容易で重心高の低い水平対向エンジンはミッドシップとの相性もよく、数多くのドライバーが参加する激戦の中で腕を磨いたドライバーが、その後の日本レース界に大きな影響を与えた。

 そしていよいよ本格的なWRC参戦となる「レガシィ」の時代に入る。

 その準備として富士重工はSTI(SUBARU TECNICA INTERNATIONAL)を立ち上げ、モータースポーツでも小回りのきく組織とした。STIの最初の仕事は新型車となるレガシィの10万km連続高速耐久記録の達成である。新聞の全面広告を今でも覚えている。

「レガシィ RS」がFIA公認の10万km連続走行世界速度記録を達成

 レガシィはDOHC16バルブとした新設計エンジンで、パワーと耐久性の高さを証明するための自信に満ちたプロモーションで、わずか19日間で平均速度223.345km/hというFIA公認記録を打ち立てることができた。やがて名機となるEJ20の華々しいデビューである。

 レガシィとの思い出は多士済々のエンジニアたちだ。特に印象に残っているのは桂田勝さん。後にSTIを率いる3代目レガシィの主査である。パワーステアリングのフィーリングについて意見のすり合わせのために一緒に箱根の山を走り回ったことがある。高回転では独特の音を発するEJ20のエキゾーストノートを聞きながら、細かい話にも真摯に耳を傾けてくれたのは、自分にとっても貴重な経験だった。桂田さんは「航空機をやりたかったが、いつの間にか自動車をやるようになった」と笑っていたが、その後、STIで強いスバルを育てていくことになる。

 1990年、STIはモータースポーツの名門、英国・プロドライブ社と提携し、レガシィでWRCに参戦を開始した。最初のラリーは日本人になじみの深いサファリラリー。過酷な悪路に毎年多くのリタイア者を出すカーブブレイカーラリーとしても有名だ。5台もの体制でSTIとして初めてのWRCに参戦したが、高い壁に阻まれ、地元のヘイザーのみが6位で完走した。一方、改造範囲の少ないグループNでパトリック・ジルがクラス優勝を遂げたことは、初参戦としては大きな成果だった。この年の完走率は特に悪かった。レガシィにとって初めてのWRCはシーズンを通じてラリーの過酷さを痛感することになったが、確実に速さと堅牢さを蓄えていく年でもあり、EJ20には雌伏の年でもあった。WRCは甘くない。

1990年からレガシィ RSでWRCに参戦を開始した

 レガシィのWRC初優勝は1993年のコリン・マクレーまで待たなければならないが、グラベルでの戦闘力は高く、特にニュージーランドのような高速グラベルではロングホイールベースの本領を遺憾なく発揮した。苦戦していたEJ20はハイパワーを達成し、快調そのもの。速さと引き換えにクラッシュの絶えなかったコリン・マクレーに安定をもたらし、チャンピオンドライバーになってゆく。

 この年、レガシィのスポンサーカラーはブリティッシュたばこ、ステートエクスプレス555のネイビーブルーにイエローの数字が入ったロゴとなった。のちにWRCのスバルと言えば濃紺と555を連想させるようになる有名なタッグである。

1993年から「スバルのラリーと言えばこの色」となるネイビーブルー×イエローの555のカラーリングとなった

 スバルにとって印象に残るドライバーはやはりコリン・マクレーだ。とんでもなく速いもののアクシデント率も高かった。SWRT(SUBARU WORLD RALLY TEAM)はマクレーの将来性を見込んで根気よく乗せ続けた。

 レガシィはWRCの一角になくてはならない存在になったが、STIでは次の一手としてツイスティな欧州ラウンドにも適応できるホイールベースの短いインプレッサを用意した。

1993年のラリー・フィンランド(1000湖ラリー)から、WRCでのインプレッサの活躍が始まる

 レガシィが活躍した時代はグループA。量産車に4WDとターボをラインアップに持つ日本車はスバルのほか、三菱、そしてトヨタがWRCのメインコンテンダーとして毎戦激しい戦いを繰り広げた。

 インプレッサに搭載されたEJ20エンジンはレガシィ時代から進化を続け、耐久性とパワーで常にSWRTを支えた。ちなみにプロドライブの拠点は英国で、シャシーはWRCのノウハウがある英国で開発されたが、エンジンは日本で開発し英国で組み付けていた。

「インプレッサ」にもEJ型エンジンが搭載された

 さてSWRTは伝統的にグラベルラリーで強かったが、4WDが進化するとターマックラリーでも強さを発揮し、グループA最後の1995年に念願のWRCタイトルを獲得。以降、WRカー時代に入っていた1997年まで3年連続マニュファクチャラーズタイトルを獲得する。

 これ以降もペター・ソルベルグやマクレーのドライバータイトルなど、幾多のドライバーが名を挙げた。インプレッサのハンドルを握ったのはカルロス・サインツ、ユハ・カンクネン、リチャード・バーンズ、マルク・アレン、アリ・バタネンと枚挙に暇がない。世界のトップラリーストのほとんどの名前を挙げることができる。

 忘れてならないのはグループNでの新井敏弘選手のチャンピオンタイトルだ。SWRTの一員として世界を転戦した。日本人WRCドライバーのパイオニアとして存在感があった。その活動は今年の全日本選手権での「BRZ」をベースとして、FA24にターボを載せ4WD化したスーパーマシン「SUBARU Boxer Rally spec.Z」に受け継がれている。

新井敏弘選手は現在もFA24エンジンにターボを搭載した「BRZ」ベースのラリーマシン「SUBARU Boxer Rally spec.Z」で全日本ラリーに参戦している

 国内ラリーでもインプレッサ WRX STiは毎年、毎戦、常にトップランナーであり続け、レースやジムカーナ、ダートトライアルで数多くのプライベートチームにとって重要なクルマだった。

 また、SUPER GT GT300にキャロッセからエントリーしたインプレッサは、GTレースにスバルという新風を吹き込んだ。

インプレッサから「レガシィ B4」、BRZとベース車両を変えつつ、現在はBRZベースのマシンに水平対向6気筒3.0リッターツインターボエンジンを搭載し、SUPER GTに挑んでいる

 インプレッサは林道だけでなく、サーキットでも速かった。回頭性のよさと旋回性能の高さ、4輪でグリップする安定性の高さはEJ20とシンメトリカルAWDの効果が大きい。トラクションの大きさと高回転まで突き上げるようなEJ20のパワーは、次のコーナーに狙いを定めるとまさに飛んでいくような強烈な加速だった。リアグリップの高さもスバルのシンメトリカルAWDの特徴だ。しかもブレーキングも4輪で沈み込んでいくような姿勢を保つため、制動距離もわずかに短かった。走るためにパッケージとしての完成度は高かった。

 自分自身でもインプレッサは気になる存在だった。インプレッサの強みは軽量低重心のフラット4エンジン。当時よきライバルだったランサーエボリューションは4G63型の直列4気筒2.0リッターターボエンジンを搭載していた。トルクの分厚さが特徴でタイム的にもいい勝負だった。

 2車の特徴では、ハンドル応答性の鋭さはインプレッサの大きな武器だった。反応が鋭く、Rの大きな左右切り返しでは手首の動きで機敏に反応する。最も俊敏な動きを感じる一瞬だ。一方のランサーエボリューションはロールを抑えたサスペンションでジワリと曲がっていく感覚が特徴だった。

 さらにインプレッサは4輪の接地力が高く、リアから押し出すような駆動力も印象的だ。今に続くスバル伝統の持ち味は、この後さらに洗練されていく。最近試乗したBEVの「トレイルシーカー」でもスバルらしさが受け継がれていた。感慨深い。

 よきライバルだったインプレッサとランサーエボリューションは、世代を重ねるごとに磨きをかけ、目指す目標は同じ方向だった。エンジンは中速回転域の大きなパンチ力が特徴の4G63型に対して、EJ20は天を突くようなまっすぐなパワフルフィール。2車の性格の違いとなっていた。

 両車に共通するのは4気筒と4WDという文字だけだが、それがラリーの世界では毎回コンマ秒の世界で戦っていた。面白い時代だった。

同じ4WDでも水平対向エンジンを搭載するスバル車とそれ以外の車両で、それぞれに特徴が異なる

 傑作エンジンEJ20の時代は永遠に続くかと思われたが、次世代の水平対向スポーツエンジンに引き継がれた。2.0リッターのFA20、2.4リッターのFA24フラット4として、4WDの「WRX S4」、FRのBRZやトヨタ・86(現GR86)に搭載され、スーパー耐久や、過酷なことで知られるニュルブルクリンク24時間レースに挑戦し、戦うBOXERの伝統を受け継いでいる。

 FAエンジンで思い出すのは86のCEだった多田さんが、BOXERエンジンがなければあのレイアウトは生まれなかったと語ったことだ。コンパクトで低重心、振動の小さいエンジンがFRのスポーツカーを生み出し、ワンメイクレースは多くのドライバーに走る場を提供した。

 EJ20特有の「ドドド」という排気音は消えたが、低周波の「スバルの音」は健在だ。また、トランスミッションはWRX S4はスバルパフォーマンストランスミッション(CVT)、BRZはATとMTと、それぞれのモデルで異なっているものの、どれもスポーツを五感で楽しむことができる。

ドイツ・ニュルブルクリンクで開催されるニュルブルクリンク24時間レースに2008年から継続して参戦。戦いの中でスバルの水平対向エンジンを鍛えている

 水平対向エンジンはコンパクトで重心高が低く、スポーツカーにとって運動性能を決める絶対的な要素を生まれながらに持っている。どのモデルもクルマとの一体感を得られるスバルらしさがあるのは、水平対向エンジンゆえだ。BOXERはこれからも続いていくに違いない。

これからもスバルのBOXERエンジンは続く