2016 デトロイトショー

【インタビュー】2016年デトロイトショーで日産 中村史郎氏がインフィニティと日産のデザインについて語る

「日本と海外の比率が変わってデザインのやり方も変わってきた」と中村史郎氏

 1月中旬に米国で開催された「North American International Auto Show」(北米国際自動車ショー、以下デトロイトモーターショー)の会場で、日産自動車の専務執行役員 チーフクリエイティブオフィサー(CCO)である中村史郎氏にインタビューを行なうことができた。世界初公開した「タイタン・ウォリアーコンセプト」、東京モーターショー2015で初披露された「ニッサン IDS コンセプト」などが並ぶなか、インフィニティと日産のデザインの現状と将来について、中村氏に話を聞くことができた。

インフィニティ「エッセンス」

──インフィニティ「Q60」を見て、非常にスタイリッシュだと感じました。

中村氏:今のインフィニティのデザインの源流にあるのは、2009年に発表した「エッセンス」です。エッセンスという名前をつけたのも、インフィニティデザインのエッセンスという意味を込めてです。

 非常に評価が高かったのですが、外部の方々から好評だったこともありがたいのですが、大事なのは社内の人間が「これが新しいインフィニティのデザインだ」と感じて、それを信じてやっていけることです。エッセンスのようなものがあったからこそ、今回のQ60ができたのだと思っています。

──市販車でここまでやるとは驚きました。

中村氏:Q60は外板のプレスのクオリティなどもすごく高いんです。かなり彫りが深いのですが、あれはショーカーならいくらでもできるんです。プラスチックやカーボンファイバーで作っているので、デザイナーの好きなようにできるんです。

 一方で、量産のアルミやスチールではプレスの制約が多い。ところが、我々が望んでいたシャープなエッジや彫刻的なセクションを、生産の人が本当に上手くやってくれました。あれは栃木(工場)じゃないとできません。日本の生産工場は品質が高い。やっている人たちもプライドを持っています。世界の工場よりも1段高い技術を見せようということで、生産の人たちのモチベーションもすごく高いのです。

 だから、あんなに断面が深いのに、ドアとドアの隙間がものすごく狭い。断面が平らなほど隙間を狭くするのは楽なんです。だから、シャープなエッジもそうですが、ドイツのメーカーなんかはわりとセクションが平らでギャップが狭いんです。

 セクションを複雑にしながら隙間を減らしていくのはけっこう大変なんです。どちらかというと、ドイツのメーカーではフィット&フィニッシュをよくすることの優先順位が高くて、デザインの自由度もわりと低いんです。我々はもっとダイナミックでエモーショナルなものにしているから、フィット&フィニッシュをよくしたいけど、そのためにセクションを平らにしたりとか、犠牲にしたくないと思っています。だから大変なんですよ。そういう意味では、量産で非常に精度の高いものができたのは、やはり日本のものづくりの力だと思います。

──昨年のコンセプトカーと今回の量産仕様の差が小さいのは、そのあたりが効いているのですね?

中村氏:パッと見て差が分からないぐらいに精度が高いと思っています。デザインのテーマもちゃんとできているし、狙いが出せた。それはある意味、日本の「スカイライン」と比べても、ボディの深さや艶やかさ、シャープさなどが、スカイラインもけっこう頑張ったつもりですが、2年間でかなり進んだという気はします。

 これで満足しているわけではなく、もっと伸ばしていくつもりですが、そういう意味でデザインそのものもすごくクリアになったし、品質のレベルも上がってきました。これから出すクルマはすべてこの感じで行きたいと思っています。

──栃木工場で何か生産におけるブレイクスルー的なものがあったのでしょうか?

中村氏:具体的に何か新しい機械や技術を入れてできるようになったということではなく、日本特有のひとつひとつの改善の積み重ねで、今まであるものを少しずつよくしていって、ここまで来たという感じです。赤のペイントもとてもいいと自負していますが、ああいうものもようやくできるようになりました。これらがもし2年前にできていたら、みんなもっと驚いてくれたと思うんですどね(笑)。

 エンジンも3.0リッターツインターボの400PSということで、エモーショナルなデザインと品質、パフォーマンスなどがちゃんとバランスできたと思っています。今まではどうしてもすべてが“ある程度”のレベルだったんですが、その点でQ60はある1つのレベルまで持ってこられたかなと、我々としても思います。

──すべてをそのレベルに持っていくのは、日本以外でも可能でしょうか?

中村氏:現在、メキシコ、アメリカ、イギリスなど4工場があって、マザー工場として栃木がリードしてやったことをほかにも持っていきます。「Q30」はイギリスのサンダーランド工場で生産しますが、イギリスの工場は優秀で、ヨーロッパでも品質が高いと言われてきたものの、できてから時間が経っています。それに最初は「マーチ」など小さなBセグメントのクルマしか作っていなくて、プレミアムセグメントのクルマを作ることはあまり考えていませんでした。だから今回も、それなりに苦労しています。

 会社がどんどんグローバルになり、昔なら1つのクルマは1つの工場で作っていたのに、いまは4カ所ぐらいの工場で同時に作ることもあるので、全体的な工場のクオリティを上げていかないと、結局は足を引っ張ってしまいます。

インフィニティ「Q60」
インフィニティ「Q30」

──どこかの生産のものがよくない、というわけにはいかないですよね?

中村氏:今では工場の生産能力を、台数ではなく品質で追求しています。特にプレミアムになると、それが命になってきますからね。そういうところをしっかりやっていく。だから、Q60はまずは栃木でしか作りません。

──早急に生産のレベルを世界中で上げていく必要性はあるのですね?

中村氏:上げていかないとダメですね。品質には、機能的に壊れないという品質と、「感性品質」=PQ(パーシブド・クオリティ)という見える品質があります。壊れないのは当たり前で、それを外したら話になりませんが、今、見て感じる品質が世界的にどんどん上がっています。韓国もアメリカもすごくよくなっています。昔、アメ車は見栄えが安っぽくて、隙間があって、ギャップが広かったりしたのですが、今はそんなアメ車はないですよね。内装もずいぶん綺麗になりました。今や感性品質=PQの勝負はものすごくシビアですよ。

──技術とデザインの力関係も難しくなっていくのではないでしょうか?

中村氏:いいデザインにするために何をすればいいかということを、開発のエンジニアもいっしょに考えてくれます。それを「デザイン・トゥ・ウィン」と呼んでいるんですが、勝つためのデザイン会議というのがあって、そういうところでひとつひとつ議論します。

 例えば、先ほど言ったオープニングをどうやって詰めるかとか、日本車は一概にボディとフェンダーとタイヤのギャップが広かったんですが、どうやったらそこを狭くできるのかとか。そういうこともずっとやってきています。そのあたりも新しいインフィニティはすごくよくなってきていると思います。

──意見が合わないこともあるのでしょうか?

中村氏:喧嘩はいつもしていますよ(笑)。でも、目標は同じですから。あとはいわゆるベンチマークですね。やっぱりドイツ勢は大したものですよ。彼らはそこで勝負しています。だからこそ同じレベルに持っていかないといけないので、PQというのも含めて開発の人がやってくれないと。

 ショーカーはいくらでもいいのが作れます。コンセプトカーではかっこいいけど、プロダクションは全然ダメというのはありがちなことです。それをなくしたという意味で、Q60はよくできたと思っています。

──それはデザイン・トゥ・ウィンのおかげというより、社内の方向性として整ってきたのでしょうか?

中村氏:10年ほどかけてようやく整ってきました。開発の役員で、なかなかそういうことを言ってくれる人は少ないんですけど、「なにをどうやったらいいデザインになるか何でも言ってくれ」と言われて。それは何百項目もあって、むろん全部は実現できませんが、ひとつひとつできたかどうか議論する。ずいぶんマインドが変わってきている気はしています。

 というのは、ヨーロッパの強豪が一気に進んだのに対し、日産だけではなくて日本のメーカーは、昔は品質が高いと言われてきたのに、気がついてみると抜かれていたというのがあって、危機感があるからだと思っています。韓国勢がピッタリとついていって、日本は置いていかれるという危機感です。彼らの勢いは今も続いていて、まだ衰えていません。

──では、中国メーカーについてはどう思われますでしょうか?

中村氏:中国のメーカーは本当に数多くあって、すごく幅があるなかでも、いくつかのブランドは素晴らしいと思います。個人的には、長安汽車と長城汽車の2社はかなり進んでいると思っています。彼らは素直にドイツメーカーと同じことをやっています。逆に、これは韓国勢もですが、「自分たちのもの」というのを持っていないから、どうやったら同じことができるのかとか、独自性よりも、まず世界のトップレベルのところに自分を持っていこうというように強く感じます。

 また、過去がないぶん、新しく機械などに投資できるのも強みです。ブランドもそうですが、インフィニティやレクサスも、デザインについてはけっこうアグレッシブなことをやっているように見えますよね? それに比べてドイツ勢はコンサバに見えます。あれはお客さまや自分たちの財産があるからできないんですよ。インフィニティのように、これから20万台から50万台にしていこういうことは、新しいお客さまを取ってこなければいけないから、今までどうだったかよりも、これからどうしようかということのほうが強いのです。

 レクサスさんも同じでしょう。だからドイツメーカーに比べると、すごいと言われることを我々もやっているのかもしれませんが、同じように韓国メーカーも後からスタートした強みがあるんです。後発は遅れているわけではありません。新しく工場を作るときに新しい機械を入れるとか、日本では昔からの工場があってできないとか、お客さんがこれだけいるからとか、ディーラーがこうじゃないと売れないといったしがらみがあります。そいうものを持っていない強みもあるんですよ。後発の強みを生かさないといけない。

 インフィニティもプレミアムとしては25年やっているけども、最初の10年はなかったに等しい(笑)。2000年まではろくにブランドづくりをしてこなくて、インフィニティの「G」、日本のスカイラインから始めて、せいぜいここ15年なんですよ。その前に「Q45」が1台だけあって、空白が続いていました。そういう意味じゃまだまだ若いのです。

──若いとはいえ、日本の自動車産業はある程度の歴史がありますよね。そのなかで“日本らしさ”の表現みたいなものはいかがでしょう?

中村氏:それが難しいのですが、日本らしさは出したいと思っています。インフィニティもいろいろなデザインのテーマを日本から取っています。グリルなども「二重橋」と呼んでいますが、太鼓橋が水面に映るからダブルアーチと言っているとか、あとモールディングにも昔の武将の月代(さかやき)のアクセントなどがあります。昔の日本、特に江戸時代以前は美意識が高いです。それをどうやって採り入れようかと常々考えてやっています。

 Q60のクォーターモールディングも、なんでわざわざ三日月のようにするのかという人もいますが、それはよそと違う自分たちの感性みたいなものを出したいから。ヘッドライトも仁王さんのように目の強さを表現するとか、鋭いものを意識して入れている。そういったものがダイレクトに“これが日本だ”ということではないかもしれないが、日本的な感性がある。だからエッセンスを出したときにも、よく分からないけど日本的な感じがすると言われたことがあります。

──それは狙ったわけではなく、でしょうか?

中村氏:こちらとしては狙っていますよ。でも、見ただけで「これが日本だ」というものがあるわけではない。自動車は歴史がないのでそういうものはない。建築や服にはいっぱいあります、五重塔とか着物とか、これらはずっと昔からある。クルマには具体的に“これが日本”というインスピレーションとして、パッと見てここがどうとかいうものがそれほどないんです。だから、ひとつひとつの美的な要素を入れていくということです。

──一方で、インフィニティ エッセンスの日産版となる、日産のデザインにおけるテーマ、統一性というのはいかがでしょう?

中村氏:ある1台のクルマではないのですが、最近出た「マキシマ」とか、今度出る「スウェイ」の市販版あたりに新しいテーマを入れています。

 日産はインフィニティよりも幅が広いので、なかなか1台のクルマでこれだというのが言いにくいんです。これが日産だと言われると、じゃあスウェイと比べてどう違うんですかと言われる。形での統一性と言われるとなかなか出しにくいのです。

 次の世代ではもうできていますが、今の世代はそういう意味ではまだ統一性ができていないのです。どういった方向に行きたいかは、日産はインフィニティと比べると、統一した形のメッセージを出そうという風に動き始めた段階で、実はちょっと遅いんです。日産の場合は、日本とアメリカとヨーロッパとバラバラに商品を持っていて、それぞれ違う。グローバルプロダクトではなく、各地でそちら向けに育ててきているから、並べるとすごいバラバラなんです。ただ、バラバラでわるいわけではなく、実をいうと日本人はそういうことを気にしないので、日本国内ではバラバラでもなんの問題ありません。日産というブランドより、1台1台の車種として認知されているからです。

日産「スウェイ」
日産「マキシマ」

 ところが日本から1歩出ると、「アルティマ」とかマキシマという前に、すべて「日産」なんです。そして日産として何もテーマがないと、ブランドとしては認知されないのです。これはやはり日本と海外の圧倒的な差で、最近はマツダやスバルもそれをやっていて、彼らは明らかに海外を意識している。もちろん日産も海外の歴史は長いですが、海外の比率と日本の比率が、日本が15%ぐらいで85%は海外です。昔は日本の比率が高かったということもあって、日本を中心にして海外に展開していましたが、今はグローバルに見ないと成り立たなくなってきています。

 そういうふうに、力関係というか、日本と海外のボリュームが変わってくるとデザインのやり方も変わってきます。インフィニティは最初からグローバルで統一していますが、日産も同様に統一する方向にしないと。しかも、韓国勢のように今までいなかった競合も出てきていますから、デザインで戦っていくためには統一したテーマを表現していかないとダメです。けっきょくブランド勝負なんです。

 1台のクルマで勝っても、ブランド勝負で負けてはダメで、トータルで日産のほうがいいブランドだと思ってもらわないと勝てません。総力戦でいかないと。ここ10年はそうした勝負になってきています。これは大きなシフトです。15年前はここまでブランド勝負でデザインをしなければいけないところまではおっていませんでした。

──インフィニティと日産のデザインの差というのは?

中村氏:考えてはいますが、そもそもブランドが違います。もちろん違っていないといけませんが、「違う」というために変えるつもりはありません。価格帯も全然異なるので、いわゆる競合はありません。むしろ、意識しなければいけないのはルノーと日産で、そちらのほうが大変です。ヨーロッパでは同じところで売っていたりするし、最近ではプラットフォームも共用化しています。

 また、Q30とダイムラーの同じクラスが戦っていて、ダイムラーはものすごく気にしています。我々も同じで、ダイムラーは強いブランドだけど、彼らは日産との距離感も意識しているし、むしろプラットフォームを共用していくのは我々(ルノー・日産)のアライアンスのなかで、そこはすごく気にしています。

 パートナーのルノーとは、いつもそういう話をしています。お互いに見せっこして似ないようにしています。なぜだか分かりませんが、デザインをやっていると同じような影響を受けて、似たものが出てくる。そのときは「これは日産のカッコだからやめてね」とかやっています。もちろん逆もあります。ルノーと日産は価格帯が同じで、プラットフォームも一緒で、プロポーションも近い。でも、インフィニティと日産でプラットフォームを一緒に使っているのは限られている。だから、そんなに意識しないといけない商品はあまりない。ただ、お客さんにはそう思われていないので、そう思われてしまうとなんのためのブランドか分からない。今のところはそんなになくても、共通化するときはものすごく気を使います。

──今後はインフィニティと日産のプラットフォーム共用はどうなりそうでしょうか?

中村氏:もう少し増えるかもしれません。今は私が見てるから心配はない。ルノーと日産は途中でお互いに見せ合うのがルールとなっています。毎月1回ミーティングを行なっています。とはいっても、お互い個々にやっているので、偶然は往々にしてあります。

──では、ルノーはいかがでしょう?

中村氏:ルノーはお互いに刺激し合える、いいパートナーです。どちらかが支配する関係だとそういうのはなくなるけど、ある程度の自主性があって、見せ合いするとなるほどと思うものです。ルノーと日産は開発の2〜3年前から見ることができますが、どういうことを世の中が考えているのかは自分たちだけでは分からないので、お互いに勉強になっています。

 やっぱり独立したアライアンスというのはいいものです。支配するとどちらかの意思で動いてしまい、勉強をしなくなります。今はどちらも自主性があります。自分たちのアライアンスのなかに競合がいるのもとてもいいことです。今回もいろいろありましたが、よく保ててよかった。今はシナジーと言って、いろんなセクションやいろんな部門が一緒にやるようにしていますが、デザインだけは絶対にしないっていうことになっています。

 アライアンスでなにかをするということが一切ない。ブランドとデザインだけは完全に分ける。マネージメントとしての戦略とか判断は、お互いに干渉はしないがシェアはする。それに対して近づいた場合を除いて、注文は一切つけない。それが日産とルノーの関係の象徴的な部分だと思います。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。