GTC2015

米国本田技術研究所が進める写真品質の車両衝突シミュレーション

「Making Virtual Crash Tests a Reality」

2015年3月16日~20日開催

San Jose McEnery Convention Center

米国本田技術研究所(Honda R&D Americas) 自動車構造研究担当主任エンジニア エリック・デホッフ氏

 米国本田技術研究所(Honda R&D Americas) 自動車構造研究担当主任エンジニア エリック・デホッフ氏は、「GPU Technology Conference 2015」(以下、GTC2015)のテクニカルセッションで「Making Virtual Crash Tests a Reality」(仮想衝突試験の実現)という講演を行い、ホンダが研究を進めている車両衝突実験を実車だけでなく、仮想的にコンピュータの中で再現する手法を説明した。

 すでに自動車の開発はコンピュータを利用した各種シミュレーションと切っても切り離せない関係にある。これまでは風洞実験をCFD(Computational Fluid Dynamics)と呼ばれるコンピュータシミュレーションに置きかえることなどが中心だったが、現在ホンダが進めているのは、これまで実車で行われていた衝突実験(実車を壁などにあてて、どのように壊れるのかを調査し、乗員の安全性を向上させる試験のこと)をコンピュータシミュレーションに置きかえるものだ。

 ホンダのデホッフ氏は、GPUの性能が向上したことによりモデリングなどが写真品質になり、そうした写真品質のモデルで衝突実験のシミュレーションを行うことで、実車では衝突後に壊れた後を見て想像するしかなかったフレームがどのように壊れていくのかをリアルタイムに把握することが可能になり、より安全な車両を設計にすることに役立っているのだという。

実車での試験とシミュレーションの結果を比較して正確性を高めていく

 自動車メーカーとしてホンダ(本田技研工業株式会社)は、車両の開発・研究は子会社の株式会社本田技術研究所が行っていることはよく知られている。その本田技術研究所の米国法人となるのが米国本田技術研究所(Honda R&D Americas)で、本社はカリフォルニア州ロサンゼルスに置かれている。米国各地にも事業所を展開しており、今回の講演を行ったデホッフ氏は、オハイオ州に設置されているオハイオ事業所で各種の研究を続けているという。デホッフ氏によれば、オハイオのオフィスでは、自動車の衝突安全性能を高める為の研究が行われており、さまざまな実験装置などが用意されているという。

米国本田技術研究所(Honda R&D Americas)の説明
米国本田技術研究所オハイオ事業所の実験施設
オハイオ事業所の研究成果として製品に生かされた衝突安全ボディのACE
すべてのパーツをコンピュータグラフィックスモデルで作成する
コンピュータの演算性能を利用して衝突時の問題を予測する
重要なことは実際の試験とコンピュータによるシミュレーションを比較して、正確性を高めること

 米国本田技術研究所のデホッフ氏によれば、「ホンダは長年衝突安全性能を高める努力をしてきた。2006年にACE(Advanced Compatibility Engineering)という衝突安全性能を高めたボディーを世に送り出し、さらにその発展版として第2世代のACEボディもリリースした」と述べ、新しい素材や構造などを利用してより高い衝突安全性能を実現してきた歴史を説明した。その上で、現在コンピュータを利用した衝突CAEモデルの構築を目指しているとして「4000を超えるパーツ、5000を超える接合部、ボルト、燃料、ブレーキ配線などから構成されている仮想部品を構築し、それを元にコンピュータ上に仮想的な車両を作り、それを壁などに衝突させる手法を採っていると説明した。

 デホッフ氏によれば「重要なことはコンピュータ上だけで行うことではなく、実際に実車でのテストも行ってその差をチェックしていくことだ。それによりより正確性が高まっていく、我々も常に正確性を上げるべく日々比較をするようにしている」と述べ、コンピュータでの実験だけでなく、実車での試験もやって正確性を上げていくことが重要だと強調した。

シミュレーションにより、車両開発期間、コストを削減できる

 デホッフ氏は「かつてはコンセプトを作り、デザインし、コンピュータによるシミュレーション、その後60台以上のプロトタイプを作り、最終的に量産試作という長いプロセスで開発していた。しかし、今では最初からコンピュータによる設計が行われており、コンピュータによるテストをして、それを開発へフィードバックするというプロセスで行い、研究開発段階で作るプロトタイプ車は最小限で済んでいる。かつ、役員からのレビューといったこともすべてコンピュータ上で行うことができる」と述べ、コンピュータ上で済ませることができることのメリットを説明した。

コンピュータのシミュレーションは自動車の開発プロセスを完全に変えている
経営者によるチェックなどもコンピュータですべて完結している
大事なことは、視覚的に見せること。

 以前の自動車開発では、まずはデザインコンセプトと呼ばれる1/1スケールのモックアップを作成し、その後プロトタイプを作成し、衝突安全試験などを含む試験を行い、最後に量産試作車を作り、大量生産に回すというプロセスだった。プロトタイプや量産試作車などを合計すれば100台近い試作車が作られることになり、そのコストは膨大だ。かつ、その段階段階で役員へのお披露目などがあり、そこでNGが出れば再び試作車を作り直しということだって十分あり得る。しかし、コンピュータによるシミュレーションを、写真品質で行えば、製作時間を実質的に短縮でき、何よりもコストを削減することができるのだ。

 デホッフ氏は、実際にコンピュータを利用した衝突安全試験の様子を公開した。実際の衝突安全試験とサイドバイサイドで表示されたそれは、実際の衝突映像と差が小さく、非常にリアルに再現されていた。また、コンピュータを利用した衝突安全試験では、周囲のパーツを外して骨格だけを残した衝突安全試験なども可能になっており、実際には実現が難しい試験も簡単に実現できるのがメリットだとした。

写真品質のレンダリングをする前の状態
写真品質でバーチャル衝突実験をしているところ、リアルに再現されている

 デホッフ氏は「重要なことは、ライティングやシェーディングの技術を利用して写真品質を実現することだ。それによりエンジニアは目で見て何が問題なのかを確認できる」と述べ、GPUの物理レンダリングの機能を活用し、高品質な表示を実現することが重要だと強調して講演を終えた。

左が実車による衝突実験、右が写真品質のレンダリングを利用してのバーチャル衝突実験
すべては部品データから構築しているモデルに基づいているので、外装部品やエンジンなどを外して骨格だけでバーチャル衝突実験をしているところ

笠原一輝