GTC 2016

Toyota Research Institute CEO ギル・プラット氏の基調講演リポート

豊田社長の掲げる4つの理想を“ハイブリッド自動運転”で実現

2016年4月4日(現地時間)開催

San Jose McEnery Convention Center

 トヨタ自動車が1月に米国に設立したAI(人工知能)技術の研究・開発を行なう「Toyota Research Institute」(TRI)でCEOを務めるギル・プラット氏は、GPUソフトウェア開発者向け会議「GPU Technology Conference 2016」で4月7日11時(現地時間)から行なわれた今回のGTC3つめとなる基調講演に登壇。TRIが取り組んでいるAIの研究成果や、トヨタが考える自律運転/自動運転の方向性などに関する講演を行なった。

 このなかでプラット氏は「全世界で毎年120万もの人が交通事故で亡くなっており、これは実に痛ましいこと。それを減らしていくことが業界にとって重要だ。AIやディープラーニングはその鍵になると思う」と述べ、自動車にディープラーニングを活用したAIを実装していくことで、より安全な自動車社会を作ることが可能になるとした。

トヨタが“ロボット開発の権威”ギル・プラット氏と共同で設立したTRI

Toyota Research Institute CEO ギル・プラット氏

 TRIはトヨタが1月に米国で設立したAIの研究開発を行なう企業。そのトップであるCEOに指名されたのは、ロボット技術の開発で著名なギル・プラット氏。プラット氏はTRIをトヨタと共同で設立する以前は、米国の「DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency:国防高等研究計画局)」という先進的軍事技術を開発する政府機関でロボット開発の責任者として基礎研究を行なっていた人物で、トヨタが“今後5年間で約10億ドル(日本円で約1100億円)を投入する”としてTRIを設立したときにCEOに就任して、トヨタが行なうAI研究開発を主導している。

「毎年120万人が交通事故で亡くなっている」と指摘するプラット氏

 プラット氏は「この地球上では120万人が1年間に交通事故で亡くなっており、非常に痛ましいことだ。そうした状況を少しでも改善していかなければならない」と述べ、交通事故の削減がTRIにとって大きなテーマであることを強調した。

 次にプラット氏はAIの消費電力について言及。「現在のAIは非常に多くの電力、数千Wの電力を消費しないと動かすことができない。それに対して人間の脳はわずか30Wで動かすことができる」と述べ、AIが乗り越えるべき課題の1つとして消費電力があると指摘した。その解決策としては「もっと新しいハードウェアを導入し、演算を少なくし、複雑さを解消していく必要がある。また、必要のないときはOFFにするなど使い方も工夫していく必要がある」と述べ、ディープラーニングなどの新しいコンピューティングモデルを導入してより効率を高め、さらにより進んだ電力管理が重要だとした。

自動運転の実現には数千Wが必要になるが、人間はわずか30Wで運転できる

 その後、話しはどのようにAIによる機械の自動制御を実現するのかという話題に移っていった。ディープラーニングによるAIのトレーニングに関する研究が昨年特に大きな進化を見せたことで、多くの自動車メーカーなどが自動運転、ないしは自律運転と呼ばれるAIによる運転の研究を進めている。

 現在のロボット制御というのは、例えば無人偵察機などがそうであるように、ロボットがネットワークを経由してコントロールセンターの人間から制御を受ける形でコントロールされている。プラット氏は「今後もそうしたモデルでしかロボットは制御できないのか? 答えはノーだ。『Series』『Interleaved』『Parallel』の3つの方法がある」と述べ、自動制御のSeries、Interleaved、Parallelの3種類にそれぞれメリット、デメリットがあると説明した。

Series Autonomyでは人間がロボットに命令を出す
機械の自動制御を行なう3つの方式
DAPRAのロボットアームの動画。AIによるアシストを入れることで動作がスムーズになった

 プラット氏によれば、Seriesは人間が指令を出し、それを受けて機械が動作するという仕組み。Interleavedは2つの中間で人間とAIが半分ずつ、Parallelは大人が子供をアシストするようにAIが人間をアシストする方式だという。これをうまく受け入れていけば機械の動作も改善されていくとして、AIによるアシストを導入したロボットアームがより自然に動くDAPRAの実験動画などを公開した。

豊田社長の4つの理想を実現するため“ハイブリッド方式”の自動/自律運転を目指す

TRI設立を発表する説明会で握手する豊田章男社長とプラット氏

 プラット氏は「では、そうした機械制御の技術を自律運転につなげていけばいいのだろうか?」と聴衆に問いかけ、それこそがプラット氏がトヨタと共同でTRIを設立した理由だとした。プラット氏は「私がトヨタとこのプロジェクトを始めたのは、トヨタの社長である豊田章男氏の理想に賛同したからだ」と述べ、豊田章男社長の理想に賛同したことでトヨタとTRIを設立して研究を始めたという経緯を説明した。

豊田章男社長が掲げる4つの理想は、安全(Safety)、環境(Environment)、誰もが使える移動手段(Mobility for All)、楽しい運転(Fun to Drive)

 プラット氏は「豊田章男社長のビジョンとは、安全(Safety)、環境(Environment)、誰もが使える移動手段(Mobility for All)、楽しい運転(Fun to Drive)の4つだ」と述べ、豊田社長の理想についての説明。安全、環境への配慮は自動車メーカーであればどこのメーカーでも重視していることだが、それと同時にさまざまな移動手段(例えば家のなかでの移動手段)を重視していること、さらにはレーシングドライバー“モリゾウ”としてサーキットで自分で走るほどの運転好きとして知られている豊田社長のエピソードを紹介し、トヨタでは運転する楽しさも重視しているとした。

 その上で、自動運転には2つのアプローチが考えられるとした。1つはプラット氏が「Chauffer(運転手)/Series Autonomy」と呼ぶ、人間が命令を下し、AIがそれに応じて運転する方式(いわゆる自律運転)、もう1つが「Guardian Angel(守護神)/Parallel Autonomy」と呼ぶAIがアシストする方式(いわゆる自動運転)。それぞれにメリット、デメリットがあり、TRIとしてはどちらかだけにコミットメントするのではなく、両方を実装してドライバーが必要に応じて切り替えていく「Hybrid Autonomy」が正解だと考えていると説明した。プラット氏はそのような“ハイブリッド方式”で自動運転/自律運転を実現していけば、安全性の向上と楽しいドライブが両立できるようになるとした。

Chauffer(運転手)/Series AutonomyとGuardian Angel(守護神)/Parallel Autonomy
“ハイブリッド方式”の自動運転/自律運転を目指していく

 その上でトヨタとNVIDIAの協業について触れ、トヨタがサッカー場ほどの敷地に建設しているシミュレーション装置の実現にNVIDIAが協力していることを紹介。人間の動作を再現して学習するマシンインターフェース、ソフトウェア開発、物理テストなどにNVIDIAが協力していると述べた。

NVIDIAとはシミュレーションなどの分野で協業している

3つめの開発拠点をミシガン州アナーバーに設置。業界各社と競争、協力しつつ技術を発展させる

 講演の最後にプラット氏は、TRIが新たにミシガン州のアナーバーに第3の開発拠点を設立することを説明(詳細は別記事の「トヨタ、人工知能研究会社『Toyota Research Institute』がミシガン州に第3の自動運転研究拠点を開設」を参照していただきたい)した。TRIはすでにパロ・アルトに自動運転の開発研究所を、そしてMIT(マサチューセツ工科大学)のあるケンブリッジにシミュレーションの開発研究所を構えている。

ミシガン州アナーバーに3つめの拠点を設立
アナーバーについての紹介

 今回、ミシガン州アナーバーに設立される研究所は自律運転を研究する研究所となる。主任研究員となるのは、ミシガン大学のライアン・ユースティス教授(マッピング技術)、エドウィン・オルソン教授(センサー・認識技術)の2人だ。プラット氏はフォードのお膝元であるミシガン州にTRIの拠点を設けることについて「こうした開発は業界内で競争しながら、そしてときには協力しながら進めていくのがよいと考えている」と述べ、米国の自動車メーカーなど競合他社と協力したり競争しながら、技術を発展させていくのがよいとした。

ミシガン大学の2人の教授が主任を務める
豊田英二氏がまだトヨタの取締役だったころにフォードの工場を訪れた古事を紹介し、自動車業界は競争しながら協力していると指摘した
120万人の交通事故死者を少しでも減らすことが社会的にも業界的にも意味がある

 最後にプラット氏は「冒頭でも述べたように、現在地球上では交通事故により毎年120万人が亡くなっている。こうした取り組みは非常に価値があることだ」と述べ、業界を挙げて自動運転/自律運転の実現に取り組み、交通事故を減らしていくということが自動車業界にとっても社会にとっても意味があることだと強調して講演を終えた。

笠原一輝