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松田秀士の「佐藤琢磨選手、インディ500凱旋報告会」に参加してきました
2つの質問をしてみました
2017年7月2日 08:19
2017年のインディ500で優勝した佐藤琢磨選手が一時帰国し、凱旋報告会を6月13日にホンダ青山本社ビルのウエルカムプラザで行なった。筆者も出席した。本人にお祝いを直接伝えたかったことと、聞いてみたいことがあったからだ。
登壇した琢磨選手は、力強く拳を握りしめ「皆さん、やりました!」と笑顔で切り出した。歴史的なインディ500優勝からすでに2週間以上が経過し、その間、琢磨選手はデトロイト(2ヒートレース)、テキサスと3つのレースを消化してきている。また、インディ500チャンピオンは月曜日のメモリアルデー(休日)翌日、週明けの証券取引所(ナスダック)の始業ベルを鳴らすのが恒例となっていることからニューヨークに飛び、さまざまなイベントを消化したうえでそのままテキサスにも飛ぶという超多忙のまま週末のデトロイトのレースに出場しているのだ。そんな、超高密度のスケジュールにもかかわらず、登壇した琢磨選手はレース中の自身のストラテジーを含め、20分間ほど中身の濃いレース内容を話してくれた。メディアが何を聞きたがっているのかをしっかりと認識したスピーチ。彼のサービス精神と分かりやすい説明には、もう質問はないほどで、いつも感心させられる。
そんな中、先日来筆者が考えていた質問をぶつけてみた。まず気になっていたのはインディ500に対するモチベーションだ。彼はファンをとても大切にしている。今回の勝利でも、ファンや東北の震災による被害者への思いやりのコメント、そして元気をプレゼントできたのではないかと話している。それはそれで素晴らしいことだが、自身のモチベーション中に賞金というテーマはなかったのだろうか?
実は、過去に筆者自身がインディ500に挑戦したなかには、はっきりと賞金を稼ぐんだ、というテーマがあった。レーシングドライバーで身を立てていくには、生活の糧となる収入は重要な課題だ。その中で、今回のインディ500による莫大な賞金収入に対して、琢磨選手の本音を聞きたかったのだ。今回、琢磨選手はインディ500の勝利で日本円にして約2億7000万円の賞金を手にしている。筆者自身の過去の経験からいうと、その賞金全てが琢磨選手の手に入るわけではないけれども、少なくとも40~50%を手にしたのではないかと推測する。実は、インディ500を走る前に、ドライバーはチームと賞金の分担について契約書を交わす。なぜなら、勝利すればこのような莫大な賞金額だが、ビリの33位になったとしても約2000万円以上の賞金が支給される。このため、チームにも賞金の分担が常識。その理由は、インディ500は開催期間がほかのレースに比べて長いので(1990年代は5月の約1カ月間)、1戦あたりの参戦コストがほかのレースに比べてべらぼーに高い。筆者の時代(1990年代)で、5000万円以上と言われていた。現在は開催期間も短縮されたが、パーツなどの高性能化を考慮すれば、あの時代以上のコストがかかると予想する。そのため、チームに賞金の分担が必要なのだ。あのトップチェッカーの瞬間におけるチーム首脳陣のハシャギぶりの中には、名誉と共に収入に対する安堵感があったに違いない、とボクは見てしまうのだ。
質問に対して琢磨選手は、こう答えてくれた。もちろん賞金に対するハングリーな部分はありました、と。筆者自身も感じていることだが、モーターレーシングはいろいろな部分で賞金に対して不透明なことが多い。だけれども、インディはさすがアメリカという感じでハッキリしている。特にインディ500の場合は、決勝翌日夜に全米に生中継されるバンクエットパーティーで賞金額が読み上げられ目録が渡される。その様子が、一つのショーになっているのだ。
筆者自身も、これほど多額な賞金の額面が公表されて、実際に渡されるモータースポーツをほかに知らない。琢磨選手はそんなアメリカにどっぷり浸かり、楽しんでいるようだ。そして、こうも言った。やはり、ハイリスクな中で走っているわけだから、そのことに対する対価をいただくのはプロとして当然。ほかのスポーツでは、当たり前に高額な賞金が出ているけれども、それはやはりステータスであって大切なこと。そして、それを見た子供たちの憧れの対象になり、目指そうと思ってくれるかもしれない。しかし、それだけが全てではない。賞金だけなら5年前の2012年、ダリオ・フランキッティーのインに飛び込まずに2位で終わっていたら、それでも1億円近い賞金をゲットできたわけで、賞金だけ目的ならあの時インに飛び込んで1位を狙ってはいない、と。コメントに一瞬のスキもない。さすがだ。しかし、賞金の話をする琢磨選手の嬉しそうな眼を見て安心した。レーサーはギャンブラーでなくてはいけないと筆者は考えるからだ。
そして、もう一つの質問。これが、一番聞きたかったことだ。残り11周の時点で琢磨選手は2位にいて、1位のマックス・チルトン選手に襲いかかったがレスダウンフォースの空力セットのチップ・ガナッシのマシンをパスすることはできなかった。そこに、エリオ・カストロネヴェス選手が追い付き、第3ターンでアウトから芸術的な技で琢磨選手を抜き去ったのだ。このときは、筆者も無理か?と勝利を諦めた。しかし、その後2位を走るエリオ選手の後ろにピタリと付け、エリオ選手を抜きにかかるのではなく擁護しているように見えた。このときのラインアップは1位マックス選手の直後にエリオ選手、そして琢磨選手と数珠繋ぎ状態。2位のエリオ選手の後ろにピタリと付けることで、エリオ選手の空力がよくなりストレートが速くなる。案の定、エリオ選手はマックス選手のアウトに並び、琢磨選手を抜いたときと同じように、第3ターンのアウト側からマックス選手を抜き去ったのだ。そして、一瞬アクセルを緩めたマックス選手を、今度はメインストレートで琢磨選手が抜き去り2位に上がる。これによって、エリオ選手との一騎打ちの体勢となったのだ。そこで、このときは意図してこのように動いたのか?を聞きたかった。
なぜなら、琢磨選手はこれまで、どちらかというとファイターのイメージが強かった。今年のインディ500以降、いろんな人から筆者は質問や声を掛けられるのだが、友人でもある小沢コージ氏がこんなことを言ってきた。「琢磨選手ってシュガー・レイ・レナードのタイプではないじゃないですか? でも、今年はよく勝てましたよね? なにか変わったんですかね?」と。シュガー・レイはプロボクシング・ミドル級の選手で、主に1990年代の米国スターボクサー。この時代は、パナマの石の拳と呼ばれたロベルト・デュランやトーマス・ハーンズと戦い、スピードとテクニックそして頭脳でチャンピオンに居座った。確かに、琢磨選手をボクサーに例えるなら、先日負けてしまったがハードパンチャーで粘り強い八重樫タイプで、考えて徐々に相手を崩してゆく井岡タイプではない。ハードパンチとスピードという切れ味では共通するが、井上尚弥でもない。
話を琢磨選手に戻そう。琢磨選手の答えはほぼ筆者が予想していたとおりで、エリオ選手に先行してもらえばきっとマックス選手を料理してくれるに違いないと考え、そしてそのとおりになった、と。エリオ選手とは、8年間のインディーカーシリーズでタフなバトルを演じてきたけれども、一度も絡んだこともなく、必ず相手のスペースを残してくれるクレバーでクリーンなドライバーだ。だから、マックス選手と優勝をかけた勝負をするのではなく、エリオ選手とバトルしたいと考えていたという。そして、そのとおりとなり、残り6周でエリオ選手を第1ターンのアウト側からパスし、そのまま逃げ切り歴史的なインディ500日本人初優勝を達成したのだ。
今シーズン、筆者自身インディーカーシリーズを放送するGAORAの解説者として琢磨選手を見ていて、これまでとは違った落ち着きのようなものを感じていた。これまでは、どちらかというとボクサーファイターで、スキあればどんどん打って出る、当たればどんどんポジションアップするが逆に強烈なパンチを食らうことが少なくなかった。しかし、今年は何かがが違う。小沢氏が言ったように、なにが変わったのだろう? 筆者なりの答えは、これまでのチームでは、足りなかったチーム力を自分のハードパンチで補う必要があった。しかし、アンドレッティーチームに移籍したことで、チーム力を認識し、右ストレートを温存。適時カウンターで応戦し、最後に山中慎介のように「神の左」で相手を確実に倒す。つまり、彼の頭脳を生かせる環境ができ上がったのだ。そして、いよいよシリーズチャンピオンという希望をボク等は持ちたい。もう一度日本のファンに希望を与えてくれることを願う。