【特別企画】タイヤメーカーの戦いに注目の集まるSUPER GT【ブリヂストン編】
「GT500でチャンピオンを獲るのがミニマムの目標」


ブリヂストン タイヤ開発第2本部長付フェロー 浜島裕英氏に、SUPER GTに参戦する意義などを伺った

 国内のモータースポーツとして最大の集客力を誇るSUPER GT。GT500クラスでは、レクサス(トヨタ自動車)、日産自動車、本田技研工業の3メーカーによる熾烈な争いが、GT300クラスでは、国産車や輸入車など多数のマシンが毎戦激しいバトルを繰り広げられている。

 そのSUPER GTの激しい戦いを文字どおり下から支えるのが、タイヤメーカーだ。本連載では、GT500クラスに参戦するブリヂストン、横浜ゴム、日本ミシュランタイヤ、ダンロップ(住友ゴム工業)の4メーカーにSUPER GTに参戦する意義、レーシングタイヤの開発から得られることなどを、第2戦富士の開催時に聞いてみた。第1回は、その第2戦富士のGT500クラスで見事優勝を果たした、ブリヂストンからお届けする。


F1での活動を終え、SUPER GTでの体制を強化。GT500クラスに加えGT300クラスに参戦
 ブリヂストンは、グローバルマーケットにおいてトップクラスのシェアを持つタイヤメーカーだが、古くからモータースポーツにも積極的に取り組んできたメーカーでもある。日本国内で開催されているSUPER GTやフォーミュラ・ニッポンだけでなく、海外のレースであるF1、インディカー・シリーズ(子会社のファイアストンブランド)などにも積極的に取り組んできており、特に1997年~2010年まで参戦してきたF1では、何度もチャンピオンに輝き海外でのブランドイメージを大幅に向上させた。

 しかし、そのF1は昨年の最終戦であるアブダビGPにおいて参戦終了したこともあり、今年のブリヂストンのモータースポーツ活動は新時代を迎えたと言ってよい。引き続き、インディカー・シリーズや2輪のWGPなどのグローバルな活動は継続されるが、F1に振り向けていたリソースの一部は、世界的に見ても競争が激しいSUPER GTにあてられ、参戦体制は強化されることになる。SUPER GT発足以来、GT500のチャンピオンを一度も譲ったことがないブリヂストンは、これにより、さらなる戦闘力の強化を実現し、さらに今年からARTA Garaiyaと共に参戦を開始するGT300でも上位を目指していくことになる。

 そうしたブリヂストンのSUPER GTにおける活動に関して、F1においてもブリヂストン・モータースポーツの顔としておなじみのブリヂストン タイヤ開発第2本部長付フェロー 浜島裕英氏に、お話を伺ってきた。

GT500でチャンピオンを獲り続けること、それが今年のミニマムの目標
──昨年の11月でF1参戦を終了させて、今年から新しい時代に突入しましたが、今年のSUPER GTへ参戦する思いを教えてください。
浜島氏:F1参戦の14年間で築いた技術というのは、次の世代に継承していかなければなりません。そのために、SUPER GTにF1で先鞭をつけたような技術を移転していくことを考えていきます。F1をやっていたエンジニアが何人かSUPER GTに残り、基礎力のアップに協力しています。F1でのやり方というのは非常に洗練されていたので、それをSUPER GTにどんどん投入していきます。具体的には、構造、コンパウンド、そして予測技術などがF1のほうは進んでいます。例えば、予測技術ではコンピューターを利用してシミュレーションをしますが、F1レベルのそれを活用することでより精度の高い予測が可能になり、必要なスペックの目星がつき、チームがフリー走行で走り始める時にはより多くの時間をセットアップに利用できるようになる、ということを目指しています。

富士では雨の天候となったため、レインタイヤが多数用意されていた富士スピードウェイに常設されているブリヂストンのワークショップ

──GT500にはタイヤメーカーが4社参戦しています。その中でブリヂストンは最も多くのエントラントに供給(15台の内10台に供給)していますが、メリットなどを教えてください。
浜島氏:大多数を抑えることは戦略的には重要ですが、勝てるときには1台でも勝てるので、どちらのほうがよいかということはないと思います。確かに台数が多ければ多いほどデータは増えますが、1点集中で来られた時には台数が多い側は、多数のタイヤを作らないといけないので小回りが効かないという課題があります。その意味ではトレードオフだと言えます。

 SUPER GTには、多くのタイヤメーカーが参加していますが、今のように多くのメーカーが参戦するのと、ワンメイクでやるのとどっちが得かという議論をするのであれば、ワンメイクのほうが楽であるのは事実です。また、ワンメイクであれば、ブランドを独占的に利用できるので、そのメリットは小さくない。しかし、現在のSUPER GTの現状を考えれば、それではイベントとしての盛り上がりに欠けてしまう部分もあります。現状弊社は多数のエントラントからお願いされて供給する立場にいますので、今の台数ぐらいでやることができているのは、結果的にバランスがとれているのではないかと思っています。

──GT500の今年の展望を教えてください。競合他社も台数が増えるなど体制の強化を図っていますし、より競争は激しくなりそうですね。
浜島氏:お陰様でSUPER GTの発足以来、GT500ではチャンピオンを獲り続けています。最小限の目標としては今年もこれを維持することです。ですが、だからといって保守的になるのではなく、F1からの技術移転のようなチャレンジは続けていくことが今年は大事になってくると考えています。

SUPER GTの開幕戦となる第2戦富士で優勝した23号車 MOTUL AUTECH GT-R(GT500クラス)次戦の岡山では12号車 カルソニック IMPUL GT-Rが優勝(GT500クラス)GT300クラスは今年から43号車 ARTA Garaiyaへのタイヤ供給を開始した

 エンジニアの立場から言わせていただければ、やはり全戦で勝ちたいと思っています。しかし、SUPER GTはウエイトハンデ制度が導入されており、常に勝ち続けるのは難しいレースです。弊社のユーザー様にとっては、夏場に厳しい状況(筆者注:前半戦で上位になることでウエイトハンデが増えてくること)がやってくるので、どうしても夏場が弱いみたいな言われ方をすることが多いのですが、その理由の多くはウエイトハンデに起因するものです。ですから、今年のテーマとしては、車重が重くても性能が出るタイヤを完成させ、ブリヂストンは夏場だって強いんだということを皆様にお示ししたいと思っています。

オートバックスとのコラボレーションで実現したGT300への参戦
──今年、ブリヂストンはこれまで参戦してこなかったGT300に、ARTA Garaiyaをパートナーに参戦します。この参戦が決まった経緯と、これまでGT300に参入していなかったのはなぜなのかを教えてください。
浜島氏:これまでGT300に参入していなかったのは、シンプルにリソースに余裕がなかったからです。しかし、今回ARTAのスポンサーであるオートバックスから、販売とのコラボレーションを含めてビジネスの提案もあり、ARTA Graiyaに対してタイヤを供給することになりました。

 正直我々はGT300に関しては初心者マークですので、今年は学習の年と位置づけております。とはいえ、実績がある車ですので、できれば去年並み以上の成績を示したいと思っています。そしてそれが、弊社のタイヤ開発が進んでいたという証明になると考えています。

──去年並み以上ってチャンピオンしかないですよね?
浜島氏:がんばります(笑)。正直に言えば、GT300は我々にとって未体験ゾーンなので負担は小さくないです。実際、今年のGT300のタイヤは、GT500のデータを参考にしてGT300の車両データと突き合わせながら設計したもので、ほぼフルスクラッチだと考えていただいてかまわないです。

転がり抵抗の低下とウェット時の性能という二律背反を実現したレースタイヤの技術
──ブリヂストンのレースタイヤの設計哲学を教えてください。
浜島氏:まずは何よりも安全性を確立することです。そのベースがあって、初めてより速くするという次の段階へ進みます。私がモータースポーツ部へ来たのは1980年代ですが、その頃はまだ耐久性に対する予測精度とかも今ほどは進んでいなくて、1980年代のグループCカーによるレースなどでは時々タイヤが壊れてしまったりしていたこともありました。そうした経験が逆によい前例となり、その後どうやったら壊れないようなタイヤが作れるのかというシミュレーションができるようになりました。

 ご存じのとおり、タイヤの中にはベルトがあって、そのベルトの間にゴムがある構造になっています。そのベルトを硬くすれば、その間にあるゴムに対するストレスは非常に高くなるので成り立たなくなります。そこで、逆にベルトを柔らかくしていくと、ゴムへのストレスは減りますが、タイヤ自体の力は出なくなる。そこの妥協点を探っていくことで、より安全で、より性能が高いタイヤというのを開発していくのです。このようにタイヤの開発というのは非常に地道で泥臭い作業なんです。

──レース用タイヤと市販用タイヤとの関係を教えてください。
浜島氏:レース用タイヤは、グリップと摩耗の両立が何よりも大事です。一般論で言えば、グリップをよくすると摩耗は早くなり、一時的に高い性能を出せても、その効果が長続きしないタイヤになってしまいます。従ってレースタイヤに求められるのは、グリップも高くて、摩耗も早くないというタイヤなのです。

 一方で弊社が今力を入れて販売している市販タイヤは環境用タイヤのECOPIA(エコピア)なのですが、これにもレース用タイヤの技術が移転されています。一般的には転がり抵抗と呼ばれる、コーナーを安定的に曲がっていくために必要なパラメーターを下げていくと、ウェット時の路面に必要なパラメーターも一緒に下がってしまうんですね。このため、ウェットの性能がわるくなってしまうのです。

 ところが、我々がレースで学んだ技術を応用していくと、転がり抵抗を下げながらも、ウェット時の性能を上げていくことが可能になってきました。具体的にはゴムの配合手法などを工夫することで、それが可能になってきたのです。今、弊社がECOPIAを展開できている理由は、このようにF1やSUPER GTなどで学んだ技術があるからなのです。

──スポーツ向けのブランドであるPOTENZA(ポテンザ)ではなく、ECOPIAのほうにつながっているというのは意外です。
浜島氏:POTENZAのほうに、モータースポーツの技術がつながっているというのは簡単なんです。そちらは同じようにグリップをよくするという目的がありますから。しかし、転がり抵抗を下げつつ、ウェット性能を上げるといった、二律背反を制御する技術のほうが本来は難しい。そしてそうした技術は、レースで鍛えられたからこそ出てきた技術であり、それが今市販タイヤに展開されているのです。


 第1戦岡山(震災により、第2戦、第1戦の順で開催)までのブリヂストンの成績は、GT500クラスは2連勝、GT300クラスは6位、20位となっている(最上位のみを記載)。

 次回のタイヤメーカーは、横浜ゴムをお届けする。

(笠原一輝/瀬戸 学/Photo:奥川浩彦)
2011年 6月 6日