NVIDIAがテスラ「モデルS」に2つのTegraを搭載した意図
Tegra 3とTegra 2の自動車向け


 半導体メーカーのNVIDIAはPC向けのGPU(Graphics Processing Unit)のメーカーとして知られてきたが、近年はTegra(テグラ)のブランド名のSoC(System On A Chip、1チップでコンピュータの機能をすべて統合しているチップのこと)を提供しており、スマートフォン、タブレット向けに大々的に展開している。

 そうしたNVIDIAだが、ここ数年は自動車向けの事業にも力を入れている。同社の企業向けのGPUであるQuadro(クワドロ)シリーズは、自動車メーカーで設計時の3Dモデリングやシミュレーションなどに活用されているほか、Tegraは車載情報システム向けの心臓部として多くのメーカーで採用されているのだ。

 そうした中で、NVIDIAの文字どおりショーケースとなる製品が、米国の電気自動車(EV)メーカーであるテスラ・モーターズが発売している「モデルS」だ。モデルSには、メータークラスター、そして車載情報システムにそれぞれTegraが採用されており、その開発にはNVIDIAも積極的にかかわっている。今回そうしたNVIDIAの自動車向けビジネスを担当するNVIDIA 自動車事業マーケティング部長 ダニー・シャピロ氏に、モデルSへのTegraの実装などについてお話しをうかがってきたので、お伝えしていく。

進むデジタル家電と自動車の融合を象徴するInternational CESの自動車展示
 本年1月に米国で行われたInternational CES。CESは、デジタル家電製品の展示会で、主役はスマートフォン、タブレット、PCといったコンシューマ向けデバイスだ。しかし、近年は自動車向けの展示も増えつつあり、今年もフォード、メルセデス・ベンツ、アウディといった自動車メーカーがブースを構えたり、講演に登場したりし、ソニー、パナソニック、サムスンといった家電メーカー、MicrosoftやIntelといったIT関連の企業とともに華を添えた。

NVIDIAのTegraを車載情報システムなどに採用しているメーカー

 なぜ自動車メーカーが家電の展示会にという疑問を持つ方もいるかもしれないが、今や自動車も標準で通信機能を持ち、センターコンソールに設置されたIVIと呼ばれる車載情報システムは、インターネットに接続され、スマートフォンと同じようなアプリケーションが利用できるものもある。現在自動車メーカーは、このような機能を持つ車を増やそうとしており、平たく言えば、iPadのようなタブレットの機能を、センターコンソールに統合しようとしている。現在この車載情報システムが新しい市場として注目されており、各自動車メーカーは、他社との差別化ポイントとして積極的に取り組んでいるのだ。

 NVIDIAは、この車載情報システム向けのSoCであるTegraの採用を自動車メーカーに提案しており、すでに多数のメーカーで採用が進んでいる。NVIDIAのシャピロ氏によれば「フォルクスワーゲン、アウディ、ポルシェ、BMWおよびMINI、プジョー、フィアット、ランボルギーニなどのブランドで採用が進んでおり、今後採用は増えていくことになるだろう」と、主に欧米の多くのメーカーで採用が進んでいると説明した。実際、1月に行われたCESではNVIDIAが設置したブースにおいて、アウディやランボルギーニでTegraを採用した車載情報システムを搭載する自動車が展示されており、来場者が見て確認することができた。


Tegraが搭載された、テスラのモデルS。NVIDIAと車載情報システムを共同開発した

モデルSには、メーターと車載情報システムで計2つのTegra
 そうしたNVIDIAの自動車向けビジネスでの最新の成功例が、テスラのモデルSでのTegraの採用だ。テスラは米国の新興自動車メーカーで、EVに特化して自動車の生産を行っているユニークな企業だ。テスラには、ライバルであるはずのトヨタ自動車やダイムラーが出資するなど、多方面から新しい形の自動車メーカーとして注目を集めている。

 NVIDIAのシャピロ氏によれば「モデルSには、センターコンソールにTegra 3、メータークラスターにTegra 2が搭載されている」とのことで、2つのTegraが搭載されていると言う。これには若干の解説が必要だろう。

 モデルSは、センターコンソールに17インチの大型ディスプレイが統合されており、これを車載情報システムだけでなく、エアコンの操作や窓の開閉などの自動車の機能の集中コントロールシステムとして利用することができる。操作はすべてタッチで行うことが可能で、カーナビとして利用することもできる。Googleとの協力で開発されたGoogle Mapsのデータを利用したナビシステムが高解像度のディスプレイに表示される。このSoCには、Tegraシリーズの中でも最新製品でクアッドコア(内蔵されているCPUが4つもあるという意味)のTegra 3が採用されている。

 さらに、モデルSには運転席のメーターパネルにも液晶ディスプレイが用意されており、ここに各種のメーター表示が行われるようになっている。つまり、メータークラスターはフルデジタルで表示される形になっているのだ。こちらには、1世代前の製品となるデュアルコア(内蔵されているCPUの数が2つであるという意味)のTegra 2が採用されているのだ。

 こうした搭載SoCが異なっていることについてシャピロ氏は、「メータークラスターでは主にグラフィックス表示が中心で、CPUへの負荷は小さく、コストの面からもTegra 2が最適だと判断した。これに対してセンターコンソールの情報システムでは、CPUへの負荷も大きく、高解像度のグラフィックスを表示するために、CPUもGPUも強化されているTegra 3が必要だと判断した」と説明している。

 確かにセンターコンソールの情報システムは、従来のカーナビなどと比較にならないぐらいの高解像度だ。NVIDIAはモデルSの車載情報システムの解像度の具体的な数値は明らかにしていないが、従来の自動車用の7インチクラスの液晶が、いわゆるWVGA(800×480ドット)などあまり解像度が高くないものであったのに対して、モデルSに採用されている液晶パネルは見た目や表示されている情報量などから判断してフルHD(1920×1080ドット)ないしはそれを上回る解像度を採用しているなど、グラフィックスの描画を担当するGPUへの負荷は非常に大きいと考えられる。

 それに加えて車載情報システムではさまざま機能をマルチタスクで動かすことになるので、CPUへの負荷が高まると考えることができる。CPUがデュアルコアからクアッドコアに強化され、GPUの描画性能も強化されているTegra 3を選ぶというのは論理的な解だと言える。

 なお、シャピロ氏によれば、モデルSの車載情報システムのOSには独自開発のLinuxベースのOSが採用されており、OS、ミドルウェア、ドライバなどの開発を含めたシステム開発にはNVIDIAのエンジニアも深く関わっているのだと言う。シャピロ氏は「弊社は今回のモデルSの開発をある種のショーケースと位置づけている」と述べ、NVIDIAにとって、このモデルSの車載情報システムが、自動車メーカーに対する採用例となると考えていると説明した。

 実際、テスラのモデルSは、大量生産を行って台数が出るような車ではないのも事実だ。つまり、半導体メーカーにとっては数を出荷することが大事(売り上げは数に応じて増えるからだ)なので、本来であればモデルSのような場合にNVIDIAが開発に協力するというのはあまり例がない。それでも協力したというのは、ほかの自動車メーカーに対して、「Tegraを採用することでこんな車が作れますよ」というデザイン例の一環として考えているということだろう。

テスラモーターズのモデルSのメータークラスター。描画エンジンとしてTegra 2が採用されている(1月に行われたInternational CESで撮影)モデルSのセンターコンソールに設置されている17インチディスプレイを採用した車載情報システム。解像度は非公開ながら非常に高解像度になっていることがわかる(1月に行われたInternational CESで撮影)車載情報システムだけでなく、空調や窓、サンルーフなどの開閉などの操作もすべてここから行う(1月に行われたInternational CESで撮影)

2つのTegraはいずれもVCMを利用して実装されている
 シャピロ氏によれば、今回のテスラモーターズのモデルSに採用されたTegra 2(メータークラスター)、Tegra 3(センターコンソール)のいずれも、VCM(Visual Computing Module)と呼ばれる、小型基板上に実装されているという。

 通常、車載情報システムに利用されるSoCなどは、メインボードと呼ばれる主基板上に直接実装されることが多い。というのも、自動車向けの基板はPCやタブレットなどと違って汎用のものが利用されることはほとんどなく、いずれも自動車メーカーごとにカスタマイズされた基板になるからだ。また、自動車は一般的なIT向けの製品とは異なり、製品のライフサイクルが短くても4年で、長ければ10年に及ぶ場合もある。このため、IT向け製品のように基板を四半期毎に切り換えたりという必要性はこれまではあまりなかったのだ。

 しかし、今後は車載情報システムがより一般化すると、そうした常識も変わってくる可能性がある。例えば、自動車そのものは同じ製品であっても、前期型と後期型で車載情報システムの世代が変わる可能性が出てくる。ソフトウェアの進化は日進月歩で、数年経てばOSのバージョンが2つ上がっていたとしても全然不思議ではないからだ。

 そうした時には、それにあわせてSoCの世代も変えていく必要が出てくるかもしれない。なぜならば、新しいソフトウェアがでてくれば、さらに処理能力が必要になる場合があるからだ。その場合は、基板から何から新しいモノに作り替える必要があり、無駄なコストがかかっていた。

NVIDIAのVCMはこうしたサブ基板上に、SoC、メモリなどのコンピュータとしての基本機能が実装されている。Tegra 2版、Tegra 3版があり、将来的にはTegra 4、5、6…とリリースされていく可能性がある

 そこで、NVIDIAが提案しているのがVCMだ。「VCMを利用することで、自動車メーカーは同じインフラを利用しながら新しい世代のSoCへと容易に移行できる」(シャピロ氏)とのとおりで、自動車メーカーは主基板側にVCMのコネクタ部分だけを用意しておけば、例えば前期モデルではTegra 2ベースの製品を出荷し、後期モデルではTegra 3に切り換えるということが容易に実現できる。この場合、主基板には何も手を入れる必要がないため、コストは動作確認やソフトウェアまわりなどの最低限ですますことができるのだ。

 NVIDIAとしては、「将来リリースされる新しいSoCもVCMの形で提供する計画がある」(シャピロ氏)と、今後数世代にわたりVCMの形で提供する予定があり、自動車メーカーにとっては低コストで新世代のSoCへと移行することを実現できるのだ。この点は車載情報システムの開発コスト削減に大いに役立つと言い、今後も自動車メーカーに対して提案していくとシャピロ氏は語った。


近い将来には日本メーカーから搭載製品のリリースもある?
 すでにNVIDIAは、アウディ、BMW、ランボルギーニ、そして今回の記事で取り上げたテスラなど複数の自動車メーカーでの採用が進んでいる。この中には今のところ日本メーカーの名前は入っていない。シャピロ氏は「日本メーカーとも採用に向けた商談が進んでいる。まもなく何かを明らかにすることができるだろう」と述べ、近い将来に、Tegraが日本メーカーに採用される可能性があることを示唆した。

 現在の日本メーカーの自動車に採用されているのは、車載情報システムというよりは、カーナビの延長線上にある製品がほとんどだ。しかし、スマートフォンやタブレットの急速な普及が進む中で、スマートフォンの機能を車内でも使いたいというユーザーは増えつつある。そうしたユーザーに自動車の購入を訴求するという意味でも、カーナビから車載情報システムへの進化は不可避と言え、自動車メーカーも車載情報システムの研究開発を積極的に行っている。

 NVIDIAのTegraは、すでに欧米のメーカーでの採用例もあることことから日本のメーカーからの注目も集まっており、近いうちに何らかの搭載製品が発表されても不思議ではない。今後とも注目していきたいところだ。

(笠原一輝)
2012年 9月 5日