ニュース

今年もWTCC(世界ツーリングカー選手権)が鈴鹿にやってくる

9月21日~22日にWTCC 日本ラウンド開催。伊沢選手がスポット参戦

 WTCC(World Touring Car Championship、世界ツーリングカー選手権)は、FIA(Federation Internationale de l'Automobile、世界自動車連盟。JAFのような自動車団体から構成される国際団体)の“世界選手権”というタイトルがかけられている。F1、WEC(世界耐久選手権)、WRC(世界ラリー選手権)に並ぶ世界規模の自動車レースシリーズの1つだ。WTCCの特徴は、実際に市販されているツーリングカーを利用して争われることで、ファンにとっては親しみやすいシリーズと言える。

 今年のWTCCには、日本の自動車メーカーであるホンダがシビックWTCCを擁してワークス参戦を開始しており、日本のファンにとっても注目のシリーズとなりつつある。2015年からホンダがF1に復帰するとはいえ、それまではこのWTCCがホンダが唯一参戦する世界規模の自動車レースであり、その点でも要注目と言ってよいだろう。

 そのWTCC 日本ラウンドが9月21日~22日の2日間にわたり鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催される。第19戦、第20戦が行われる予定だ。今年のレースには、ゲストドライバーとして日本のトップドライバーの1人である伊沢拓也選手がホンダから参戦する予定になっており、地元日本での大活躍が期待されている。昨年のWEC in Japanで中嶋一貴選手が成し遂げたような、日本において開催される世界選手権で日本人が優勝するという快挙を再び見ることができるかもしれないのだ。

量産車を利用した激しい争いが見所

 WTCCの特徴は、冒頭でも述べたとおり、一般に販売されているツーリングカーを利用したレースであることだ。この点でワンオフのスペシャルカーを利用するF1や、WECのLMP1などとは大きな違いとなる。

 ただし、厳密に言えば、公道を走っている車両そのままが用いられているわけではない。ベースとなる車両は、連続する12カ月間に2500台以上生産されている必要があり、自動車メーカーがFIAから公認(ホロモゲ-ション)を受け、それを元にレーシングカーとして必要な改造(ロールゲージの装着など)を行う必要がある。エンジンに関しては、市販車と同一である必要はなく、1.6リッターのターボチャージャーエンジンを利用する。これがGRE(Global Race Engine)の通称で知られるFIAが推進している小排気量だが、ターボにより燃費効率を大幅に改善した新しいタイプの直噴エンジンで、WRCなどと共通で利用されているエンジンだ。つまり、年間で2500台を生産している量産車のシャシーに、GREの直噴の1.6リッターターボエンジンを搭載しているのがWTCCカーだと言える。エンジンに関しては外部からは見ることができないため、ファンから見れば街中で走っているツーリングカーがそのまま戦っている形に見えるだろうが、レース専用のGREを搭載しているため、走りはそれなりにパワフルで、かつ環境へも配慮した車両になっている。

 このWTCCは、欧州でスポーツ放送コンテンツを広く衛星放送やケーブルテレビなどに供給するユーロスポーツがプロモーターになっており、テレビによる放送が保証されていることがスポンサーにとっては大きな魅力になる。このため、スポンサーやサプライヤーとして参画する企業は多く、日本からはカーナビ・ビデオ・オーディオメーカーのJVCケンウッド、タイヤメーカーの横浜ゴムが公式シリーズパートナーとして協力している。JVCケンウッドはオンボードカメラ技術で協力しており、ユーロスポーツが作成する国際映像の一部として同社のオンボードカメラを利用した映像が利用されている。

 横浜ゴムは、2006年からWTCCにタイヤを供給するサプライヤーとしても協力しており、“YOKOHAMA”ブランドで、タイヤをワンメイク供給している。同社の活動は、WTCCの関係者からも高く評価されており、すでに昨年の段階で2015年まで継続して供給する契約が結ばれている。WTCCの車両は、連続する12か月間で2500台を生産する必要があるため、どれもレーシングカーにはほど遠い外観で、タイヤに用意されているスペースもレーシングカーのように大きなスペースはない。タイヤのサイズとしては、市販車に比べてやや大きめ程度のものが利用されている。それに対し、エンジンはGREというレース専用のものが利用されるので、タイヤにかかる負荷は想像以上だ。

 こうした厳しい環境の中で、横浜ゴムは基本的にタイヤメーカー側のミスといえるような問題を起こさず、これまで安定したタイヤ供給を行ってきた。そうしたことがWTCCの関係者に評価されて、2015年までのタイヤ供給が実現している。言うまでもないことだが、タイヤがなければ車を走らせることはできない。タイヤというのは何も問題が起きなければ注目されない黒子的存在だが、今年のF1がそうであるように1度問題が起きると、タイヤメーカーはやり玉に挙げられるというリスクを背負った損な存在だ。そうした中で、ここまで8シーズンにわたり大きな問題を起こすこともなく、確実にシリーズを支えてきた横浜ゴムの活動は称賛に値するだろう。

 なお、WTCCのドライバー選手権には、FIAのタイトルがかかっているメインのシリーズと、独立系のプライベートチームの車両に乗るドライバーで争われる「ヨコハマトロフィー」という2つの選手権がかけられている。言うまでもなく、ヨコハマトロフィーは、横浜ゴムのスポンサードによるものであり、そうした活動からも横浜ゴムのWTCCを支える姿勢をうかがうことができるだろう。

マニファクチャラーズ選手権を獲得したホンダ

 そうしたWTCCだが、今シーズンの最大の見所は、今年からフル参戦するホンダがどの程度戦えるかだった。結論から言えば、ホンダは“すごくいい”という結果ではないが、善戦している。

ホンダのガブリエーレ・タルクィーニ選手(左)と、ティアゴ・モンテイロ選手(右)

 ホンダはシビックWTCCと呼ばれる車両を作成し、イタリアのJAS Motorsportというレーシングチームがこれを走らせている。シビックWTCCは、ホンダがヨーロッパで販売している5ドアのシビック(日本未発売)をベースにして作られた車両で、ホンダの車両やエンジンなどを開発している本田技術研究所で開発されたホンダのGREを搭載して今年より戦っている。ワークスチームのドライバーはガブリエーレ・タルクィーニ選手と、ティアゴ・モンテイロ選手。2人ともF1で戦った経験があるベテランドライバーで、タルクィーニ選手に関しては2009年にセアトでWTCCのドライバーチャンピオンに輝いている、WTCCの中心選手の1人だ。サテライトチームとして、ハンガリーのゼングー・モータースポーツに所属するノルベルト・ミケルズ選手にもシビックWTCCが提供されており、シーズンを通してこの3台がWTCCを戦っている。

 ホンダのWTCC活動のハイライトは、第5戦、第6戦として行われたスロバキア戦だろう。この第5戦で、予選1-2-3位をタルクィーニ選手、モンテイロ選手、ミケルズ選手の順で独占したシビックWTCC勢は、決勝でもそのままゴールし、初優勝を表彰台独占で実現したのだ(詳しくは別記事[http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20130430_597983.html]参照)。

 ホンダは、日本ラウンドの直前となる米ソノマで初めてのマニファクチャラーズ選手権を獲得。1991年にマクラーレン・ホンダとしてF1世界選手権のマニファクチャラーズタイトルを獲得して以来の世界タイトル獲得となった。

今年ランキングトップのミューラー選手も加入するシトロエンの新規参戦でさらに盛り上がるWTCC

 ただし、そのマニファクチャラーズタイトルの獲得が、ホンダにとって新しい勲章を意味するのかと言えば、“記録には残るが記憶に残らないタイトル”になるだろう。というのも、ドライバー個人にかかるドライバー選手権では、ホンダのタルクィーニ選手は1位と大きく差の開いた2位だからだ。

順位ドライバーポイント
1イヴァン・ミューラー343
2ガブリエーレ・タルクィーニ199
3ミッシェル・ニケア180

 タルクィーニ選手は1位を独走しているシボレー・クルーズを駆るイヴァン・ミューラー選手に大差をつけられている。なぜドライバー選手権で2位のホンダがマニファクチャラーズ選手権でトップなのかと言えば、シボレー(GM)がメーカーとしては撤退しているため、マニファクチャラーとしてGMが登録されていないからだ。このため、ミューラー選手がどれだけレースに勝ってポイントをリードしようとも、マニファクチャラーズ選手権ではGMには加算されないのだ(ホンダに次ぐ、2位のマニファクチャラーはラーダ)。

 今年のミューラー選手の強さは際立っている。WTCCのレースは、1ラウンドで2つのレースが行われる。このうち、レース1に関しては予選順位順に並び、レース2に関しては予選1位~10位までのリバースグリッドになる。このため、レース1を勝っているドライバーは、強いドライバーであることを意味している。今年のWTCCはすでに第18戦までが終わっているが、ミューラー選手は18戦中9戦行われたレース1で5回優勝している。9戦中5勝なのだから、ミューラー選手の力が突き抜けていることがよく分かるだろう。

 そもそもミューラー選手が乗っているシボレー・クルーズは、昨年までシボレーワークスが走らせていた車そのままで、それをシボレーワークスの実戦チームとして活動していたRML(レイ・マロック・リミテッド)が走らせるという体制。シボレーワークスという冠こそないものの、昨年まで3シーズンに渡ってWTCCのタイトルを独占してきたチーム体制なのだ。このチーム体制が強いのはある意味あたり前で、シーズン前からホンダワークスチームであっても、RMLに対抗するのは難しいのではと言われていたが、まさにその通りの展開になっているのだ。このあたりは、RMLというレーシングチームの総合力の強さが現れていると言ってよい。

 なお、ミューラー選手は、2014年よりWTCCに参戦することを決定したシトロエンへ移籍することがすでに発表されている。ミューラー選手は、2008年、2010年、2011年と3度WTCCのチャンピオンに輝いており、今年も獲得すると4度のタイトルを持ってシトロエンへ移籍することになる。パートナーを組むのは、9度のWRCチャンピオンに輝くセバスチャン・ローブ選手で、2人あわせて12回(今年末にはおそらく13回)のFIA世界選手権チャンピオンという豪華な組み合わせが誕生することになる。こうした強力なラインアップを備えたシトロエンの参入で、WTCCはさらに面白くなりそうだ。

ホンダのシビックWTCCでスポット参戦する伊沢拓也選手は充分に勝利を狙える

伊沢拓也選手

 日本ラウンドの見所は、ミューラー選手のチャンピオン獲得をいかにホンダ勢が阻止するかにあるだろう。そのためには、強敵ミューラー選手を破り、レース1で確実に勝つことが大事だ。そうしたホンダ勢にとって、強力な助っ人となりそうなのが、地元日本のドライバーである伊沢拓也選手の参戦だ。言うまでもなく、地元のドライバーのアドバンテージは、サーキットの特性をよく知っていることだ。伊沢選手は、SUPER GT、スーパーフォーミュラの両方に参戦しており、今年も鈴鹿サーキットで何度も走り込んでいる。言ってみれば庭のようなものだろう。ただ、WTCCは鈴鹿サーキットのフルコースを利用するのではなく、東コース(ダンロップコーナーの先で最終コーナーへ戻るショートカットを利用するコース)を利用するため、若干の違いはあるが、それでも走り慣れたコースを走るアドバンテージは小さくないはずだ。

 実際、今年のWTCCではそうしたシーンがあった。具体的には第8戦として行われたアルゼンチン戦で、地元アルゼンチンのホセ・マリア・ロペス選手が、WTCC初出場にしてレース2で見事優勝を飾ったのだ。ロペス選手自身は、過去にジュニア・フォーミュラであのロバート・クビサ選手と争って破ったこともある実績を持つレーシングドライバーで、“アルゼンチンの星野一義”とでもいうべき地元の英雄。高い実力を持っているドライバーなのだが、それでもWTCC初出場にしていきなり優勝というのはやはり地の利があったと考えることができるだろう。そうしたことを伊沢選手なら充分に期待できる。もちろん、乗り慣れていないシビックWTCCでの参戦というハンデはあるが、実はシーズンオフにすでに1度テストしていたことがホンダから発表されており、まったく経験がないという訳でもないので、期待したいところだ。

 伊沢選手としては、少なくとも予選でトップ10に入りたいところだ。すでに述べたとおり、WTCCのルールでは、レース1は予選順位どおりの並び方で、レース2に関しては上位10台がリバースグリッドになる。従って、勝利を狙うには、予選でセカンドローまでの上位に入るか、9位、10位になって、レース2のリバースグリッドでフロントローに並ぶ必要がある。このあたり、伊沢選手は、選手権の順位には関係ないだけに、頭を使って勝ちを狙っていくということも十分可能だろう。もちろん、シビックWTCCの戦闘力もレースごとに上がってきており、特に地元である鈴鹿に向かってはホンダとしても本気で取り組んでいると考えられるだけにチャンスはあると言える。

 そうした意味で、今年もWTCC日本ラウンドは、ファンにとって要注目のイベントになると思う。日本のファンとしては、やはりローカルヒーローである伊沢選手が、地元のホンダ車を駆ってどの程度世界の選手達と戦っていけるのか、そこは注目ポイントだし、伊沢選手であれば充分それが可能だと筆者は思う。もちろん、WTCCの特徴である、バンパーとバンパーをぶつけ合うような激しいファイトも引き続き楽しめるので、“格闘技”とも言ってよい激しいレースを直に見たいというのであれば、ぜひとも鈴鹿サーキットに駆けつけてほしい。

(笠原一輝)