ニュース

【GTC2014】新型「NSX」を担当したホンダR&Dアメリカのデザインチームが開発環境を語る

開発現場では4Kディスプレイの普及が進む

 ホンダR&Dアメリカ(以下、HRA)は、GTC2014において「The New Acura NSX, Making Dreams Reality」と題したセッションを実施。HRAにおける自動車デザインとCGとの関わり合いについて話した。

Petersen氏(Manager of Digital Modeling and Visualization, Honda R&D)

 HRAは1975年に設立された自動車のデザイン、および技術研究開発所で、特に北米を主眼として業務を担当している。業務理念として故・本田宗一郎氏の「失敗を恐れず、夢を現実にする」を掲げており、そのスピリットはセッションを行ったPetersen氏が所属するデザイン部門にも生きているのだそうだ。

 HRAではさまざまなプロジェクトが並行稼動しており、かなり厳しい情報セキュリティが敷かれていることもあって、今回のセッションで見せている情報はすべて数年前のものになるそうだが、HRAが担当したプロジェクトで比較的広く知られているものに新型「NSX」の開発がある。HRAのPetersen氏のチームは、このNSXのデザインを担当したとのことだが、セッションではNSXの直接的な話題はなく、HRAにおけるデザイン業務とGPUの関わり合いの歴史についてが語られた。

GPUが自動車デザインのワークフローを変える

 HRAのデザイン部門では、現在はコンピュータを用いたデザイン業務を行っているが、そのデザイン対象はクルマ全体のエクステリアデザインから、内装、灯火類パーツといったクルマの部品単位まで多岐にわたる。現在でもクレイモデルを使ったデザインプロトタイプを作ることはあるというが、いわゆるマイナーチェンジにおける部位デザインの一部変更からフェイスリフトと呼ばれる部分的な外装デザインの変更については、コンピュータ上だけのデザイン作業だけで完結してしまうことも多いそうだ。

HRAにおける自動車デザイン業務において、現在はコンピュータがその中核的な存在となっているが、GPUの進化がそのワークフローを変えてきた

 これは昔では考えられなかったことで、現在はCG技術が進化したことで、「ほとんど実物を写真撮影したのと変わらない品質でデザインプレビューが行えるようになったため」とPetersen氏は語る。

 HRAのデザイン部門で勤務しているスタッフは、最近では実際の車両ができあがっても、すでに開発段階から長期にわたって見続けているため、感動や興奮よりも前に、冷静に、細部がちゃんと自分が行ったデザインどおりになっているかどうかの確認に明け暮れてしまうらしい。

 登壇者のPetersen氏がHRAにやってきた2003年頃は冷蔵庫ほどもある大きさのSGI製のOnyx Reality Engineが稼動しており、これでCGベースのデザインを行っていたという。当時のレンダリング品質は今ひとつで、クルマの外周をひと回りする映像を制作するとレンダリングに1週間もかかってしまった。

 その状況から、直接光のライティングだけを適用したレンダリングは、2006年頃にはワークステーション上でほぼリアルタイムにプレビューできるようになり、ついに2011年頃には複数GPUを搭載したワークステーションでは、ほぼリアルタイムに近いレスポンスでレイトレーシングを実践できるようになったという。

HRAにおけるGPU活用形態の経緯
Petersen氏が入社した当時の先端映像と、当時のCGワークステーションOnyx Reality Engine
当時のレンダリング映像。クルマを360°回転させるムービーの出力に1週間かかることも

 現在は、このリアルタイムレイトレーシング環境のクラウド化(バーチャルマシン化)が進められており、多少の遅延時間はあるが、タブレットなどでのデザイン評価も行えるようになったとのこと。クラウドを用いたリモートレンダリングについては、NVIDIAのGRID VCAサーバーが利用されており、全米各地のホンダ拠点からアクセスして評価をすることもできるという。

 ユニークなのは、実際の普段の業務でも、200インチ近い4K解像度のプロジェクタ画面で作業しているデザイナーもいるそうで、これはクルマという乗り物が巨大で、20インチ前後のPCディスプレイではそのサイズ感や塊感のデザインが評価できないため。大きいディスプレイで見ることで、寸法(ディメンション)を超えたデザインメッセージが見る者(人間)に伝わるかどうかまでを評価できるため。大画面は自動車デザインでは重要な存在なのだ。

リアルタイムレイトレーシングになってからのレンダリング映像
素材の違いは光の「エネルギー保存」に則った物理ベースレンダリンクが行われるため、素材の質感がしっかり現れる

 Petersen氏によれば、CADのような図面を引くデザイナーは20インチ~30インチ前後の普通のPCディスプレイで作業している者もいるというが、最近では、そうしたデザイナーも4Kディスプレイを導入しつつあるという。というのも、デザイナーにとってジャギーは毛嫌いされるもので、ワイヤーフレーム画面しか見ないCADにおいても、4Kは必須なのだとか。

 最近では、最終的な上役も交えたデザイン評価の際に、前述の200インチクラスの大画面上で3D立体視で見ることもあるというが、3D立体視は必ずしも用いられていないとのこと。また、せっかく、間接照明までを取り入れたレイトレーシングによるフォトリアリズムの映像が作り出せているのにもかかわらず、直接光からだけのラスタライズレンダリングで評価をすることもあるという。それは、レイトレーシングによるフォトリアリズムだと、細部の面の流れや、ディテールの凹凸、キャラクターラインなどが、逆に見にくくなってしまうため。

ラスタライズベースレンダリングに直接光ライティングを適用しただけの状態。リアリティは低いが、面の向きや凹凸などはこちらの方が分かりやすいこともある
レイトレーシングによるレンダリング。間接光照明にも配慮したレンダリングとなるためほぼ実写クオリティで出力される。街中での見映えなどはこちらのレンダリングで評価されることが多いようだ
背景は360°のパノラマ写真による環境マップ。なので、実は背景はフェイクだったりする

 Petersen氏は「技術の進歩でこれからもどんどんと作業環境はよくなっていくだろうが、現在でも結構自分は満足している」と述べていた。最近のリアルタイムレイトレーシングベースのデザイン開発で大きく変わったのは、ライトパーツの見映えの検証など。灯火類のライトパーツなどは外観デザインが決められても、ライトを付けて光らせたときにクルマがどんな表情になるのかは、今までは実際にライトパーツが出来上がってからでないと検証がしようがなかった。だが、現在では光らせた時に光源から出た光がライトユニット内部の反射板にどう反射して拡散するか……といった部分までが正確に再現されるため、実際にプロトタイプを制作する前にかなりの正確性で、夕暮れや夜間などのクルマの表情なども評価できるようになっているのだ。

ライトパーツの点灯時、消灯時の見映えも、今やプロトタイプを制作する前にコンピュータ上で正確に評価することができるようになった
次期NSXのデザインはHRAによって行われた

 最後に、2012年に公開された新型NSXの予告映像についての秘話が語られた。本社より、「NSXの魂の継承(Heritage)」をテーマにした映像の制作を言い渡されたが、HRAには、日本で開発された旧型NSXのデータが全くなかったのだとか。そこで、コンシューマゲーム機「プレイステーション」を有するソニーコンピュータエンタテインメントのレーシングゲーム(具体的なゲーム名は話されなかったが「グランツーリスモ」の映像となっている)を開発しているスタジオに協力を仰ぎ、最終的にその予告映像は共同開発で制作が行われたのだという。特に旧型NSXの走行シーンは、ゲームスタジオ側のノウハウで作られているのだとか。

メディア向けに配布された次期NSXの予告映像。次期NSXはHRAによるものだが、旧型NSXはソニー・コンピュータエンタテインメントの協力で制作された

(範田一造)