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【特別企画】フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンが行うSUPER GT 「OGT Panasonic PRIUS」での実証実験
ビッグデータ活用である“Intelligent Garage”をテーマに開発。会社としての一体感も向上
(2014/5/15 00:00)
米国の半導体メーカーFreescale Semiconductorの子会社で日本法人となるフリースケール・セミコンダクタ・ジャパンは、SUPER GTの第2戦が開催された富士スピードウェイにおいて、報道関係者や顧客などを対象に、自動車向け半導体の新しい可能性を探る取り組みに関する解説、および実証実験の現場を公開した。
同社のSUPER GTにおける実証実験は今年で3年目を迎えているが、2014年の取り組みのテーマは“Intelligent Garage(インテリジェントガレージ)”として、自動車に搭載されたさまざまなセンサーから得られるデータを活用して新しいビジネスモデルの創出を目指す本格的なモノだ。同社の実証実験は、トヨタ自動車のJAF GT GT300車両となる「OGT Panasonic PRIUS」を走らせるレーシングチームapr(エー・ピー・アール)がパートナーになって行われている。
本記事ではそうしたフリースケール・セミコンダクタ・ジャパンのSUPER GTにおける実証実験や、チームに対するスポンサー活動がどのように行われているのかなどについてお伝えしていきたい。
ファイナンシャルとテクニカルパートナーであるフリースケールのSUPER GT活動
企業のモータースポーツへの関わり方には実にいろいろな方法がある。ユーザーにとって最も分かりやすいのは自動車メーカーが自らワークスとしてレースに参戦するという方式だろう。SUPER GTのGT500のレクサス(トヨタ自動車)、本田技研工業、日産自動車の3社は、レーシングチームに対してクルマを託すという形になってはいるものの実質的にはワークス参戦と言ってよい。
2つめの方法はファイナンシャルスポンサーとして、レーシングチームに対してスポンサーフィーを払って、レーシングカーにロゴを掲載してもらうなどのスポンサーシップ活動だ。企業としては多くのファンが詰めかけるイベントで走るクルマにロゴなどを掲載してもらうことでそれだけ露出効果があると考えることができるし、上位を走ってテレビ放送に映り続ければそちらでも露出効果があると考えることができる。さらに、最近ではメディアミックスという形で、テレビや新聞といった既存のメディアだけでなく、レーシングチームがSNSやネット放送などを利用してファンに対してダイレクトに情報を届ける方法も普通になりつつある。そうした時にもロゴを露出してもらったりすることでアピール効果を期待できる。
3つめの方法はテクニカルパートナーという形で、レーシングチームに対してレースで必要な機材や物資などを提供する、“お金”ではなく“物納”という形で契約を結ぶ形のスポンサーシップ活動だ。こうした契約の端的な例としては、石油会社などによるガソリンやエンジンオイルの供給契約、タイヤメーカーによるタイヤの供給契約などが挙げられるだろう。ただ、実際には純粋なテクニカルパートナー契約だけでなく、同時にファイナンシャルスポンサー契約も結ばれる場合もある。SUPER GTで言えば、チーム・ルマンの6号車 ENEOS SUSTINA RC FについているJX日鉱日石エネルギーなどが、テクニカルパートナー契約、ファイナンシャルスポンサー契約の両方をカバーする例として分かりやすいだろう。
今回紹介するフリースケールの場合には、ファイナンシャルスポンサー契約とテクニカルパートナー契約が1つになった契約だと考えることができる。フリースケールがサポートしているのはaprが走らせる31号車 OGT Panasonic PRIUSで、トヨタの市販ハイブリッド車であるプリウスをベースに作成されたJAF GT規定のハイブリッドレーシングカーだ。フリースケールは、この31号車 OGT Panasonic PRIUSに、ファイナンシャルスポンサーとしてマシンにロゴを掲示しているほか、チームと共同で同社が提供する半導体を利用した車載システムの実証実験を行っているのだ。
ブランド認知度向上だけでなく、取引先とともに成長する意味を込めたOGT
フリースケールがこうした取り組みを行っているのは、いくつかの理由があるという。フリースケール・セミコンダクタ・ジャパン代表取締役社長 デビッド・ユーゼ氏によれば、1つにはブランド認知度の向上であり、もう1つは同社の主力事業である自動車向け半導体を販売する上で、新しいビジネスの形を創出したかったからだということだ。
ユーゼ氏は、「このプログラムを始めたときに数千人のお客さまにアンケートを取ったときには、フリースケールのブランドを認知している人は1/4に過ぎなかった。しかし、このプログラムを始めてから3年目になり、すでにその認知度は倍になっている」と述べ、ブランド認知度向上に大きく貢献していると説明する。
そもそもフリースケールという半導体メーカーは、歴史をさかのぼればモトローラという米国の電子・通信機器メーカーから半導体部門が独立した形の企業だ。モトローラの半導体事業は、一時期には米国半導体メーカーの大手であるIntel、TI(Texas Instruments)と御三家に数えられたほどの半導体メーカーであり、往年のPC好きの人であればかつてAppleのマッキントッシュシリーズに同社の半導体であるMC68000シリーズ、Power PCといったCPUが採用されていたのを覚えておられるだろう。フリースケールは“かつてはモトローラだった”半導体メーカーなのだ。
モトローラ時代にはAppleに半導体を供給していたこともあってブランド認知度も高かったのだが、新社名になってからは知らないという人も少なくないだろう。というのも、現在のフリースケールの主力製品は、組み込み向けと呼ばれる自動車や家電などに組み込まれて販売される半導体がメインになっており、一般消費者にも半導体の名称がわかるようなPCやスマートフォン向けのビジネスはやっていないため、知る人ぞ知る企業というのも無理はない話だ。
しかし、そうした同社であってもSUPER GTでスポンサー活動を続けることで、ブランド認知度は上がっているという。この場合のブランド認知度というのは、一般消費者となるファンに対してだけでなく、自動車産業の関係者に対してという意味もある。
実際、31号車 OGT Panasonic PRIUSのスポンサーになっているのは、フリースケールだけでなく、社名からも分かるように日本を代表する家電メーカーであるパナソニックだし、車両の製作に協力しているのは言うまでもなくトヨタ自動車だ。ユーゼ氏はこれらのメーカーとの協力関係を作れることには大きな意義があるとする。ユーゼ氏は「我々が提供しているIoT(筆者注:IoTはInternet of Thingsの略語で、もののインターネットと訳されることが多い。これまでインターネットに接続できなかった腕時計や自動車などが、インターネット接続機能を持つようなデバイスとなることを総称する)ソリューションは、言ってみれば業界の融合だ。無線ネット機能が入るので公的機関の協力もいるし、異なる産業同士の協力も必要になる。IoTで境界はどんどん曖昧になっており、そうした異なる産業同士、公的機関が一体になってソリューションを提供していく必要がある」と述べ、産業が異なるメーカーが協力していくことの意義を説明した。
フリースケールでは、このSUPER GTのスポンサーシッププログラムを、別の方法でも活用している。それは同社のパートナーである販売代理店などに、このプログラムに参画してもらい、ホスピタリティラウンジ(ピットガレージの上に設置される、スポンサーや顧客をもてなすための特別な場所のこと)に同社の顧客などを招待して、同社のプログラムへの理解を深めてもらっているのだ。こうしたホスピタリティラウンジに、スポンサーとなる企業が顧客を招き、親交を深めるのはヨーロッパのモータースポーツ(F1など)では一般的だが、SUPER GTでは自動車メーカーが行っているくらいで、フリースケールのような自動車メーカーではない企業が行う例は多くない。しかし、スポンサー活動をより有意義に行うのであれば、こうしたやり方は有効で、洗練された方法であることは言うまでもない。
販売代理店と一緒にSUPER GTに参画していることもあり、開幕戦から3戦に関しては、本来であれば同社のロゴが貼られる個所に同社の代理店3社のロゴが順次に貼られている。同社の顧客からの理解も深まっているようだ。
なお、同社のSUPER GTのレーシング活動で使われている“OGT(One Great Team)”というキーワードは、同社だけでなく、同社のパートナーを含めて1つの強力なチームで活動していきたいというユーゼ氏の気持ちが含まれている。ユーゼ氏がフリースケールの社長になる前からスローガンとしてずっと利用してきたものだということだった。
“インテリジェント・ガレージ”とは
フリースケール・セミコンダクタ・ジャパン 第三事業部 事業部長 村井西伊氏は、ホスピタリティラウンジで同社のSUPER GTでの実証実験についてのプレゼンを実施した。
村井氏は、「フリースケールは半導体を販売する会社。自動車向けの半導体も多数メーカーに納入している。そうしたこともありレースを通じて自動車用の半導体を開発し、販売していきたいと考えている」と述べ、自動車用の半導体を販売するビジネスの延長線上に、SUPER GTでの開発があるとした。
まず昨年の活動について説明。「2013年には車両の周辺情報、ドライバーの生体情報などさまざまなデータをクラウドサーバーにアップロードしていく、それをテーマに活動した」(村井氏)
クラウドというのは、インターネットという“雲(クラウド)”の向こう側にあるサーバー群のことで、自動車から得たさまざまなデータをインターネット経由でクラウドサーバーにアップロードすると、どのようなことができるのかを調べたのが2013年の取り組みであると説明した。「クラウドに上げたデータをどのように分析するかが2013年の重要なテーマだった。現在も解析を進めているが、クルマの中だけでなく、クルマの外にいる人、例えば自動車ディーラーだったり、保険会社だったり、そういう人達とどのような仕組みでデータをシェアしていくか、それが重要だと分かってきた」と述べた。
そこで、2014年のSUPER GTでの実証実験のテーマとして、「“インテリジェントガレージ”をテーマに掲げて活動していく」と述べ、スマートホーム、スマートカーと呼ばれるネットワーク化された家や自動車から送られるデータをインターネット上のサーバーで解析することで、より便利な環境をユーザーに提供できる取り組みを行っていく。
村井氏は「例えば、タイヤの空気圧が減っている、オイルが汚れているなどの情報をディーラーが入手したり、ドライブレコーダで録画した映像を保険屋さんが活用したりということは今の技術でもできるが、それがすべて自動でできるようになる。そんな研究を進めている」と具体例を挙げて説明。なお、村井氏によればこうしたシステムは、すでに同社のデモカーにも搭載しており、その様子を同社の顧客に対して実演できるようになっているとのことだった。
SUPER GT第2戦富士では、IoT向け開発ボード「Freedom」ベースのシステムの実証実験も
村井氏によれば、フリースケールではSUPER GT第2戦富士から、ピットに31号車 OGT Panasonic PRIUSのデータをセッション終了後に確認できるコンソールを持ち込んで、同社の顧客や報道関係者などに公開しているという。現在はこのコンソールとクルマの間はWi-Fiで接続されているため、リアルタイムで受信するのではなく、あくまでセッション終了後に受信する形になっている。これはSUPER GTのレギュレーションで、詳細な車両データなどをデータをリアルタイムに受信することが禁止されているためだ(なぜそのようなレギュレーションになっているのかと言えば、競争がより激しくなってコスト増にならないようにとの配慮がある)。
31号車 OGT Panasonic PRIUSには、同社のARMアーキテクチャのSoC(System on a Chip)であるi.MX6から構成されているコンピュータが搭載されている。i.MX6はARMのCortex-A9ベースのクアッドコアCPU、GPUなどの機能を持っており、メモリ、さらにはSerial ATAで接続されるフラッシュメモリなどから構成されている。同社のエンジニアによれば、SoCは自動車向けの動作稼働保証温度が設定されており、Tdieと呼ばれる半導体の表面温度で90℃まで動作する。ヒートシンクと呼ばれる剣山のようなアルミ素材で放熱されており、これまでのレースでは問題なく動作しているという。ただし、今後より気温が上昇することが予想されるレース(真夏の菅生戦や鈴鹿戦)などでは、放熱が追いつかなくなる可能性があるので、ファンなどを利用した冷却に関しても検討していくとのことだった。OSに関しては同社がリファレンスとして提供しているubuntu(ウブントゥ、Linuxをベースに開発されたオープンソースOS)を、同社のエンジニアが手を加えて利用している。
この小型コンピュータを経由して、前後左右4台のカメラからの映像、さらにはCAN接続による車両側のさまざまなセンサーのデータがフラッシュメモリに記録されている。セッションが終了してガレージにクルマが戻ったときに、Wi-Fiを経由してデータはクラウドサーバーにアップロードされる。なお、サーキットなどでは回線の速度が十分ではないので、今回の実証実験では、サーバーそのものをガレージに持ち込んでデータのアップロードが行われていた。
同社のエンジニアによれば、1レース終了時に生成されるデータは実に20GB(スマートフォンに内蔵されているストレージは16GBが多いので、スマートフォンの内蔵データをすべて埋めてもまだ足りないデータ量)になるという。これは、動画の保存をMotion JPEGと呼ばれる圧縮率の高くない型式を採用しているためとのこと。もちろんレースをしながら、圧縮させることも可能なのだが、確実性を確保するためにこうした型式にしているそうだ。
なお、今回の富士スピードウェイのレースでは、さらに追加で、同社のIoT向けの開発キットである「Freedom(フリーダム、開発プラットフォームのコードネーム)」を利用したセンサーを追加搭載していた。Freedomには、同社のKinetis(キネティス)と呼ばれるARMのCortex-Mシリーズのマイクロコントローラが実装されており、開発者はプログラムをロードすることで、さまざまな用途に利用できる。半導体業界では、こうしたIoT向けの開発ボードが一種のトレンドになっており、その中でも同社のFreedomは小型で、さまざまな応用例が考えられる。今回の実験では加速度センサー、ジャイロセンサーとして使われており、クルマの加速状態などがデータとして記録されているという。
村井氏は、「こうした実験により、今後は自動車が走行時にどのように走っていたのかをすべて記録し、それをクラウドサーバーに上げてビッグデータとして処理することで、新しいビジネスの可能性があると考えている。それを市販車に応用することで、新しいビジネスモデルの創出につなげていきたい」と述べ、SUPER GTの実証実験で得た経験やデータを活用し、自動車関連メーカーやそのほかの産業界に案件提案していきたいとした。