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JAL、大小のパーツ整備を行う「JALエンジニアリング 部品サービスセンター」公開

巨大な旅客機を安全に運航する細かな作業と配慮を実感

ボーイング767用の「マルチパーパスコントロールディスプレイユニット(MCDU)」。このような旅客機で使われるパーツの点検・整備を担当するのがJALエンジニアリング 部品サービスセンターだ

 JAL(日本航空)は、成田国際空港の敷地内にある「JALエンジニアリング 部品サービスセンター(CSZ)」を報道関係者に公開した。

 成田地区には同社のサービスセンターが3部門用意されており、今回の目的地であるCSZのほか、「シップ整備」と呼ばれる機体整備を行う「成田航空機整備センター(NMZ)」と、「ショップ整備」と呼ばれるエンジン分解を行う「エンジン整備センター(NPZ)」がある。

 JALの場合、羽田にも同様の施設を持っているが、そちらはランディングギアやレドーム(機首にあるレーダーを格納する部分)の整備を受け持ち、担当部分が異なっているという。また、NPZについては以前の記事「JAL、ジェットエンジン整備場“エンジンメンテナンスセンター”を公開(http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20140227_637312.html)」を参照していただきたい。

 CSZは名称に「部品」と付くところからも分かるように、航空機部品の整備を行う施設。電子・電気部品を扱う「アビオニクス整備部」と、油圧・気圧部品を扱う「メカトロニクス整備部」に分かれている。それぞれの整備部には、前者は「計器課」「無線課」「飛行制御課」、後者は「油圧課」「機械制御課」「装備部品課」と各3つのセクションがあり、約200名の職員が各種作業を担当している。

 CSZに運ばれてくる部品は不具合があるものはもちろん、定期的に検査が必要となるパーツや予防措置的に交換される部品などさまざま。ここで修理された部品は良品としてストックされ、次に交換で外された部品と入れ替わりで実際の航空機に搭載されることになる。

計器課

計器課がある部品サービスセンターの3階フロア。ごく普通のオフィスといった雰囲気だが、室温が常に22.5℃から26.5℃に保たれているなどしっかりと管理されている

 機体の姿勢や高度、飛行方向、速度などの情報をパイロットに知らせる機器を担当する部門。最近ではコクピットのデジタル化に伴ってアナログの計器は減りつつあるものの、電源喪失などのトラブル時の冗長性確保の意味もあって重要性は変わらず高い。また、フライトレコーダーやボイスレコーダーなどの記録用機器、加速度計と角速度計を組み合わせた「リングレーザージャイロ」で位置、姿勢、速度を算出する慣性航法装置などの整備も手がけている。

 今回、実際に見せていただいたのは「スタンバイアルチメーター」と呼ばれるアナログ高度計の整備。これは通常の高度計とは別にバックアップの役割で搭載されており、内部にあるダイヤフラムという金属製の風船が気圧の変化により膨張・収縮することでメーターが回転する仕組み。電源も緊急時用のバッテリーから供給されるなど、航空機の安全性を確保する上で、最後の砦とも言える重要な機器なのだ。

 ただ、精密かつアナログな機械部品ということもあって、高度変化に対するメーター追従性が悪いといった不具合が起こるという。というのも、ダイヤフラムが膨らむ量は3万フィートの高度変化でわずか3mm程度。高度計の針は1周で1000フィートになっているため、3万フィートなら30周も動かす必要があり、カウンター部分に増幅機構が設けられている。そこにわずかなゴミが付着したり、油ぎれが起こったりすることで前述のトラブルとなる。

 修理は顕微鏡で汚れを確認しながらクリーニングし、内部に組み込まれているベアリングの交換などを行う。文章で書くと簡単そうだが、マニュアルで定められているパーツのクリアランスはわずかに1/1000~4/1000インチ。加えて、組み合わせたパーツがすべて同じ方向に誤差があると、全体としては大きな誤差を持ってしまうことになるため、ユニットによる個体差に応じた組み上げ方を考慮しているそうだ。まさに経験がものを言う職人の世界だ。

ボーイング767用の機械式スタンバイアルチメーター
カウンター部分
手際よく分解していく
このサイズの写真だと分からないが、軸受け部には5個のボールベアリングが入っており、交換することで動きがスムーズになる
バラバラにされた状態
ブロアがへこむかへこまないか程度のわずかな風でスムーズに動くことが必要だという。その際、止まり方やギヤの音などにも注意しているという
細かい作業を行うため、各自で自分に合った専用ツールを用意して使用。ゴミを払うブラシも4本用意し、仕上げに使うブラシは袋にしまってゴミの付着を防止している
顕微鏡を使って作業を進めていくため、カウンターだけでも10時間程度かかる。指示数値の調整になると40時間かかることもあるというが、そのほとんどは真空槽を使った動作チェックに費やすそうだ

無線課

VHFトランシーバー。故障時だけでなく定期的な検査により、電波の強さや質、音質、周波数などをチェックしている

 航空交通管制などから航空路や空港の気象情報などを得るための通信システムや、航空機の位置を把握するための航法システムに使用されている無線機などを整備するのが無線課。航空機には短波(HF)、超短波(VHF)、衛星(SATCOM)の通信装置、また衝突回避装置(TCAS)、気象レーダー、ATCトランスポンダー、電波高度計(LA)といった無線機のほか、機内のエンタテイメントシステムや乗員用電話機など多くの通信システムが搭載されており、それらを一手に担当している。

 無線化ではVHFトランシーバーを実際に見せていただいた。これは見通し距離内で地上局やほかの航空機間の通信を行う装置で、バックアップを含めて1機あたり3台を搭載。試験装置を使って定期的に検査が行われる。トラブルが起きた場合、メカのかたまりである高度計などと異なる電子機器のため、ケースを開けてチップの焼けやショートといった目視でのチェックを行うほか、テスターなどを使って原因を特定。その後、半田ごてを使ってパーツを交換し、音質や周波数・送受信の切り替えなどのチェックを実施して整備完了となる。

飛行制御課

フライトルートを管理するフライトマネージメントコンピューター(FMC、ボーイング767用)。MCDUが3基、FMCが2基搭載されている

 飛行中に機体を自動的に制御するオートパイロット、出発地から目的地までの効率よい飛行ルートを計算する飛行管理装置(FMS)、エンジンの制御や燃料消費を効率的に行うエンジン制御装置および燃料管理システム(EEC)といった、フライトに関する制御システム部品を担当するのが飛行制御課だ。機内の与圧などを制御する空調制御装置や航空機内外のライトなどもここで扱う。

 飛行制御の中枢と言えるのが自動操縦システム。これは離陸、上昇、水平飛行、降下、着陸のフェーズごとに、航空機の速度や姿勢、高度を計算。あらかじめ設定された航空路に沿って自動で飛行を行うための装置となる。航空機1機につき3台搭載されており、常に3台が同じ計算を行うことで互いを監視。エラーが出た場合はそのシステムを切り離し、残りの2台を使って飛行を続ける仕組みになっている。自動着陸を行うには最低2台を必要とするが、ほかの自動操縦は1台でも可能。ちなみに2台が異なる計算をした場合は、パイロットの判断でどちらを使うか決めるそうだ。

 3台を使ったバックアップシステムになっているため、故障がすぐにルート逸脱や失速と言ったトラブルになる可能性は低いものの、パイロットに余計な負担をかけることになってしまいかねない。

 自動操縦システムは複雑かつ高い精度が要求されるため、整備は自動試験装置(ATE)を使った機能検査から始められる。ここで3時間弱かけて検査を実施することで故障個所を特定。部品交換後、再度機能検査という流れになる。また、システム内の不揮発性メモリ(NVM:Non Volatile Memory)に飛行中の一時的な不具合情報が記録されており、それを元にして故障する可能性が高い部品を予防的に交換する措置も執られている。故障によるトラブルの発生をできる限り抑えるよう整備されているわけだ。こうして得られた故障情報はボーイングやコンピュータ製造会社とも共有することで、さらなる品質の改善および向上が図られているという。

自動操縦コンピューターの試験を行う自動試験装置(ATE)
FMCで設定した航空路に沿って速度や方向、角度の調整を行う自動操縦コンピューターのモードコントロールパネル(ボーイング777用)
自動操縦コンピューター(ボーイング777用)。航空機には3台搭載されており、常にクロスチェックを行って動作している
ATEを使って3時間弱の機能検査を実施。内部パーツの損傷より、パネルのダイヤルなど操作部の物理的故障が多いという

油圧課

CSZの1階にある油圧課。こちらは“ファクトリー”といった雰囲気

 電気、気圧とともに航空機の3大動力源となるのが油圧。ランディングギアのほか、翼に取り付けられているエレベータやエルロン、ラダーなどの動作に使われている。これらの油圧を作り出す油圧ポンプやアクチュエータ、そして航空機の主電源となる発電機などを整備するのが油圧課になる。

 ここで登場したのはメインランディングギア・リトラクトアクチュエーター。カタカナだと分かりづらいが、要するに油圧で主脚(翼の根元あたりに付いているタイヤ)の上げ下げを行う装置だ。

 クルマで言えば車高調整可能なショックアブソーバーのような部品で、油圧によりアクチュエータを縮めることで主脚を格納。一方の展開時は油圧と主脚の自重を利用する構造になっている。万が一、油圧がロストした場合でも、主脚を降ろすことだけはできるようになっているのだ。終端部分にはスナビングリングと呼ばれるパーツが入っており、オイルの流れを抑制することで衝撃を和らげる機構も取り入れられている。

 1平方インチあたり3000ポンド、もう少し分かりやすく書くと1cm2に210kgもの力が加わるパーツだけに、トラブルで多いのはシール部からのオイル漏れ。機体から取り外された部品は、油圧試験装置を使用して不具合の有無とコンディションを点検している。不具合が見つかった場合は分解し、部品単位での検査を実施。目視によるキズのチェックに加え、シリンダーやピストン部などは摩耗もあるため、サイズの測定だけでなく非破壊検査による“見えない疲労やキズ”も点検している。

ボーイング777-200ER用のメインランディングギア・リトラクトアクチュエーター。見た目の雰囲気は巨大化したクルマのショックアブソーバーといった感じ
航空機に取り付ける場合はこちらが上側になる
オイル漏れを起こしやすいのが下側になるこちら。マニュアルではある程度の漏れが許容されているが、目に付きやすい部分ということもあり、規定より厳しくチェックしているという

機械制御課

 機械制御課は、逆噴射装置をはじめ防氷装置といった機体の重要部分、さらに空調システムなどの機内設備、ワイパーのような機能部品など多種多様な装備を扱っている。

 ここではIDG(Integrated Drive Generator)と呼ばれる発電機が登場。機内で使う大量の電力をまかなうためのパーツで、各エンジンに1つずつ装備されている。ちなみに、ボーイング777で使われる発電機は一般家庭約50世帯分の電力を発電できるそうだ。

 なんらかのトラブルで発電量が減ってしまうと機内での電力使用が制限され、快適性はもちろん、安全運航にも支障をきたす可能性がある。そのため、機体に装着された発電機は常に状況がモニターされており、不具合の兆候が捉えられると警告が表示される仕組みになっている。これにより、完全に発電できないような状況を未然に防いでいる。ここで警告が出た発電機は航空機から取り外され、このCSZに持ち込まれてくるのだ。

 持ち込まれた発電機は原因究明と不具合の解消、および整備が行われる。トラブルで多いのは、コンパウンドモーターと呼ばれるエンジン回転を一定速度に変換する機構の不具合。具体的にはギヤ欠けや内部で使われているセラミックパーツの破損などにより、発電能力が下がるといった事象だ。これらに対処するため、整備は分解からはじまり、目視や計測器による測定でトラブルの原因を究明。不具合部分の部品を交換するとともに、ブラシなど摩耗部品の状況をチェック。必要であればパーツを交換し、将来の不具合を未然に防止する措置も執られている。

 こうして整備が完了した発電機は実機搭載時より厳しい環境条件で最終試験を実施。試験に合格すると良品としてストックされ、再度機体に搭載される日を待つことになる。

エンジンの回転を利用して発電するIDG(ボーイング767用)。90~120kVの発電能力を持っており、30A契約の家庭で換算すると30~50世帯分の電気を発生する
分解後にきれいに洗浄されたパーツ
ビス類もきちんと区分して整理されている

装備部品課

酸素マスクの整備を行う部署は独立した部屋になっていた

 部品の整備で使用する機器の領収検査、CSZでは扱えず、製造者などに整備委託する部品の発注業務と納品時の領収検査などを行う部署が装備部品課。そのほか、座席やWi-Fiキット、ギャレー(調理場)、ラバトリー(化粧室)など客室用の部品の領収検査なども担当する。

 ここではギャレー器具と酸素マスクの整備を見学。乗客の快適な空の旅をサポートする部品と、乗員と乗客の命を守るための部品で、それぞれ方向性がまったく異なる部品だが、どちらも厳密な整備が行われていた、

整備に使うツール類は見やすいようディスプレイされている
新タイプの運航乗務員用酸素マスク
旧タイプの運航乗務員用酸素マスク
運航乗務員用酸素マスクは、チャンバー内で4万フィート相当まで気圧を下げて機能試験を行う
こちらは乗客用酸素マスク
飛行機に搭載されるときは酸素タンクが取り付けられ、酸素を12分から22分間供給できるようになる
ギャレーに設置される装備品。右からボイラー新/旧、ファーストクラス用に搭載されているエスプレッソメーカーと新タイプのコーヒーメーカー
旧タイプのコーヒーメーカー。ボーイング777は多くて8台、767は6台、737-800は2台から3台が搭載されている

エンジン整備センター(NPZ)

エンジン試運転場のコントロールルーム。奥の窓から試験場が見えるようになっている

 エンジン整備センターも少しだけ見学することができたので、軽く紹介しておきたい。興味がある方は冒頭で紹介した2014年の記事を参照してほしい。羽田にもある部品整備センターとは異なり、エンジン整備センターは成田のみとなる施設。クルマより大きいとはいえパーツ単位が対象のCSZと異なり、巨大なエンジンを扱うNPZは建物内部のスケール感からして圧倒的な印象だ。

 そういった大きな部品を扱いつつも、分解したパーツを置くラック類の底板に、パーツより柔らかい木材を使ってパーツにキズが付かないようにするなど細かい配慮も見られた。また、撮影はNGとのことだったが、整備に使うツール類もひと目で有無が分かるように整然と並べられていた。これは始業、終業時にチェックすることで、置き忘れなどのミスを防止するための策だという。

 CSZにしてもNPZにしても、航空機を構成する数百万といわれる部品のひとつひとつに対し、細かな配慮を積み重ねる整備があってこそ、安全な運航が支えられているのだと実感できた取材だった。

試験場内のようす。エンジンは天井のレールを使って運ばれ、奥のプラットフォーム上の位置に設置される。据え付けとテストで、最短でも2日間は必要だという
整備場(写真右上方向)から運ばれてきたエンジンは、ターンテーブルを使ってタイプごとに奥のレーンに移動。その後、試験場(写真左上方向)に向かうことになる
整備場内には、梱包されて出荷間近(!?)といったエンジンも置かれていた
整備中のエンジン

(安田 剛)