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ボッシュ、新ビジネスユニット「モーターサイクル・パワースポーツ」説明会

改善に取り組み続けるボッシュ 栃木工場見学会

2015年7月30日開催

 ボッシュは7月30日、新たに新設した2輪車やパワースポーツ向けコンポーネントなどの専門ビジネスユニット「モーターサイクル・パワースポーツ」事業部門に関する説明会を、栃木県那須塩原市にある同社 栃木工場で実施した。

 現在、アジア圏の新興国を中心に世界の2輪車市場は拡大の一途で、生産台数も2008年に7500万台だったものが2013年には1億台となり、2018年には1億3200万台、2023年には1億6000万台になると予想されている。生産地域についても中国、インドを中心に、アジア圏で全世界に向けたバイクの半分以上が生産されている。

 このように急成長する世界の2輪車市場に対応するため、世界的な自動車部品メーカーであるボッシュは「モーターサイクル・パワースポーツ」事業部門を4月1日に新設。その事業についての説明を行った。

ボッシュ モーターサイクル・パワースポーツ 常務執行役員 ジェフ・リアッシュ氏

 説明会では、ボッシュ モーターサイクル・パワースポーツ 常務執行役員のジェフ・リアッシュ氏がプレゼンテーションを行い、その後、この部門の主力製品となる2輪車用ABSを製造しているボッシュ 栃木工場の佐野博文工場長から、工場の特徴とABS生産について紹介された。そして説明会後は、実際に工場内のABS製造ラインを見学するスケジュールが組まれていた。

 まず行われたモーターサイクル・パワースポーツについての紹介では、この部門の本部が日本の横浜にあり、本社機能と同時に開発、製造、販売も行う。また、テストコースも本社で有している。海外では主に北米、欧州、インド、中国にも開発、製造、販売を行い、テストコースも用意する各国支社を展開することで、グローバルな体制を敷いていることなどがリアッシュ氏から解説された。

 モーターサイクル・パワースポーツが扱うのは、2輪車、3輪車、そして水上バイクなどのパワースポーツ製品など、さまざまなジャンル向けの「エンジン制御システム」(EMS)、そしてABSを含む「モーターサイクルスタビリティコントロールシステム」(MSC)である。これらを使うことで求めている柱は3本あり、1つ目は「環境保護と効率性」で、EMSをはじめとして燃料噴射コンポーネント、パワートレーン用センサーなどが用意される。これはアジア市場向けの小型バイクから欧州、北米向けの大型バイクまで、あらゆる種類のバイクのエンジンを世界中のどこでも効率よく、快適に走らせることができるシステムになっている。

 さらにアジア市場向けの小排気量エンジン用に、新しいEMSである「EPM44」というモデルを近日中に投入することが決定済み。これまでアジア向けの小排気量エンジンではシンプルなキャブレター仕様が一般的だったが、ここにEPM44を採用することによって燃費向上、排出ガスのクリーン化、エンジン性能向上などが図れるという。

バイクの人気が低迷している日本国内の状況からはピンとこないかもしれないが、アジアの新興国を中心に2輪車の需要はますます高まっていく傾向。各国の生産台数を見ればそれは一目瞭然。ボッシュの新ビジネスユニットが扱うのは、2輪車だけでなく3輪車、水上バイクなどもある

 2つ目は「ビークルモーション&セーフティ」で、このセグメントに関してはMSC、ABSなどが使われる。MSCやABSを車両に採用することで、走行時におけるタイヤのロックやスライドを抑制。車体の安定性を向上させてあらゆるシーンで最適なブレーキングが容易になり、滑りやすい路面などでも安定感のある加速が実現される。安全性の向上はもちろんだが、それに加えてバイクの醍醐味であるダイナミックなライディングを安心して楽しむためにも非常に有効な機能と言えるだろう。

 最後に「快適性&楽しさ」という項目もあるが、この点は今後、コネクティビティ技術の提供とそれに加えたインフォテイメント、多機能メーター類などの技術を提供していくという。

新ビジネスユニットといっても母体がボッシュグループなので、すでに長い歴式で培った経験と世界中にネットワークを持っている。本拠地は4つの大手2輪車メーカーが集まる日本となっており、新設されたモーターサイクル・パワースポーツが扱うのは新しい世代の安全な2輪車を作るための技術だ

 以上がモーターサイクル・パワースポーツが扱う製品などについてだが、これらのジャンルにおけるボッシュの開発の歴史は長く、2輪車用ABSについては1984年から開発を始めていて、第1世代のABSは4輪車用を転用した構造で1995年に市場投入。2009年には2輪車の特性に合わせた特別設計の2輪車専用ABSを作り出し、これが市販車に採用されて市場に出ている。

 EMSについては1998年に水上バイクなどのパワースポーツ向けの開発がスタート。2015年には2輪車専用に設計されたEMSコンポーネントを市場に送り出し、パワースポーツ製品に関しては累計150万個のECUを販売するという実績を持っている。

 こうした開発について、従来はボッシュの組織内にある「シャーシーコントロール」「ガソリンシステム」「カーマルチメディア」などのパートごとに分かれた事業部内で作業を行っていたが、組織力を強化するためにモーターサイクル・パワースポーツ部門にまとめらたということだ。これによって2輪車に特化したニーズへの対応が強化され、バイクメーカーとのコミュニケーションも円滑に行えるようになったという。

以前は4輪車がメインとなる各事業部内にあった2輪車部門がそれぞれの部署ごとに製品を開発していたが、それぞれをまとめて組織化、強化を図ったのがモーターサイクル・パワースポーツ。開発チームは全員バイクが好きなスタッフで、リアッシュ氏も自らバイクに乗る人物。それだけに、単に安全性を求めるだけではなく、バイクのおもしろさを残した魅力的なシステムが生み出されていくことに期待したい

 このように2輪車向けの技術を提供するモーターサイクル・パワースポーツだが、ただ高性能化だけを求めているわけでなかった。母体であるボッシュは以前からクルマの交通事故減少に向けて積極的に取り組み、その成果も上げてきた実績を持っている。しかし、2輪車について同様の取り組みは薄く、世界的に見ても事故発生件数はどちらかというと横ばいという状況。これを受け、ボッシュは2輪車の交通事故減少にも本腰を入れてきた。そのための技術であるABSやMSCが装備された車両を世の中に出すことで、2輪車の事故発生件数を減らすというものだ。

 すでに事故減少の兆候は出ており、ドイツの交通事故データベースによると、ABSが標準装備されたバイクの場合、事故による死亡や負傷につながるケースは事故全体の4分の1を防ぐことができ、MSCはライダーのミスによるコーナーでの事故発生を大幅に抑えることが期待できると言われている。モーターサイクル・パワースポーツの部署の誕生により、この数値が向上することも期待できるだろう。

 ちなみに、ボッシュグループの中心であるロバート・ボッシュのCEOであるフォルクマル・デナー氏もバイク好きであり、モーターサイクル・パワースポーツを統括するリアッシュ氏もバイクが趣味であるとのこと。さらに開発チームは2輪車に情熱を持っているスタッフで構成されているという。それだけに、2輪車の技術や安全性の向上にたいしてこれまで以上に心血を注げる体制が整えられたと言えるだろう。

ABSは小型から大型まで幅広い車種に取り入れられている。2輪車は不安定な乗り物であるだけに、事故や転倒を防ぐABSを装備することは非常に有効。また、ブレーキの効きをコントロールすることで、サーキット走行などのハードブレーキ時にリアタイヤが浮いてしまうことを防いだり、坂道発進時にブレーキを離しても一定時間、後退しないようにキープするヒルホールド機能なども追加できる
MSCでは、濡れた路面などμの低いシーンやハイパワーなバイクでのホイールスピンを防ぐトラクションコントロール、不用意なパワーオンでのウイリーを抑制する機構などを持つ。さらにオフロードバイク向けに、ABSを装備しながらリアタイヤだけをロックさせて意図的にテールスライドさせる機能も備える

機材や仕事の進め方などの改善に取り組み続けるボッシュ 栃木工場

ボッシュ 栃木工場の工場長である佐野博文氏は栃木工場についての説明を担当。栃木工場はボッシュグループ内で「シャシーシステムコントロール事業部」に属するという

 リアッシュ氏によるモーターサイクル・パワースポーツの説明後は、ボッシュ 栃木工場について佐野工場長から紹介された。ボッシュは世界各地に工場を持っているが、栃木工場はABS、ESP、センサーの生産拠点であるとのこと。とは言え、ABSやESPに使うすべてのパーツをここで作っているのではない。ボッシュグループはパートごとで事業部に分かれていて、ABSに付いているECUはエレクトリック事業部、モーターはまた別の事業部で作られている。それらが最終的にシャシー事業部に属する栃木工場に集まり、ここで組み立てされるというわけだ。

ボッシュ 栃木工場は、全世界にあるボッシュの工場のうちABS、ESP、そして吸気圧センサーの生産拠点となっている。ABSに関しては最終工程を担当している重要な拠点
栃木工場は、ほかの工場で製造したパーツを組み合わせて1つの製品に仕上げる仕事も行っている。こういった作業を「パススルー」と呼ぶ
ABSは複数のパーツから構成されている。栃木工場では油圧経路や各パーツが組み込まれるハウジングの生産と組み立てを行う
ボッシュのABSは世代が進むにつれて高性能化するだけでなく、製品のサイズと重量が大幅にコンパクト化。1983年に作られた第2世代のABSと現行の第9世代のABSを比較すると、第2世代はECUを持たない構造で重量は8kg、第9世代はECU一体型でも1.2kgという違いがある
工場内には4輪車用の歴代ABSが、栃木工場で生産するハウジングと並べて展示されていた

 今回はABSのハウジング加工と組み立てラインを実際に見学させてもらった。なにより印象的だったのは工場内のきれいさ。ハウジング加工はアルミ素材をNC旋盤で切削加工していくので、一般的にこの手の工場は切削用油のミストが舞い、工場内は油でべた付く感じになるものだが、この工場は一切それがなく、壁、柱を素手で触っても手が汚れない。また、床に切りくず1つ落ちていないという清潔さだ。

 ただ、これは最初からそうだったのではなく、工場で働くスタッフによる環境改善策と、そのための多くの取り組みによって実現したことだと言う。栃木工場では作業場の清潔度を高めるために、まずは清掃や作業内容の見直しを行ったが、それだけでは満足いく結果が得られなかったため、根本的な改善を求めてNC旋盤の改良を行った。この機械は部材に切削油を掛けながら刃物がプログラミングされたとおりに削っていくもので、1つの加工工程のが終わると部材を取り出し、次の加工のためにセットし直す。そのとき切削時に付着した切り粉や切削油を圧縮エアで飛ばしていたが、これが切削油を飛び散らせる原因になっていたため、清掃方法を吹き飛ばすのではなく吸い込むバキューム方式に変更した。また、パーツを置く台も標準より大きなサイズを使い、取りだして作業するとき床に油が落ちないようにしてる。

 この方式を採用してから工場内の環境はかなり改善されたと言うが、栃木工場ではそれに満足せず、工場内で働くスタッフ全員から常時、改善のアイデアを募集しているという。これは設備的なことだけでなく、仕事の進め方など業務全般が対象となっていた。この取り組みは長期間にわたって続けられており、工場内の人員配置や機材の置き場など、素人目に見ても整然としている。さらに各種機材の配置についても作業員の導線を熟考して決めているので、少ない人数でも安定して効率よく生産できるシステムになっていた。

工場見学では、ABSの油圧ユニット加工工程と組み立て工程が披露された。工業製品だけに不良品が出ることもあるが、それぞれで原因を徹底的に追求し、対策を練るようにしている。その結果、ハウジングの加工現場では不良品が1カ月で1個出るかどうかというレベルになっている。また、不良品がないことは各自動車メーカーから高い評価を受けていて、何度もアワードを受賞しているとのこと
こちらは油圧ユニットの組み立てライン。ロボットによる自動組み立てになっているが、このロボットの機構に関しても、機械の導入後に栃木工場独自の改良が加えられているという。中国の工場で生産されたモーターがここでハウジングと組み合わされていく。モーターやハウジング以外にも多数のパーツを組み合わせてABSユニットは完成するが、ブレーキを制御するパーツだけに細心の注意を持って作業される

 このような改善の取り組みも含めて、栃木工場は世界中のボッシュグループの工場でよいお手本という存在になっており、ここで編み出された業務システムや機材改良などは他国の工場でも取り入れられているという。

 ボッシュのように巨大なグローバル企業では、ただ設備が整っているというだけでABSユニットの最終組み立てといった重要な作業を任せたりはしないのだろう。逆に言えば、そんなパートを担当して世界に出荷しているという状況は、栃木工場の姿勢が評価されている証でもある。

 業務内容の説明から工場見学まで、新しいビジネスユニットの紹介としてはかなり大がかりな構成だったが、それだけにボッシュが2輪車向けの製品に取り組む姿勢が見えた説明会となっていた。

(深田昌之)