インプレッション
レクサス「IS F“Dynamic Sport Tuning”」
Text by 岡本幸一郎(2014/3/12 00:00)
IS Fの集大成
IS Fの登場は2007年12月。同じ時期に登場した日産自動車のGT-Rと話題を2分していたことを思い出す。登場時の価格は766万円と、GT-Rの777万円~に対してわずかに安かったことも記憶している。
当時のインパクトとしてはやはりGT-Rのほうが大きかったが、それまでしばらく高性能スポーツモデルをラインアップに持っていなかったトヨタ自動車=レクサスの、苦肉というか最善の策だったように思える。あるいは、BMWのM3やメルセデス・ベンツのC 63 AMGなど、ますますエンジンをエスカレートさせていた欧州プレミアムブランドと同じ土俵に上がることを意図したクルマでもあったはずだ。だからこそ、IS Fのような商品企画が生まれ、世に出たのだと思う。
そんなIS Fに初めて乗ったときに印象的だったのは、いうまでもなくエンジンフィールだ。ベースのIS 350(3.5リッター V型6気筒)でも相当にパワフルで、十分すぎるぐらいの印象を抱いていたところに、IS Fでは5.0リッター V型8気筒を詰め込んだのだから、それはもう「ヤバイ」ぐらいだった。
見た目としてはベースのISとの差異が大きいようで小さく、GT-Rと同価格帯のクルマとは思えない印象もあったが、これは敢えてそうしたようにも思えた。ともあれ、ISの上級グレードの価格が500万円ぐらいで、そこにオプション装備などを加えると、意外と価格差が小さくなることを考えると、IS350の走り系グレードを買うなら、頑張ってIS Fにするという選択肢はありだという気もしていた。
その後、IS Fには毎年のように何らかの変更が加えられ、ご存知のとおり2013年の5月にはISがモデルチェンジ。しかし、IS Fは旧世代のまま継続販売され、9月にはIS F自体の一部改良を実施するとともに、特別仕様車の“Dynamic Sport Tuning”を設定した。名前が物語るとおり、コンセプトは運転する楽しさを極限まで追求したところにある。
ところで、このIS Fについてもいずれ新世代に移行するものと思っていたのだが、どうやら、次があるかどうか怪しくなってきた。執筆時点ではまったく情報が聞こえてこないし、「F」の話が伝えられたのは、むしろまもなく登場するRCのほうだった。
そんな中で、IS Fの集大成といえる、おそらく最後のスペシャルモデルとなると思われるのが、同特別仕様車ということだ。IS Fの集大成がどんなクルマであるべきかを考えたときに、やはりIS Fの本質である走行性能を究極的に追求したことには合点がいく。
ただ、価格が1050万円と知ってちょっと驚いた。2014年モデルの標準車の価格は当初より徐々に上昇して810万円となっているが、それに対しても実に240万円もの差がある。それなりの付加価値を与えるがために、しかるべきことをやると、このくらいになってしまうということなのだろう。
組み付けてバランスを取りなおした5.0リッター V型8気筒エンジン
そんなIS F“Dynamic Sport Tuning”は、内外装からして特別感を漂わせる。試乗した「スターライトブラックガラスフレーク」の専用色をまとうボディーに装着された専用のカーボンフロントスポイラーおよびリアディフューザーは、空力性能の向上にも一役買っている。BBS製鍛造ホイールの間から覗く、オレンジにペイントされた専用カラーブレーキキャリパーが目を引く。ベース車に比べて7kgも軽い専用チタンマフラーも与えられている。
専用のカーボンインテリアパネルキットの与えられたコクピットも高い付加価値を感じさせる。また、これはすべてのIS Fに当てはまる話だが、現行ISのインテリアがGSに近づいて高級車っぽくなったことに比べて、ずっとタイトでスポーティな雰囲気がある。
メーターパネルの中央には、内側にシフトアップインジケーターとデジタルのスピードメーターを備えた大径のタコメーターが配されている。6800rpmからがレッドゾーン表示だ。その右側に小径の330km/hまで刻まれたアナログスピードメーターがある。初期のIS Fはそうではなかったと記憶しているが、スピードメーターよりタコメーターの優先度がはるかに高められていることも印象的だ。
エンジンを始動させる音からして特別感に満ちているのもIS Fならでは。ほかの日本車にはない感覚だ。そして、これまでも素晴らしいエンジンフィールを披露してきた2UR-GSE型ユニットは、“Dynamic Sport Tuning”ではさらに手が入れられている。ピストン、ポンプ類など、摺動部品のフリクションを低減させるとともに、クランクシャフトにコンロッドやピストンを組み付けた状態で回してバランス取りするという、非常に手間のかかる作業を経た代物だ。これにより滑らかな回転フィールを手に入れるとともに、最高出力がベース車よりも5kW(7PS)向上している。
5.0リッターも排気量があるので下から十分にトルクがあるが、醍醐味を味わえるのはやはり中~高回転まで回したときだ。野太いサウンドは4000rpmぐらいから音質が変わって、トップエンドにかけてレーシングエンジンのように澄んだ音色となる。加速フィールには盛り上がり感があり、大排気量の自然吸気エンジンらしいリニアさとともに、強烈なパンチの効いた、まさしく“絶品”の吹け上がりを楽しませてくれる。
フットワークの仕上がりも上々
エンジンフィールに大いに感銘を受けたが、IS F“Dynamic Sport Tuning”の醍醐味はフットワークにも秘められている。ベースのIS Fに対して、よりスポーツカーとしての“深化”を遂げているのだ。
ネーミングからイメージするとおり、足まわりは相当に締め上げられているが、短いストロークの中でサスペンションだけが適宜動き、ボディーを不要に揺らさない感覚がある。よく引き締まっているのに、大きめのギャップを越えても衝撃は緩和されて伝わり、デビュー当初のIS Fで感じられた突き上げや跳ねる感覚はあまりない。タイヤが路面にしっかり追従していることを感じさせる。速度が増すにつれて接地性も上がっていくように感じられるのは、エクステリアで触れたエアロパーツが機能して的確にダウンフォースを発生させているからだろう。どんな速度域でも姿勢変化が小さく、フラットな状態を保ってくれる。
高いGのかかるコーナリングでも素直に曲がり、ほとんどロールすることなくそのままラインをトレースしていける。ご参考まで、車検証の記載によると、車両重量は1690kg、前軸重は930kg、後軸重は760kgとなっており、重い5.0リッター V型8気筒エンジンを積んでいるためフロントヘビーには違いない。ところが、それがよい方向に働くセットアップを実現している。ターンインでは重さを感じさせることなく俊敏に曲がり、旋回中や立ち上がりではフロントタイヤに荷重が安定して乗ることで、アンダーステアが顔を出すこともない、というニュアンスである。
これには土台となるボディーの剛性をしっかり強化したことも効いているはずだ。モデルチェンジした現行型ISで新たに採用した、ボディー開口部に接着技術を用いるという手法を、通常のIS Fとは異なり、この“Dynamic Sport Tuning”には採り入れている。これによるボディー剛性の向上も、走行性能を高める上では欠かせなかったことに違いない。
ブレーキも、まるでレーシングカーのようなフィーリングだ。タッチが硬いのだが、踏力による制動力のコントロールがとてもしやすい。また、相当にキャパシティが高そうなので、全開でサーキットを周回しても簡単には音を上げなさそうだ。
ところで、同じ日に現行モデルのIS350 Fスポーツと乗り比べることができたのだが、ハンドリングの印象の違いは明らか。両車とも走りの俊敏性と操縦安定性を意識したと思われるが、その方向性がだいぶ違う。「LDH」を搭載する現行IS350 Fスポーツは、とても俊敏だが反応が微妙にワンテンポ遅れるきらいがある。いささか人口的な感も強く、やや「ぬるっ」とした感覚がある。
これに対し、IS F“Dynamic Sport Tuning”には、心地よいダイレクトさと一体感があり、最近のクルマにはない「素」のよさを感じさせる。むしろ現行IS350 Fスポーツは、そのあたりのインフォメーションを落とすことで快適性を高めたように感じられる。たしかに高級感という意味では現行IS350 Fスポーツが上だし、世界的な高性能車における昨今のトレンドはこちらともいえる。
だからこそ、IS F“Dynamic Sport Tuning”のようなドライビング感覚を味わわせてくれるクルマは、今後ますます貴重になっていくに違いない。モデル末期のIS Fを買うことに躊躇するかもしれないが、視点を変えると、完熟の域に達し、卓越した走りを身に着けた日本が誇るスーパースポーツ・コンパクトセダンが“今ならまだ手に入る”という見方もできるのではないかと思う。