インプレッション

フォルクスワーゲン「e-up!」(本国仕様)

欧州発のEVが最近目に付く理由

 2013年秋のフランクフルト・モーターショーで、「e-Golf」とともに披露されたフォルクスワーゲン発のピュアEV「e-up!」が日本にやってきた。

 BMW「i3」なども含め、「最近妙に欧州発のEVが目に付くな」と感じている人は少なくないはず。実は、こうした動きは巨大なマーケットである米カリフォルニア州で行われている通称“ZEV(zero emission vehicle)規制”が大きく影響を及ぼしている。

 走行時に排気ガスを出さないピュアEVやそれに準ずるプラグイン・モデルは、彼の地でZEVと規定される。カリフォルニア州(の特に盆地地形でスモッグが滞留しやすいロサンゼルス地域周辺)の大気汚染改善を主目的に実施されるこの規制は、要約すれば「同州で多くの台数を販売しようとするメーカーはZEVモデルを一定の割合で含まなければならず、違反すると罰金の支払い、もしくは規制をクリアする他のメーカーからクレジットを購入しなければならない」という決まりごとだ。

 前述の“多くの台数”に該当するメーカーは、今のところ上位の6ブランドのみ。ところが、2018年にはこれがフォルクスワーゲンやメルセデス・ベンツ、BMW、マツダ、スバル(富士重工業)などにも拡大予定。すなわち、「最近EVに熱心な欧州メーカーが増えたな」と感じられるのは、間もなく始まる米国での新規制を意識したこうしたメーカーの動きであるわけだ。ちなみに、ここにきてマツダがロータリー・エンジンを搭載したEVの試作モデルを披露したり、スバルの社長がEV市場への再参入を発表したりしたのも根っこは同様だ。

 昨年、創業以来初めての黒字化が話題となった米国のEVメーカー「テスラ」は、実はZEV規制をクリアできないメーカーに対するクレジット販売が大きな収益源となっているという。いずれにしても、日欧の人々が声高に叫ぶ「CO2の削減」など誰も気にしていないのが、米国での電動化の現状でもあるのだ。

今回試乗したe-up!(本国仕様)のボディーサイズは3540×1645×1477mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2420mm。ガソリン仕様のup!と同様のサイズだが、専用デザインのフロントバンパーやフラット化したアンダーフロアなどを採用し、空力性能が高められている

車両を受け取った直後からEVならではのメリットを実感!

e-up!のインテリア。本国仕様なのでステアリング位置は左になっている

 ……というわけで大きく脱線となってしまったが、ここでハナシを今回の主役、「e-up!」へと戻そう。

 実は「up!」はアメリカに導入されていない。さらに言えば、「ポロ」すらも用意されないのが米国でのフォルクスワーゲンだ。彼の地でのベースモデルは「ゴルフ」。e-up!とともに「e-Golf」が用意されたのは、ズバリそんな“アメリカ対策”と考えられる。一方で、そんなEV最大の市場で商売にならないe-up!も設定されたのは、実はこうしたコンパクトなコミューター的モデルこそが、EVの本道であるとフォルクスワーゲンが考えている証ではないだろうか。

 今回テストドライブを行ったのは、実は4月に富士スピードウェイで開催された「VW Fest 2014」というカスタマーイベントで披露をするため、一時的に輸入されたという3台の中の1台。本国ドイツ仕様でありながら簡単にナンバーが取得でき、公道での試乗が可能となるのは、登録のためのもっとも大きなハードルである排ガス検査が必要とならない、EVならではの特権であるはずた。

 前述のイベントに用いられたため、フードやドアにステッカーによる派手な化粧が施されてはいたものの、基本的なスタイリングはいかにもシティコミューター然とした、ガソリンモデルと同様の愛らしい姿そのまま。サイドシルや床下にはデザインの最適化が図られ、実際に空気抵抗係数であるCd値がベース車よりも4%向上というが、それもパッと見には気がつかない仕上がりだ。

シートやステアリングなどに入る青いステッチがe-up!ならでは。リチウムイオンバッテリーはフロア下に設置される。カーナビも本国仕様のためマップ表示はできなかったものの、走行中のエネルギーフローなどを確認できた

 一方、「都会的な電気自動車」を意図してリファインされたというインテリアは、ステアリングホイールやシフトレバー・ブーツに入るブルーのステッチや、クロームのアクセントなどがポイント。正面のクラスター内の3連メーターでは、大きなスピードメーターを中心とし、右にバッテリーメーター、左にパワーメーターが配置される。日本向けにローカライズされていないのでナビゲーション機能は生きていなかったが、走行中のエネルギーフローなどを表示する小さなタブレッド状のディスプレイをセンターパネルの上に装着。熱線入りのウインドーシールドやシートヒーターが標準装備されるというのは、暖房が大量の電力を消費してしまうため、可能な限り局部を温める方法を採りたいEVならではと言えそうだ。

 ブレーキペダルを踏みながらステアリング・コラム右側のシリンダーにキーを差し込み、システムを起動させる。スピードメーター内のディスプレイに「ready」の文字が浮かぶと同時に、バッテリーメーターとパワーメーターの指針も現在の状況を示す位置へと移動して、これでスタート準備は完了だ。

 地下のパーキングで車両を受け取った後、まずは地上へと向かうきついスロープを上がって行くと、すでにこの時点でEVならではのメリットを実感。最高出力は82PSとガソリンのup!比で7PS増しに過ぎないが、210Nmの最大トルクは何と軽く2倍以上。しかも電気モーターならではの特性で、そんなトルクは低回転ほど強く発揮されるので、230kgというバッテリーパックを搭載しても、なおのことガソリンモデルを凌ぐ出足の力強さが実感できるのだ。

e-up!が搭載するモーターの最高出力は60kW(82PS)、最大トルクは210Nmというスペック。フロア下に搭載するリチウムイオンバッテリーは12のセルを持った17のモジュールで構成され、重量は230kgと公表されている

 街中へと進み、周囲の流れに速度を合わせようという段階で気がついたのは、このモデルが“普通のup!”よりも遥かにスムーズに加速してくれるというメリットだ。当然ながらEVには変速ショックが存在しない。これが2ペダルMTという構造上、どうしても加速シーンでショックが避けられない日本仕様のガソリンモデルとは比べ物にならない、滑らかな加速感を演じてくれるのだ。

 12.4秒という0-100km/h加速が示すとおり、絶対的な加速力は「街乗りシーンで不満がないレベル」という印象。i3のような速さこそないものの、スタートの瞬間が力強く、変速ショックがないのでアクセルペダルを深く踏み続けても不快感が伴わないのが功を奏している。

 Dレンジのポジションからセレクターレバーを倒し、シーケンシャル操作を行うことで回生ブレーキ力の加減を選択できるのもこのモデルの特徴。Dレンジ時のアクセルOFF時はほぼ空走。その先D1/D2/D3と選択すると、エンジンブレーキならぬ“モーターブレーキ”力が強まって行く。さらに、もっとも手前のポジションにあるBレンジを選択してアクセルペダルを完全に戻すと、その際に得られる減速力はi3のそれとほぼ同様の感覚。すなわち、このレンジを選べばi3同様に事実上ブレーキペダルを必要としないワンペダル・ドライビングが可能になる。ただし、ここまでやるならばそんな各モードの選択をフロアレバーでなく、ステアリングパドルの操作によって行えると嬉しいのだが。

 ここで注意が必要なのは、バッテリーがフル充電状態でそれ以上回生エネルギーを収容する“空きスペース”がない場合には、こうした減速力は得られないこと。実は、ひと晩じっくりと充電をされた今回のテスト車も、スタート当初はそうした状態。バッテリーの容量をそれだけ目一杯に活用しているとも考えられるが、こうした走りの特性にのみ慣れと注意が必要となりそうだ。

果たして日本での販売価格は?

 それにしても、そんなe-up!の走りのテイスト全般が、びっくりするくらいに上質であることには驚かされた。

 エンジン音がしないことはもとより、ロードノイズも抑え込まれているために、期待と想像以上の静粛性を実現している。さらに、こちらはガソリンモデル同様のしなやかなフットワーク・テイストが再現されていることもあり、その乗り味はもはやこれこそが“小さな高級車”という感触であったのだ。

 EVの場合、常に議論の的となり、誰もが気になるであろう航続距離は、このモデルの場合「120km~160km」とアナウンスされている。エンジン車の燃料タンクと同様、バッテリー内の電力もすべてを使い切ることができるものではないので、現実には条件がよければ100km、そうでなければ安心して使えるのは70km~80kmまでという感覚か。片道換算では35km~40kmくらいとなると、「それでは全然もの足りない」という声も出てくるに違いない。

 けれども、改めて振り返ると、毎日の買い物や通勤にはそれほどの距離は走らないという人は多いはず。となると、EVというのはこうした“分かり切ったパターンの中で使う場面”でこそ、もっとも威力を発揮するものではないだろうか。

 e-up!は日本で発売の暁には、普通充電に加えてCHAdeMO(チャデモ)規格の急速充電にも対応する予定という。が、そうであっても自分には、ロードサイドの急速充電器をあてにしながら、途中で充電を繰り返して遠くまで走って行こう、という考え方はもっともナンセンスなEVの使い方に思える。

 仮に、真夏の日中に多くの人がそんな使い方をし始めたら、電力ピークは果てしなく高まってしまうはず。そもそも、この先充電器の整備が進んでいくにしても、増えつつあるプラグイン車両のすべてに対応できるほど充電プラグの数が用意できるはずなどないことは、複数の給油ノズルを用意し、1台あたりの滞留時間が5分ほどに過ぎない現在のガソリンスタンドでさえ、時と場所によっては行列ができる光景を思い浮かべて貰えれば明白だろう。

 極論すれば、「ドライバーが寝ている間に充電できる範囲内を基本とし、未知の土地には乗っては行かない」――これこそが、EVとのもっとも賢い付き合い方であるはずなのだ。そんな乗り物では実用に耐えない! と、思わず直感的にイメージしてしまいそうになるが、改めて考えれば「100kmも走れれば、日常の行動パターンすべてがカバーできる」と、そう納得できる人は多いに違いない。

 最後に残るのは価格の問題。欧州での価格を単純換算すると、e-up!は残念ながら300万円を大きく超えてしまいそう。しかし、仮にそんなプライスタグが付いてしまえば、その時点でもはや魅力的な商品とは呼べなくなってしまうことは自明の理というもの。今勢いに乗るフォルクスワーゲンが放つ初めてのEVには、この点でも何とか革命を期待したいものだ。

e-up!日本導入の際にはCHAdeMO(チャデモ)規格の急速充電に対応予定となっている

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:中野英幸