インプレッション

ポルシェ「ケイマン GT4」(海外試乗)

911 カレラSからの贈り物

「911 カレラS」から譲り受けた、より大排気量でパワフルなエンジンにMTを組み合わせて搭載し、ボディーキットのデザインとシャシーのセットアップはレーシング・モデルの開発部門が担当――大雑把にかいつまんで紹介すれば、要はこれがケイマン・シリーズに導入された最新かつ最強グレードである「GT4」の概要だ。

 オリジナルのケイマン比で30mmのローダウン化が図られた上で、前方へと低くせり出したフロントのエアダムやウイングタイプのリアスポイラー、さらにはベースとなったSグレードのそれと比べて30mmもワイドな295mm幅のリアタイヤを採用するなど、さまざまな専用のリファインが加えられたその佇まいは、当然ながらシリーズ中でもっともコンペティティブな雰囲気が漂うと同時に、素直に“カッコいい!”と多くの人を納得させるに違いないもの。

 ちなみに、全幅データがこれまでのモデルをわずかに上回るのは、ミッドシップ・モデルであることを象徴するサイドのエアインテークに、ラムエア効果を狙ったと思しき張り出したサイドブレードがアドオンされているからだ。

 前出“カレラSからの贈り物”である3.8リッターのフラット6エンジンが発する最高出力は385PS。420Nmという最大トルク値を含め、その数字がカレラS用をわずかに下回るのは、「911とは搭載時の前後方向が逆になることで排気系の取り回しが異なるため」というのが、担当エンジニア氏によるコメント。

 ただし、そこには911こそがフラグシップ・モデル、という位置づけを改めて明確にする配慮が加えられている可能性も大きい。今やポルシェは、優秀な頭脳集団であると同時に、機を見るに敏な“マーケティング・カンパニー”でもあるからだ。

2015年のジュネーブモーターショーで初公開された2シーターのGTスポーツカー「ケイマン GT4」は、「911 カレラ S」が搭載する水平対向6気筒3.8リッターエンジンをベースに6速MTを組み合わせ、最高出力283kW(385PS)/7400rpm、最大トルク420Nm/4750-6000rpmを発生。0-100km/h加速4.4秒、最高速295km/hを実現し、ニュルブルクリンク北コースで7分40秒というラップタイムをマークする。ボディーサイズ(本国仕様)は4438×1817×1266mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2484mm。車両重量は1340kg。日本での販売価格は1064万円
オリジナルのケイマン比でフロントのトレッド幅を13mmワイドに、車高を30mmローダウン化したケイマン GT4。エクステリアデザインは主にダウンフォースと冷却の2点を追求したもので、3セクションに分かれるフロントバンパーのエアインテークは3つのラジエターとフロントブレーキを冷却するためのもの。大型の固定式リアスポイラーはCFRP製で、2つのアルミニウム製ブラケットでリアリッド上に取り付けられる

GT4の動力性能が極めて高い一方で……

 ひと足先にデビューした「GTS」グレードが、「よりスポーティでありつつ、エブリデイユースでの快適性もベースモデル以上に高めることに腐心したグレード」と説明されるのに対して、こちらがまずは純粋に“走り”を追求したグレードであることは、前出のエクステリアが醸し出す佇まいに加え、インテリアの演出からも読み取れる。中でもドアのオープナーが、軽量化を彷彿とさせるストラップ式となるのはその象徴。ロールケージやドライバー席の6点式シートベルトなどから成る「クラブスポーツパッケージ」が用意をされるのも、GT4ならではだ。

 テスト車に装着されていたオプションのフルバケット・シートは、幸いにして自身の身体にもピッタリとフィット。それゆえ、低くなったアイポイントにはやる気持ちを抑えつつ、まずはクラッチペダルを踏み込んで早速エンジンに火を入れる。

 Cペダルのやや重めの踏み応えは、個人的に日常乗り慣れたMT仕様のSグレードと変わらないもの。ただし、ギヤセレクトの段階では、そのシフトフィールがより節度感に富む一方で、やや重さ、というか堅さを増していることに気が付いた。

オプションで用意されるフルバケット・シート

 後に確認すれば、実はGT4のトランスミッションは「フランジ部分の材質は強化したものの、ギヤボックス自体はギヤ比を含め、SやGTSグレードと同一」とのこと。にも関わらず、前述のごとくシフトフィールが異なって感じられた理由は、実はシフトレバーにあった。GT4のシフトレバーは、他のグレード用に対して20mmの短縮が図られていたのだ。

 背後から届くエンジンサウンドは、これまでのケイマンとはやや異質。それでもカレラSと同様とはならず、きちんと“ケイマンの音”として聞こえるのは、搭載時の前後方向が911とは逆となり、耳に近い音の発生アイテムが911とは異なるからだろうか? 付け加えれば、「スポーツエグゾーストシステム」が標準で採用されているものの、意外にも音の演出はGTSグレードよりも大人しい。スポーツモードで高回転域からのアクセルOFFを試みてもGTSほどに“パラパラ音”は混じらず、このあたりにGT4では「華よりも実を採った」ことが伺い知れる。

専用ディフューザーの中央にデュアルチューブ・エグゾーストテールパイプを配置

 オプション設定されるスポーツクロノパッケージでスポーツモードを選択した場合、ダウンシフト時に低いギヤへのエンジン回転合わせを行うブリッピング機能が働くのは他のケイマン・シリーズと同様。だが、特にGT4の場合、これは重要な安全装備であると後のサーキット・テストのシーンで教えられることになった。「開発時のマンパワーの問題から、トランスミッションはまずMTのみでのローンチ」というGT4の場合、そのスピード性能の高さからサーキット走行ではとにかくシフト操作に忙殺される。そうした場面、真剣にステアリング操作に専念するためには、ヒール&トゥという操作から開放されるだけでも大いに有り難かったからだ。

 GT4の動力性能が極めて高いものであることは、0-100km/h加速4.4秒というデータからも証明されている。ちなみに、GTSグレードではMT仕様が4.9秒でPDK仕様が4.8秒。ほとんど同等重量のままに45PSと40Nmが上乗せされた成果はコンマ5秒の短縮、という計算だ。

 GT4は飛び切り早いケイマンということで間違いない一方、実をいえば「高回転域に向けての伸びきり感は、思っていた程ではなかったかな」と思ってしまったのもまた事実だった。タコメーター上のレッドラインは7600rpm、レブリミッターが作動するのは7800rpmと、カレラSから移植された心臓部も十分に“高回転型”ではあるし、実際にその付近までパワーを伴ってしっかりと回ってくれることも間違いない。だが、それでも「もう少しシャープな切れ味が欲しいかな」などと贅沢な思いが芽生えてしまうのは、ひとえに「GT4」というグレード名による影響が大きそうだ。

 こうしたネーミングを念頭に走り始めると、そこではどうしても「911 GT3」のイメージがオーバーラップしてしまう。もちろん“わずか”1064万円というプライスタグを実現させたモデルを、レーシング・エンジンのノウハウをたっぷり詰め込んで専用開発された心臓部を搭載する1900万円超のモデルと比べてしまうなどということが、大いに無謀であるというのは、頭では理解はしているつもりなのだが……。

PCCBはサーキットユーザーにおすすめ

 かくして「GT3」という由緒ある記号を彷彿とさせるグレード名が授けられたがゆえに、期待値のハードルもグンと跳ね上がってしまうケイマン GT4。けれども、そんなこのモデルがサーキットで見せたフットワークのテイストは、まさに期待に違わぬものだった。

「多くのコンポーネンツを911 GT3から流用」と報告されるシャシー/サスペンションと、フロントが245/35、リアが295/30とファットな20インチのハイグリップ・シューズ(ミシュラン「Pilot Sport Cup 2」)がもたらす高いグリップレベルは、さすがにこれまでのケイマン・シリーズとは一線を画すもの。そして、ハードなコーナリング時にもそうした高いグリップ力に負けない”足の位置決め感”が味わえる点も、サスペンションそのものの横剛性が極めて高いことをイメージできるものだった。

ホイール(フロント:8.5J×20、リア:11J×20)は「911 GT3」のデザインをベースにしたもので、装着タイヤはミシュラン「Pilot Sport Cup 2」(フロント:245/35 ZR20、リア:295/30 ZR20)。ブレーキシステムはセラミック・コンポジット・ブレーキ「PCCB」

 今回、スペインで開催された国際試乗会では、標準仕様のブレーキとオプションのセラミック・コンポジット・ブレーキ「PCCB」を装着した車両の双方が用意された。しかし、そんな両者を乗れば乗るほどに、本格的なサーキット走行を志すユーザーにはぜひとも後者をオススメしたい気持ちが強まった。

 S/GTSグレード用に対してよりキャパシティを増したフロント対向6ピストン、リア対向4ピストン式アルミ・モノブロック・キャリパーを標準装備するGT4のブレーキだが、そんな強化型のシステムも、やはりPCCBの圧倒的なブレーキング・パワーには敵わなかった。同様テンポでサーキットを周回しようという場合、PCCB付きの方が「ラク」なのは明らか。130万円超とすこぶる高価なオプションではあるものの、サーキット走行に挑戦しようというGT4ユーザーには必需品というべきかも知れない。すなわち、これをアドオンしたおよそ1200万円という価格こそが、「GT4の本来の値段」とも受け取れるのだ。

一般道での印象は?

 ハイパワー・エンジンを積んだミッドシップ・モデル――と、そんな言葉がイメージさせる少々トリッキーな挙動という先入観からすれば、激しいアンジュレーションを通過して前後いずれかのみの荷重が抜けるような厳しいシーンでも、拍子抜けするほどに扱い易いのがケイマン GT4。

 心地よい汗をかきつつサーキット走行を終え、ラフな舗装の一般道へと乗り出すと、こちらでまず気になるのは率直なところ、ローダウン化された上にフロントのオーバーハングが低くせり出したことによる、オリジナル・モデルよりもずっとタイトになったアプローチ・アングルだった。それは911 GT3ほどはシビアでなさそうなもの。だが、それでもやはり無頓着に段差を乗り越えたり、駐車時に前方から縁石に近付いて行くのはご法度という印象だ。

 一方で、その乗り味は敢えてこうしたモデルを選択するスポーツ派のドライバーにとって、十分に許容されそうな“優しさ”でもあった。もちろん硬いことは硬い。しかし、そうした振動は強固なボディーによって瞬時に減衰され、ヒョコヒョコとした動きも少ないことで不快な印象は望外なまでに少ないのだ。サーキットではそのポテンシャルを存分に発揮したケイマン GT4だが、ワインディング路を駆け抜ける際の心地よさという点では、評価は分かれるかも知れない。

 ステアリングを切り込んだ際の“ミッドシップ車らしい軽快さ”を求めるのであれば、そうしたテイストではGTSに軍配が上がると思えたもの。まずは限界の高さこそを狙ったシャシー/サスペンションのセッティングに加え、グリップの高さを狙ったコンパウンドが柔らかいファットなシューズも、機敏な動きの演出には向いていないはずなのがGT4で、このあたりにGTSとの走りのキャラクターの狙いどころの違いが感じられたのだ。

 それにしても、もはや911に遠慮することなくハードコアな走りの世界を狙ったケイマン GT4のデビューは、ポルシェの歴史の中にあってもちょっとした衝撃であるはず。それはまた、911シリーズをより“スーパースポーツカー”方向へと導くための、1つの布石という印象でもあるのだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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